猫と守銭奴とアイドルと我が儘な姫君

「あたし思うんだけど、VTuebrの設定ってだいたい無視されがちよね」


 一鶴がスターライト☆ステープルちゃんの設定に目を通しつつそんなことをいう。

 用意された設定に完全に準じているVTuberは確かに少ない。

 最初のうちだけ設定に則ってロールプレイしていても、ほとんどの場合はバケの皮がすぐに剥がれて設定が飾りになるものが多い。

 そういう意味では、器と魂の性格の部分を一致させた一鶴の判断は正しいと言える。


「設定は無視されがちだけど、キャラはある程度固めてる人が多いけどな」


「あー、語尾とか口癖とか徹底してる人もいるわよね」


 一鶴はオーディションの存在を知ってからVTuberを見始めたというわりには、短い期間で自分なりにしっかりとVについての分析をしてきている。本気で稼ぎに来ているという熱意が伝わって来るくらいだ。

 原動力がなんであれ、どんなものでも自分の糧にして成長していく姿勢は素晴らしいと思う。


 俺とは正反対の存在なんだよな。

 一鶴だけじゃなく、幽名もトレちゃんも瑠璃も、全員がやりたい事のため、目指すべき目標のために努力している。

 俺に出来るのは金を出して、彼女たちの活動をサポートしてやることくらいだけだ。

 俺自身は、相も変わらず何も持っていない。


「最後は私だね」


 時間を掛けて頭を悩ませていた瑠璃が、ようやく名前を決めたらしく声を上げた。

 トレちゃんがスターライト☆ステープルちゃんの名前を付けてから1時間ほど経過している。

 瑠璃は昔からゲームの主人公の名前を決めるだけで数十分とか時間を使っていたからな。これからVTuberとして使っていく名前となれば、これくらいは悩んで当然だろう。むしろ予想より早かったくらいだ。

 まあ、俺はあまりに暇だったので、一鶴とくだらない世間話を始めてしまっていたが。

 王位継承編のネタバレトークでもしようかと思っていたけど、その前に終わったようで何よりだ。


「私の名前は今日からコレ」


 言って、瑠璃がA4用紙に書かれた文字列を指差した。

 用紙には多くの名前が刻まれているが、そのほとんどは斜線を引かれたり、グシャグシャとペンで塗りつぶされたりしており、瑠璃がかなり真剣に悩んで候補を絞っていた様子が窺えた。

