アヤメの冒険2

 アヤメの地下住居があった高級住宅街より離れ、駅から徒歩で行ける立地にある服飾店。

 名前をウユニロと言うが、日本含め各国にチェーンを広げる大衆店だ。当然アヤメは訪れたことなどないが、ネットで見たことならある。女の子らしくいろんな衣服に興味を持ち、着てみたいと思った物の一部はウユニロで販売されていた。


 特に有名なのは優理も愛用する接触冷感シリーズであり、夏にこれを着ていない人はいないと言えるほど業界に名を轟かせていた。そんなウユニロに白シャツ一枚で入ったアヤメは、店員に好奇の目を向けられつつ、そそくさと人の目が少ない店奥側まで逃げる。


 平均より低い身長(この世界基準)と、明らかに外国の人間な見目(銀髪藍眼)、童顔も相まって一般人からは肉体年齢より幼く見られていた。


 なんだかんだで生まれてからまともに人と話してこなかったアヤメだ。先の謎のスーツ女たちとのやり取りはあってなかったようなものなので、店員や来店客と接するのにかなり及び腰だった。


「エイラ。私はどうすればいいのでしょうか」

『疑問。試着室はあちらです。お好きな衣服を選び、自由に着替えてください』


 携帯に大きな矢印が表示される。服の壁で見えないが、矢印の先に更衣室があるのだろう。周囲を見て、いろんな洋服にあふれていて頬が緩みそうになる。慌てて息を潜めた。


「危ないです。人がたくさんいます。怖い人もいるかもしれません」

『理解。しかしアヤメ様。アヤメ様の現在の服装はより人目を惹きます。できれば背負い布団も、最低でも服は悪目立ちしないものに変えるべきと進言します』

「……そんなに目立つのでしょうか?」


 ゆるっとシャツの裾を引っ張ってみる。白いシャツがみーんと伸びて、持ち上げられた分太ももが露出する。深い青のかぼちゃパンツがちらりと見える。


『肯定。アヤメ様の容姿は日本という国では珍しいものです。フード付きの上着で髪を隠し、背負い布団はより大きな袋で包み込めると最良でしょう』

「ふーむ、そういうものですか……。わかりました。頑張って人は避けてお着替えしてみます」


 むんっと気合を入れつつ、そろりそろりと音を消して衣服を物色していく。後でちゃんとお金は払うので犯罪ではない。



「エイラ、エイラ。可愛いお洋服を見つけました。なんというお名前なのでしょうか?」

『理解。そちらはフリルドレスです。上下で別の服のようにも見えますが、縫製は繋がっています』

「ふーむ……白と青はお空の色のようで可愛いです。買いましょう」

『肯定。買いましょう』


「エイラ!この可愛いお洋服は!すごくとっても可愛いです!」

『理解。そちらはフリルブラウスとフレアスカートのワンピースです。ブラウスの襟が大きなフリルになっており、各所にあしらわれたリボンが特徴です』

「……エイラ」

『はい』

「買いましょう」

『肯定。買いましょう』


「もこもこしています。可愛いです。もこもこは可愛くてあったかいと見ました」

『肯定。そちらは秋用の花柄セーターとふわもこ生地のズボンです。ルームウェアとしても使えるため、使い勝手の良い上下服です』

「お家で着られるのですね。買います」

『肯定。買いましょう』


「エイラ。フード付きのお洋服ですよ!これなら髪も隠せますね」

『肯定。しかしアヤメ様。そちらの衣服はミニスカート仕様なので逃走に適しません。また、フードの大きさも敢えて小さくすることで可愛さをアピールする形となっています。髪を隠すのには適していません』

「むぅ。なら買わない方がよいのでしょうか……」

『否定。いいえアヤメ様。今着用しないだけで、アヤメ様にはお似合いです。買いましょう』

「えへへ、はいっ、買います!」



 あれやこれやと服を見て回り、適度に試着もしてぽいぽいと買い物籠を埋めていく。

 サイズはエイラがアヤメをスキャンして完璧なものを割り出したので、合うものだけを選んでいく。必然、手に取ったものはすべて買うことになる。


 途中で大きな紺色コートを見つけ、物をたくさん入れられる布バッグも見つけた。丈夫ではなさそうだが衣服を詰め込む程度なら容易い。

 靴の種類はあまり多くなかったので、無難に走りやすいスニーカーと靴下を合わせて取っておいた。地味に靴を履いたことがなかったアヤメは感動していた。


 下着も含めた多くの服を籠に詰め、アヤメはレジに向かう。足が重いのは手に持った籠のせいか。背負っていた布団はエイラの勧めに従って丸めて逆の手に持っている。意外にしなやかな繊維をしていたので丸めるのは簡単だった。


