【番外編】クリスマス短編集。
まえがき。
※今後の展開に対するネタバレが色々含まれているのでご注意ください。また、世界線が異なるので本編はこのクリスマス短編集の世界に繋がりません。ネタバレがあってもちょっと書きたくなってしまったので書きました。その辺気にしない人は、こんな世界あるのね!と思って読んでください。ちなみに今書きたくなったこと全部書いたので結構長いです。※
――灯華の場合――
クリスマス。
それは聖夜。聖なる夜。男女比が1:10以上に偏った世界――通称、性欲逆転世界においては性夜などと揶揄されることはない。何故なら男女のカップルを街で見かけることはないから。それもこれも男の数が少ないから悪い。しょうがない。原理は不明だけれど事実男は減っているのだから仕方のないことである。
そんなクリスマスを、性欲逆転世界に住まう前世持ちの童貞レベル計測不能のレジェンダリーチェリー、
時刻は夜の十二時。ちょうど十二月二十四日から二十五日に移り変わったタイミングだ。
なんとなく目が覚めてしまい、妙に冴えた頭でカーテンをめくる。外は真っ暗、当たり前だが太陽の欠片も見えない。月光の舞う深夜の下界が優理を誘っていた。
「……」
無言でカーテンを閉める。優理は用なく外に出ない類の童貞だった。だから童貞なのだ。
眠気はさっぱり消えているため、しょうがなく部屋の電気を付ける。喉を潤し、携帯を開けば連絡が来ていた。
【優理様、お元気ですか?わたくしは元気です。今日も優理様を想って枕とシーツを濡らしております。仕事に忙殺されクリスマスイブを共に過ごせなかったこと、わたくしの生涯の未練に致します。悔しさで口の中を噛み、痛みが広がりました。痛いです。気持ちいいです。優理様。優理様に甘嚙みされたいです。今暇なら会えませんか?】
差出人は
相変わらずフルスロットルなLARNだった。控えめに言ってやばい。送られてきた時刻が昨日の夜十一時過ぎという時点でやばいし、内容もまたやばかった。今暇なわけないだろ馬鹿か。この人馬鹿だった……。
「……まあ起きちゃったけど」
耳の横を掻き、しょうがなく返事を打っておく。なんとなく目覚めて暇ですよ、と。
【今行きます】
「は!?!?」
目を疑った。そして鳴るチャイム。インターホンを見ると艶のある夜色のドレスを纏った美人がいた。胸の大きな美人だ。
家に入れてもよかったが、なんとなく今日は出かけたい気分だった。灯華のことだ。どうせ近くに車が止まっていて運転手もいるのだろう。優理も面識のある寡黙な専属運転手だ。
ささっと着替え上着を羽織り、玄関を出てエントランスに向かう。
エレベーターを降りると優理に気づいた灯華が愁いある表情を淡く和らげた。本当に、ドレス姿含め絵になる人だ。
「優理様!キスをいたしませんか?わたくし、もう口の中が痛くて寂しくて痛くて寂しくて……」
言葉さえ発しなければ本当に絵になる人だった。中身はただの変態である。
「いやちょっとうがいしてない人とキスはしたくないので」
「ひどい!?」
「灯華さん」
「いけずな方。何を――ん♡」
口付けだ。素早く唇を塞ぎ、舌で唇を擦ってすぐ離れる。優理が灯華とアレコレするようになって得たエロスキルである。
「あぁん♡うふふふ、優理様ったら、そんなもう、やる気むんむんでございますのね。わたくしも準備万端です!二人でクリスマスの夜に愛液濡れのランデブーと行きましょう?」
「行きませんけど。変なこと言ってないで外行きますよ」
「んもう、連れない御人。でもそんなところも好き♡」
自然に手を引いてくれる優理に胸キュンと股濡れが止まらない女である。
外に出ると冬の冷えた空気が優理の身を包む。寒々しい深夜の空気だ。外気に触れた頬が冷たく、隣の女にいくらか身を寄せる。意図を察して――察する前に、その大きな胸で優理の腕を挟み込んで密着する灯華だった。
「うふふふ」
「……当たってますよ」
「当てております」
「ですか」
「はい♡」
豊満な乳房がむにゅんむにゅんと腕を包み込む。敢えて意識しないようにしてもその心地良さは筆舌にしがたく、むむむと唸りながら耐える。優理の理性は強固だ。寝る前に賢者になっていなかったら危なかった。
「今日仕事はどうだったんですか?もういいんですか?」
「ふふ、大丈夫です。わたくし頑張りましたから。明日が待ち切れず会いに来てしまいました」
「そうでしたか。疲れてます?」
「いいえ。優理様のおかげで回復いたしました。あぁですけれど、愛していただければもっと回復するかもしれません」
「愛するも何も、灯華さんまだ処女でしょう」
「うふふ、それも明日までです」
「まあ……予定ではそうでしたね」
「優理様の童貞、わたくしが美味しくいただきます」
「その台詞は僕が言うと思うんですけどね……」
元より記念日的に初エッチはしようと約束していた二人だ。
クリスマスに聖夜ならぬ性夜を過ごすのは灯華の希望だった。これからもずっと一緒に居るのなら、最初くらい時間をかけて思いっきり記憶に残る鮮烈なものにしたい、と。
「準備とか、色々してるとだけ聞きましたけど……僕、手伝わなくてよかったんですか?」
「いいのです。わたくしのイチャラブラブラブ計画は優理様に知られたら――知られても構いませんけれど、少々のサプライズがあった方が盛り上がりますでしょう?」
「灯華さんのサプライズは規模が違うからなぁ……」
「うふふ」
