2.7 男子って、ほんとバカ
放課後。チャイムが鳴ってしばらくしてからも、蒼一は自席に座ったまま、ぼーっと天井を見上げていた。
「なんつーか、うん、ご苦労だったな」
「花泉、大丈夫?」
友人二人のねぎらいに答えた手に、力強さはない。体ではなく
二人の関係について問い詰められた蒼一は、初対面で赤の他人だ、と繰り返すばかり。グロリアが実は魔法少女で、若い姿も世を忍ぶ仮のもの、その正体は自分の母親ですとは口が裂けてもいえないし、きっと誰も信じない。それどころか、そっちの筋の病院に叩き込まれる可能性すらある。少年が選んだのは、嵐が過ぎ去るまで余計なことをいわず耐え忍ぶ根性勝負だ。
一方、彼の意に反し、渦中の魔法少女が露骨に顔を曇らせる。それどころか、
「……うん、そうだよね……他人、だよね」
と寂しげにつぶやく有様だ。
そんな二人をみて、他人の感情の変化に敏いクラスメイトたちが苛烈な追求を見舞ってこないはずがない。まとめると
「さっきまで春の陽のように笑っていた女の子がそんな態度をとるなんてただ事じゃない」
「なにか裏があるに違いない、あるに決まってる、なきゃおかしい」
「黙ってるとロクなことにならねーぞ、とっとと吐け」
とこうである。
最終的にはグロリアが事情を説明し、その場をどうにか治めてくれた。曰く、亡くなった兄に面影がよく似ており、親愛の情が高ぶって抑えきれなくなってしまった――とのこと。
そんな設定どこから出てきた、と戸惑う息子をよそに、彼女は手帳から一葉の写真を取り出す。もはや少数派と化したフィルムカメラで撮られたらしく、画質はやや荒い。野球のユニフォームを着こなし、スタンドに向けて笑顔で手を振るその青年は、誰もが驚くほど、蒼一によく似ていた。人生にたらればは禁句だが、もし彼が今も投手を続けられていたら、どこかで同じ画が撮れたに違いない。
クラスメイト数人に写真を見せたグロリアは、そのまま兄の面影を胸にかき抱き、遠い故郷でも思い日々を切々と語った。時折交じる熱のこもった身振り手振りと、一抹の切なさを含んだ涙声に、誰もが声もなく聞きいってしまう。ひとしきり話を終えたグロリアが
「ごめんなさいね、暗い話しちゃって」
と謝ったときにはもう、蒼一は彼女の兄によく似た他人、という認識がクラスメイトの皆に刷り込まれている。まるで魔法でも使ったかのように。
「お前グロリアちゃんに優しくしろよ」
「あの写真みたいにちょっとはニコニコしてあげなさいよ」
「色は黒いしガタイもいいし顔も厳しいしで、最初は不良だと思ってた」
などと余計なことを口ぐりにいわれたときにはもう、蒼一には反論や抵抗の声を上げる気力も情熱も残っていなかった。
「そういや、あいつどこに行った? 帰ったのか?」
人もまばらになった教室を見渡しても、グロリアの姿はない。心底不思議に問うてくる蒼一を見た荒城たちは、ことさら心配そうな顔をする。。
「しばらく前に委員長に連れられて、学校の案内に出てったろーが。ひと悶着あったの見てなかったのかよ?」
「……花泉、アンタ疲れてるのよ。暖かくして早く寝るのよ」
どうにか取り繕おうとする蒼一だったが、友人たちから向けられる目線から、不審を拭い去るにはいささか時間を要した。
「委員長の意外な一面を見たな」
「おとなしく見えて、並み居る男どもを一言で従えるなんてね。アタシもちょっとびっくりした」
担任に命じられてグロリアを案内役となった紗夜は、ついていこうと必死な男子生徒たちを静かに制し、その場に押し留めたのだ。委員長は自己主張に乏しい、そう思いこんでいた一同が騒然とする間に、彼女は留学生の手を引き、教室を後にしている。
「しかしあれだな、グロリアちゃん、実にいい」
どこぞの評論家先生気取りの荒城に、危うく「人のオフクロをちゃん付けで呼ぶなよ」と突っ込みかけた蒼一は、慌てて口をつぐんだ。この学校にやってきた留学生はグロリア・ヴァイオレットであり、花泉紫音ではない。
危ういところが残っているとはいえ、重大な秘密を口にするまえに思い留まれる程度には、彼も調子を取り戻しつつあった。
「蒼一、オメーも男だからわかんだろ? アレに心惹かれずにゃいられねーはずだぜ?」
まだ短い付き合いではあるが、荒城は良くも悪くもあけっぴろげな
「テレビに出てる下手なアイドルよかずっと美人じゃん! あの巨乳に
「言い方どうにかなんねぇのかよ」
止めどなく流れいづる賛辞という粗末な包み紙からこぼれ落ちる、荒城の覆われた欲望が、日奈と蒼一の頬を引きつらせる。
「お前だってでけー乳は好きだろ、蒼一?」
「嫌いじゃねぇけどさ」
自分の心根をさらけ出すのに抵抗を捨てきれない蒼一が好みを曖昧にぼやかしても、無駄にポジティブな荒城は友人の態度を追い風と受け止めてしまう、こうなるとますます調子に乗って、持論をフルスイングでぶん回すから厄介この上ない。
「乳、腰、尻、どれをとっても絶品だよなぁ、あの曲線で壺とか作れねぇかな? 絶対売れるぜ!」
「お前の目の付け所おかしいって、絶対……」
「カラダだけじゃねーよ、顔もすっげーよ。カワイくてキレイってどんなもん食ったら成立すんのかね? 耳も鼻も眼も唇もパーフェクトなバランスで成立してるってなんだよアレ? 極めつけはあの泣きぼくろだよな、キスしたい。つーかキスマークつけたい」
加速度的に変態じみてくる荒城に、日奈は処置なしと諦め顔になり、ただ首を横に振る存在と化す。
蒼一も似たようなものだ、なんでこんなやつと友達やってんだろうな、とつい遠くを見つめても、答えてくれるものはない。
「あの娘を見た野郎のほとんどはそう思ってるはずだぞ? お前もムッツリなだけで、本能では俺に同意してくれるはずだ」
「うるせぇアホ、テメェと一緒にすんな」
悪態をつく蒼一ではあるが、悲しいかな彼も年頃の少年。グロリアと暮らしているさなか、時折意図せず心にざわめきを覚える瞬間がないとはいえない。
そんな振る舞いを眼にする度に蒼一は強く思い返す。紫音は自分の母親で、グロリアは世を忍ぶ仮の姿。親としての親愛の情を抱くのはいい。でも恋愛や劣情の対象としては見れないし、見てもいけない――と。
「男子って、ほんとバカ」
「そいつは聞き捨てならねーな。美人に胸ときめかして色々期待しちゃうって、男として普通の反応じゃね?」
「だからってあそこまで鼻の下伸ばすかね、普通? 嘘ついたピノキオだってああはなんないっしょ?」
「あいつが伸ばしたのは鼻じゃねーか!」
呆れ果てた日奈の言葉に、荒城が耳ざとく反応する。仲良く丁々発止のやり取りを繰り広げる二人を見ていた蒼一は、
「お前ら、仲いいよな」
とつい漏らしてしまい、当然のように二人から睨まれる。そんな彼にできることといえば、明後日の方向に向かってかすれた口笛を吹いてごまかすくらいだった。
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