映画館とか。

 映画館。

 館内は明度が低いため、外が夜でもなければ入る前まで内部の様子がわからないようになっている。映画館から出る時に眩しくて目を細めた覚えがある者も多いだろう。


 優理も前世で数え切れないほど味わっていた。今世での記憶はあまりない。優理の母は過保護な方だったのだ。一人暮らしを始めてからも行っていないので、実質これが初映画館とも言える。本人はあまり感動していないが。


「わああっ!!」


 隣の少女がまん丸な瞳を見開き、歓喜の声を上げる。

 ぶんっ! と顔がこちらに向き、ワクワクでいっぱいな笑顔が視界に広がった。とても可愛らしい。ついなでなでしてしまう。


「ユーリ!」

「はいはい」

「すごいです!」

「そだね」


 すごいすごい! と連呼する少女を連れて通行の邪魔にならない場所へ。誤認アクセのおかげで認識阻害はできているが、はしゃいでいれば注目は集める。銀髪藍眼は海外からのホームステイ的なアレだと思われたことだろう。妙に微笑ましい目が向けられていた。


 言うまでもないが、周囲には女性しかいない。

 本日も優理はNon女装なので、アクセサリーは手放せない。アヤメはもちろん、リアラも追加で国から分捕ったものを装備しているため全員素の姿が見えていた。


「おいしそうな匂いがしますっ」

「映画館って結構食べ物充実しているからね」

「優理君。何か買う予定はあるの?」

「え? 僕はありませんけど……」


 尻尾をぶんぶん振っている可愛い大型犬が隣にいるので、何も買わないとは言えない。リアラもそれを察し、ふんわりと微笑む。


「ふふ、先に映画だけ選んじゃおう? まだ確定したわけじゃないんだよね?」

「そうですね。暫定ってくらいだったので」


 ということで映画のポスターがずらりと貼られているエリアへ移動。ポップコーンとホットスナックと、映画館特有の匂いに頬が緩まる。

 この世界の女性はあまり強い香水を使わないので、匂いが混在してしんどい、ということにはならない。


「むー……」


 壁際で悩んでしまったアヤメを置いて、後方保護者面してリアラと並ぶ。


「リアラさんは見なくていいんですか?」

「うん。……アヤメちゃんの好きなのでいいかなって。だって……ふふ、あんなにも楽しそうなんだもん」


 むんむんと悩む少女に優しい眼差しを向けている。その横顔に微笑む優理である。じっと見ていたらちらちら目が合った。


「えと、な、なにかな?」

「いえ別に。リアラさん大人だなと思っただけです」

「そ……そうだ、よ? お姉さんだから、ね?」


 薄っすら頬を染め、お姉さんっぽく指を立ててくる。可愛い。

 とりあえず指を握っておき、「あわはわ」と変に慌てている美人を放っておくことにした。


「アヤメー」

「はい!」

「決まった?」

「ま、まだですっ」

「そっか」


 お悩みお姫様はまだ時間がかかるらしい。

 ポスター前をあっちへ行ったりこっちへ行ったりと忙しそうだ。あらすじを読んだり写真や絵を見たりと、映画初体験らしく存分に悩んでいる。

 そのままぼんやり人差し指にぎにぎしながら見ていようとしたら、振り向いた銀の少女がとことこ寄ってきた。くいくいと袖を引っ張ってくる。


 リアラを見て、こくこく頷くので指を離してアヤメに付いて行く。自分だけを連れていくのかと思ったら普通にリアラのことも引っ張り、二人で苦笑しながらお姫様に連れていかれる。


「ユーリ! リアラ!」

「はいはい」

「うんっ」

「どれがいいのかわからないです!」

「堂々としてるね」

「えへへ」

「褒めてないんだけどね……」

「ふふ、アヤメちゃん、どの作品で迷っているの?」

「えっとですね。これと、これと……これです!」


 アヤメが指差したのは三つのポスターだった。

 一つ目、スーパーヒーローもの。ド派手なアクションが有名で、実写映画のシリーズものの最新作だ。シリーズではあるがヒーローごとに焦点が当てられるため前後を見なくても問題ない。


 二つ目、恋愛映画。遠距離恋愛をテーマにした作品。すれ違いや物理的な距離故の問題を上手く落とし込んでいる。俳優が有名。ありがちだが、評価は堅実。


 三つ目、優理も知っている現代ファンタジーアニメ。主人公の苦悩と成長、在り方を描いた名作。テレビ版もあったが、映画版として作り直された。ちなみに原作はR18のPCゲームである。


