二人のお出かけ②
優理家より徒歩十分ほど、スーパーマーケット二階。
「ふああああ!!!!ユーリユーリユーリユーーーリぃぃ!!!」
「はいはいはいはい!大きな声は出さないようにねー!」
「そ、そうでしたっ!えと……ユーリ、すごいですよ!」
「そこまで小さくしなくてもいいんだけどね……」
ASMR並に小声になってしまったアヤメを甘撫でし、携帯を開きながら店内を歩き始める。
外にいる時繋いでいた手は既に解いている。買い物用のカートはアヤメに任せてしまった。カートを押すことさえ楽しそうな姿を見ていると、こちらまで楽しくなってくる。
「じゃあまず消耗品行こうかー」
手始めに同居生活必須アイテムから。
お風呂、洗濯、トイレ用の洗剤は余っているのでまだいい。ティッシュもまあいいだろう。柔らかティッシュが家には積まれている。
「トイレットペーパー買うか。アヤメ、好きなの選んでいいよ」
「!わかりました!!」
たたっと壁際に寄り、数秒悩んだと思ったら可愛らしい小動物柄薄ピンクのトイレットペーパーを持ってきた。
ぎゅっと両腕で抱きしめ、袋に顎を乗せるような形で見せてくる。あざとい。しかし可愛い。これが天然か。由梨にも見習うべきところがある。
うんうんと頷き、アヤメに籠へどうぞと伝えた。
トイレや水回り用品は他にあるかと、メモ以外で頭を働かせる。
「……お」
消臭剤発見。それも液体型。
モカの家に行った時持っていったが、家に常備はしていなかった。何せこれまで一人暮らしだったのだ。臭いなんて自分だけじゃ気にもしない。しかし今は同居人がいる。現代便器の消臭機能では間に合わない部分もある。買っておこう。
「ユーリ。何を買ったのですか?」
「消臭剤さ」
「消臭剤……おトイレでしょうか?」
「うん。人間の恥じらいだね」
まあ気にしない人は気にしないが。
優理は意外とその辺気にするタイプだった。フレグランスは大事。だから香水にも悩むのである。匂いフェチは性的なもの以外でも日常で気にすることが多いので、不便と言えば不便だ。その分楽しみもあるが。
一般生理用品は続く。次は歯磨きコーナーだ。
「アヤメ、歯ブラシは家から持ってきてたよね」
「はいっ。で、でもユーリ。ここたくさんありますよ!」
「ほう、買いたいのかね」
「はい!」
「よしよし、今日は特別じゃ」
「えへへー」
素直に頷く美少女へお好きな歯磨きセットをプレゼント。歯ブラシと歯磨き粉と好きな物を選んでもらう。その間、優理は携帯を耳に当てて通話しているフリをする。
「エイラ?聞こえる?」
『肯定。聞こえています。優理様』
「アヤメが家で使ってる歯ブラシって普通の?」
『否定。現代人の"普通"とは異なります。次世代素材による形状記憶性を持ち、純粋な素材強度もあります。日々使い続けても五十年は持つとされています』
「……おーけー。まあ別の買っても損はないよね?」
『肯定。使用方法自体に変化はないので、使用者の歯磨き手技により口内健康度は変わります。アヤメ様用に新しい歯磨き道具を購入するのはとても良いことです』
「うん。了解。ありがとうね」
『返答。どういたしまして、優理様』
AIからのお墨付きももらえたので、迷っているアヤメの意見を尊重して好きにしなーと伝えておく。会話の途中で返事が雑過ぎて頬を膨らませた美少女がいたりもしたが、無事歯磨きセットは購入できた。
次は髪の毛関連だ。
「じゃじゃーん。これが日本のシャンプーリンストリートメントヘアミルクヘアオイルだー!!」
「わわ、わぁぁーー!!す、すごいです!!ユーリすごいですよっ!!!!」
「はははーー!」
やばい、超楽しい。
隣のアヤメがピィィンと背筋を伸ばし、ぴょんと一跳ねして感動を表現している。こうも喜んでもらえると連れてきたかいがあったというものだ。
優理も初めて海外の大量食品販売スーパーに行った時は同じような感動を味わっていた。心が身体に直結はしていなかったが、思いは同じだ。良い。とても良い。アヤメへの好感度がぐんぐん上がる。
「アヤメ髪の毛長いからねー。僕は大好きだけど、邪魔じゃない?僕は好きだけど洗うの大変だよね?僕は好きだけど切りたいと思ったりしないの?僕は超好きだけど」
髪フェチの欲望が無限に垂れ流されたような気もするが、気のせいだ。
「え、えへへぇ。褒めてくれて嬉しいだけですよっ。撫でてくれていいですよ?ユーリ?」
「はは!僕は躊躇しない人間だぜ!」
「きゃふーっ!」
頭をなでなで。髪の毛なでなで。大きな尻尾をさらさら撫でて指通りの良さに打ち震える。――――いいね!!!
