マテリアル・ライン・テンペスト


 あんまり、おおげさに考えすぎないようにしろよ。

 なんでも、大きくしすぎちゃ、だめだぜ。


 ――トーベ・ヤンソン『ムーミン谷の十一月』より。




 ◆◇◆




 ゲーム実況、ゲーム配信、実況プレイとは、プレイヤーが実況しながらゲームをプレイする様子を、動画投稿やライブ配信する行為を指す。

 もはや説明不要の、動画投稿&ライブ配信における花形コンテンツの一つだ。

 とりあえず配信内容に困ったらゲーム実況しとけ。みたいなスナック感覚で行われるくらいには王道化しているジャンルと言える。

 ゲーム実況をメインに据えているVTuberも当然多く(多いどころか体感9割以上)、ゲームコンテンツに一切触れないVTuberというのはツチノコばりの希少価値があると言っても過言ではない。


「だからってゲーム配信ばっかしてんのもどうかと思うけど。だってそれってVTuberじゃなくても出来るじゃん。もっとみんな、バーチャルの存在であることに意味のある配信とは何かを考えるべきじゃないの」


 と、VTuberがゲーム実況ばかりにかまけている現状に偉そうに物申したのは、FMK所属の薙切ナキの魂であり、FMK代表の俺の妹でもある瑠璃だった。

 人の金でパフェ食ってる頭からっぽ夢いっぱいの女子高生が、なーに業界の現状について講釈垂れてんだか。

 俺は真っ黒なコーヒーを喉に流し込みながら、瑠璃の発言を話半分に聞き流した。


 俺達が今いるのは、FMK事務所が入っているビル1階にある喫茶店U・S・Aだ。

 本日は久々にFMKのスタッフとタレントが勢揃いしている。

 いや、久々っつっても数日ぶりだし、勢揃いって言っても新スタッフの蘭月を足しても、たったの7人なのだけれども。


 小腹が空いたからUSAで空腹を満たそうと降りてきたら、何故か全員ぞろぞろと俺の後を付いてきやがった。

 だので、仕方なく俺の奢りということで、全員好き勝手に注文して好きなものを飲み食いさせている。

 俺と七椿と蘭月の運営サイド3人はカウンター席に。瑠璃と一鶴と幽名とトレちゃんは、俺達の後ろにある4人掛けのテーブル席に仲良く座っている。


 ちなみに俺が飲んでいるのはインドコーヒーだ。

 アメリカンは置いてないのにインド豆のコーヒーは置いているらしい。しかも美味い。

 もうUSAの看板降ろしたら?


「あたしはゲームするだけでお金貰えるんだから最高だと思うけど」


 業界のあり方を憂う瑠璃のご高説に、お金大好きな一鶴らしい身も蓋も忌憚も品性もない意見が飛び出した。

 どうでもいいことに拘りがちな俺に似て、どうでもいい主義主張を掲げがちな我が妹は、眉を顰めはしたものの一鶴相手に喧嘩腰の反論を仕掛けるような真似をせずに、大人しくイチゴパフェを一口頬張って血糖値を上げるに留めていた。

 相手が俺ならもっと食って掛かっていただろうが、これでも年上で格上である一鶴には一定の敬意は払っているらしい。瑠璃にしては珍しく。


「トレは、ミンナで楽しくアソべるカラ、ゲーム配信もスキデース! コナイダのトランプの時みたいに、マタFMKのミンナでゲームコラボやりたいデス!」


 トレちゃんがメロンフロートを食べる手を止めて、天真爛漫な明るい要望を提案してきた。

 トレちゃんは今日もかわいいですね。


「カカカっ、ミンナ仲良く、ネ。ソイツは結構ダネ」


「……私、ナニカ変なコト言いマシタか?」


「別にナニモ変なコトは言ってナイアル。タダ、オモシロイ思ったダケアル」


「ランユエのワライのツボは独特デスネー」


 なんかトレちゃんと蘭月はまだバチバチやってんな。

 喧嘩してるのか、単にそりが合わないだけなのかは分からないが、結構ガチ目に不仲っぽい空気が出てるせいで周囲も迂闊に仲裁に入りづらそうにしている。

 コスプレイヤー同士仲良くして欲しいもんだね。


 そして各々がゲーム実況に対するスタンスを議論していく間、幽名は我関せずといった調子でバクバクとUSAのメニューを制覇していた。

 しかし幽名は何だかんだで配信でゲームをすることが多い。

 前に配信でやっていたタイピングゲームでまた記録を更新していたし(でもランキング1位の人にはまだ勝ててないらしい)、最近は暇な時にソリティアで遊んでいることもある。

