【ライブ配信】後(ご)報告【Yutchura_live】



 十月の二十二日。日曜日。夜の二十時前。


 配信者ユツィラのリスナー(炎上前からの)たちは、通話チャットアプリ"miscoto"内で勝手にユツィラの配信待機チャットを作ってだらだら話していた。



▼本配信避難所▼

本配信の待機チャットやばくて草

大炎上してますね……

予想通りだけど、同じ女としてちょっとね……

中には男がいるかもしれないだろ!

私の目がおかしいのかもしれないけど、視聴者数おかしくない?



 言われて気づくリスナーたち。

 配信画面は未だいつもの「Now Loading」のままで変わりなく、金曜日の夜にあった告知以降、ユツィラ当人から何も音沙汰はない。炎上後の対処としては正しいとも間違いとも言えないが、今日の配信でどうにか上手く切り抜けてくれと願う。とりあえず引退になったら普通に焚きつけた所は全力で燃やそうと思うリスナーたちだ。


 それはそれとして、あるコメントを見てリスナーの多くがページを更新し配信画面下部を見る。

 配信開始五分前。まだまだ始まらないと注視していなかったが……。



▼本配信避難所▼

普段の何倍よ、これ

えー、これ伝説配信確定です

水こぼした。ユツィラに拭いてもらわないと……

視聴者数30万人とか初めて見たこの数字

私たちを合わせても到底届かない数字がここに……



 待機チャットの流れはユツィラの配信にて過去の例がなく、穏やかさとは無縁の殺伐とした長文が乱舞していた。

 罵詈雑言の類を省いて冷静なコメントを例に挙げると。


【ここ数日一切コメントなく「後(ご)報告」という配信タイトルは煽っているとしか思えません。もう少し状況を考えて動くべきです】

【ミュミュのメッセージにもChurichのコメントにも反応なく、何か動いたと思えば配信告知とは、まず謝罪が必要じゃないんですか?】

【過去配信も見てきましたが、碌なアーカイブが残っていませんでした。女を騙して楽しいですか?男詐欺はやめてください】

【ほとぼり冷めるまで待とうとしないのは英断だろうけど、待機画面もアーカイブと変わらないとか誠意が感じられない】


 等々。まだ綺麗なコメントを拾い上げたが、見るに堪えない単語も多い。キーワードを抜粋すると"引退""謝罪""嘘つき"辺りが多いだろうか。応援コメントも流れてはいるが、それ以上のマイナスコメントですべて流されている。


 そして、コメント欄から移り配信画面下部の同時視聴者数には約「300,000」の数字が並ぶ。現在進行形で人は増え、十九時五十八分三十四秒の今、視聴者数は四十万台に乗ろうとしていた。


 刻々と動く時計の針。

 いつもユツィラはぬるっと配信を開始するので、この大炎上中の今も変わらずにスッと音入りが行われる。ただし、普段と違う点が一つ。



▼本配信避難所▼

ほあ!?!?画面ついてる!?!!?

――始まったわね、あたしとユツィラの配信が

「後にこの配信が語り継がれることになるとは、この時わたし以外の誰も予想していなかったのであった」

きゃー!わたしとユツィラきゅんの愛LOVE配信よー!

動画?動画じゃない?動画だね!!



 相変わらずのユツィラリスナーたちを他所に、伝説が始まった。





『えっ、もうこれ撮ってるの?』


 そんな台詞と共に画面は動き始める。

 言葉が返ってくることはないが、視聴者の中で映像・音声関連の職に就いているものはほんの微かな違和を微細に感じ取った。音が上手く消されている。カメラが動いているので当然だが、話し相手がいるのだろう。あと、極一部の変態はアダルティなビデオの導入っぽいなと興奮していた。


『うわもう、撮るなら言ってよ――って待った待った。ごめんごめん。僕が撮ってって言ったんだもんね。やー撮影は初めてだからさ。心の準備的なやつがね』


 ぶつぶつと言う人物――声はおそらくユツィラな人間の全体像をカメラが映す。

 背後は白い壁。そう広い部屋ではないのか、すぐ近くにキッチンが見えた。


『えー。この動画が世に出ている頃――っていいや。面倒だな。とりあえずはい。こんにちは、ユツィラです。リスナー諸君どうもー。いえーい、何気にカメラ配信初じゃない?初だよね?……どうだろ。やったことあるような気もするけど……まあいいか。初カメラだぜ。いえーい』