きゃぁきゃぁ喜んでいるアヤメを放置し、満足感に浸る。
どこからどう見ても完全な変態の姿がそこにはあった。
「――さて、と」
精神の充足も得たところで、シャンプーリンストリートメントに戻る。
実際のところ優理の家には優理用のワンセット、由梨用のワンセットと、男女両方の分が取り揃えられているので新たに買う必要はなかった。しかし、一つ忘れてはいけないことがある。
「アヤメ。世の中には試供品というものがあってね」
「試供品ですか?知っています!お試しですね!」
「そうそう。シャンプー系にもそれがあるのさ」
大事なのは匂いだ。極端に安くなければ髪への効果にそう差はない。効能を求めるならお金を出す必要がある。アヤメの場合事情が事情なので、髪へのダメージは自己再生する。文字通り人体的な再生だ。
なので、ここで気にするべきは効果より匂い。香り。そう、Smellである。
せっせとお試し品の匂いを嗅いで、どれがいいこれがいいと試していく。
優理は石鹼や金木犀、薄めの果実の香り等と幅広く匂いを好んでいるが、その中でも甘めなスイートフローラル(具体的には優理当人も知らない)を好いていた。濃すぎず、ふわっと漂う花だか果実だかの香り。
近いものはごく稀に使う入浴剤か。――入浴剤買ってもいいか。
他所に流れる思考を振り払い、どうするかーと悩む。
アヤメの体臭は抱きしめた時やハグした時になんとなく知っている。甘酸っぱい爽やかな香りだ。見た目より色香あふれる匂いで日々ドキドキさせられている。それを打ち消すのはどうもなぁと思ってしまう。
「うーん……アヤメ、アヤメはどんな匂いが好き?」
「私はユーリの匂いが好きですよ!」
「そっかぁ」
なでなで。アヤメは可愛いなぁ。
撫でられてニコニコしている美少女をそのままに、あまり匂いの残らない髪に優しいシャンプーリンストリートメントを選んであげた。種類が多すぎて困った顔をしているアヤメにはちょうどいい。初心者向けだ。
ヘアケア用品は櫛や髪ゴム、適当なリボンを買い足していったん終わりとする。
女性特有の生理用品もエイラに言われた通りの物をぽいぽい籠に放り込んでおいた。ついでに入浴剤もいくつか。
まだまだ考えれば買う物はあるのだろうが、意外に由梨として生きる上で必要な物を買っていたおかげで事足りる部分も多い。
女装の利点がまた一つ生まれてしまったようだな……。
会計を済ませ、トイレットペーパーだけでエコバッグを占有してしまった現実から目を逸らす。
荷物を詰め、今度は一階の食品売り場に向かう。
「アヤメ」
「はい!」
「今日はハンバーグを作ろうと思います」
「はい!楽しみです!」
「一緒に材料買おっかー」
「はーいっ!えへへー」
ハンバーグに必要な材料をメモ帳から引っ張り出していく。
肉、豆腐、玉ねぎ、卵、牛乳、パン粉。それと紫蘇&ネギ。
煮込みハンバーグにする予定はないので、いくつかの味で食べられるよう薬味を買っておく。紫蘇は刻んで市販の和風ソースと合わせると美味しい。ネギも同じく。家にある出汁塩で食べても良いし、醤油やソースを使ってもいい。ケチャップマヨネーズもあるので簡単オーロラソースも作れる。ごま油と塩を混ぜても美味しい。レモン汁も合わせられるか。アヤメはたくさん食べるので、いろんなソースを作ってあげよう。
「アヤメアヤメ」
「はい!」
ぶん!とこちらを向いてキラキラした目で見てくる。可愛い。
「今ね。ハンバーグのいろんな味付け考えてたんだ。いろんなソースかけてみたい?」
「か、かけたいです!!」
「ふふふー、じゃあ楽しみにしててね」
「ごくり――は、はいっ、楽しみにしています!」