仲良く歩き、車に乗り、向かうのは海だ。深夜の海岸。
乗車中に横に並び、当然のように優理の下腹部を弄り始めた灯華は変態だった。何があったかは倫理コード的に描写しないが、お互いに軽い疲労は覚えたとだけ記載しておく。
運転手は胸の内に羨望を秘め、帰ったら自慰しようと心に決めた。
自分もよく知る男の痴態を目にしているのだ。強靭な理性を持つとはいえ昂りはする。運転手は少々特殊な性癖をしており、優理の痴態だけで数百回はいける高度な変態だった。
夜の海風を浴びながら遠くの消波ブロックを眺める。砂浜はない。海岸は遠く、万が一にも落ちないよう距離を取っていた。潮の香りが性の色を洗い流してくれる。
灯華は残念そうな顔をして。
「あら、優理様の香りが薄れてしまいます。少々惜しゅうございますね」
訂正、口にもしていた。
「優理様。海に何をされに来られたのですか?」
「なんとなく。クリスマスに夜の海も乙かなって」
「うふふ、エッチでございますね」
「エッチなのは灯華さんでしょ」
「あらふふ、ならわたくしはエッチなので、優理様とエッチをしたいです」
「……どこを使うつもりで?」
「うふ♡お好きなところを♡さ、幸運にもそこに簡易ベンチがございますから、二人で座りましょう?隣でも上でも下でも正面でも、優理様の望む体位で♡ちなみにわたくし、今は下の気分です」
「……しょうがない。負けませんよ」
「うふふふ、勝っても負けてもわたくしは気持ち良いのでわたくしの不戦勝みたいなものですね。優理様、頑張ってくださいませ♡」
「ははは、そういつもいつも僕が負けるとは思わないことですね」
まるで即落ち二コマのエロ漫画キャラのようなことを言う優理だが、この数十分後には敗北に打ちひしがれることになる。いつもの光景であった。そしてそれを見て最大級に興奮し達する運転手もいた。この運転手、"わからせられる"男というシチュエーションが癖にクリティカルヒットしていた。
類は友を呼ぶ、変態は変態を呼ぶ。つまりそういうことである。
☆
――リアラの場合――
クリスマスの夜。大体十六時半頃。優理家。
おしゃれを決め込み以前プレゼントされたマフラーを首に巻いた優理は、鏡の前でニヒルに笑って緊張を解していた。
確かにデートは何度もしてきた。手は繋いだし腕も組んだしハグもしたしキスもした。結構なステップアップを果たしてきて、告白だって済ませて晴れて恋人だ。
さあ次はエッチフェイズだぜ!という状況ではある。だからこそだろうか。恋人とのクリスマスデートという、前世からの一種の憧れであったものが目の前に迫って、優理は結構な緊張に襲われていた。
――ピンポーン
インターホンには直立不動で表情の固い美人が映っていた。
白の長いコートに身を包み、髪はいつも通り横で結んで垂らしていた。見えた髪留めは優理が以前プレゼントしたものだ。
急いでエントランスの開閉を行い、部屋の玄関で待機する。ほんの数分が長く感じた。
「――優理君」
「リアラさん……」
目の前までやってきたリアラが薄く頬を染め、そっと目を逸らして名前を呼んでくる。可愛い。
濡れ羽色の髪は綺麗に梳かされ、いつにも増して艶めいている。化粧も普段と少し異なり、頬のチークやリップの色が少女チックな桃色重視になっていた。
「……リアラさん、可愛いです」
「――ぇ、あ……ありがとうございま――あ、え、えっと……ありがとう、優理君」
「あはは、敬語のこと覚えてたんですね」
「それは……うん。だ、だって優理君、敬語止めないと他人行儀になるって言うから……私、頑張ってるん、だよ?」
言葉遣いが柔らかく、恋人になった実感が湧いてくる。
少女チックな化粧に幼ささえ含む口調が可愛らしい。
「ふふ、ええ。僕が頼みましたからね。リアラさん。メリークリスマス」
「あ……ふふっ、優理君、メリークリスマス」
「うんうん。よっし、リアラさん車ですよね?」
「うんっ。いつものところに止めてるけど、すぐ行くの?」
「はい。時間は有限ですよ?僕、リアラさんのためにプラン考えたんですから急がないと」
「えへへ。ありがとうね。でも優理君、そんなに忙しいの?」
「いえ。かなりゆとりは持たせています。その代わり、いろんなところでイチャイチャできるようにしたので、早ければ早いほどイチャイチャタイムが長く」
「――行こっか。優理君」
「……急にキリっとしますね。まあいいですけど。それよりリアラさん」
「う、うん。何かな?」
「手、繋ぎましょう?」
「ぁ……ふふ、えへへ。うん。繋ぐ。優理君、好きだよ」
「僕も好きですよ、リアラさん。行きましょうかー」
「うんっ」
家を出て、車に乗って、向かうのは都心だ。
この日のためにそれなりの時間をかけた。プレゼントとか、プレゼントとかプレゼントとか。別にそこまでお金はかかっていないが、その分気持ちは籠っている。リアラなら確実に喜んでくれるだろう。以前欲しいと言っていたものだ。それもペアのもの。カップルらしい、恋人らしいものをリアラはよく好む。あとはタイミングだ。かなり乙女度の高いリアラはそれこそ映画や漫画のようなシチュエーションを味わいたがる節がある。遠慮して口にはしないが、それを実現したらものすごい喜んでくれるだろう。
好きな人を喜ばせたいあげたいのは、当然の思考回路だ。