 元気にピースしてはしゃいでいるユツィラは、初めて配信でその全身を晒していた。

 顔にはふざけているとしか思えないお祭り用のタヌキお面が被せられ、しかし耳や髪の毛はよく見える。


 日本人的な黄色身がかった肌色に、髪はベリーショート。女性ではあまり見ない髪型で、色は黒。喋りながらポージングを取っているおかげでスタイルがよくわかる。


 細身で、半袖ポロシャツから覗く腕はそれなりに筋肉質。胸はない。絶壁だ。首や肩回りの筋肉もそこそこ発達し、最低限は鍛えているとわかる身体つきをしていた。

 無地の青ポロシャツと組み合わせたズボンは黒に近い紺色で、細いながらちゃんと見ればふくらはぎや太ももが張っているとわかる。全体的に女らしさは薄く、リスナーの多くはこの時点で察してしまっていた。


『あ、ちょっ。一人ではしゃいでてごめんて。これでも緊張してるのさ。カメラだし。動画だけど。……えー、引き伸ばすのもアレなのでサクッと。ユツィラです。男です。今まで誤魔化して嘘ついててごめんなさい!僕はお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんでしたー!!』


 ぺこりと頭を下げる。表情は見えないが、当人が言うには結構緊張していたのだろう。

 コメント欄の動きが鈍くなる。先ほどまでスクロールするのも大変なくらい流れていたものが、今一時、風が止んだように遅くなる。


『とは言ったものの、証拠出せって言われると思いましてね。――じゃあ出してやりますとも。その証拠というやつを!』


 言いながら、カメラも動いていく。かなり揺れが少なく感じるのは持ち手のスキルなのか、スムーズに――ぬるっとスムーズ過ぎるほどに動く。

 向かう先はキッチン、ではなくユツィラが立っていた壁際横の小さな棚だった。木製で、どう見ても一般家庭にある代物。ここで閃くユツィラリスナー(古参)。ここ、ユツィラの自宅では???


 ユツィラリスナーは変態なので、この映像を脳内補完して瞬時に同棲した記憶を作り出す。「おはよう」と起こされ「もうちょっとぉ」と寝惚けて駄々を捏ねると「しょうがない子だ……」と添い寝してくれる。そのまま朝のむらむらが強まり「……ちょっとだけ、したいの……だめ?」を「……いいよ。僕に任せて」と解消してくれ――くれた思い出!!!


 一部のリスナーが離席しどこかへ行ったりもしたが、そんなものは無視してユツィラの動画は続く。


『はいまずここね。ここはねー。僕の下着置き場です。ええー。……うん。男物だよね。当たり前だけど。そりゃ履いてるしそうだよ』


 雑に並べられた短パン――否、男物のパンツ。目の肥えている者はその多くがボクサーブリーフであると即座に看破した。これはなかなか……食指をいや性指を誘う……。と、再び一部のリスナーが離脱する。主にユツィラリスナー(中堅)。


『結構恥ずかしいな。……まあいいや。次!こっちが本題ね。カメラは、そうそう。おっけー』


 ぐっとカメラとの距離が縮まり、艶めくうなじや首筋にモニター前の一部女性が赤面する。

 レンズはキッチンの冷蔵庫。さらには引き出された冷凍庫に向けられた。


 本来はそこに銀の少女の謎金属板も置かれていたが、さすがに見られたらまずいと場所を移されている。あるのは冷凍食品と、ずらっと並べられた小さな容器。

 多くの女性に見覚えはなく、けれど一部の婚活女性は理解してしまった。幾度かは婚活を諦め、国の精子バンクを調べたことのある女たちだ。そこには多くの情報に加え、男性の扱う精子保管容器についても記載されていた。


『えー。これです。見たことない人も多いと思うけど、これ瞬間冷凍器です。男って国に精子提出する必要があるので、新鮮なやつを保管するための物ですね。義務じゃないけど半分義務な感じのね。僕が国から便宜受けられてるのも、前の配信だと兄がいるから~とか言いましたがアレ嘘です。僕本人が婚活制度利用していて、それ以上に結構ちゃんと精子収めているからが真の理由でした』