「あ、え、えと……お、お会計をお願いしますっ……」

「はい。確認致しますので少々お待ち下さいね」


 何やらおしゃれな格好をした店員に微笑まれ、もじもじしながら待つ。

 海外の箱入りお嬢様風なアヤメが流暢な日本語を話したことに驚いた店員だが、一切顔には出していなかった。接客業の鏡である。


 服の数が多いため、店員二人で確認作業を済ませていく。


「お洋服はこちらの布バッグに入れますか?それとも別の袋にお詰めしますか?」

「え、えっと、別の袋に詰めて……それをその布バッグに入れられますか?」

「はい。もちろん可能です。かしこまりました」


 会話が終わってほっとする。

 息を吐き、携帯を見て表示された文字に慌てる。


「わ、あ、すみません。えと、あの、お洋服、ここでお着替えしていくことはできますか?」

「?あぁ、ふふ。はいっ、可能ですよ。どちらのお洋服を着られますか?」

「えと、えっと……」


 すぐに指差して、不思議そうな顔をする店員にこくこく頷いて布バッグに詰めないでと伝えた。

 お会計自体はアヤメの緊張と裏腹にあっさりと終わった。エイラの言うように、携帯端末を翳すだけでサクッと支払いが済んだ。


 店の厚意でもらった大きな袋に布団を詰め、購入した布バッグに衣服を詰め込んだアヤメは意気揚々と店を出る。ウユニロの店員が見送っていたので手を振り、返ってくる手振りにニッコリ笑って外を行く。


 一人でお買い物できました!と嬉しそうに呟くアヤメを見送る店員皆がほんわかしていたり、たくさんの荷物一人で持てるか、大丈夫だろうかと心配そうだったりと後ろでの色々はあるが、それはアヤメには関係がない。


 人目が切れたことを確認してから、そっと路地に入ってエイラと話す。


「私のお洋服はこれでいいんですよね?」

『肯定。考え得る最高の買い物でした。さすがはアヤメ様です』

「えへへ、ありがとうございます」


 紺のコートを左右に揺らし、にへらと笑みをこぼす。被ったフードのおかげで表情は見えない。腕に巻かれた外部カメラから見ているエイラにはしっかりと見えていたが。


 服はコートのおかげで目立たないようになり、長い丈がパンチラも防いでくれる。

 大きな袋と布バッグも手に入れることができ、布団もしまえて歩いていてもおかしくない風貌となった。大きな手提げ袋が二つと、少々の歩きにくさはあるが胸に抱えれば問題もなくなる。

 靴は安物だがサンダルとは比較にならないほど走りやすい。


 重要なのは、目立たず素早く走り逃げられるかどうかである。その点今のアヤメは完璧だった。百点満点中百五十点を出せる。まあ、エイラの採点は基本九割以上と激アマなので鵜呑みにしてはいけない。


「エイラ。これで私は変装の達人です。どこへでも行けます。次はどこへ行けばよいのですか?私はアラインのところに行きたいです」

『理解。アライン様の居所は現在地より東へ自動車を使っても二時間近くかかるでしょう。アヤメ様は一般的人間よりも速く移動可能ですが、自動車には敵いません』

「ふんふん。そうですね。頑張っても車には追い付けません」


 未だ東京郊外より出られていないアヤメだ。

 こっそり歩いていてすれ違った本物の自動車に驚き興奮しわくわくしたが、さすがにアレらに追いつけるとは思えなかった。曲がりくねった道ならなんとか、といった程度だろう。