車を止め、手を繋いで歩いて、クリスマスのイルミネーションや限定販売を見ながら歩き回る。サンタ服のコスプレをした販売員や色とりどりな電飾、雪のマークや小さなクリスマスツリー等、クリスマスの雰囲気に満ちた街は独特で、見ているだけで楽しい。
「優理君、欲しい物あるかな」
「ないですよ」
「……ないの?」
「ないですね」
「本当に?」
「あるって言ったらどうします?」
「う、ううん……なんでも好きな物買ってあげるよ?」
「……なるほど。リアラさんは僕をお金で釣ろうと言うわけですね」
「ち、違うよ!」
「まあもうリアラさんに釣られているので今さらですが」
リアラの頬に手を添わせ、親指で撫でるとうっとりとした表情になる。そのまま目を閉じキス待ちになるので、どうしようかと悩む。
優理は別にキスが得意というわけでもない。というかむしろ経験が少なく苦手な部類だ。しかし口付けの上手さこそ経験が物を言う。なら今の内に経験値を溜めて損はないだろう。しかしなぁ……まあいいか。
「んっ……ちゅ、ちゅむ……ふ、ちゅぅ、ゆ……りくん」
「……ふぅ」
優理はあまり得意じゃないが、リアラはやたらキスが上手かった。だてにキスの妄想を繰り返し動画を見て練習していない。公務員の勤勉さの賜物である。
「優理、君……。えへへ。キス、気持ちいいね」
「そうです、ね……」
つい頭がぼーっとしてしまうような夢心地な口付けだった。
リアラとデートしている時は二人っきりになると確実にキスタイムが待っているので、優理はいつもドキドキさせられていた。キス自体も良いが、それ以上にキス後のリアラの表情が色っぽく股間によくなかった。エッチが過ぎる。
しばらく人目を盗んで甘くついばむような口付けを交わし、再び大通りに戻る。特に買いたいもののない優理だが、尽くしたがりなリアラのために何かを買ってもらうことにする。女に貢がせているようで微妙な気分の男だ。が、まあ、これも役得と気持ちは胸にしまっておく。
「リアラさん。可愛い服売ってますね。白のミニスカってモデルっぽいですね」
「うん。……欲しいの?」
「そうですね。欲しいかもしれません」
「……私、似合うかな」
「へ?……あはは。そっかそうですね。リアラさんにも似合いそうですね。僕用のつもりでしたよ」
「え?えっと……そ、そっかぁ。あ、あははー!そうだよね!優理君、じゃないや由梨ちゃんだね。う、うん。そうだよね……はぁ」
「ふむ……ふふ、リアラさん」
「きゃ、な、なに?耳くすぐったいよ」
「――リアラさんがミニスカ穿いたら、エッチ過ぎて僕我慢できなくなっちゃいますよ」
「――――」
「ん、あれ。リアラさん?リアラさーん?」
顔を真っ赤にして固まったリアラの腰を抱き寄せながら歩き、再起動した美人が現状に慌てて無言で顔を俯けてしまったりとあったが、基本何事もなくウインドウショッピングは終わった。
街の中心部であるクリスマスツリーにやってきた二人。
写真を撮ったり、ツリーにお祈りしたりとしている最中。
「――動くんじゃないよ!!」
怒声が響き、同時に周囲の空気が切り替わるのを感じ取る。
優理は音の発生源を探し、近くのデパートから出てきたのか大きめの黒い鞄を持った三人組を見つける。一人は人質らしき女性にナイフを突きつけ、さらには別の二人が消火器のようなものを持っている。銃ではないが、もしも危険物であれば逆らうのはまずい。
周囲を警戒する女三人組に対し、静まり返り大人しくする人間たち。優理もまた、無言で視線を合わせないよう地面付近に視点を合わせる。
「――優理君」
そっと、ASMRのような囁きが優理の耳を掠める。視線を横にやろうとして。
「そのまま聞いてください。私が合図をしたら、大声を上げてくれますか?」
「……大声を?」
「はい。優理君のことは絶対に守って見せます。だからどうか、私を信じてお願いできますか?」
敬語も戻り、普段のリアラより冷たく静かな声音が鼓膜を揺らす。
以前、一度だけ見聞きしたことのあるリアラの仕事モード(本気)だ。この状態のリアラは色々と凄まじいと、国家公務員ってこんなすごいんだ……と、前世の常識が覆されるほどだと既に優理は知っている。だから。
「――わかりました。任せてください」
小声で返事をし、一度リアラの手を握って小さく頷いた。
気配が薄れ、意識していたのにいなくなったリアラに一瞬動揺する。短く深呼吸し、合図を待つことにした。
リアラは優理の信頼と繋いだ手から伝わる愛情に心打ち震え、ラブをパワーに変えて心身共に最高潮のパフォーマンスで動き始めた。
気配を殺し、音を忍ばせ、視線の動きと人の影を利用し三人の警戒網を難なくすり抜けていく。その間も強盗は動いており、一台の車を奪おうとしていた。
「――ふぅ」
呼吸を整え、丹田に力を溜めて姿勢を低くする。強盗までの道には人が三人。距離は十メートルほどか。問題ない。
優理との位置関係はちょうど正反対だ。優理はしっかりとリアラを見つめている。よく見てくれている。自分にだけ向けられた愛しい人の視線に身体が熱くなる。少し濡れた。
口元を引き締め、軽く手を挙げた。
「――わああああああああ!」
瞬間、響いた優理の大声に視線が集まる。同時、リアラの踏み出した足は特殊な体重移動により即座にトップスピードへと肉体を持っていく。大きな動きに対し一切の音は鳴らず、靡く黒髪はまるで一筋の黒き流星。
優理に向けて武器を構えようとする女たちへ、リアラは無音で飛びかかった。
