4.10 わたしたちならきっとできる
「わたしの昔ばなしと、隠し事……きいてくれる?」
そいつは穏やかじゃねぇな、と蒼一はつい身構えてしまう。
昔話はともかく、彼女がなにを秘しているのかは、さっぱり想像がつかないだけに不気味だ。彼女のことを知りたい気持ちはあるけれど、それが原因で面倒事に巻き込まれるのはご勘弁願いたいところである。
「それ、本当に俺に話して平気か?」
ささやかな抵抗代わりの質問にも、紗夜は頭を振らない。名捕手にリードされた新人投手さながらに、蒼一を完全に信頼して覚悟を決めきった顔をしている。
向こうがその気ならば仕方ない、後は野となれ山となれとばかりに、少年も腹をくくった。
「わたしね、小さい頃は神社《ここ》で暮らしてたの。お父さんがここの神主で、お母さんは巫女だった。小さい神社だけど、昔は繁盛してたんだよ。氏子さんも近所の皆さんもお参りに来てくれてた。初詣とか夏祭りだって、おっきな神社ほどじゃないけど賑わってたし。それにここって高台だから、花火もよく見えるでしょ? 今はもう、すっかり寂れちゃったけどね」
思い出に引かれるように、そっと二の鳥居に寄り添った紗夜は、蒼一にもわかるほどはっきり声を詰まらせる。
その様子をみれば、彼にもなんとなくの事情は察せられた。本来神社を管理していたはずの人物――紗夜の両親はおそらく、この世にはいない。
「この街に戻ってきたばかりの頃は、ここ、もっと荒れててね。本当に最低限の管理もされてなかったから」
二本の柱を失った神社は、その後誰にも顧みられることがなかったのだろう。紗夜が大いなる決意とともにこの街に帰らなければ、そのまま朽ちゆくのを待つだけだったのかもしれない。
途切れ途切れに語る紗夜は、つつけば今にも泣き出しそうで、蒼一の分厚い胸がきゅっと締め付けられる。黒曜石に似た深い輝きを秘める眼が見据えるのは、過去か、未来か、今か。
「……紗夜はさ、
「もう一度ね、あのころの賑わいを取り戻したいの。たくさんの人が訪れてくれるような神社にしたい。お父さんとお母さんが遺してくれたこの神社を、わたしが再興する。大学も神道系の学校を志望しててね。そこで階位をとって、正式にこの神社を継ぐの」
胸のうちに秘めていた野望を吐き出しきった紗夜から、
翻ってみて、自分はどうか?
「……すげぇよ、あんた」
蒼一が投じた白球は、ゆるい放物線を描く。
野球という拠り所を失ってから一年以上経つが、彼は未だ、明確な次の目標をみつけられずにいる。重力に引かれるがままの一球のように惰性で進学し、いわれたとおりに
「俺、正直、いま何やりたいかすらよくわかってねぇもんな」
「それなら、これからしばらくは、わたしのことを手伝ってくれるって期待していい?」
蒼一がグローブを構えても、紗夜はすぐには返球せず、代わりに仮初めの道標を示す。
「どんなに熱意があっても、一人じゃできることは限られてる、でも二人ならもっといろんな事ができるって、蒼一くんが来てくれてからよくわかった。……どうかな?」
「俺でいいなら、ぜひ」
「ありがとう」
わたしと一緒に荷物を背負ってよ、という思いが、見惚れるくらいのバックスピンに変わり、構えたグローブを揺らす。それほど速くはなくとも、球質はみかけ以上に、重い。
蒼一が応える一球は、緩やかでも、糸をひくようなきれいな直球だ。可愛い同級生と素敵な時間を過ごしたいという少年らしい下心がないといえば嘘になるし、動くきっかけも誰かが与えてくれたものかもしれない。でも、目標を見つけようともせずふわふわするのもこれまでにするか、という決意が、自然と球の軌跡を変えていた。
「わたしも全力で、蒼一くんを支えます」
蒼一の胸に、再び、勢いのある一球が投げ込まれる。
「大丈夫。ふたりなら、わたしたちならきっとできる」
「その意気込みはいいけど、あんまり無理すんなよな」
蒼一の放つ白球に、かつての剛球の面影はない。でも、少女を支える明確な意思の宿った一球であることは確かだった。
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