【朝活】早寝早起き三文の連絡相談会①

< 朔瀬さん ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年10月10日(火)】


優理君。

連絡が遅くなりました。

新しい携帯の扱いでごた

ついていて、遅くなって

しまいました。

ごめんなさい。

【8:02】


全然大丈夫です。

リアラさんこそ、色々家

の方は大丈夫でしたか?

家財道具とか……携帯以

外に大事なものたくさん

ありますよね。

【既読 8:32】



大丈夫ではありませんが

優理くんは気に病まない

でください。

今回は寝泊まりさせてい

ただけて本当に助かりま

した。

お寿司も。衣服も。

この埋め合わせは必ずし

ます。必ずに。

【8:42】



はは。はい、わかりまし

た。楽しみに待っておき

ます。

【既読 12:22】



はい。お待ちください。

早速ですが優理君、お寿

司以外で食べたいものは

ありますか?

【12:50】



リアラさんとの食事なら

なんでも食べたいですよ

。けど、どうせなら専門

料理がいいですね。

【既読 14:16】



専門料理ですか?

フランス料理、日本料理、

中華といったものでしょ

うか?

【19:53】



【2028年10月11日(水)】


そういうのでも構わない

んですが、肉料理とか魚

料理だけとか、野菜料理

とか、そういうのです。

【未読 7:02】



あと、話は変わるのです

が誤認アクセサリーもう

一つもらえたりしますか

【未読 7:04】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 メッセージに返信がないのを確認し、深く息を吐いてパソコンに向かう。

 液晶はChurichの配信画面を表示している。配信ソフトと、ユツィラの待機チャットと。


 早起きしてしまったので、今の配信は特に告知をしていない。ついさっきミュミュは済ませたが、平日なこともあって待機チャットの人も多くない。大体二千人くらいだ。……最近人増えたな。


「……さて、と」


 呟く。今までずっと一人暮らしだったからこうした呟きに意味はなかった。独り言で終わっていたものだが、今の優理は違う。何せ銀髪美少女と同居しているのだから。


 くるりと椅子を回し背後を見る。

 興味津々にパソコンの画面を眺める美少女一人。視線に気づき、ぱぁっと顔を明るくしてこちらを見てくる。可愛い。いつ見ても本当に可愛くて目の保養になる。一生眺めていられる気がする。

 とはいえ、今は美顔を見つめている時間ではない。待機チャットもさっきから"早くお喋りしよ♪"とうるさい。全部の単語に♪付ければ可愛くなると思っているユツィラリスナーたちに文句を言いたい。


「アヤメ」

「はいっ」

「さっきも言ったけど、僕はこれから配信をします」

「はい。聞きました。ユーリが呼ぶまでお口チャック、ですね!」


 みーっと両口端に人差し指を当てて唇を噛む。

 なんだその仕草、可愛いの権化か。つい手を伸ばして頭を撫でてしまう。


「うんうん、その通り。よく覚えてたね」

「えへへー」


 嬉しそうに撫でられている。尻尾があればぶんぶん振られていただろう喜びようだ。


「これから一緒に暮らすけど、どう考えても隠し通すなんて無理だから先に言っちゃおうって話だね。じゃあ配信始めるから、少し静かに待っててね」

「はいっ!」


 アヤメは良い子だなぁと、もう一撫でしてパソコンに向き直る。

 さあ、今日も配信を始めよう。




【ライブ配信】「【朝活】早寝早起き三文の連絡相談会」

Yutchura_live ☆サブスクライブ

#ユツィラ #高身長 #低音ボイス #音だけ #ご報告


▼チャット▼

煮魚:煮込みお魚ちゃん♪

煮豚:ユツィラきゅん朝ご飯何食べたかな♪

煮蓮根:おーーはーーよ♪

煮水:朝一配信うれし、嬉しい……♪

煮鰤:煮込みガチ勢私ちゃん、大歓喜♪



「いや目に入ったコメント群が理解不能すぎて困るんだけど。えー……どうもユツィラです。おはよう皆。名前はもういいよね。消すから」


▼チャット▼

ユツィラの声で耳生まれた♪

テンション低くて草♪

名前……おなまえ返して♪

やっぱ朝は眠いよね―♪わかる♪



 何がどうなって今日のリスナーの名前が煮込み系ネーム統一になったのか知らない。ツッコミもしない。面倒くさいから。たぶんいつも通りまともな理由なんてないのだろう。誰かが言い出して勝手に始まっただけの話。もう名前は消したから終わった話だ。


「いや眠くはない……うーん。眠いかも?うん眠いかも。ちょっとは?今八時前だけどさ。君らどう?今日仕事?」


▼チャット▼

仕事!