人質を取っている女の足を崩し、腕を捻って地面に叩き付ける。異変に気づいた二人が視線を向けた時には地面を蹴って次に動いていた。
「遅いですね」
ぞっとするような冷たい声音で呟き、二人目の腕を蹴り上げ武装を宙に押し出す。視線が動いたところで胸の中心を深く抉り込んで殴り飛ばす。そのまま宙の消火器っぽい武装を蹴り飛ばし、三人目にぶつけた。
ガシャジャン!!と大きな音を立てているところへ踏み込み、意識を保ったままの女の顎を蹴って意識を飛ばしておいた。気配を探って三人が気絶していることを確認し、全身の力を緩める。
息を吐き、座り込んでいる女性に近寄り手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?すぐ警察が来ますから、安心してください」
「ぐす、は、はい。ありがとうございます……!」
ちらりと視線を巡らせると、心配そうな顔をする女性数人とどこかへ電話を掛ける優理の姿が見えた。さすがは優理だ。警察に連絡をくれている。
先の戦闘など些末なことと冷静なリアラがいる一方で、優理は携帯片手に一人頷いていた。
先の動きも含め、女性に囲まれるリアラは最高にかっこよかった。恋人ではあるが、つい憧憬の視線を向けてしまう。周囲には同様の眼差しを向ける女性が複数人いる。
これは確かに、国家公務員を題材とした映画やドラマがたくさん作られ手も仕方ないなぁと思ってしまう。
普段はからかいがいのあるエッチで可愛いお姉さんなのに、いざ危険なことがあると超絶かっこいい仕事人に早変わりする。こんなの惚れないわけがない。
本当は守ってあげる立場の方がよかったが、美人なお姉さんに守れるというのも案外悪くない。いやめちゃくちゃ良い。元々バブミや赤ちゃんプレイを癖の一つに抱える優理だ。守ってくれるかっこいい美人なお姉ちゃんは大好物だった。
「――ふー」
警察との連絡を済ませ、近くの警察署からすぐ来てくれると言われ安堵する。国家公務員が助けてくれたと言えば、向こうも理解した様子ですぐ了承をくれた。この世界の国家公務員は本当に色々すごい。
「優理君」
「ん。あはは、リアラさん大活躍でしたね。かっこよかったですよ」
「も、もう。……ありがとうございます。――ぁ。それで、あの……後処理に時間がかかってしまうんだけど、その……」
言葉を濁し、申し訳なさそうな顔をする。わかりやすくしょんぼりしている。何を言いたいのかはわかった。ただまあ、そんなの強盗が現れた時点でわかっていたことだ。軽く笑って。
「はは。いいですよ。気にしないでください。それに」
ほっとした顔をするリアラに近寄り、彼女の頬に手を当て再度笑いかける。顔を赤らめた美人さんに、年下の男っぽく悪戯に笑って伝える。
「夜は長いですから。今夜はずっと二人でいましょうね」
「~~~~っ!!ゆ、優理君っ!」
「おおっと、はは。甘えん坊ですね」
「もうもうもう……。優理君、エッチ過ぎだよぉっ」
「エッチなのはリアラさんもですよね?」
「うぅ、そうだけど。そうだけどぉ……優理君、すき」
「リアラさん。僕も好きですよ」
「うぅ~~……好き」
堂々と抱きしめ合う二人の姿に、よく見ればアレ男の人じゃね?と思い始める女性陣がいて、まさか国家公務員と若い男の恋人が実在するなんて!!??とネットニュースが流れたり、珍しく嫉妬より祝福の方が多いことに驚く著名人がいたり、国家公務員の好感度の高さに驚く政府高官がいたり。さらには後に色々なあれやこれの事件が起きて最終的に"これもう映画じゃん"と、優理とリアラの二人が言われるようになるとは誰も、それこそ性の神様でさえも知る由がなかった。
☆
――アヤメの場合――
クリスマス。
寝て起きて、朝になって、十二月二十五日の朝を迎えて。あぁ今年も何事もなく一日が終わるのか……と思いながら目を覚まして。
「……」
「えへへー」
「……」
「えへへぇ」
「……」
「えへへへへ」
「……おはよ」
「おはようございますっ!ユーリ!!」
「……うん。おはよ」
起きてすぐ、藍色と目が合った。
当たり前のように隣接したベッド――というよりもう半分以上優理側へ侵入している銀髪の少女、藍色の目をきらっきらに輝かせて優理を見つめる美少女がいた。それもベッドの上に。
横たわり布団にくるまりながら、自身と同じような姿勢――ベッドで横になり枕に頭を預けている――のアヤメを見る。
「アヤメ、近くない?」
「近くないですっ」
「そっか。じゃあ近く来る?」
「やたっ、すぐ行っちゃいますっ」
しゅぱっと、どうやったのか目の前にいたアヤメが至近距離に現れていた。伝わる体温のぬくもりてぃが素晴らしい。薄いパジャマ越しの胸の柔らかさと手足の繊細さがダイレクトに襲い掛かってくる。普通にエッチだった。朝なので、むらむらっときた。いや朝じゃなくてもむらむらはするか。人間だし。
「えへへー、ユーリの匂いがします」
人の首筋に鼻を押し付けて匂いを嗅ぐのは止めてほしいと思う。あと、アヤメは優理の優理が当たっても何も言わない。以前一度だけ聞いてきたが、いつか教えると言ったら律儀にそれを守って待ってくれている。ただ時折、そっと撫でるように手で触れてくるのは本当にエロい。わかっているのかわかっていないのか、興味本位でもなんでもいいが、ただひたすらに無垢な少女の蠱惑的なエロスを感じてしまう。
「ユーリの匂いは甘しょっぱくて好きです……ぺろ」
「ひぅぅぅん!?」