 保管容器をゆらゆら。小さな試験管のようで、外から内は見えないようになっている。

 冷凍庫に容器を戻した後、場所は最初の白壁前に戻る。


『どうだー。リスナーたち、君らが求めていた男性COカミングアウト配信だよ。ちなみにまだまだ動画作ったので、最後まで見て行ってね!』


 手を振るユツィラが白んで消えていく。

 この時点で視聴者数は五十万を超えていた。コメントの流れもある程度は戻り、しかし先ほどとはガラリと雰囲気が変わっている。批判は減り、戸惑いの声が多いようだった。


 現状の視聴者はその八割近くがユツィラのことを知らずに見に来ているため、非難の理由を失ってしまった途端にユツィラが何を伝えたいのかわからなくなってしまったのだ。特に今ちょうど流れ始めた映像には。


【THE FIRST SING】


 ドン、と最初に大きな文字でテロップが表示され、次にどこかで見たことがあるような白い部屋が流される。画面内にはコンデンサーマイクとポップガードがあり、ゆっくりと現れたユツィラがヘッドホンを装着する。


『これから歌うのは、僕が一番好きな曲。後ろ向きでマイナス思考な僕が、ちょっと顔を上げて"まあ頑張ってみますかー!"と思えるようになる曲です』


 呟くユツィラに、リスナーの一部はまさかと思った。

 ユツィラは歌がそんな上手くない。それでも定期的に歌&雑談配信を取るのは、当人が歌に元気をもらうことが多いからだと以前語っていた。それを覚えていたリスナーは、同時にユツィラの最も好む歌も覚えていた。故に、多くのリスナーがその単語を動画主と同時に呟く。


『『――前に』』


 イントロと同時に、ユツィラの声が大きく響く。



『あぁ!何度振り返り足を止めてしまっても

見える景色暗く不安でも

顔を上げ笑い行け今日も

足を、上げて行け。心向く方へ


過去を思い出す、未来あすを想う

狭間で揺れ動く現在いま思う

前に見える何か、目を細め眺め

感じる時の流れを


どこにでもある日常

なにげない笑顔に引きずられた

後悔ばかりの過去だけど

今に残るものもある


忘れたりしない

ありがとう

見える光へ、向かう


滲む涙散らし生きていく

崩れそうな足抑え日々生きている

足を止め目を閉じ立ち止まっても

まただ、すぐに、あぁ!


何度振り返り足を止めてしまっても

見える景色暗く不安でも

顔を上げ笑い行け今日も

足を、上げて行け。心向く方へ


今見える場所までに

たくさんの後悔を抱え歩いてきた

辿り着いたんだ


忘れたりしない

ありがとう

見える光へ、向かう


滲む涙散らし生きていく

崩れそうな足抑え日々生きている

足を止め目を閉じ立ち止まっても

まただ、すぐに、あぁ!


何度振り返り足を止めてしまっても

見える景色暗く不安でも

顔を上げ笑い行け今日も

足を、上げて行け。心向く方、その先の未来へ


立ち止まり蹲ってしまう背に届く声がある

もうあと一度、明日を見て前へ

明日へ明日へ明日へずっとずっと先の未来あす

諦めてない、まだ立ち上がれる


過去を抱え明日を行く

今この瞬間を

遠く遠く未来あすの果てまで』



 諦めず、前を向いて過去を飲み込んで未来を生きるという希望の歌。

 挫折して諦めたことのある、諦めようとしたことのある人間ほどこの歌はよく効くものがあった。


 ユツィラは――優理は前世で大きな挫折を味わっていた。それは永年童貞以外に、例えば就職失敗、再就職失敗、再再就職失敗等の社会人時代の出来事がある。

 当時は何度も下を向き、諦め、そのたびに周囲の何かに助けられて生きてきた。


 なんでもない空の移り変わり、朝日に揺れる草花、雨に濡れた空気の香り、たくさんの音楽、夢の中の妖精、妄想の中の幽霊、それと家族。


 たった一曲の音楽で何度も涙した。性欲逆転世界は前世と変わっていても、世の中素晴らしい音楽であふれている。


 ユツィラがこの曲を選んだ理由は、自分と同じように苦境に立たされている人間へエールを送りたかったからだ。諦めず、前を向こうと。自分を受け入れ前に進もうと。夢を持って、夢を持ち続けて生きよう!と。


