収益化と年齢制限と、予想外のDM

「と、いうわけで金廻小槌.chは収益化が通ったぞ」


「イェーイ! やったー!」


 金廻小槌こと丸葉一鶴は、俺の報告に我が世の春が来たとでもいうようなテンションで、踊り狂いながら大袈裟に喜びを表現した。

 普段から騒がしいやつだが金が絡むと更に騒がしい。

 とはいえ今回のことは事務所としても素直に喜ぶべき事案なので気持ちは分かるけれども。


 なにせこれまで企業としての収入源はほぼゼロに等しく、まだまだ資金に余裕があるとはいえ支出が増えていく一方だったわけだしな。

 これからは金廻小槌.chの広告再生に応じて少しずつではあるが収益が上向いてくるだろう。

 それも一鶴の頑張り次第なのであるが。


「1秒間に1回広告挟めたらいいのに」


「お前ほんとそういうとこな」


「いやいや、秒間広告動画を一つだけ用意しといて、敬虔な小槌信者に再生数を回させるのよ。そうすりゃがっぽがっぽの荒稼ぎじゃない」


「残念ながら1秒に1広告なんてアホな設定には出来ないし、敬虔な小槌信者というのも妄想の産物だから安心して地道に配信しろ」


「うーん……でも、何かしら抜け穴的な方法で広告収入を荒稼ぎする方法が……」


「ナイアルヨ、そんなモノは」


「ぎゃああああああああ!!」


 さらっと会話に割り込んできたアルアル口調のチャイナ娘に、一鶴がビビり散らかしながら転がり跳ねた。


「イヅル、お前はシツレイ極まりナイネ。ワタシはゴキブリか何かカヨ」


「ゴキブリの方がマシよ!」


「ヒドイ言われヨウネ。あ、オハヨウネ、ボス」


「ああ、おはよう」


 毎度のことながら蘭月の登場の仕方は唐突だ。

 気配を殺しているのかなんなのかは知らんが、第一声を放って本人が自己主張するまでは、例え同じ部屋に数時間居ても気付けないというのだから意味が分からない。

 コイツだけバトル漫画の登場キャラみたいなスペックしてんだよなぁ。


 そんな一人万国ビックリ超人博覧会な蘭月がFMKで働いてくれることになり、人手が増えたことで業務が少しだけ楽になった。

 特に一鶴の動向に目を光らせ続けなくても良くなったのは心情的に大分プラスだ。七椿の負担がそれだけで30%くらいは削減されていると言っても過言じゃない。

 蘭月にはほぼ一鶴の専属マネージャーとして動いてもらうことになるが、正直それだけでも十分ありがたい。

 何せ目を離したら何をするか分からないからな、一鶴は。


 ちなみに蘭月はバイト扱いで給料も時給で計算してる。

 普通に固定給でそれなりの待遇で迎えようとしたのだが、蘭月の方がそれを断ってきた。


『給料? ソンナのはテキトウでイイアルヨ。アノ事務所にタイギメイブンを持って居られるのは、ワタシにとってもメリットがアルから、ソレで十分ネ』


 とのことだったがその発言の意図は不明だ。

 俺としては戦力になってくれるのなら何でもいいので深掘りはしなかったが。


「どうでもいいけど、そのボスって呼ぶのは止めない? チャイニーズマフィアか何かと勘違いされそうで怖いんだけど」


「呼び方ナンテ何でもイイダロ。ケツの穴のチイサイ男ネ」


 そんな感じで蘭月が来たことでFMKはより一層賑やかに……というか色物臭が強くなった。

 蘭月は裏方だが、見た目だけで言えばメイド服が標準装備のトレちゃん並みに存在感があるし。


 そのトレちゃんだが、新人スタッフである蘭月をみんなに紹介した時に、トレちゃんだけはあまり好意的じゃない感じで対応してたのが気になった。

 思いっきり睨み付けたり、挨拶されてもすぐに返事をしなかったり。対人関係つよつよで、誰とでも出会って5秒で仲良くなれそうなトレちゃんらしからぬ無愛想な態度を取っていた。