仕事!!!!

おやすみ♪

お仕事…………

仕事な私に応援のセリフプリーズ



「わかりやすくオンプ無くすの面白いからやめて。仕事の人皆テンション下がってるじゃん。……応援のセリフかー。いいよ。ええー、今日も頑張ってね。頑張れたらご褒美にハグしてあげる」


▼チャット▼

雑なのに嬉しい。頑張っちゃう

やる気ないセリフでも嬉しい自分が憎い

頑張らなくてもハグしてもらったっていいじゃん!!

今日もがんばりますかぁー

わたし、おしごと、がんばる



 仕事仕事仕事。平日だし、やはりこれから仕事の人が多いコメント欄だった。

 流れを追っていると既に通勤中の人も多く見られる。通勤中にこんな配信見るなと言いたい。


「通勤中にこんな配信見ない方がいいよ。朝から疲れるでしょ」


 もし優理が視聴者だったら絶対に見ない。朝から暇そうにしている人の話なんて聞きたくない。いつも通り音楽でも聞く。……いつも通りと言うが、遠い昔の話だ。かれこれ二十年以上昔……。懐かしき我が錆色の前世。


▼チャット▼

疲れないよ?

ユツィラはね、私の栄養なの

はぁ。これだから自分の価値をわかってないオトコは

朝だから見るんだよ。帰ったら疲れて寝ちゃう。添い寝して♡

ユツィラはわかってないなー、ったくもー



 やれやれと首を振っていそうなコメントで溢れる。なんだこの一体感。おかしなリスナーたちだ。


「……まあ君らが疲れないならいいよ」


 共感を得たいわけではなかったが、男性と女性で捉え方も変わるのだろう。

 別に男だからこんな風に思うわけでもないと思うが……何も言うまい。


▼チャット▼

えー♡ユツィラ拗ねちゃったぁ?

可愛いコ♡アッチはカッコいいのかなぁ?

お姉さんがぎゅーしてあげようか?

うんうん。私だけはユツィラの味方だからね

今のですっごい元気になったよ!!



 ろくでもないコメント群の中に元気出た系があって嬉しくなる。朝っぱらからお盛んなリスナーばかりだが、中にはちゃんと疲れている人もいるようだ。そういう人にこそ、どうにか元気を出してほしいと思う。


「まあ、うん。本当に疲れてる人はちゃんと休むんだよ。役に立つかどうかはともかく、僕の配信でも気を紛らわせるくらいはできるだろうからさ」


 昔のことを思い出して少々湿っぽくなってしまっている。

 よくないよくない。明るくいこう。


▼チャット▼

今の効いたかも。ユツィラの配信上一番効いたかも

ごめんだけどためいきでたよね。うれしくてさ

ユツィラってエッチ系のより慰め系の方が合いそうだよね

うれしい……しゅき、結婚しよ



「結婚はしません。……でも、お仕事お疲れ様慰め配信とかはいいかもね」


 今まで結構配信をやってきたが、あまり現実的な部分には触れてこなかった。

 雑談とか相談事とか、エッチな話とかゲームの話とか。明るい話題ばかりで、本格的な疲れた大人の話を聞いてあげて寄り添ってあげる系はしていない。


 優理自身もあまり仕事について言うのはなぁと思っていたし、リスナーだって現実逃避した先で疲れた疲れた疲れたーと元気ない話ばかり聞きたくないだろう……と思っていた。しかし、その考えは徹頭徹尾優理の主観によるものだ。リスナーは別なのかもしれない。


「どう?そういう、お疲れ様配信とか需要ある?」


▼チャット▼

ユツィラ神を信仰します

需要ある!!!ある!!!!

ないわけないじゃん

寄り添ってくれるの?それつまり添い寝?