『肯定。現時刻から見て徒歩ではアライン様の家に着くのが深夜となってしまいます。時間、距離、体力、天候。問題は多いです。移動手段の確保を推奨します』

「移動手段ですかー」


 路地裏で考え込む。人通りが少ないとはいえ、横を見れば車の行き来があるくらいの場所だ。見通しも良いので長居はできない。

 考え込み、いったん場所を離れようと地面を蹴る。素早く配管を掴み近くの建物を駆け上がった。ささっと平たい屋上の入口近くまで走り、影に入って身を隠した。


「エイラ。使うなら電車なのでしょうか?」

『肯定。しかし追手も電子機器の不具合には気づいたことでしょう。電脳戦を考慮し、徒歩のアヤメ様が逃げる手段として電車の利用も想定されているかと』

「ふーむ……」


 電車はだめか。車の運転は免許が必要だと知っているし、バスの利用も敵の想定内と考えてよいだろう。タクシーは使えそうだが、もし敵の息がかかっていた場合致命的だ。一対一はピンチが過ぎる。

 とすると……。


『提案。アヤメ様、現在地より自動車で三十分の距離に別の駅があります。複数の路線が乗り入れており、人の数もこの場の比ではなく、攪乱も行いやすいかと思われます。利用のご検討を』

「いいですね。行きましょう」


 即断即決である。

 一切の疑いなく頷くアヤメに少々危機意識を持つエイラだが、より警戒網を強めればよいかと周辺警戒レベルを上げるに済ませる。


 地図もなければ土地勘もなく、アヤメ一人だったらすぐ別の物に惹かれて迷子になりそうだと自覚はある。優理の家の場所自体よくわかっていないため、ちゃんと導いて連れて行ってくれそうなエイラに従うのは当然の流れだった。


 フードを深く被り、周囲の景色にアレコレ言いながら風を切る。

 足が軽い。足裏やつま先を意識しなくても靴が脱げない。すごい。


「靴ってすごいんですね!」


 つい叫んでしまう。屋根を越え、地面に着地し狭い道を通り抜けていく。

 道がなければ屋根の隙間を縫い、建物の縁を蹴って空を行く。空中ルートだけを選ばないのはヘリコプターを警戒してだった。


『肯定。人間の知恵です。靴がなくとも人類最速を更新していたアヤメ様は、最速の最高を更新し続けています。さすがはアヤメ様です』

「ふふふー、私は最大最速です」

『肯定。アヤメ様は最大最速です』


 全肯定エイラにえへえへとにんまりするアヤメだ。

 市販の靴とはいえ、サンダルで走るのと比べれば要する労力に差があり過ぎる。水を得た魚のように、翼を得た鳥のように、靴を得たアヤメは尋常でない速度で街を駆けていた。


 街中の監視カメラに見つかればUMAや怪物とでも言われそうなものだが、そこはエイラがハッキングを熟していたので問題なかった。

 アヤメを追う組織の者たちは必死になって探し回っているものの、一行に足取りは掴めず、手元にある無数の映像には一つとして同じ方角に向かう姿は映っていなかった。


 追手が人海戦術に任せ頑張っているとは露知らず、アヤメはニコニコで外界を走り続ける。

 エイラによれば目的の駅まで走って一時間、アヤメの最速がわからないので場合によってはもっと速く着けると言う。


 道路、木、草、空、雲、建物と。

 外の世界は見ていて楽しいことばかりだが、アヤメにはどうしても早く行きたい場所があった。そう、言うまでもないがアライン――優理の家だ。


「えへへ、アラインのお家楽しみです」

『肯定。そのためにも追手を完全に撒く必要があります』

「はい。私にできることはありますか?」

『提案。アヤメ様はこのままエイラの示した道順を進んでください。また、向かう先は雨雲が多いため雨にご注意ください。荷物はコートの内側にしまっておくとよいでしょう』

「わかりました。そうします」


 こそこそっと荷物を服の内側へ。

 歩きにくく運びにくくなったが、雨に濡れるよりはマシだろう。速度もそこまで落ちるわけではない。


 そうして、走って走ってお散歩して観光して、休憩して遊んでと、アヤメらしい冒険を経て優理の家――の上の階に辿り着いた。



 ☆



「……え?いや今ので話終わり?ちょっと急じゃない?はじめてのおつか――じゃないや。初めての冒険ってここからじゃないの?」


 場所は優理の家。時刻は夕方の近い十六時頃である。

 急に現れた銀髪美少女をベランダから部屋に通し、椅子に座って・・・・・・優理は話をしていた。


「?終わりですよ。だって私、お腹が空きました」

「……そうですか」

「はいっ。お腹が空きました」

「うお、急に動かないの!」

「えへへ、はーい。アラインにぎゅーってされちゃいました。えへへぇ」


 二人は椅子の上に座っている。優理の家に椅子は一つしかない。つまり膝上抱っこ。アンサー。


 淡々と脳内で適当なことを呟くが、優理に余裕はなかった。動くアヤメを止めるため抱きしめた結果、匂い立つ甘く爽やかな香り。もっとミルクっぽい可愛げな香りを想像していただけに、急な大人エロスを含む匂いに脳がバグる。


「えへへー、あったかいです……これが温もりなんですね。とってもぽかぽかします」


 心の底から体温を実感している少女の声音に、煩悩が少しだけ沈下する。

 そして、どうしてこんなことになったのかと自問自答してしまう。



『――アライン!アラインのお家を見つけ出せたので、なんでも言うこと聞いてくれるんですよね!』

『そんなこと言ったかな……』

『言いました!えへへー、お願い考えてきましたっ』

『言ったかもなぁ……』



 どうしても何も、自分の甘い対応が原因だった。

 けれど仕方ない。きらきらな目で見られたら頷きたくもなってしまう。まさかそのお願い事が膝に座らせてくれ、だとは思わなかった……。優理の精神力がゴリゴリ削られていく。


「ぽかぽかしているの……人間ってすごいですね」


 囁きめいた甘い声が脳を蕩けさせていく。そういう雰囲気じゃなくとも勝手に動いてしまう、それが性欲の業。

 どうでもいいことを考えようにも、呼吸のたびに意識が現実へ引き戻される。これは本格的にまずいか。


「ん、アライン。息くすぐったいです」

「っぐぅぅ」


 艶のある鈴の音を耳にし、致命傷でも受けたかのような声をあげてそっとアヤメを床に下ろす。優理は逃げだした!


「わわ、アライン。どうして逃げるのですか?」

「なぜか。それは僕が男だからさ」

「?」


 少女に背を見せ、堂々と腰に手を当てて立つ。よく考えたら今、優理はインナースタイルだった。アヤメの衣服や荷物は上の階から回収し部屋の隅に置かれているため、彼女もシャツとパンツだけである。当然下はかぼちゃパンツのみだ。


 自身の下半身をちら見し、当たり前に主張する半身を無視する。

 このまま振り返ったら終わる。シチュエーションもへったくれもない。性欲のカルマよ。我は抗うぞ。


 かっこよく決めようにも、身動きできないので近づいてくるアヤメを止めることもできない。万事休すか。


『提案。アヤメ様、既に攪乱及び防衛網の構築は完了しています。アライン様の住居が追手にバレるまで相当な時間がかかるでしょう。今後の住居とするため、自宅の捜査を推奨します』

「あっ。それもそうですね。家探しです家探し!」

「ツッコミどころ多すぎるけどありがとう……」


 防衛網って何だよとか、いつかはバレるんだとか、同棲確定なのかとか、言いたいことは色々あったが屹立セーブをしてくれただけよかったとする。


 急いで適当なズボンを履き、短く溜め息を吐いて椅子に座る。

 じっと見つめる先には大きなシャツ一枚姿のアヤメだ。そう広くない部屋の中を歩き回って、表情をぱぁぁっと輝かせて家探しをしている。


「冷蔵庫です!アライン、中を見てもいいですか?」

「いいよー」


 返事をし、にこぱーっと笑顔になるアヤメにひらひら手を振った。可愛く手を振り返してくる。なんだ、ただの可愛い美少女か。


 改めて眺めていると、写真で見た以上の実物感がわかってくる。


 髪は部屋の蛍光で弱く輝く銀色。メタリックカラーというより、どこか生物的な、幻想的な、言うなれば"生"を感じさせる。エロい意味はない。


 長い銀髪は今まで見てきた女性の中でもトップクラスに長く、膝下まで届いている。よく邪魔にならないなと感心する。洗うのも大変そうだ。由梨のウィッグですら大変なのに、自前の髪ならどれだけ大変かと頭を撫でてあげたくなる。