 やはり日本語に不自由なカタコトキャラで、しかもコスプレ衣装が普段着というアイデンティティが丸被りなのが気に障ったのだろう。

 心配せずとも方向性はお互いに明後日の方角を向いているから問題ないのにね。

 まあ、トレちゃんにはトレちゃんなりの矜持があるのだろう。

 好き嫌いがハッキリしていればいくらでも対処の仕様はあるから、逆に楽だし別に良いけれども。


「ところでだけど、ナキちゃんとか他のライバーの収益化はまだなの?」


 ようやく落ち着きを取り戻した一鶴がそんな質問を投げてくる。


「アイツらは全員18歳未満だからなチャンネルの収益化は出来ないぞ」


「え、そうなの?」


 大手配信サイトTubeにおける収益化の条件は少しだけハードルが高い。

 まずはチャンネル登録者数1000人以上。そして動画の総再生数時間4000時間以上が必要となっている。

 上の条件二つは、実を言うと4人全員とも既にクリアしていたりする。

 しかしその他の条件が問題で――答えはもう出ているが、年齢制限の部分に引っかかってしまっているのだ。


「収益化の申請が出来るのは18歳以上だけだから、うちの事務所だと条件満たしてるのは一鶴だけだな。って言っても、残りも今年中には18になるからそれまでの辛抱だけど」