需要しかない。できればASMRで



 ぼーっと流して反応を見る。

 概ね――というか、稀に見るレベルで熱狂していた。


 確かにこの時間帯は社会人が多い。それもこれから仕事という人ばかりだ。

 リスナーの年齢層的に三十前後が多いと考えると、この反応もわからないでもない。みんなそれだけお仕事疲れしているということなのだろう。……社会人は辛いぜ。


「おーけーおーけー。そのうちやるよ。ASMRにするかは……まあ気分次第で」


 話はそこそこに、本題まで時間をかけるのもアレなので話すことを話してしまう。

 ちょいお待ち、とマイクに喋り、さっきから手持ち無沙汰に優理の髪を撫でて遊んですりすりと頬を擦り付けていたアヤメの髪に触れる。相変わらずさらさらで触り心地が良い。


 これから話すのでマイクはオフにしない。


「アイリス。いいかな?」

「はい!私の出番ですね!」

「うん。ちょっと待ってねー」


▼チャット▼

は?浮気じゃん

オンナの声がするわね

オンナの匂いがするわよ

これ、有罪です

ごめん、そこにいるの私だったかも

うっ……古い失恋の記憶が……!



 予想通り妄想と怒りと悲しみにあふれて混沌としたコメント欄だった。

 ユツィラの配信は意外に前世で言う"ガチ恋勢"というものが少ない。大体が失恋を重ね夢破れて諦めた女性ばかりなので、別にインターネットに夢を見ていたりはしない。

 一時の遊び場、あくまで身近な男っぽい話し相手と捉えているのだ。だからコメントの内容もおおよそ予想できていたのだが……。


▼チャット▼

脳が壊された記憶……

街を歩く男皆彼女持ちとかいう意味不明な現実

なんだ、夢か……いや夢なの???

恋……それは捨てたよ……

頭痛が痛い……



 予想の数倍は過去の恋愛ダメージを受けている人が多くてびっくりした。なんだこのリスナーたち……。トラウマ抱えてる人多すぎるでしょ。


「いや、えっと、うん。とりあえずごめん。ぱぱっと紹介しちゃうけど、親戚の子の話したことあるでしょ。その子が縁あって家に来ることになってさ。……まあワケアリだから、ちょくちょく配信に声乗ると思うんだよ。それで紹介。はいアイリス自己紹介」

「えっ!は、はいっ。ア……アイリスです。……ず、ずっと一人だったのでアラインのお家に来られて嬉しいですっ。え、えっと……あ、あの。私、何を言えばいいのですか?」

「え?うーん……自己紹介何話すか決めてなかったもんね。じゃあ、今食べてみたいものとか、行ってみたいところとかはどう?」


▼チャット▼

アライン……?だぁれ?

ずっと、一人……?(困惑

声可愛すぎてつらい

これ、私の娘ね

はぁぁ……。アイリス、私がお母さんよ



 ちらっとコメントを見たら平常運転過ぎてちょっと引いた。疑問も多いが、それ以上に自称母親が湧き過ぎていて引く。

 これ、初邂逅ですって言っても誰も信じないだろうな。


「食べたいものですか?そうですね……いろんなもの食べたいです。アラインと一緒ならなんでも食べたいですが……でも、お写真で見たハンバーグはおいしそうでした。あと、お野菜や果物も!そうでした!アライン、私生野菜と生果物を食べてみたかったんです」

「うん、そっか。そういえば調理済みしか出してなかったね。生野菜ならあるから、今日のお昼か夜にでも食べてみよっか」

「はいっ」


 元気に嬉しそうなアヤメの頭を撫でる。

 えへえへ笑っていて可愛い。可愛いが、優理が普通にしていられるのはアヤメの過去を本人プラスエイラから細かく聞いたからだ。あらゆる意味で初耳なユツィラリスナーとは、気の持ちように天と地の差があった。


▼チャット▼

申し訳ないけどリアル不幸はNG

こっちの話の方が朝から辛いんですけど!!?

アイリスちゃん……これからユツィラといっぱい食べるのよ

……まあ日本でも、そりゃこういう子もいるよねって

別の意味で精神クリティカルダメージ

ユツィラ配信で久しぶりに気分落ち着いたかも



「思うことは色々あるだろうけど、アイリスの声乗りは理解しておいてね。僕の家、そんな広くないからさ。普通に君らと同じマンション住まいだし、声が乗らないわけないんだよ」


 これが一軒家だったら部屋を分けてー防音室作ってーとできたが、そう上手くいくものでもない。急に人が増えたからって家が大きくなるわけではないのだ。

 優理の場合少し住居が特殊なので、リアラに相談すれば空き部屋一つ程度簡単に借りられるような気もするが……そこは考えないことにする。自分から嬉し恥ずかし一つ屋根の下同居生活を捨てるほど枯れてはいない。


▼チャット▼

同じマンション……実質同棲

えっ、私たち同棲してた……ってコト!?

