現地解散。

 蘭月に背負われてキャンプ場に戻って来た俺は、そのまま車の中に戻って泥のように眠った。

 有栖原と北巳神も戻って来ているようだったが、2度目の襲撃はないだろうと踏んでいたので、俺は特に気にもせずに枕を高くして眠りに落ちていた。

 少なくとも蘭月がボディガードをしてくれている内は、もう何が来ても大丈夫だろう。

 コイツより強い人間なんて居るの? って感じだし。

 そんな化け物が居るなら逆に会ってみたいね、俺は。


「マァ、ワタシならボスを背負ったままの状態デモ、アイツ程度ならヨユーで返り討ちにデキルネ」


 帰り道でそう豪語していた蘭月の頼もしさが忘れられない。

 というか、蘭月は酔いつぶれていたと思っていたが、どうやらアレは演技だったらしい。

 どうやら蘭月は最初から北巳神が危険なヤツだと気が付いていたようで、ヤツの狙いが何なのかを探るためにあえて隙を晒していたのだそうだ。

 そしたら有栖原に誘われるがまま俺がノコノコと森の中に入っていって、北巳神も気配を消しながら後ろに付いて行くのを見て、狙いが俺なのだと確信したのだという。

 で、格好良く登場出来るタイミングで颯爽と現れたのだそうだ。


 助けてもらった手前文句は言わないが、出来れば次からはもう少し早めに助けて欲しいものである。

 じゃないと俺の心臓が持たない。

 まあ、次なんてないことを祈る方が先だけど。

 

 それと北巳神の正体についてだが、蘭月もそれは知らないとのことだった。

 ただ間違いなく蘭月と同じ裏社会の出身であり、多分元殺し屋か元暗殺者のどちらからしい。

 そんな奴にVTuberをやらせるなと言いたいが、それこそが競合他社から警戒されることなくスイーパーを近付かせるための有栖原の策略だったのかもしれない。

 事実として、殺されかけるまで俺は北巳神がヒットマンだなんて思いもしなかったわけだし。


 いやいや、普通は思わねえよ。

 空から隕石が降って来るのを常に警戒しながら道を歩く人間がいないように、出会ったばかりの人間が殺し屋じゃないかと疑いながら生活する人間なんてのはそうそういない。

 そんな心配をするのは一国の大統領とかそういうレベルの人間だけで十分だ。

 


 とまあ、色々と非日常的なアレコレがあったわけだが(アレコレなんて軽い言葉で済ませても良いのかは分からないが)、ともかく朝はやってきて、1泊2日のキャンプはお開きとなった。


「ちゃっちゃと後片付けをして撤収するのよ。ゴミはちゃんと持って帰るのよ」


 殺し屋を差し向けるなんて非常識なことをするクセに、常識的且つ良識的な発言をする有栖原は、あんなことがあったにも関わらず今朝は何事もなかったかのように素知らぬ顔をしていた。


「お前もボケっとしてないでテントを畳むのを手伝うのよ」


「あ、ああ」


 あまりにも普通に話しかけて来るので、もしかしたら昨夜の出来事は俺の夢だったのではと思ったほどだ。

 しかし北巳神は体調を崩して片付けの手伝いを免除されていたし、蘭月も「アチャー、手加減したつもりダッタけど、チョットダケ強く小突きスギタアルネ」とボヤいていたので、多分夢ではないのだろう。

 大砲みたいな音のするパンチが手加減……? 本気で撃ってたら腹に穴でも空いてたってコト? なにそれ怖い。

 蘭月だけは絶対に敵に回さないようにしておこう。

 俺はそう心に誓った。


 で、だ。

 片付けが終わるや否や、現地解散の運びとなった。

 密林配信は夏休みシーズンの配信スケジュールが過密気味らしく、あまりのんびりとしている暇もないようだった。

 最後に今回のキャンプの主催者である楼龍が、本日はみんな忙しいのに付き合ってくれてありがとう的な締めの挨拶をして、それから各自車に乗ってキャンプ場を後にした。


「ゔぅー……ぎもぢわるい……」


 一鶴は二日酔いらしくエチケット袋片手にグロッキーになっている。

 その他の面子は、楽し気な様子で「また行きたいですわね」「だねー」などと話していた。

 まあ、ライバー達がリフレッシュ出来たのならそれでいいか。

 俺自身は悩みの種が1つか2つ増えたせいで、キャンプに参加する前より疲労が増した気がするけども。


 考えなければならないことは色々ある。

 有栖原が言っていた一鶴の特異性とやらのことと、その一鶴をV業界から追放するためなら手段を選ばない有栖原のこと。

 トレちゃんのオリジナル楽曲のこと。

 身寄りのない幽名の今後のこと。


 あとは、FMKも長期連休シーズンは何か企画を催した方が良いのかとか……そういえばキャンプに来ていた密林配信のライバーで、蒼空すかいはい 飛々射鷺ひひいろとだけは一回も話せなかったなとか…………どうしてトレちゃんは今朝からあまり元気がなくて、俺に対して申し訳なさそうにしているのかとか………………。


「……ふわぁ」


 とりとめのない思考を遊ばせているうちに、段々と意識が遠のいていく。

 やっぱりまだ寝足りなかったらしい。

 有栖原のせいで睡眠不足だ。


 帰ったらまた騒がしい日々が待っている。

 それまで束の間の休みを堪能させてもらうとしよう。

 ライバー達の談笑する声をBGMに、俺は心地良い眠りの世界へと旅立つのだった。




 ――To Be Continued.

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