「リアラはどれが好きですか?」

「私は……えと、実はこれが気になっていて……」

「? それは……見たことない作品ですっ」

「えっとね。これは……主人公の女の子が"愛"を探すお話なの。家族愛、姉妹愛、友愛、恋愛……いろんな愛を一つずつ知ろうと生きていくお話、かな」

「ふんふんっ、アニメーションですね!」

「うんっ。あんまりアニメとか見ないんだけど……優しいお話で有名なんだよね」

「そうなんですか……リアラ、見たいですか?」

「う、うん――あ、で、でもね。アヤメちゃんが見たいのあるなら全然そっち優先していいからね?」


 あぁその発言は銀色お姫様に逆効果だ。優理は知っている。天真爛漫自由に生きているように思えて、アヤメは他人をよく見ているのだ。


「えへへ、リアラが見たいなら私も見たいですっ!」

「僕もそれでいいよー」

「え、ええ。で、でも……」

「私は全部見たいので、リアラのでもいいのですっ」

「うんうん。僕も」

「そ、っか。じゃあ……えっと、チケット買いに行こう?」

「はいっ」

「承知ー」


 気恥ずかしそうな美人を先頭にチケット売り場へGO。

 優理が想定していたのは実写アクション映画で本数多めだったが、リアラの示した映画も上映自体はそこそこ多かった。今の時刻が十一時ジャストくらいなので、大体一時間後だ。

 映画を変えたがあまり上映開始時刻は変わらず、次の始まりは十二時半。


「……ふむ」


 チケットの購入は終えた。そこそこ人気があるようで、席はちょっと後ろの方。子供は前を好むかと思ったが、優理家のお姫様は「ふふふー、映画は後ろの方が見やすいって調べましたー! えへへー」と鼻高々だった。頭を撫でてあげた。嬉しそうだった。


 それはさておき、時間だ。思ったよりも時間が余ってしまった。館内フードを食べるにしても、それまでに何か軽食を取りたい。自分はともかく、リアラもともかく、アヤメに我慢を強いるのは嫌だ。別に当人が気にしなくても、彼女の冷や飯生活を知っている優理が嫌だった。


「二人とも、どうします? アヤメお腹空いてる? リアラさんも。お昼は映画の後って話でしたけど、結構時間余っちゃいましたね」

「んー……ちょこっとだけお腹空きました」

「私は、えっと……そんなに、かな。さっきソフトクリームも食べたし。優理君は?」

「僕もまだ特には。何かつまんでもいいかなくらいの気持ちです」

「そっか」


 映画も決まりチケットも購入できたので、三人仲良く外へ。目的地はない。お姫様にとっての新天地をお散歩するためだけの外出だ。あとパンでもサンドイッチでもたこ焼きでも、皆で分けれるものがあれば食べてもいいかなと。


 傘を差す。雨の勢いに変化はない。ちょっと強くなっただろうか。

 一人で歩くのはあまり気分が乗らない天候だ。そんなことを考えたからか、そっと手に温もりが触れる。いつものお姫様かと横を見ると、同じ目線に緑茶アイがあった。


「えとえと、さ、寒いかなって……っ」


 頬を染めて目を逸らし、まるで漫画のヒロインのような台詞を吐く。


「ありがとうございます」


 お礼を一つ。手を握り返すことを明確な答えにした。

 はにかむ美人の可愛らしさに頬を緩めながら、早く早くと急かす銀色お嬢様の下へ。どれだけ急いていても優理とリアラが行くまで待っているのは、どこまでも子犬っぽさを連想させる。要するに可愛い。


 優理とリアラが手を繋いでいるのを見て、アヤメはどちらにすればと首を振る。

 傘は優理が持っていたが、リアラは即座に察して持ち手を請け負った。


 アヤメはリアラのことも大好きだが、なんだかんだ言って優理の方が大大大大好きなので、満面の笑みで空いた手に飛びついてきた。今度は優理が両の手を塞がれてしまった。


 娘を連れた父母から美女美少女を侍らせるハーレム野郎にジョブチェンジである。ちなみにこの男、童貞。


「さっき来たのとは逆方向歩いてみますかー」


 てくてくと雨道を行く。


「リアラはどうして"明日数えて1メートル"を見たいのですか?」

「うーん……優しいから、かな」

「優しい……」

「私、優しいお話が好きなんだ。現実って、上手くいかないことも多いでしょ? いろんな悩みがあって、いろんな間違いがあって、いろんな失敗があって。抱え切れないものは諦めて取りこぼして、それでも生きていかなきゃならないのが人生だから。……だからね、懸命に生きて、分からないモノを探し求めて、最後にはそれを見つけられる……全部じゃなくても、欠片でも答えを見つけられるような、あたたかくて優しい終わりがある物語が好きなの」

