第7章 魔法少女のために僕ができること
7.1 ごまかした!
紗夜の事件から、およそ一ヶ月後。
旅の始まりを待つ者、見送る者、旅慣れず戸惑う者、ありがちなトラブルで揉める者。休日も重なって、羽田空港国際線ターミナルの出発ロビーは人でごった返している。
そんな中にいながら、グロリアは一際目立つ。開襟シャツにデニムというラフな出で立ちのくせに、去り際すら華やかだ。慣れた様子でチェックインをすませると、別れの挨拶もそこそこに、薄紫色にも白銀色にもみえる髪をなびかせながら保安検査場へと消えてゆく。
いつもの四人に見送られ、グロリア・ヴァイオレットは帰国の途についた。
「ちょっ、荒城、アンタどーしたのさ!?」
出国するグロリアの背中が見えなくなってからも、しばしその場にとどまっていた蒼一たちのうち、真っ先に声を上げたのは日奈だった。
蒼一と紗夜が振り向くと、そこでは荒城があふれる涙を拭うことなく、ただ唇をかんだまま立ち尽くしている。
「お前……」
「荒城くん、今日はずっと、頑張ってましたもんね……」
いつもの騒がしさはどこへやら、今日の荒城は、愛しのグロリアを前にしても口数が少なかった。
胸に去来するのは、想いが叶わぬまま別れの日を迎える無念か、恋の終わりの寂しさか。それでも、彼はグロリアの前では決して、泣き顔をみせはしなかった。終始笑顔のままだった彼女を心配させたまま帰国させられない、という意地もあったのだろう。
そんな荒城のなけなしの
「な、なにもそこまで泣くことねぇじゃねぇか」
「だって、だってよぅ……俺、本当にグロリアちゃんのこと大好きで」
「花泉のいうとおりだって。別に一生会えないわけじゃないし、メッセとかもあんじゃん」
「でも、荒城くんの気持ち、ちょっとわかります」
他の二人と一緒に荒城をなぐさめながら、紗夜はしみじみと語る。
「連絡をとる手立てがあっても、好きな人と離れてしまうってなったら、わたしもきっと泣くと思うんです」
ちょっと小柄な恋人の目配せにうなずいた蒼一だったが、それを見逃してくれるほど、日奈は優しくない。
「ふーん。へー。ほー」
「な、なんだよ」
「別に? 仲がよろしくて結構ですなぁ」
口をへの字に曲げてそっぽを向く少年と、顔を真っ赤にしてモジモジしてしまう巫女を見た日奈は、放っておくといつまでもニヤニヤしていそうだ。とはいえ、おいおいと古典的な泣き声を上げる荒城をうっちゃっておくわけにもいかないと思ったのか、ウブな二人をからかうのも程々に、泣き顔の坊主頭を無理やり引っ張ってゆく。
「グロリアがいたら騒がしいし、いなきゃいないで大泣きって、アンタどんだけ世話焼かせる気よ?」
「だってよぉ〜」
「いい加減しっかりしなさいよ!」
蒼一たちの手まで借り、駅への連絡通路へ連れ出されてようやく落ち着きをみせた荒城だったが、カーゴパンツの尻を蹴り上げられて再び涙目になる。日奈なりに喝を入れたのだろうが、衆目の前でさんざん醜態をさらした挙げ句の仕打ちとしちゃ酷じゃねぇかなぁ、と蒼一もつい同情してしまうほど、ショートパンツから伸びたおみ足が見舞う一撃は重かった。
「ああ、アンタたちはここまででいいよ、ありがと。あとはアタシが引き受ける」
改札の手前で、日奈は幼馴染の首根っこを掴んで高らかに宣言するのだが、蒼一と紗夜はすぐにその真意を読み取れない。揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするばかりだ。
「ミッション。デートしてこい。アンタたちのことだから、どーせろくすっぽ一緒の時間作ってないでしょ?」
「でも、荒城くんはどうするんです?」
「大丈夫だって!」
「……本当かよ?」
カラカラ笑ってみせる日奈に背中をひっぱたかれても、荒城は反応に乏しい。これをみて安心しろというのは随分無茶である。
「……本当に、おまかせして平気なんですね?」
「アンタたちはなにも心配しなくていいよ。コイツももーちょいしたら立ち直ると思うし。つーか立ち直らせる」
「では、お言葉に甘えます。お土産、買って帰りますね」
「マジ? よろ〜。それじゃああとはごゆっくり〜」
さてどうしたものか、と蒼一が思案するよりも早く、紗夜は提案に乗っかり、あれよあれよという間に話をまとめてしまう。ほら行くよ、と日奈に引っ張られるがままエスカレーターを下る友人を、少年はただ眺めるばかりだった。しょぼくれた背中と坊主頭が、歳に似合わぬ哀愁を漂わせる。
「行っちゃったね?」
「……行っちまった、な。あと嘘もついちまった」
「嘘?」
「俺たちさ、夏休み、ほとんど毎日一緒にいたじゃん? 学校始まってからも似たようなもんだし」
「あれは……日奈ちゃんが勘違いしてくれた、ってことにしましょう」
「そうだな。勘違いじゃ、しょうがねぇよな」
「それにほら、お出かけっていうのは、初めてだし」
空港のロビーへと引き返した蒼一の手を、紗夜はごく自然に捕まえる。互いが互いの手を探っているうちに、二人の指が絡み合うのもいつもどおりだ。
「蒼一くん、やっぱり強い手してるよね。いっぱい素振りして、たくさん練習したのが、ちゃんと伝わってくる」
紗夜からみた蒼一の手は分厚くて、硬くて、温かい。
「紗夜の手は小さくて、その……可愛い」
少年が握り返したのは、剣を振るうとは思えないほど細くて柔らかい、典型的な女の子の手。不用意な力の込め方をすると壊れてしまいそうで、気が気でない。
「夏なのにちっと冷てぇのが心配だけど」
「それなら蒼一くんがあっためてよ」
ちょっとだけ頬を染めて見上げるてくる紗夜を直視できず、蒼一はつい、ちょっと遠くを見てしまう。
あの一件のあとから、彼女は時折、こうして彼をからかって困らせることが増えた気がする。惚れた弱みがある以上、蒼一が紗夜に勝てる要素はない。
そんな少年が取る手立ては、いつも一つだ。
「……ん、じゃ、混む前にメシにするか!」
「あ、ごまかした!」
乱暴なのは口調だけ、彼の
絡めた指から伝わる、蒼一なりの不器用な優しさが、自然と紗夜の心を温める。
二人が互いに手をとって登る階段の向こう側、風舞う展望デッキを越えた先では、入道雲に支えられた晩夏の青空がどこまでも続いていた。
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