 ちょっと前までは高校2年生だった瑠璃も、4月で高校3年生に無事進級している。

 トレちゃんと幽名も瑠璃と同い年なので、誕生日を迎えれば満18歳で晴れて収益化を通すことが出来るようになるわけだ。

 実を言うと、18歳未満でもチャンネルを収益化する方法はないでもないが、後々のことを考えるとやはり真っ当なやり方で収益化を通した方が良いと判断した。

 ので、一鶴以外の3人はもう少しの間だけ収益化をお預けという形になっている。


 ここら辺の収益化と年齢の問題があるから、最近のVTuber事務所ではオーディションの応募要項に、満18歳以上とか成人以上とか書いてあることが多いのだろう。多分。

 VTuber業界がまだ黎明期だった頃は、中の人が18歳未満というケースもそれなりにあったらしいけど、企業的に面倒は避けるのがベターなのは当然だから仕方ないね。

 FMKのオーディションは瑠璃の存在があったので、そこらへんを意図的に緩くせざるを得なかったため、キッズ配信者からの応募も一定数あった。

 結果的にトレちゃんという至極の原石を掘り当てることが出来たのだから、事務所的にはこれで良かったのかも知れない。


 そんなことより収益化が通って舞い上がっている一鶴に、そろそろ残酷な現実を突きつけてやらねばならないのだがどうしようか。

 いや、なにも今日じゃなくてもいいか……喜びに水を差すような真似はしたくない。

 モチベーションを地の底に落とすのも可哀想だし。


「……そういや一鶴、お前のSNSの投稿頻度もう少しなんとかなんないの?」


 本当はSNSのことなんかよりも教えておいてやるべき事があるのだが、一鶴のモチベが下がることを懸念してとりあえず問題を棚上げしておくとする。

 俺にSNSの投稿頻度について指摘された一鶴は、


「面倒臭いんだもの」


 の一言で簡潔に理由をまとめてきた。

 面倒ね。気持ちは分からんでもないが、意外と言えば意外だ。

 女子って生き物はみんなSNSが好きだと思ってた。

 現にコイツ以外の3人――ナキとトレちゃんは当然として、ネット初心者の幽名ですらそれなりにSNSを活用して楽しんでいるわけだし。


「そもそも一鶴を世間一般の女子に当てはめて一緒くたにするのが間違いか」


「ソウネ、ボスはヨク分かってるアル。モット言うと、ニンゲンにカテゴライズして良いのカモ怪しいヨ」


「人間じゃないのは蘭月の方――あだだだだだ!!?」


「マネージャーに向かってナンテコト言うネ。お仕置きアル」


 蘭月が目にもとまらぬ手捌きで一鶴にアームロックを仕掛けた。


「待ったストップ関節が終わる! 事務所的にはタレントの方が上じゃないの!?」


「この世にワタシより上は存在シナイアルヨ」


「暴君!」


 一鶴の関節がミシミシと悲鳴を上げる。

 流石に怪我されるとマズいので止めておくか。


「蘭月、痛めつけるのは勘弁してやってくれ。こんなでも一応うちの大事なタレントなんだから」


「ボスが言うナラ仕方がナイネ」


 一応俺の指示には従ってくれるらしく、蘭月は一鶴を即座に解放してくれた。


「し、死ぬかと思った……」


「イヅルは大袈裟ネ。ソレニ、腕のイッポンやニホンくらい折れても活動にシショウはナイヨ。サイアク、口さえ動けばVTuberとやらは活動デキルダロ?」


「言ってることヤバ……これだから闇の住人は……」


 一鶴を抑える役割としては蘭月は有能だけど、確かに暴力至上主義みたいのは困るな。

 そこら辺のスタッフへの指導は俺の仕事だし、蘭月には後で言い含めておくとしよう。


「ともかく、前にも言った気がするけどネットで活動する上で、今の時代SNSは必須だからな。せめてツブッターくらいは毎日何かしら呟いておいてくれ」


「はいはい、分かりました。帰ったらやっとくわよ」


「今スグ、コノ場で何か呟いとくネ」


「うるさいなー」


 口ごたえしながらも、やはり蘭月が怖いらしく、一鶴は渋々といった様子でスマホを取り出した。


「えーっと……『収益化通ったから今日の20時から記念配信します。投げ銭もよろしく』っと」


「ドストレートにも程があるだろ馬鹿」


「別にいいじゃん、金廻小槌はこういうキャラなんだから」


 もうツブッターに投稿してしまったようなので手遅れだが、確かに金廻が金に汚いのはもはやネットの海では周知の事実なので、問題ないと言えばないか。

 俺も自分のスマホから小槌の呟きを見てみると、既にフォロワーからいくつか反応が返ってきていた。

 安定のクズとか書かれているけど、それでいいのか金廻小槌。


「なんかDMも結構な数来てるわね」


「あー、名前が売れると変なDMが大量に飛んでくるって言うしな」


 俺自身にそんな経験はないが、有名人のSNSは基本的に有象無象からの直接的なファンレターに悩まされるのが日常だと聞く。

 SNSは人と人との距離感を希薄にさせるが、それ故にあまりにも気軽に有名人へと言葉を届けられてしまうのが問題ではある。

 何でも言えるという事実を、何でも言って良いのだと誤認している輩もいるくらいだし、距離感だけじゃなくて倫理観とかその他のあらゆる概念がネットでは薄っぺらくなっているのだ。


「変なDMに反応返したりしないようにな」


「それくらい分かってるわよ、オカンか」


 口うるさく注意する俺を煙たそうにあしらいながら一鶴がスマホをフリックしていく。


「あん?」


 不意にガラの悪い声を上げて、一鶴の指が止まった。


「ドウシタネ? サツガイヨコクでも来てたアルか?」


「そんな物騒なもん来てないわよ。ちょっと代表さん、コレ見て」


 一鶴がぐいっと俺の眼前にスマホを押し付けてくる。

 どうせろくなもんじゃないと思いながらも確認すると、画面には意外な文字列が並んでいた。


 ■


 楼龍 兎斗乃依@Totonoi_Loyly


 初めまして、突然のDM失礼致します。

 密林配信プロダクションでVtuberをしている楼龍(ロウリュ)と申します。


 今回、金廻小槌さんにコラボ配信のご提案をしたくDMを送らせていただきました。

 企画の詳細などはまだ決めていませんが、そこも含めて一緒に決めていけたらなと思ってます。

 もし興味がありましたら返信頂ければ幸いです。


 FF外から失礼致しました。


 ■


「どう思う?」


「どう思うって……」


 箱外のVTuberからのコラボの誘い。

 それも密林配信プロダクションって、それなりに大手のVTuber事務所じゃねえか。


「密林配信のVからコラボ提案が来るなんて……そのアカウント本物か?」


「本物ね」


 俺も一鶴の画面から確認してみたが、騙りとかではないようだ。

 正真正銘本物の大手VTuber事務所『密林配信プロダクション』に所属するVTuber――通称ジャングルストリーマーからのコラボ要請だった。

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