3.3 もう終わった話だ
期末試験を控えたある日の放課後、荒城と日奈に誘われた蒼一は、駅前のスポーツ・アミューズメント施設まで気晴らしに出向いていた。慣れない左手ながらも持ち前の運動神経を生かして、ボウリングやダーツに慣れた二人と張り合ったあとは、取れそうで取れないプライズゲームに興じて盛り上がる。その姿はどこにでもいる普通の高校生で、夜になると瘴気と魔物を探して駆けずり回っているとは思えない。
ひとしきり楽しんだ帰りがけに、茜さす公園に立ち寄った三人は、広場のベンチに並んで腰掛ける。三人の傍らには大袋と小袋が一つずつ、戦果は上々といったところか。
「見ろよ、すげえ空」
やんちゃ坊主のパッケージが特徴的なソーダ味のアイスバーを頬張りながら、蒼一は西の空を指した。沈みゆく太陽に染められた山の端から中天の濃青に至るグラデーションに、濃い茜色で照らされた雲が浮かんでいる。
「なんかちっと不気味だよね。少なくとも天使が降りてきそうな感じはしないかなぁ」
蒼一の言葉に真っ先に異を唱えるのは、三人の真ん中に陣取った日奈だ。モカアイスのチューブをくわえたまましゃべるせいで、あまり深刻な感じはしない。むしろ行儀の悪さが目立つ。生真面目な委員長がその場にいたら、眉をひそめつつやんわりと注意されそうだ。
そんな二人をよそに、もっとやかましいはずの残り一名が押し黙ったままだ。一番左に座った坊主頭は返事もなく、夕暮れの空どころではなさそうに頭を抱えた。傍らに置かれているのは、宇治金時の若草色も鮮やかなカップ入りかき氷。底抜けに明るいバカである彼も、アイスクリーム頭痛には勝てないらしい。それなのに、大きな痛みの波が去っては豪快に氷をかっこんで悶絶する、その繰り返しだ。
「学習しねぇなおい」
「かき氷はな、この食い方が一番うめーの。わかれ」
そこまでの熱意を理解しきれない蒼一は、棒っきれに文字が焼きつけられていないのを見て少ししょぼくれた。ひらがな三文字で一喜一憂できるのは少年少女の特権かもしれない。
「で、ちっとは気ぃ、晴れたかよ?」
「あ? 何のことだよ?」
「ここんとこ難しい顔してやがったじゃねーか?」
蒼一がへの字に曲げた口には、ソーダ味の爽やかさなんてもはや残っていない。瘴気の探索で目に見えた成果が出ず、気持ちがささくれていたのは事実だ。
「……そんなにわかりやすかったか?」
「うん。
「それはいろいろだぜ、
荒城の行動は判断に困る。バカ話から一転、時折本質を見抜いた物言いをするものだから、普段の愚行が本気か演技かわからなくなる瞬間があるのだ。少なくとも、
「委員長とグロリアちゃんも誘ったんだけどさ。二人共、最近ちょっとだけ元気ねーようにみえたから」
前者は委員長の仕事と家の用事、後者は留学エージェントとの面談――を建前とした魔法少女統括機構との会議――という理由で、それぞれ断られている。荒城はわかりやすく残念そうに肩を落とした。
「お紗夜はともかく、グロリアはアンタがしつこくコナかけたせいじゃないの?」
「それは絶対にねーよ!」
荒城の自信がどこからくるのか、二人には皆目見当がつかない。友人に対して相応の気配りもできるはずなのに、ことグロリアが絡むと見境がなくなる。これを恋は盲目と片付けるのは簡単だが、ものには限度というものがあろう。
「二人にゃ悪いけど、これで試験明けまでは遊び納めだな」
「ねぇ荒城、アンタ、また試験予想やんの?」
「おうよ。今度は予想問題を元手に小遣い稼ぎでもしようと思ってんだ。どうよ、一口乗らねーか?」
荒城の授業態度は悪い。授業中に船を
だが、いざ試験となると、気味が悪いほどの要領の良さを発揮する。どこからか手に入れた過去問をもとにヤマを張り、ターゲットを絞った勉強をして及第点をちゃっかり稼ぐのだ。先の中間試験で見事に出題予想を的中させた荒城は、図に乗ってよからぬことを企んでいるようだ。
「アンタ、そういうところには、ホントによく頭回るよね……」
「そこは四の五の言わずに乗っかっとけよ。つれねーな
「自分の胡散臭さを恨みなね。花泉はどうすんの?」
「そういうのは性に合わねぇ」
「相変わらず真面目だねー、蒼一ちゃんは。まあ気が向いたら声かけてくれや。相談にのるぜ」
蒼一の回答は渋い。元の気性のせいか、ヤマを張るやり方にはどうも抵抗があった。
それはなにも勉強に限ったことではなく、野球でも同じ。マウンドに立てば、
「試験が終わりゃお待ちかねの夏休みだ。オメーら、なんか予定あんのか?」
「いくらなんでも気が早すぎねぇか?」
「年寄りみてーなこといってんじゃねーよ、蒼一ちゃん。夏の足音が聞こえねーのか?」
「試験が終わったらパーッとやりたい、ってのはわかるね」
「さすが
「フェスとか、夏祭りとか、花火も捨てがたいよね」
「やることもやりてーことも山のようにあんだよ。店の手伝いもあるし、その絡みで草野球の助っ人も頼まれてるしさ。ちっとフォーム見てくんね?」
蒼一がいいとも嫌ともいっていないのに、荒城は立ち上がって大きく振りかぶる。
狙いは少し離れた先にあるくずかごだが、空き容器が描く放物線は右にそれ、慌てて拾いに走る羽目になった。
「下手くそ」
「うるせー、だったらてめーが」
見本みせてみろ、と言いかけたところで、荒城は珍しく気まずそうに口をつぐんだ。
彼が冗談を引っ込めてしまうくらいに、蒼一の右肩の状態は悪い。手術をし、リハビリも経験してなお、腕を上げて振りかぶる動作に支障をきたしている。かつて全国を制した剛球なんて、とうに記憶の彼方へと失われていた。
それを知っていたはずなのに、いつもの調子で、いうべきでない一言を口にしかけたことを申し訳なく思っているのかもしれない。
「気にすんな、もう終わった話だ」
「……
うつむく坊主頭と入れ替わるように、蒼一は軽い足取りで、自分のゴミを捨てに行く。
この場に日奈がいてくれたのは幸いだった。互いに目を合わせづらい嫌な沈黙を縫うように話をつなぐべく動いたポニーテールに、蒼一は手振りでそっと感謝を告げる。
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