 今までコンピューターゲームに触れてこなかったぶん、幽名みたいなタイプがもしかしたら一番ゲームに嵌っていくのかもしれないな。


「ま、ゲーム実況がコンテンツとして市民権を得ているのは私も認めるし、私だって配信でやりたいゲームあるけどさ」


「あんだけ言っといてやるんだな、ゲーム配信」


 揚げ足を取ってみると、瑠璃が親の仇をみるような目で睨んできた。こわっ。


「で、その楼龍って人が、一鶴さんとやりたいって言ってるゲームってどんなゲームなの?」


 と、ようやく話が本題に戻って来た。

 小槌と、密林配信の楼龍とのコラボ配の中身が決まったのが昨日の夜のこと。

 俺は一鶴からの詳細を聞いているが、他の面子はまだゲームをするということしか知らない。

 初となる箱外コラボの内容に瑠璃は興味深々な様子だった。


「これなんだけど」


 そんな瑠璃からの質問に、一鶴はスマホを取り出して画面を見せていた。

 

「マテリアル・ライン・テンペスト?」


 瑠璃はゲームのタイトルを見てもあまりピンと来ていない様子だった。


「マテリアル・ライン・テンペストは、最近流行りの所謂バトロワ系のゲームだな」


「あー、OPEXみたいな?」


「そうそう」


 数十人規模のプレイヤーが一つのフィールドに放たれ、最後の一人、もしくは最後のひとチームになるまで戦い合う。

 公式サイトを見る限り、マテリアル・ライン・テンペスト――縮めて『マテラテ』もその流れを組むバトロワライクなゲームらしい。

 俺の中の勝手なイメージだが、日本のVTuberは皆この手のバトロワ要素のあるFPSばかりやってると思っている。

 そういう意味では楼龍のゲームチョイスは無難という評価だ。

 わざわざ箱外の、それも初対面のVを誘ってやるようなゲームかと言われたら微妙だとは思うけどな。


「一応マテラテ開発に問い合わせたが、ガイドラインに則って配信さえすれば、企業勢でも収益化配信して問題ないそうだ。良かったな」


「マジ? 味がしなくなるまでマテラテ擦り続けていい?」


 一鶴の場合、金になる限り本当に擦り続けそうだ。

 とはいえウルチャはともかく、広告収入は再生数に依存するところがある。

 マテラテを無限に擦っても配信として面白くなければ、リスナーは離れて行って稼げるものも稼げなくなるだろうし、そうなる前に一鶴ならさっさと見切りを付けて別のコンテンツに移動するだろう。

 さながらイナゴの如く、な。


「ヘー、銃とマホウでバトルするFPSデスカ。面白ソウデスネ!」


 意外な食いつきを見せたのはトレちゃんだった。


「トレちゃんってFPSとかやんの?」


「ヤリマース! むしろ得意ブンヤデスヨ!」


 ふーん、意外だ。

 まあ近頃は女の子がFPSやるのも珍しくはないから驚くほどじゃないけど。

 それこそVTuberを始めとした配信者たちの影響で、FPSが日本でもメジャージャンルになってるくらいだし。


「でもマテラテって、OPEXみたいに3人でひとチームを組んでプレイするゲームみたいだけど、もう一人はどうすんの? 野良かリスナーでも入れるの?」


 自分のスマホでマテラテの情報を見ていた瑠璃が一鶴にそんな質問を投げた。

 それは俺も気になっていた部分である。

 3人でパーティを組むゲームで、誘ったのが小槌だけというのは腑に落ちない。

 もしや他にも声を掛けているVTuberが居るのでは?


「なんか知り合いのVTuberをもう一人誘ってあるって言ってた」


 との俺の予想は的中した。

 どうやら誰かしらに援軍を要請してはいるらしい。


「誰だ? 密林配信のV?」


「うんや、個人Vのひとだって」


「へえ」


 個人勢を呼んでるのか。

 楼龍とやらは俺が思ってるよりも顔が広いのかもしれない。

 ……というか同じ密林配信のVを誘えばいいのに、なぜ別箱のVや個人勢ばかりに声を掛けてるんだろう。

 箱内がギスギスしてるのか、それとも別の思惑があるのか。

 なんとなくそこが引っかかった。

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