「えへへ、はむ、ちゅ……ちゅ、れろえろ」
「うわああああああ!?!!??アウトアウトアウットォォォ!?」
「あっ」
布団を跳ね除け、二つのベッドを隣り合わせた狭い部屋から脱出する。冬の朝の冷たさが火照った身体に心地いい。熱を奪ってくれる。
「あぅ、ユーリが消えてしまいました……」
「いや消えてはいないから」
「ベッドからいなくなってしまいました」
「そりゃね。人の首舐める子とは一緒に寝られません」
「うう、ユーリいじわるです」
布団にくるまってしくしく鼻を鳴らす美少女だ。心が痛む。しかし元凶も美少女なので優しさは見せない。優しくしたらまた煩悩に振り回されるのだ。男はつらいぜ。
「はぁ。さすがのエイラも今のはアヤメが悪いって言うよ」
「エイラー。ユーリがいじわるですよね」
『肯定。優理様が意地悪です』
「いったい何を見たらそうなるのかな!?」
『回答。すべてを』
ご主人様(アヤメ)至上主義ないつものAIエイラだった。
溜め息を一つ。収まった局部に安堵し、インナーシャツから部屋着に衣装チェンジだ。アヤメはまだまだ布団にくるまっている。可愛い。可愛いが……。
「アヤメ?起きないの?」
「えへへ。私はお布団が好きなのでお布団にいます。ユーリの匂いが詰まっていますっ」
「つまりまだごろごろしていたいんだね」
「はいっ」
にぱっと元気な笑顔だ。苦笑し、いつものことだと洗面所に向かう。
アヤメと同居するようになってそれなりに経つが、女っ気が他にない優理にとって銀髪美少女は唯一の可愛い妹、雪妖精、エッチな女性、無垢な少女、年下の懐いた後輩、等々多くの属性を網羅した相手だった。無論のことユツィラリスナーは除く。
社会人になってから紆余曲折ありアヤメと知り合ったが、すぐベッドが欲しいと言い出したのにはびっくりした。最初からベッドに潜り込んできて、寂しいのは嫌だ一人は嫌だと寂しがり度の強い子だった。子は子でも見た目成人女性なのでとてもエッチだけど。
ずっとベッド暮らしだったからか、もしくは優理がベッドだったからか。最初にベッドで泊まらせたおかげで、自分のベッドが来てもなし崩し的にこちらのベッドに潜り込んでくるようになってしまった。別に優理は構わないが、いつか朝起きてエロいことされているんじゃないかと日々妄想してしまう。
まあそんなことは数か月過ぎて何も起きなくて諦めたが。
今日はクリスマス。
アヤメと同居し始めて初のクリスマスだ。物事を知っているようでネットしか知らなかったアヤメはかなり知識に偏りがあり、日々新鮮なことばかり。季節ごとも、記念日も、誕生日だって。
優理の誕生日はちょうどアヤメが来た頃だったので、まさか性の神様のプレゼント?!?!と思ったりもした。
しかしまあ、アヤメとの色々は大変だった。
アヤメ本人を狙う組織と、最先端人工知能のエイラを狙う組織と、他にも日本の敵と味方と、いろんな人がアヤメとエイラと、プラスして懐かれている優理を狙って襲い掛かってきた。優理は最初ただの人質目当てで狙われていたが、途中から"あれ、この男若いし精子優良じゃね?"と気づかれて普通に狙われ始めてやばかった。
そこはアヤメがめちゃくちゃに頑張ってどうにかした。切った張ったの大活躍、八面六臂とはまさにこのこと。RPGの世界で一人だけ無双ゲーしているような活躍だった。エイラがこっそり開発していたパワードスーツを身につけてからはもう……未来戦士かな?と言わんばかりの戦いだった。銃無効!電子機器無効!忍術無効!!物理は物理で粉砕!!と。
忍術って実在するんだ、と当時戦慄した出来事を思い出して過去を懐かしむ童貞だ。
そう、童貞である。この男、未だに童貞であった。エロエロプレイも一切経験がない。なぜなら相手はアヤメだから。
色々あって全裸ハグくらいまではしているが、性的なアレコレはしていない。したのは扉越しの相互ストレス解消行為までである。
「はぁ……」
優理は正直、もう他の女性は考えられないくらいアヤメにハマっていた。
可愛いし、エッチだし、綺麗だし、元気だし、強いし、明るいし、何より笑顔が眩しい。
欠伸を嚙み殺し、朝食を準備しながらちらりとベッドを見る。
リビング側の人工灯を浴びて銀の髪がきらめいていた。布団に潜って携帯を弄っている美少女がいる。完全自堕落な現代人の姿だった。
優理と目が合い、ニコニコ笑って手を振ってきた。すぐに布団へ手を戻す仕草が可愛らしい。
軽く手を振り返し、朝食の準備に戻る。
昨日の残りに加え、クリスマスに備えて買っておいた生ハムとローストビーフを出す。半熟卵とか特製ソースとか。アヤメの好きじゃない生野菜サラダも用意していく。アヤメはご飯をたくさん食べるのだ。
いざこざのせいで優理も職を失い、今では立派な政府から依頼を受ける特殊な立場だ。アヤメとエイラの手綱を握る――と思われているため、何とも言えない。実際は手を引かれて引っ張られているだけである。
「アヤメー。朝ご飯できたよー」
呼んでも来ない。ちょっと前までは全然普通に飛んできていたのに、最近はこうだ。
冬で寒いからというわけではない。アヤメは自前の体温調節能力を持っているので、寒さには強い。
「……しょうがないなー」
言いながら、耳の横を掻いて口元を緩ませる。
ああだこうだ言いはするが、優理もこの面倒くさいアヤメの行為が好きだった。
「アヤメ」
「ユーリ!」
布団から顔を覗かせた美少女が見上げてくる。