 で、唯一消されていない名前に、全員の視線が集中する。


 薙切なきり ナキ


 ……なんか想像してたのと違うな。


「猫っぽくない名前だな、見た目の色とも関連性なさそうだし。もっと属性に寄せてくると思ったのに」


「やれやれ、代表ならそうイチャモン付けてくると思った」


 ご丁寧にジェスチャー付きで呆れを表現する我が妹。

 ちょっとムカつく。


「どうせ代表のことだから、猫宮とか猫又とか猫田とかそういう感じで来ると想像してたんでしょ」


「ネコミミ生えてんだからそっちの方が分かりやすいだろ」


「チッチッチ、素人の考え丸出し」


 瑠璃は「分かる?」と俺を的確にムカつかせる煽りムーブをかましてから説明に入る。


「猫なんたら~なんて苗字のVTuberは既に巷に溢れまくってんの。今、そんな名前でデビューしたら即保健所行きよ」


 瑠璃が自分の首を絞めるジェスチャーをする。

 コイツ、保健所に連れていかれた犬猫が全部殺傷処分されると勘違いしてるタイプの人間だな。


「理屈は分かったが、あまりにも猫から離れすぎるのもどうなんだ?」


「うっさい、私そういう安直なものの考え方が嫌いなの」


 人に拘りがどうのと言うくせに、コイツもなんだかんだで変な拘りがあるんだよなぁ。

 所詮は兄妹ってことか。


「で、なんで薙切ナキなんだ?」


「それはね――猫キャラは『ナ』を上手く発音出来ないからよ」


「ちょっと何言ってるか分からないんだが」


「だーかーらー、猫は『ナ』を『ニャ』って発音しちゃうでしょ? 私はそこに目を付けたわけ」


「ああ、うん」


 なんで猫が『ナ』を『ニャ』と発音するものと断定して喋ってるのか分からないが、面倒なので続きを促す。


「つまり、名前にナが付いてたら、自己紹介の時にすごいかわいくなっちゃうの」


「そうだな」


「ちょっと実演してみる? トニカクカワイイと思うんだけど」


「いや別に」


 俺の返事を聞いていないのか、瑠璃はゴホンと咳払いして喉をチューニングする。


「んん――にゃきり薙切にゃきナキだよっ、みんにゃヨロシク~」


 どっから声出してんだその猫撫で声。


「どう? かわいかったでしょ?」


「鳥肌立った」


「それくらいカワイイってことかな。可愛くてごめん」


「おいすげえ自信だな、七椿もなんとか言ってやってくれよ」


「え~、にゃにゃ椿さんも良いと思うよね~?」


 ひたすら事務仕事をこなしていた七椿は、ノートパソコンから顔を上げていつものように眼鏡を鋭く光らせた。


「……有りだと思いますが」


「ほらね」


「ええ~~~~~、だって安直な考えは嫌いとか言っといて、にゃーにゃー言うのだって十分安直だし、あざとすぎじゃねえかよ~~~~」


「わたくしも有りだと思いますわ」


「キュートでイイと思いマース!」


「あたしも特に変じゃないと思うけど。可愛いじゃん」


「ええ~~~~」


 そんな感じで瑠璃の器の名前も決定した。


 ■


 薙切ナキ(なきり なき)


 ネコミミの生えた女の子。

 ここではない別の世界からやってきたらしい。

 元の世界では《ブルーラピッシュ》と呼ばれる品種の猫だった。

 魔法の力で人間の姿にされ、おまけに異世界に迷い込んでしまったが本人は気にしてない。

 楽しそうなのでVTuberとして活動してみることにした。


 ■


「ファンタジー路線で来たか」


 しかもちゃっかり瑠璃ラピスラズリ要素も挟んできたな。


「こういう設定も王道だよね。って言っても、小槌ちゃんが言ってたように設定は無視されがちだし、私もこれ以上掘り下げるつもりはにゃいけど」


「……………………あ、小槌ってあたしのことか」


 だいぶ遅れて一鶴もとい金廻小槌が反応した。

 名前が馴染むまで時間が掛かりそうかもな。

 ま、現代っ子はネットでHNで呼び合うのにも慣れてるだろうから問題はないとは思うが。


「一応言っとくけど、身バレを防ぐためにリアルの人前ではV名で呼び合うのは止めとけよ」


「分かってるって」


 口うるさく忠告する俺に、瑠璃はげんなりとした顔で溜息を吐く。

 俺だってあんまりうるさくしたくないが、言わなきゃならん立場なんだから言わないわけにはいかない。

 そんな俺が、今日一番口うるさく言っている相手と、再度顔を突き合わせる。


「姫様、考え直してくれたか?」


 本名を使いたいと言っていた幽名だったが、時間を置いたことで考えも変わったかもしれない。

 そう思い聞き直してみると、幽名はしぶしぶといった調子で頷いてくれた。


「代表様がそこまでおっしゃるのでしたら仕方ありませんわね」


 言って、幽名が和紙に新しい名前を書き始める。


 幽名 姫依


「どうしょうか?」


「どうもこうもねえよ、変わってねえだろ」


「ふふっ、衣が依になっていますよ」


「いや、そんな『おっちょこちょいですね』みたいな笑い方されても……普通に気付いてるし気付いた上で変わってないって言ってるんだが」


 残念なことに幽名は考えを改めてはくれていないようだ。

 どうしたもんかな……。

 根気良く説得を続けても折れてくれなさそうな気配がある。

 ここまで来てデビュー取り消しにはしたくないし、本人の意見を尊重したいのも山々なんだがこればっかりは……。


「本人の意思がここまで固いのでしたら、特別に許可しても良いと思います」


「七椿?」


 まさかの七椿が幽名側に回ってしまった。


「何も問題が起こらないように私が補佐しますし、何かあっても私が対処します。それでいかがでしょう」


「いかがでしょうって言われましても」


 七椿ならなんか上手い事フォローしきれる感はあるけど、どうするべきか。

 かなりの長考の末、結局は俺が折れることになった。


「分かったよ、特別に『幽名姫依』で活動することを認める」


「ありがとうございます。我が儘言ってごめんなさい」


 ちゃんと謝れてえらい。


 ■


 幽名姫依(かそな ひめい)


 筋金入りの箱入り娘。

 世間知らずで常識知らず、そのため言動がとち狂っている。

 実家を追放されて無一文になってしまったので、自分の力で食べていくためにVTuberになった。


 ■


「よし、設定はこんなもんだろう」


 幽名の設定は俺が考えてやった。

 大体中の人とおんなじ経歴だが、依の字の方は実家を追放されたという体になっている。

 どうでもいい差異だけど。


 さて、紆余曲折あったわけだが、ようやく形が整ったな。

 あとはいよいよデビューするだけみたいなもんだ。

 そう思っていると、唐突に一鶴がパンっと手を叩いて視線を集めて来た。


「ところで、例の1000万はいつもらえるのかしら?」


 そういやその話も今日するつもりだったのに忘れてたな。

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