目を見開いてこくこく頷く少女を撫で、普段よりたくさんの具材を買っていく。
特に肉だ。調味料はあるから肉さえ用意できれば食べ放題になる。
「ええい、今日はもう一キロオーバーだ!」
「わぁぁ!!」
お徳用パックを籠に入れる。単純に豆腐を1:1で混ぜたら二キロである。
翌日の分も考えると……。
「どうせならたくさん作るか!!」
「た、たくさんです!!!」
後先考えず作ってしまおう。驚異の二キロオーバー。豆腐の分量減らしても三キロ以上のハンバーグにはなる。
まったく作り過ぎじゃないかと。でも可愛い同居人のためだ。初めてのハンバーグはお腹いっぱいになるまで喜んで食べてもらいたい。あと普通に優理自身も食べたかった。
アヤメが翌日に食べる分まで考えたら作り過ぎても困らない。最悪冷凍すればいい。
市販のデミグラスソースだけ追加で買っておき、わかりやすく"ハンバーグ作りますよ!"といった様子で会計に行く。途中でジュースを一本買ったのは物欲しげなお姫様が傍にいたからだ。
ニコニコな美少女の姿にほんのり頬を緩ませる店員がいたりいなかったり。
平和な買い物は無事に終わり、家に帰って物を詰めて一息する。時計を見れば早々十時半を過ぎていた。そこまで買ったものは多くないのに一時間半は買い物に費やしてしまったらしい。
「……ふぅ」
疲れた。これで小物はおしまいだ。残りは大物ばかり。
机、寝具、絨毯、服、それとプレゼント。
プレゼント、プレゼントなぁ。
「――ユーリー」
「あいあい。なんだい」
「お出かけしましょう?お外行きたいです」
「うぐぐ、元気いっぱいで嬉しいよ……」
椅子でぐだっとしていた優理の傍に寄り、斜め後ろから覗き込む美少女が一人。
胸が、胸が、と煩悩に抗う童貞だが、口から出た言葉は皮肉でなく本心だった。無論のこともうちょっと休ませて、と心の声も含まれてはいたが。
「お外行きましょうー」
「うわーわー。揺れる揺れる」
「えっへへー。ユーリー」
可動域の広い椅子をゆらゆらと前後に揺らすアヤメ。楽しげだ。
両手を伸ばし、少女の頬をつまんで動きを止める。このまま上から接吻でも落としてくれないかなと思う童貞だが、お相手はキョトンとした後ぽわんと笑った。可愛いなぁ。
「はは」
乾いた笑いを漏らし、椅子から下りて気分を切り替える。休憩は十分ほどで終わりだ。出かけよう。
「よっしっ、アヤメ。お出かけしようか!」
「えへへー!はいっ!」
軽く水分補給をし、本日二度目のお出かけを始める。
アヤメと優理の一日は、まだまだ始まったばかりである。
――Tips――
「ハンバーグ」
性欲逆転世界におけるハンバーグの起源は普遍世界と大差ない。そもそも男女比の異様な偏りはここ百年程度の出来事であり、過去の偉人に多少女性は多くとも歴史に大きな変化はない。
しかし、性欲逆転世界におけるハンバーグ(隠語)には食べ物以外に別の意味が存在する。それは"男の手料理"という点と"素手"という点にある。普遍世界では、可愛らしい女性の作ったおにぎりが一部男性から多大な人気を集めていた。性欲逆転世界でも同じことが言える。ただし、その需要は普遍世界と比較にならないほど高い。「なに?男の素手捏ねハンバーグ!?!?――すぅ……OK、落ち着いたわ。任せなさい。あたしがすべて食べ切ってあげる(固い決意)」とやたらイイ顔をして言う女ばかりだ。
ちなみにアヤメがハンバーグを食べたがっている理由は、ネットで見て美味しそうだったのと、優理が何度も美味しいよと言ったからである。
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