 半分純粋な気持ち、半分分離工作の気持ちで歌った歌だった。


 歌は別に上手じゃないので、何とも言えない微妙なコメントが多々流れている。

 本配信ではなくユツィラリスナーの避難所では、歌以上に"やっぱ男だよねー。あたしはわかってたよ"と後方腕組み彼女面するリスナーばかりでチャットは混沌としていた。


『――……やっぱこの曲はいいね。じゃあ次!前向いて行こうか!』


 余韻に浸るのも束の間、カメラに近寄ってきたユツィラがレンズを手で覆う。

 暗転し、徐々に明らむモニターの先は再び場所が変わっていた。


 今度はどこかの舞台の上。

 演劇でも行うような幅広の舞台をカメラが映す。照明は薄暗く、数秒経って舞台袖にスポットライトが当てられた。光を浴びながら出てきたのは狐面の男、ユツィラ。


 舞台中央に男が辿り着き、謎のポージングを取ったと同時に音楽が鳴り響く。ミュージカルの始まりだ。


『僕は男!性欲、妄想に、配信も下品な話ばかりで、顔出しだってできないんだけど……』


 リズムに乗せて声を張りながら、一際高い段に飛び乗る。


『男ってだけで決めつけるな!僕の夢はイチャラブ結婚生活さぁ♪』


 手に持ったマイクをくるくる。放り投げ、キャッチし――損ねて慌てて拾う。汗を拭う仕草はわざとらしいが、そういうパフォーマンスにも見える。


『告白はロマンティックな場所、記念日はたくさん作りたい。プロポーズは何度だって!恋を諦めるより、恋を追い続けたいんだぁ♪さんきゅー!!!僕の大切な夢♪』


 明かりが広がる。気づけば舞台全体に光の雨が降り注いでいた。


『『誰でも夢を持つ♪』』


 どこからか入るコーラスは男女入り混じっており、よく聞けば男声はすべてユツィラが頑張って出しているとわかる。


『夢が叶いそうになくても、夢見る心は忘れない。誰だって夢を持つ♪』


 騒がしいコーラスが続き、ユツィラとは逆側の舞台袖に新しいスポットライトが当たる。

 スタターと走って出てきたのは大きな猫の仮面を付けた少女だった。長い長い黒髪がふわふわ靡いている。


『私はまだまだ子供ですっ』


 ひらひらーっと可愛いドレスを揺らした少女がユツィラの手を取り振り回す。

 高揚と興奮で制御が薄れた力は強く、ユツィラの中身、優理は仮面の下で顔を引きつらせた。パワーが強い。


『お寿司も食べたことなくて、ステーキも食べたことないです!遊園地もプールも知りませんっ。一人のお買い物は苦手で、一人のご飯も好きじゃないです。一人じゃだめだめな子供の大人ですっ』


 歌というよりただ元気に喋っているだけのようにも思えるが、少女の元気いっぱいな声はそれだけで不思議とリズムに合っていた。


『でも私は全部知ります!おいしいものを食べて、いろんな季節にいろんな場所へ。今までは全然ですけど、明日には今日よりずっと大人な私です!夢は永遠ですっ!!』


 ぐるぐる振り回されふらふらっとするユツィラを少女が支え、なんとか息を整えコーラスに合わせ歌を続ける。


『僕らは(だれでも)♪』

『夢を持つ(夢がある)♪』


 もう一度今度はユツィラが少女をくるくる持ち上げ回って、床に下ろしたところで元気な声が響く。


『夢の全部が叶う明日をっ、まだまだ子供ですけど、そのうち大人になるんです!夢はみんな持っていますー!』


 最後は元気にぴょんぴょん跳ねて歌が一段落した。

 まだまだ突発ミュージカルは続く。、少女は舞台袖に引いたが、ユツィラは未だ舞台の上だ。音楽に合わせた声はすべて録音に切り替わり、最初からそのつもりだったかのように賑やかな歌が全国のスピーカー・イヤホンヘッドホンより流れる。

 カメラはユツィラにアップされ、疲れた雰囲気で床に座る姿を捉えていた。時折合いの手で『誰でも!』『夢を持つ!』『夢がある!』『仲間さ!』と叫び、拍手を入れ、歌が終わったところで大きく"ブラボー!!"と言っていた。完全にリスナーと同じ目線だ。