そっと腰を折り、小さな桃色の唇へ口付けを落とす。ちゅっ、ちゅと鳥がついばむような優しいキスだ。
「――はいお目覚めのキスは終わり。おいで」
両腕を広げ、受け止める体勢を作る。ほんのり頬を赤くした少女が身を起こし、ぎゅっと胸に飛び込んで抱きついてきた。抱きしめ、持ち上げ、首にかかる吐息にくすぐったさを覚えながら抱っこする。さらさらの長い銀髪がシーツを流れる。
「えへへぇ」
可愛らしい笑い声と、高い体温に頬を緩めた優理は少女を連れて机に向かう。机というか、座卓だ。
わざと時間をかけて歩き、抱っこした美少女をゆっくりクッションに下ろす。最後に一言。
「お姫様。今日の乗り心地はいかがでしたか?」
「えへへー、今日も満足しましたっ!褒めてあげるので目をつむってくださいっ」
「はーい」
目を閉じ、そっと唇に当てられる柔らかく温かな感触に嬉しくなる。もういいですよ!の声に目を開け、赤くした頬でニコニコな少女に照れ笑いを浮かべる。
「ご飯、食べようか?」
「はいっ」
クリスマスだからご飯は豪華で、けれどやり取り自体はいつもと変わらず。
アヤメと優理+エイラのイチャイチャ同居生活は、始まったばかり――ではないが、変わらない関係のまままだまだ続きそうだった。
余談だが、クリスマスの朝昼晩は三食とも豪華でアヤメはお茶碗十回以上のお代わりをし、お米8合近くを食べ切って、二人はちょうど切れた米を買い出しにいくはめになった。
☆
――香理菜の場合――
クリスマスデート。
今日はなんやかんやあって恋人になった香理菜との初デートである。クリスマスデートは初めてなので実質初デートだ。
家を出て、待ち合わせ場所は敢えての大学。三十分前に着いて、隠れて驚かせようかと思ったが普通に香理菜がいて驚いた。
「あ、や……お、おはよー。……優理っ」
手持ち無沙汰そうにしていたのも束の間、優理に気づき、ぎこちなく挨拶をしてくる。
目は逸らされ、頬は若干赤くなっている。指先はもじもじと擦り合わされ、いじらしさに溢れた可愛い恋人だった。
挨拶を返す前に、軽く誤認アクセサリーのボイスチェンジャーを入れておく。
「やっほー☆おっはよー!香理菜ちゃん!!」
「えー……」
ものすっごい微妙な顔をされた。予想通りである。
「や。なんで由梨?」
「まあそうだよね。香理菜ちゃんが緊張してそうだったからさ。ちょっとは解れたでしょ」
「きゅ、急に戻されると困るじゃん」
すぐに声を戻すが、やはり照れた様子は消えない。
マフラーを口元まで引き上げ、縮こまるように隠れている。茶色のコートともふっとしたズボンが女子力の高さを物語っている。髪はいつものゆるふわな癖毛ボブで、ただいつもよりキューティクルが強いようにも思える。昨晩はヘアパックでもしたのだろうか。
「ふふ。香理菜ちゃんの照れ屋ー、うりうり」
「ちょ、やめてよー。うぐぐ、由梨なのにぃ……優理はずるい」
「そうかもね。男だし」
「もう……そういうんじゃないしー」
ぴとっとくっついてくる香理菜と手を繋ぎ、ちらちら見てくる友達兼恋人と歩いて行く。
「優理……今日の服、似合ってるよ」
「香理菜ちゃんも可愛いよ。髪の毛ヘアパックしてきた?」
「へ。や、まーしたけど……なんか複雑ー」
「どうしてよ」
「だって、男の人ってあんまりそーいうのわかんないイメージだったし」
「知識の出処は?」
「漫画だけど」
「だよね。知ってた」
「文句あるのー?」
「いやないけど。香理菜ちゃんは"浅い"な、と思ってね」
「む、じゃあ優理は……優理は男だったかー。けど由梨なんだよね。やっぱり複雑ー」
「はは。乙女心に造詣の深いレアな男性です」
「むぅ……」
「嫌なの?」
「や、嫌じゃないよ。むしろ嬉しいけどさー……」
「複雑かー」
「うん」
「じゃあさ香理菜ちゃん」
「うん」
「"俺のために準備してきてくれたんだろ?嬉しいよ。俺のために時間を使ってくれて、俺のこと想ってくれたんだよな。ありがとな、香理菜"」
「~~~!!?!」
「あははっ。香理菜ちゃん耳まで顔赤いよ」
「……そりゃー赤くなるでしょ。だって優理かっこいいし。今の声、超かっこよかった。わたし、惚れ直した」
「ほ、ほほう。そいつはありがとう」
「あ。照れてる」
「べ、べつに?照れてませんけど?」
「ふふー、優理もわたしと同じだねー」
「……恋人っぽくていいかもね」
「へへー。恋人だもんねー。わたしたち」
穏やかに、時々互いにドキドキしながらくっつき合って電車を乗り継いでいく。
電車では静かに座り、指先同士を触れ合わせる遊びで互いに変な気恥ずかしさを覚えていた。二人して、なんだか暑いね、暑いねーなどと言い合う一幕があった。
目的駅に到着し、目当ての巨大クリスマスツリーに辿り着く。
「おー。すごいねー」
「思ったより大きいね。どこから持って来たんだろう」
「ふふー、アラスカでしょ」
「いや遠すぎるでしょ。というかアラスカってどこだっけ。アメリカのどっか?」
「わたし知ってるんだよねー。アメリカの左上の飛び出てるところだよ」
「あー。あそこか。それなら尚更ないでしょ。遠すぎるし」
「ふふ、ならアマゾンかなー」
「クリスマスツリーって……もみの木だっけ?アマゾンにあるの?」
「知らないー。あるんじゃない?」
「香理菜ちゃん雑だなぁ」
「ふふ、優理も似たようなものでしょー」
「まあね。お。紙にお願い事書いていいんだって。やる?」
