VTuber事務所《FMK》 ~宝くじで10億当たったからVTuber事務所作ったらやべえ奴らが集まってきた~

へいん

Prologue

からっぽの男

 宝くじで一等が当たったら何に使う?

 なんて妄想は誰だって一度はしたことがあるだろう。所謂、取らぬ狸の皮算用というやつだ。


 宝くじで1億以上の当選金を得る確率は、落雷で死んだり、隕石の衝突で死ぬ確率よりも更に低いと言われている。

 それだけの狭き門。何の努力もしていない人間が運だけで億万長者になるというのは、あり得ないほどの幸運に恵まれてなければ為し得ないという現実が数字になって表れている。

 もしそんな幸運を掴める人間がいたとするならば、多分そいつは一生分……いや、来々々世くらいまでの運を全部使い果たしてしまっているのではないだろうか。


「こりゃ明日には、トラックに撥ねられて死ぬかもな」


 スマホの画面から目を離し、天を仰いでたわいも無い独り言を呟く。

 数十秒ほど経ってから再びスマホを見やるが、表示されている画面に変わりはない。


「間違いねえ、当たってる……10億」


 何の気無しにネットで購入した宝くじの当選結果は、なんと驚くべきことに一等賞。しかも連番で買っていたので前後賞併せて10億円のMAX配当だ。


「はは……とりあえず仕事辞めるか……」


 別にブラック企業勤めってわけでもないけど、10億もあるのなら一般企業の平社員を続けてストレスを溜めながら生きる必要もないだろう。仕事とはスパッとお別れして、新しい人生を歩むのが吉だ。

 で、それから……それから何をしようか。


「やりたい事とか特に無いんだよなあ」


 夢とか目標ってものが俺には無い。

 ただ日々を何となく生きてきて、なんとなくここまで来てしまった。


 それが急に、今日から自由に何をしても良いと言われても、逆に困るというもの。

 やっぱ仕事続けようかな。


 ゴロっと床に寝そべってスマホを弄る。

 こうしていると手癖でいつも見ている動画配信サイトを開いてしまう。

 趣味……と言えるほどのものかは甚だ怪しいが、俺の趣味らしい趣味といえば、こうやってナマケモノのように自堕落に寝転がりながらスマホで動画を見ることだけだ。

 特に最近のお気に入りはVTuberの配信で、もっぱらゲーム系の実況配信を見て、無為に無意味に無遠慮に時間を浪費している。


「VTuberか……」


 この時俺は、どう考えても気の迷いとしか思えないような思いつきを頭に浮かべていた。


 ■


 一ヶ月後。


「やっぱ駄目だ、向いてねー」


 パソコンのモニターを前に溜息を吐く。

 その動きに連動して、画面の中の顔だけは良いアニメ風キャラがアンニュイな表情で眉尻を下げた。


 何を隠そう、コレは俺だ。

 より正確に言うならば、俺がVTuberとして活動するために用意した“ガワ”だ。

 金なら捨てるほどあったので、結構有名で俺好みの絵柄のイラストレーターに依頼して作ってもらった2Dモデルだったわけだが、いかんせんガワだけ良くても中身――『魂』が微妙だったせいで配信は連日閑古鳥が鳴く有様になってしまった。


「配信って言っても何喋ったらいいのか分かんねーしな。やっぱ、なんだかんだ伸びてる奴らはスゲーよ」


 人気がある配信者には、やはり何かしら人を惹きつける魅力があるのだ。

 例えば喋りが面白かったり、特殊な知識や技術を持ち合わせていたり、歌や絵が上手かったり、ゲームが得意だったり、エトセトラエトセトラ……。

 兎に角、人に自慢出来るような経験も能力もないような、あるとすれば10億という金だけの俺がいきなりVTuberを始めて人気になろうなど、片腹痛いにもほどがあるって話だったわけだ。


 まぁ、手段を一切選ばないのであれば、宝くじで10億当たった金でVTuberを始めました! とでも喧伝して、ついでにSNSでフォローしてくれた人の中から抽選で現金プレゼント! とかやれば注目度だけは上がったのかもしれないが、そんな風に目立つためだけに金をばら撒くのは、俺の小市民としての価値観とプライドとその他諸々が拒否感を示していたので却下ということになった。

 どうせそんな手段で人を集めたとしても、そうやって集まった人間は金に興味があるのであって、金をばら撒いている人間そのものには微塵も興味を持ってくれないだろうしな。


「なんにせよ、これ以上VTuberやっててもしょうがねえし今日で引退だな」


 未練がないと言えば嘘になる。

 何だかんだで初めての配信の時は緊張したし、初めて人が見に来てくれて、初めてチャットにコメントを残してくれた時は嬉しかった。

 その初めてのコメントくれた人はそれ以降二度と配信に姿を見せなかったけど。


 久々にワクワクしたしドキドキした。新しいことに挑戦する楽しさってのを十年ぶりくらいに思い出せた。社会に揉まれて摩耗した心のリフレッシュくらいにはなった。

 だから本当にほんの少しだけ、Vとしての活動を続けたいという気持ちが無い訳でもない。

 ただそれ以上に、人が全然来ない状況なのに、配信で何を喋ろうかなどと不毛極まりないことを考えなくてはならないような環境の辛さが、Vを続けたいという気持ちを遥かに上回っているのだ。


「えー、一身上の都合により、わたくし《漆原・ダークネス・クロウ》は本日を持ちましてVTuberを引退させて頂きます。短い間でしたが応援ありがとうございました……と、こんなもんで良いか」


 SNSに引退を報せる旨を投稿した。

 本当なら引退配信とかした方が良いのかも知れなかったが、どうせ誰も見ないだろうし面倒だからやらない。

 とりあえずこれでVTuberはお終いだ。次のやることを探さないとな。


 その後は何もせずに不貞寝したが、意識が落ちる直前まで、ションボリとした『器』の顔が頭から離れなかった。

 魂が抜けて、からっぽになった器は、この後どうなってしまうのだろう。

 

 からっぽの器と、からっぽの

 10億という金があるにも関わらず、未来に光を見つけられないのは相変わらずだった。

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