うふふ、今日も添い寝してあげるわ♡

理解了解

アラインってユツィラのミドルネーム?



「いや僕日本人だから。アイリスは外国の人なんだけど、それでなんやかんやあってアラインって呼ばれることになったんだ。別に君らも呼んでいいけど、タイムアウトするからね」


 タイムアウトに深い意味はない。こうでも言っておかないと連呼する輩でコメント欄がひどいことになる。ソースは過去のあだ名考案配信。


 一通りアイリス――アヤメについての質問に答えたところで、いったんアヤメ本人にはベッドに行って大人しくしていてもらうことにした。このまま隣にいても構わないとは伝えたが、クローゼットの上に押し込まれた本を教えて読む?と聞いたらピューっと飛んでいってしまった。

 寂しいやら微笑ましいやらで複雑な童貞だ。


「――アイリスの話はこんなところで終えようか。今日の本題は終わり……なんだけど」


▼チャット▼

けどね。あたし知ってる。ユツィラが本題一つで終えるほど甘い男じゃないって

三文の連絡。すなわちそれは、三つのエッチな何かがあるということ。

私、今日お休みだから最後までしっぽり付き合うよ!

任せなさい。いつまでだって突き合って付き合ってつつきあってやるわよ



 流れるコメントのうち大体半分が下ネタで汚染されていて笑う。

 本当、朝からお盛んなリスナーたちだ。朝っぱらから優理の優理もお元気だったので他人のことを言えやしない。ほんとう、下品な配信だぜ。


 へへっと鼻を擦っていそうな笑い声を漏らし、似た者同士な配信者とリスナーは次の議題に進む。議題というか、ただの話題である。


「ご期待通り始めよう。お久しぶりの!ユツィラにごそうだーん!!」


 画面を操作し、準備しておいたものに切り替える。




【ライブ配信】


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


☆ユツィラにご相談☆


ユツィラにご相談とは、リスナーが「目安箱U」に投稿した相談事に対してユツィラがゆるっと答える配信である。


どんな相談でも可。特に恋愛相談は大歓迎。もちろん妄想でも可。ただしユツィラを題材にした創作はNG。それは別配信でやります。


例、相談:どうすれば好きな人を振り向かせられますか?

回答:おしとやかに楚々とした仕草で毎日話しかけましょう。性欲は一切表に出さないこと。


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「【朝活】早寝早起き三文の連絡相談会」

Yutchura_live ☆サブスクライブ

#ユツィラ #高身長 #低音ボイス #音だけ #ご報告





▼チャット▼

相変わらずセンス0の書式で草

い つ も の

久々のご相談助かる

何通たまっているのかしら

例文の回答血も涙もないよね

こいつぁ……どう考えても使い回しね!



 このリスナーたち、好き勝手言ってくれる。

 しかし使い回しなのは事実なので何も言わない。いちいち配信内容紹介程度で新しく作っていられない。甘んじて非難の誹りは受け入れよう。


「アライン、これはアラインが作ったのですか?」

「うん?うん。そうだよ」

「すごいですね!」

「ふふー、そうでしょうそうでしょう」


 にっこりしてしまう。やはり持つべき者は可愛い良い子なアヤメだ。


「やれやれリスナー諸君、アイリスを見習ってもっと僕に優しくしなさいな」


▼チャット▼

純粋さに負けた

で、でもエッチさでは勝ててるから……!