「やるやる。どうせだもんねー」
「おっけー。僕はねー……そうだなぁ。香理菜ちゃんがずっとずっと、健康で幸せで在り続けますように」
「っ。お、お願い事って口にしたら叶わないんだよ?」
「そうかもね。でも大丈夫。僕が香理菜ちゃんのこと幸せにし続けるから」
「~~!ず、ずるいよ優理……もぅー」
「ふふ、本当だからね」
「……ほんとうだからずるいんじゃん。ばか」
「好きな子を幸せにしたいのは普通でしょ?」
「ば、ばかっ。ばかばか……わたしもお願い書く」
「何書くの?」
「ひみつー。……でも、優理に似てること」
「そっか。叶うといいね」
「ん……平気。わたしが叶えるもん」
「はは。なら大丈夫かな」
「うん」
巨大クリスマスツリーを離れ、向かうのはお昼ご飯を予約しておいたステーキハウスだ。
店内には香ばしい肉の香りが漂う。
「昼からステーキかぁ」
「おっと嫌だった?」
「ううん。べつにいいけど」
「そっか。何頼む?」
「うーん……優理は何頼むの?」
「僕はね……チーズハンバーグさ」
「……優理って、前から思ってたけど子供舌だよね」
「ふ、なんとでも言うが良い。僕のあーん攻撃で強制的に香理菜ちゃんもハンバーグを食べるんだから」
「そ、そっかー。……あーん、するんだ」
「したくないの?」
「し、したい……よ……い、言わせないでよっ」
「僕も香理菜ちゃんにあーんされたいなぁ……」
「言われなくてもしてあげる……優理、ほっぺたにご飯粒付けてたら取ってあげるからね」
「それフリ?」
「ふふー。どっちかなー」
「まあしたいならするよ。で、香理菜ちゃん何頼むの?」
「まー定番にステーキかな」
「了解。じゃあ頼もうか」
「うん」
料理を頼み、恥ずかしがりながら食べさせ合いっこをして、目を合わせるのがちょっと羞恥で無理で、でも手を繋ぐのは忘れないで外に出て。
次は買い物と歩き出す。
「今日、優理買いたい物あったの?」
「うーん。香理菜ちゃんへのクリスマスプレゼント」
「え、べ、べつにいいよ」
「そうは言うけど目泳いでるよ?」
「それはだって優理が顔近いからっ」
「顔も赤いし」
「ち、ちかいー!」
「あはっ、香理菜ちゃん可愛いよねー」
「うう……わたしの恋人が王子様みたいなことしてくる……」
「まあ香理菜ちゃんにとっての王子みたいなものだし」
「……ナチュラルにかっこいいこと言うの禁止ー」
「あ、言わなくていいの?」
「だめ。言って」
「今悩まなかったね」
「むぅ。悩む必要ないし」
「香理菜ちゃん、少女漫画大好きだもんね」
「……好きだよー。大好きだよ。しょうがないじゃん。好きなんだもん」
「はいはい知ってるよ。照れてる君も可愛いね。ほら、頬にステーキのソースが」
「……さすがに適当過ぎる。好きだけどー」
「言ってる僕もアレだけど、それで嬉しそうな香理菜ちゃんも大概だよ」
「はぁ……我ながらばかみたい」
「まあまあ、それが僕らってことで」
「ん」
「プレゼント何が欲しい?」
「えー。優理からのプレゼントならなんでも嬉しいけど」
「でも同じ物なら露骨にしょんぼりするじゃん」
「……乙女心だから」
「ふふふ、僕もわかるぜ。なぜなら僕も乙女だから――あーあー、ふふっ☆由梨ちゃんわかっちゃうんだよね☆」
「うわ、急に由梨になった。うう、わたしの恋人が二重人格だよぉー」
「えへっ、乙女心わかっちゃう恋人で嬉しいでしょ☆」
「……嬉しいか嬉しくないかだったらやっぱり嬉しいかなー」
だらだら歩き、適度に若者向けな店を冷かしながら、小腹が空いたら簡単なおやつをつまんで。
時には大きな服飾チェーン店に入って互いの衣服を試着し見せ合ったりと、好みのみを突き詰めた服装選びは結構な面白さがあった。わざとその場で分かれて十分で選んだ服の面白さはお腹が痛くなるレベルだった。
「ふふ、あははっ。香理菜ちゃん、ふふっ、ふふふ!」
「笑い過ぎー!そんな笑ってるけど、優理も面白かったからねー」
「あはっ、僕は面白いよりかっこいいでしょ?ロングブーツにロングコートとシルクハットってどこで見つけたのさ、ふふっ」
「もー。だって見つけちゃったんだから仕方ないでしょー。はぁ……優理がひらひらきらきらドレスなんて持ってくるから……はぁー」
「可愛かったよ?」
「……し、知ってますぅ」
「あ、照れてる?」
「てれてません」
「――香理菜、君の愛らしさは僕の目を奪って仕方がない。もっとよく見せてくれ。君の美しさに焦がれこの身が焼けてしまいそうだ。あぁ、僕の女神」
「わ、わわわ。あ、え、あぅ、そ……はぃ」
「……僕の恋人がちょろ過ぎる件について」
「ゆうりぃ!!」
「あはっ!逃げるが勝ちぃ!」
「こら待ってー!」
「捕まえてごらんなさーい☆」
「それわたしの台詞---!!!」
遊び回って笑い合って、休憩でカフェに入って。飲み物は間接キスを交えてゆっくりと飲み進める。顔の熱さを誤魔化しながら気にしないフリをする二人の姿はずいぶんと初々しいものがあった。目が合って逸らして、繰り返してはにかんで、緩い笑みを浮かべるのは香理菜と優理ならではだった。
「――ふー。歩き回ったー。結構買い物もしちゃったー」
「そうだね。思ったより買っちゃったなぁ。まあうん。ペアのハンカチも買えたしいいでしょ。定番だけど僕ら持ってなかったからね」
「だねー。意外にタオルとかシャツとか、リングとかアクセサリーとか。わたしたちペアルックってやつ買ってないよねー」