 万雷の拍手を受けたまま、何故かぺこぺこ頭を下げるユツィラが再びカメラに近づき、二度目となる手のひら暗転を迎える。


 数秒。

 切り替わった先は白黒だけのモノクロ空間だった。


 どうやら舞台自体は変わっていないらしく、しかし肝心の舞台上はすべて真っ白だった。


 ――♪


 突然鳴り出す音楽。日本風の太鼓とシンセサイザーがテンポよく混ざっている。

 インターネットに慣れ親しんだ人間ならその多くが聞いたことのある、元気に明るくリアルイベントで躍りやすいダンス曲の一つだった。名前を"神のきまぐれ"。


 音楽に続いて現れたのはユツィラと少女――だが、その姿は白を背景に黒く塗りつぶされたような形だった。いわゆるシルエット動画である。


 ポージングから始まり、拍手とダンスと、簡単なダンスとはいえ一朝一夕でできるものではない。ユツィラの動きは付け焼き刃もいいところで、最初から振り付けは間違いだらけだった。対して少女、アヤメの動きは完璧も完璧。キレはあるのに可愛さも併せ持つプロダンサー顔負けの踊りを見せていた。


 手の振り、指の動き、足捌き、しゃがんで立ち上がってジャンプして、左右へのステップもパーフェクトだ。


 足首までの長い髪が臨場感たっぷりに揺れ踊り、それがまたダンスの上手さを美しく見せている。


 Aメロが終わり、すぐBメロに入った。

 アヤメは顔の傾きや身体の向きも丁寧で、さらには類稀な身体能力を発揮して大きな動きもお手の物としていた。

 ユツィラはわかりやすく動きが鈍り、途中で膝に手を当て止まっていた。体力切れである。


 メロディーはサビを過ぎ、ラスサビ前のCメロに入る。

 ここは力を入れようと思ったのか、アヤメに並んでユツィラも完璧なダンスを踊り始める。


 二人の姿はシルエットだけでも充分に感情が伝わるほどで、ラスサビを迎えて疲れ果てたユツィラの疲労感はひどくわかりやすかった。


 最初から最後までぶっ通しで元気いっぱい楽しげな踊りを見せたアヤメは、特に息を乱すことなく隣に座り込んでいるユツィラへしきりに話しかけていた。

 ぴょんぴょん跳ね、くるくる回って髪を揺らしてくすくす幸せそうに笑う。シルエット故モニター前の視聴者に表情は映らないが、この笑顔を見ていたら視聴者の半数は心癒されていたころだろう。


 結局疲れて床に寝転がってしまったユツィラを、少女が引きずって引っ張っていく。

 舞台から人が消え、四度目の場面転換。


 暗闇は数秒、映るはユツィラの配信待機画面。流れるは音楽。曲名は「夢は最強!」。

 今までと異なり音量は小さく、数十秒経っても切り替わらない様子に多くの視聴者が察した。


 動画が終わった。というかこの「夢は最強」、ユツィラの歌ってみたなんだ……。


 現状の同時視聴者数、驚異の七十万人超え。

 配信開始前のユツィラのチャンネル登録者数を優に超える人数が、この配信を見ていた。





――Tips――


「ユツィラの伝説配信」

配信者ユツィラが男性カミングアウトした配信として有名で、この一件を機に"配信者ユツィラ"という存在がインターネットアンダーグラウンドから表の世界に飛び出した。

2030年になっても活動拠点を変えず、しかし活動の幅は大きく広がった。Churichのみの配信ではなく、他配信者とのコラボ、男性の婚活・妊活の推進、さらには男性に対する女性の悩みを解決する組織へのアドバイザーとしても活躍している。

配信者という在り方よりも、ちょっとしたお悩み相談師やエッチなお兄さんといった在り方の方を知っている人の方が多いかもしれない。

上記の伝説配信により、その後、歌とミュージカルとダンスを一気にまとめてやってしまう動画がしばらく流行ることになった。また、配信者が歌ったり踊ったりミュージカルしたりすることへの垣根を低くしたとして、多くの配信者が"参考にした"と言う配信でもある。

※ユツィラの伝説配信以降の動向はあくまで現在の世界線であれば、という前提が付くため注意すること。

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