調子乗ってるユツィラもしゅき♡

けど実際この程度アイリスでも作れそうだよね

あたしもこれくらいなら余裕。ていうかPC触れてたらみんな作れるでしょ



 雑なコメント群の中にマジレスしてくる人がいて目を逸らすはめになった。しかし、ここにいるのは優理だけではない。じっとコメントを眺めていたアヤメが優理を見て言う。


「アライン、私でも作れるのでしょうか?」

「え"っ」

「りすなー?の人は皆作れると言っているので、私でもできるのかなと思いました」


▼チャット▼

アイリスちゃん、お母さんが手取り足取り教えてあげるわよ

ユツィラに任せちゃだめね。あたしが教えてあげる

そりゃアイリスちゃんでも余裕よ。ちょこっとパソコン触れば余裕よゆー

誰でもできる、それが簡単オフィスソフト



 勢い付くコメントは無視すればいいが、アヤメの純真な眼差しは無視できない。


「…………う、ん。うん。アイリスでもできるよ!作ってみたいの?」


 葛藤は一瞬――十秒ほど。褒められて調子に乗った手前、軽々しく誰でもできるとは言いたくなかった。しかし、相手はアヤメである。子供には勝てなかったよ……。


「作ってみたいです!」


 ぱぁぁっと笑顔になり、ぶんぶんと頷く。銀の髪がよく動く。

 可愛い。可愛いので、なでなでと頭を撫でておく。


「今度教えてあげるから色々作ってみよっか。これもお勉強だ」

「はいっ」


 アヤメの相手はほどほどに、再び配信活動と行く。


▼チャット▼

アイリスちゃんピュア過ぎて新鮮

昨今の女じゃ見られない新鮮さ。これは幼稚園児

小中学生から"オンナ"が増えるのやめてほしい。あ、私もだった♡

アイリス、オフィスの次はプログラミングをママが教えてあげるわね

アイリスちゃん。オフィスが終わったらデザインソフトの使い方も教えてあげるね



「アイリスに余計なことを教えないでいただきたい」


 つらつら流れていたのは自分の知識を披露しようとするリスナーの群れだった。

 抗議のコメントは無視させてもらった。


「まあまあ、とりあえずユツィラにご相談始めようかー」


 このままではいつまでたっても話が進まないので、さっさと画面を切り替えてしまう。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



私が性欲を知ったのは小学三年生の頃だった。

ふと気づけば同級生の男子生徒を目で追っている。半袖半ズボンの露出した肌、自分たちとは違う体付き、筋肉の質や髪のごわつき。幼少期は特に外見の差が顕著だったため、私が男子生徒に"男"を感じるのも早かった。すれ違う時に深呼吸をし、席替えはいつも男子生徒が隣にならないかドキドキしていた。声変わりをしていない高音の声とはいえ、女子である私とは違った。男を感じさせる声を耳で意識し、家に帰ってはこっそり自慰に耽っていた。別に、誰か特定の男子を好きになったわけではない。ただただ、"男"という存在に性を呼び覚まされていた。

そうして、誰か一人、特定の個人を好きになることなく三十年が経った。私は昨日、誕生日を迎えた。三十歳だ。仕事に不満はない。日常に不満はない。しかし、性欲は衰えることを知らず、絶対に週に数度は自慰をしないと煩悩で集中力が妨げられる。友人と過ごしている時も、ふと男が街を歩いていたら目を向けてしまう。どうにか懇ろな関係になれないかといつも思う。当然、私に男性経験はない。個人を見なかった私に男が振り向くわけがなかった。

学生の頃、何度か声をかけたことはある。食事の誘いだ。だけど皆、他の女生徒や男同士で出かけると苦笑され断られてしまった。幾度もと繰り返し誘うことは考えなかった。自慢ではないが、私は見る目がある。私が声をかけた男子生徒は、皆いい人だった。女社会に生まれ、歪まず曲がらず上手く適応した男性だった。……いい人、だったのだ。

だから私は引き下がるしかなかった。他の生徒と歩く笑顔を見てしまったら、それを曇らせることは私にはできなかった。私は、三十歳になった。友達はいる。恋人はいない。性欲はある。誰かを好きになりたい。誰か、特定の個人を好きになるにはどうすればいいのだろうか。


ユツィラ、私には答えが見えない。三十歳の私に、ユツィラの見える何かを教えてください。お願いします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「わー……」


▼チャット▼

急に長文表示されて草

なぁに、これぇ

初っ端から重すぎる

わたしのお仲間のにおいがする!

これがユツィラにご相談!の醍醐味



 全然こんなの醍醐味でもなんでもないよ……。





――Tips――


「ユツィラリスナー」

配信者ユツィラにかしずおもねる女性たち。二十代から三十代中盤までをボリュームゾーンとするが、中には六十台や十代も含むため視聴者の年齢層は幅広い。言うまでもなく、リスナーの男女比率は100%女性である。

ユツィラを尊敬しているかと言うと疑問が浮かび、ユツィラに興奮しているかと言うと激しく頷く人間が多い。ユツィラを異性と認識しているかは人によるが、恋愛諦め勢が多いため楽しくお喋りしてくれるだけで満足している。けどワンチャンないかなと思っている人も多い。ワンチャン男で、ワンチャン私と会ってくれて、ワンチャン私とエッチしてくれないかなと思っている。悲しい性欲のカルマである。


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