2.4 間違ってもバレるわけにはいかねぇな
昼間は母として家庭を守り、夜は魔法少女として魔物と瘴気を追う、花泉紫音の二重生活。
それはすなわち、
習慣の軌道修正に難儀しているのは、むしろ息子の方だった。
いくら紫音が魔力活性を高めたとて、中身までまるごと変わるわけではない。変化するのは
紫音とグロリアは、そもそも漂わせる雰囲気――有り体に言ってしまえば色香のベクトルが違う。絶対量は五分でも、紫音から漂うのは年を重ねたゆえの艶、グロリアが纏うのは好対照をなす清楚さだ。状況を少々複雑にしているのは、蒼一の好みが清楚な娘である、という事実だ。眼鏡を押し上げる指先、かき上げた髪の向こうにちらりとお目見えするうなじ、育ちのよさを伺わせるしなやかな歩調といった仕草は母と変わらないはずなのに、グロリアの何気ないふるまいは、時折蒼一の胸を高鳴らせる。
そのたびに彼は、念仏のごとく心の中で「グロリアは母親グロリアは母親……」と唱える。
それゆえに、同居する魔法少女を「グロリア」と呼ぶのにはどうしても抵抗があった。彼女を母ではない誰かとして扱っているような感覚が拭いきれないから。
そんな葛藤を抱える蒼一も、昼は学校へ、統括機構に呼び出された夜は現場へと、日常と非日常を行ったり来たりする生活を送っている。瘴気発生の報を受けると、あらかじめ渡された七つ道具――名前こそ仰々しいが、主に現場の撮影機材――を引っさげて夜の街をゆくのだ。
ところが、魔犬との遭遇以降、なかなか瘴気や魔物を捉えるには至らない。統括機構謹製の監視システムが瘴気を検知しても、一行が到着したころには反応が消失している。残るのは禍々しい爪痕に、背筋も凍るおびただしい血溜まりと、人外の力同士がぶつかりあった跡ばかり。指示通りに現場を映像に収めるくらいの薄い成果しか挙げられない、肩透かしの日々が続いていた。
でも、労力と結果が釣り合わない夜だって、いずれは終わり、朝が来る。
蒼一は眼をしょぼしょぼさせながら、いつもどおりの時間、教室のいつもの席に座る。開け放たれた窓から差し込む陽光も爽やかな風も、意識にかかる
「朝っぱらなーにシケたツラしてやがんだー、蒼一ちゃんよー?」
「うっせぇなぁ」
洋の東西や古今を問わず、人の憂鬱などどこ吹く風とばかりに絡んでくる人間は一定数いる。自席で大あくびした蒼一に声をかけたのもその類の男子だ。気安く肩を組もうとする坊主頭を心底うざったそうに振り払うところから、蒼一の学校生活が始まる。
「相変わらず見事な尖りっぷりじゃねーの? さてはあれか、恋の悩みで眠れぬ夜を過ごしたな? それともナニか、ナニのしすぎでお疲れモードか?」
「テメェみてぇな頭ピンクと一緒にすんな」
五厘刈りと制服のブレザーが絶妙にミスマッチしてた男子生徒――
「あら、坊ちゃまはご機嫌ななめ?」
そうかと思えば、今度は荒城の後ろから女子生徒がひょっこり顔を出し、蒼一に追い打ちをかけてくる。動く度に愛らしくひょこひょこ揺れる栗色のポニーテールも、ささくれ気味の神経をかすめる嫌な猫じゃらしにしか見えない。
「
「別に何もねぇよ、眠いだけだ」
「体力バカのアンタが眠いってどんだけよ?」
呆れ顔のポニーテール――
「おかしいっていったら荒城もどっこいどっこいっしょ?」
「え、ひどくね?」
幸いなことに、蒼一に対してはそれ以上の追求がなかった。彼女の矛先は一転して坊主頭に向く。
「遅刻の常習犯がチャイム鳴る前に教室にいるんだよ? またなんか悪巧み?」
「ちげーよ! 俺だって朝の空気を楽しみながら学校に来る日ぐらいあるってーの!」
「どーだか? 内申とかの話持ち出されてビビって早く来たとか、どーせそんなんでしょ」
「ビビってねーし!?」
「アンタのお母さんからそう聞いたんだけど」
「あんのババア!」
――うちのオフクロは、少なくとも、ババアって呼べる感じじゃねぇよなぁ。
荒城と日奈、幼馴染同士の遠慮会釈がないやり取りをきいているときでも、蒼一の脳裏に
緊急出動に急かされて飛び出したにもかかわらず、未知の存在に遅れを取り、魔物の救済を果たせなかった夜が明けても、彼女の生活リズムは乱れない。今朝も息子より早く起き、朝食と蒼一の弁当を作ると、朝から用事があるということで
――グロリアと住んでるってバレるわけにゃいかねぇな。
リアリティの
はたから見れば、現在の蒼一はそんなシチュエーションの住人だ。坊主頭やポニーテールを筆頭としたクラスメイトに露見したらしつこく絡まれるに決まっている。この場にいない、黒髪の素敵な委員長が今の彼の状況を知ったら、きっと徐々に距離を取られ没交渉になるだろう。入学して二ヶ月足らず、大きな波風なく順調に友人関係を築きつつある今、悪目立ちするのはなるべく避けたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます