4.5 前科がつくようなこと以外なら
「両親がここの管理者なんですけど、ちょっと事情で来れなくて。わたしが仕事を任されてるんです。本当は毎日来たいところなんですけど、普段は学校もありますから。重い仕事を夏休みの間に片付けちゃおうと思って」
「へぇ。何やるんだ?」
「境内の掃除に、本殿の手入れに……できれば宝物殿の片付けもすませたいところですね。一人だとちょっと大変だけど、頑張らなきゃ」
さも当然、とばかりに、紗夜が薄い胸の前で拳を固める。
彼女の決意をきいた蒼一は、神社の有り様にふと思いを巡らせ、首をひねった。境内はこじんまりとしているけれど、あくまで彼の中のイメージとくらべた印象でしかなく、一人での手入れは無理があるように思える。夏は緑の成長著しい季節、玉砂利や敷石が青葉に覆われるのも時間の問題だろう。参道と社務所、行きがけに見かけた手水鉢は掃除されていたけれど、そこで手一杯という現状の裏返しともとれる。
「さすがに一人じゃ手に余らねぇか? 誰かに手伝ってもらうとか、業者を呼ぶとかしたほうが」
「でも、これは私の仕事ですから」
蒼一のささやかな心配は、柔らかくもぴしゃりとはねつけられる。
巫女の本意は定かでないが、その細腕が力仕事にはまるで向かなそうなのも事実だ。そんな彼女を一人残してほっぽっておけるほど、蒼一も薄情にはなりきれなかった。
「……例えば、さ、こういうのはどうだ?」
しばし考え込んでいた蒼一に引っ張られるように、ちょこんと正座していた紗夜の背中がすっと伸びる。もとより良い姿勢だが、そこにさらにしなやかな芯が加わってみえた。
「まず、俺が
「それは構いません」
「もちろん、タダでとは言わねぇ。代わりにあんたの仕事を手伝う。どうだ?」
「そこまでは……申し訳ない、です」
「だけど、俺だって場所を借りっぱなし、ってわけにゃいかねぇんだよ」
蒼一がぶら下げた交換条件を前に、紗夜は困ったように視線をそらす。
仕事を最後まで全うする優等生らしい責任感と、掲げた目標の遠さの間で惑っているのが、人の心の機敏に疎い少年からみてもわかる。今の彼女の言葉をすべて諾として飲み込むわけにはいかない。どこかで一歩踏み込まなければいけなかった。
「だいたい、やろうとしてることが一人でどうにかなる量じゃねぇってのは、あんたが一番わかってるはずだぜ?」
「それはそうですけど」
「力仕事だってでてくるだろうし、頭数は多いに越したことはねぇだろ? なんなら荒城とか雪村を呼んだっていいんじゃねぇか? あんたが声かけづらいってなら、俺が代わりに」
「それは待って」
迷いに揺れる紗夜は、初めて、強い調子で蒼一の言葉を遮った。
「あの二人に何を返せるか、すぐに思いつかないんです」
「あいつらはそんなコト気にしねぇと思うけどなぁ」
「そもそも、みなさんの協力が本当に必要なら、わたしが声をかけなきゃいけないはずです。そこまであなたにやってもらうのは、やっぱり違うと思います」
少女のいつもより細い声には、決して譲れない一線を守る覚悟が宿っている。そんな調子でいわれてしまうと、彼もそれ以上強くは出れない。「最後は、あんたが決めることだけど」というに留める。
「本当に、手伝ってくれるんですね?」
目をふせてたっぷり一分考えた紗夜は、意を決したように、蒼一に問う。
「どんなことでも?」
「手錠かけられて、前科がつくようなこと以外なら」
「それは、心配ご無用です」
そう笑った紗夜が別室から引っ張り出してきたのは、年末に地元の工務店が配る、華やかさのかけらもない三色刷りのカレンダーだ。
「花泉くん、この後は時間ありますね?」
「ん、ああ、大丈夫」
「わたしにも、あなたにも、色々都合があります。まずは大まかに予定を決めましょう。来れない日を先に埋めて、日毎のスケジュールはその後です。いいですね?」
「お、おう」
委員長らしくテキパキと仕事をすすめる紗夜の隣で、少し出過ぎた真似をしたかなと反省した蒼一だったが、トレーニングする場所を見つけるという当初の目的は達せたから、良しとする。足を伸ばした先が可愛いクラスメイト
最も、体は強くなるかもしれないが、心がそれに追いついてくれる保証はない。本当に向き合うべき相手からこっそり逃げてきたという状況は何一つ変わっていないのだから。
後ろ向きな事情を抱えた少年と、自分のやるべきことに邁進する少女が、互いの目標に向けて、二人三脚で歩む夏。
話し合った結果、日曜を除く六日間のうち四日間、蒼一は朝から夕方まで神社で過ごすことになった。午前で解散するのは、紗夜に用事が入っている日だ。夏祭りの舞台で披露する神楽の練習と打ち合わせがあるらしい。本番は見に行っていいか、と何気なく蒼一がきいたら、しっかり考えたのちに
「……考えておきます」
と返された。
頬を染めているのは夏の暑さのせいか、他の理由があるのかは、ちょっと定かではない。
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