「うん。考える前に良さげなものすぐプレゼントに回しちゃってきたからかな」
「ん。優理、すぐわたしにプレゼントくれるからねー」
「はっはっは。我がリスナーたちからの貢ぎ物の果てよ」
「……そう言われるとすっごい複雑。ユツィラのリスナー……や、わたしもリスナーだけどさ。わたしに固定ネーム付けるのはやめない?いっつも絶対冷やかされるんだけど」
「誰よりも先に僕が冷やかすからね」
「嬉しくないよー」
「大多数の女性から祝福受ける恋人持ちなんて超レアだよ?誇っていいよ。香理菜ちゃんは世の女性の希望だ」
「分けてとか動画寄越せとかボイスでもせめてテキストでとかコメント塗れになるのはいいの?」
「あれがリスナーの平常運転だから……」
「やっぱり優理のリスナー変だよ」
「それは自覚してる」
「……主がこれじゃあねー」
やれやれと首を振る香理菜に、優理も軽く首を振ってニヤリと口角を上げる。身構える女だが、時すでに遅し。
「――その僕に好き勝手にされている子は誰かな?可愛い可愛いお嬢さん。今夜もたっぷり可愛がってあげるよ」
「――……た」
「ん?」
「~~やっぱり耐えられないっ!!」
「あ、頑張って耐えてたのか……」
「むりむりー!あーもう、わたしの恋人えっちすぎるでしょっ」
「どういたしまして。褒め言葉だぜ」
「むー……はぁぁ。顔赤くなってない?」
「超赤い。可愛いよ」
「もぉー……はぁ。つら」
「林檎みたいだね。……林檎食べたくなってきたな」
「……アップルタルトデパ地下で売ってたよね?買って帰る?」
「おお、いいね。ナイスチョイス。さすが香理菜ちゃん」
「はいはい。もう行くのー?」
「もうちょっとゆっくりしてもいいけど……どうする?」
「んー。わたしはどっちでも。――優理と一緒ならいつでも、どこまでだって行くよ」
「――ふっ、あぁ。行こうか。南極の果てを越えてその先へ」
「や、それは遠慮するかなー。遠いし」
「そこは乗らないのかーい!!」
「ふふふっ」
朝からだらだらのんびりとクリスマスデートを続け、クリスマスケーキはたまたま食べたくなったアップルタルトだった。
優理の家まで一緒に帰り、結局大学は翌日一緒に行くことになる。朝まで一緒だった二人がどこまでやって何をしたのかは……皆まで言うまい。
優理にとっても、香理菜にとっても最高のクリスマスであったことだけは、少なくとも事実であった。
☆
あとがき
短編解説について。
一日で書いた(自画自賛)ので誤字脱字や矛盾点はご勘弁を。
それぞれの世界線について簡単な解説をします。
全世界線共通項
・ユツィラは継続
・エロ侍従はやったりやらなかったり(本編と同様
・隣の旦那様は引退済み
・「灯華の場合」
優理はたぶん社会人。未だ童貞。他のエッチな行為は一通り経験済み。
アヤメやリアラとの出会いはなし。
今後もエロエロ生活が続く。たぶん一番爛れているが、かなり平和に生きられる。最もエッチで性欲逆転世界というより、貞操逆転っぽく女性上位でエッチなプレイをたくさんするルート。世界豪華客船のエッチ三昧旅はこの世界線でのみ行われる。
・「リアラの場合」
優理はたぶん学生。未だ童貞。キスまで経験済み。
アヤメとの出会いはなし。灯華とはたぶん出会っているがリアラを選んだ。
プラトニックレベルは高い。結構荒事に巻き込まれて度胸は付く。世界中で日本の国家公務員SUGEEE!!!!となる。全部NINJAのせい。とある事件のせいで二人とも一躍時の人となる。人生的にはアヤメルートの次に波乱万丈。
・「アヤメの場合」
優理は社会人。未だ童貞。キスと相互ストレス解消行為まで経験済み。
リアラや灯華との出会いはなし。本編よりアヤメと出会うのが数年遅い。その分アヤメは寂しがりで孤独に弱くなっている。
プラトニックレベルはそこそこ。無邪気な行動に日々の精力は溜まる一方。エイラやアヤメの出自により世界中から身柄を狙われたりする。けど味方が強すぎて意外にさらっと平和を勝ち取る。穏やかに見える暮らしだが、アヤメの冒険心は無限なので日々世界を巡る大大大冒険人生を送ることになる。たぶん大変だけど総合人生的に一番楽しい。
・「香理菜の場合」
優理は学生。非童貞、かもしれない。微妙。灯華ルートレベルで既にエッチなことはしている。
リアラ、灯華、アヤメとの出会いはなし。
一般的幸せ人生を送れる。それこそ前世で恋愛結婚おしどり夫婦と言われる人と同じような人生。香理菜が演劇で大成し、優理は配信者ユツィラとして大成する。子供はたくさん。
他のルートよりも穏やかな日常を送る。忙しさや大変さはないが、世界中多くの女性が望む人生がそこにはある。
他。
モカちゃんルートがないのは、モカちゃんルートに入ると揃って妹たちとのやり取りが増え、強制的に家族!家族!家族!!なお話になるため。また、本編で予定している"女子友お泊まり会"の中身に恋愛を混ぜて由梨を優理にしただけのものなので省いた。
あと、1:1のやり取りはサクサク書けるが、多数のキャラを出すと疲れるので。
ちなみに、これら世界線での出来事は実は本編でも起きる可能性があるので完全な別世界線というわけでもない。また、灯華の運転手は当たり前な顔でしれっと本編に登場すると思います。
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