「そうなのですか……」

「あ、え、えと……ごめんね? 具体的じゃなくて変に難しくて」

「いいえ。大丈夫です! "明日数えて1メートル"は愛情を探して見つけるお話なのですね」

「うん。私も……」


 ちら、とリアラが見つめてきた。


 今の話の流れだと、リアラの見つけた愛情は……というニュアンスだと思われる。

 その愛情の対象は言うまでもなく自分であり……返答を待ってもらっている手前気まずい。この性欲逆転世界で、性欲だけでなく純粋な愛をちゃんと持っているのだとわからされてしまったから……返事はできない。


「ふふ、ううん。私たちも優しい終わりを迎えられるように頑張らないとね」

「? ……まだあんまり、終わりはわからないです。私、もっとユーリとリアラと一緒にいたいです……」


 お姫様がしょんぼりしてしまった。

 リアラがあわあわとして目で助けを求めてきたので、こくりと頷き手を離す。


「アヤメ」

「……はい」


 ぎゅっとハグをする。

 頬を合わせ、体温を分ける。外気のせいか、少女の頬はいつもより冷たく感じた。


「僕、ここにいるよ」

「ん……ちょこっとつめたいです」

「ふふ、アヤメもちょこっと冷たい」


 少女の吐息が耳に触れる。甘酸っぱい香りで肺が満たされる。相変わらず良い香りのするお姫様だ。


「心配しなくても、ずっと一緒だから。寂しくなったら、怖くなったらいつでも僕にくっついていいからね。抱きしめてると、ちゃんと一緒だってわかるでしょ?」

「……ユーリ、ぽかぽかです」


 アヤメは手を繋ぐよりも腕を組むよりも、ハグを好んでいると知っている。頭を撫でられるより頬を撫でられる方が好きなのだって、体温を強く感じられるからだ。生活を共にしてそれなりに時間が経っても、アヤメは人肌に、温もりに飢えている。


「アヤメ、あんまり自分から抱きついてこないもんね。いいんだよ、何も言わないですぐぎゅーってしても」

「でも……ユーリ、いつもぎゅってすると緊張してます」

「や、それはね。うん。まあ……」


 気づかれていたのかという驚愕、そりゃ気づかれるかという納得。

 身体を離し、藍色の瞳を覗き込んで微笑む。


「緊張はね、アヤメが可愛い女の子だからしてるんだよ」

「ん……そ、そうなのですか?」


 身じろぎし、恥ずかしそうに目を合わせて逸らせてと繰り返す。


「うん」


 このまま見ていても良いが、羞恥心レベルが上がってしまうのでやめておいた。少女の頭を撫で回し、頬を撫でて手を繋ぐ。


「ユーリっ」

「うん」

「ずっと一緒です」

「うん」

「リアラもずっと一緒です!」

「う、うん、ふふっ」


 かなり曖昧だったが、アヤメ自身は納得できたようなので彼女のメンタルケアは終わりだ。

 優理とリアラの腕はそれぞれアヤメの両腕に絡め取られてしまった。ハーレム状態も悪くはないが、お姫様が一番喜ぶこの並びが三人で歩くのに適しているのだろう。


 子供のお願いもちょっとした我儘も、聞いてあげるのが大人の役目だ。何より、優理もリアラもアヤメの笑顔を見るのが好きだった。


 これより先、同居人の美少女からハグを受ける頻度が跳ね上がるとは露知らず、優理は女性二人と雨の日散歩を続ける。







――Tips――


「明日数えて1メートル」

あらゆる"愛"をテーマにしたアニメーション映画。

主人公の少女は愛を知らない人間。両親はいる。友もいる。仲間もいる。なのに愛は知らない。生まれながらにそういった感情の機微に疎く、心が欠落したのが少女だった。

愛は知らなくとも自分が周囲と異なるのはわかる。曖昧な疎外感、小さな棘、見えない壁が少女の周囲には張り巡らされていた。そんな折、少女は一通の古い手紙を見つける。差出人は曾祖母。宛先は祖母。内容は簡潔に「本物の愛は与えられるのではなく、生み出すモノだよ」というものだった。少女は旅に出る。手紙を頼りに、真実と愛を探して旅をする。希求の果てに見つかるものは、愛か、それとも――――。

「明日数えて1メートル」

2028年秋。紅葉色の旅が、今始まる。

大ヒット上映中





※あとがき

ちょっと風邪引いたので投稿遅くなります。あと仕事も変わるので。むしろこっちがメインか。

6月頃には元のペースに戻せたら……と思います。

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