「アヤメー」

「はーい」

「おいでー」

「はい!」


 とてとてと寄ってきたアヤメの頭を撫でる。目を細めて喜び、"えへへ"と笑って頭部を押し付けてくる姿は懐いた犬猫を思わせた。超可愛い。


「アヤメは可愛いね」

「えへへー、嬉しいです。アラインもかっこいいですよ」

「そっか、ありがとう。もういいよ。家探し楽しんでね」

「はい!」


 にぱっと元気な笑顔が可愛い女の子だ。

 触れた髪はめちゃくちゃに指通りがよかった。まるでそう、あれこそシルクのような肌触り、というやつ。


 身長は優理より低い。見立てだと160 cm程度か。優理が171cmとこの世界平均に近しいので、平均より10cmは低いことになる。


「ふむ……」


 珍しいなと頷く。ほとんどの女性が優理と同じ程度の身長をしているので、自分よりそれなりに小さい人は見かけることが少なかった。

 だから余計に妹っぽくて可愛く思えるのか。妹に欲情する兄はいないし、優理に妹などいたことないが。いやゲームの中でならいたから……。


「エイラ、これはなんでしょうか?」

『回答。そちらはオーディオインターフェイスです。パソコンの音とマイクの音を混ぜて流すための機材です』

「よくわかりませんがすごい機械なんですね」


 妹っぽく思える要素は他にもある。童顔で、くるくる変わる表情は子供を彷彿とさせる。優理もアヤメの境遇は聞いているので、あらゆるものが新鮮なのだろうとわかる。とはいえ、幼く見えてもちゃんと大人なアヤメのアレコレは目に悪い。チラリズムが悪いよチラリズムが。


 肌は白く、銀色の髪と相まって雪の妖精のよう。膝上まで隠すシャツはワンピースっぽくもあるが、逆に言えば膝上までしか隠さない。

 垣間見える真っ白な足は幼さと真逆に肉付き良く、健康的に育った張りを持っていた。太ももの白さとチラチラ視線を奪うパンツはよろしくない。


 モデルのように足が長いというわけではないが、優理が同じ身長だったらたぶん自分より長いだろうなとは思う。胴:脚=5:5ではなく、胴:脚=4:6くらいにはなっていそうだ。黄金比である。


 足と比較した胴体はしっかり細く、男のような太ましさは見られない。だと言うのに胸は控えめながらもちゃんとシャツを押し上げ、妖精らしさを損なわないよう調整されている。まるでそう在れかしと創られたような……そうか。アヤメはそういう出自だった。


「アヤメ」

「はい!」

「……」

「……?アライン?何かご用じゃないんですか?」

「あぁ、ううん。ふふ、なんでもないよ。ただアヤメのこと呼びたくなっただけ」

「ふふっ、変なアラインです」


 くすっと笑って、アヤメはアヤメで"アラインアライン"と口ずさむ。

 家探しへ戻る少女にしんみり微笑みながら、優理は思考を放った。どんな生まれであれ、アヤメはアヤメだ。勝手に哀れみ勝手に同情するなんて彼女に失礼だろう。それなら勝手に欲情して勝手におかずに……いやこれはこれでかなり失礼か。いけない。思考が変態のそれになっている。


 気を取り直して、アヤメの胸から顔に視線を移す。よく考えたらずっと人の胸見ているのも失礼だった。よく考えなくても失礼だったわ。ごめんアヤメ。


「エイラ。これは洗濯機ですね。けど私の知っているものとちょっと違います」

『肯定。洗濯機です。アヤメ様が知っている種は縦型洗濯機でしょう。こちらはドラム式洗濯機と言います。高額ですが、乾燥機能付きが多いためモノグサな方に人気です』

「そうなんですね。私はいつもお風呂に入りながら洗っていたので、洗濯機を使ったことはありませんでした……アライン、アラインはモノグサなんですか?」

「急に飛び火するじゃん。別にモノグサってわけじゃ……確かに干すの面倒だから乾燥機使うけど。割と可愛い服とか傷むの多いからちゃんと干すことも多いよ」

「ふふ、アラインは可愛いお洋服を着るんですね」

「うん。……そうだね。同居するならそっちの話も後でしようか」

「よくわかりませんが、アラインのお話ならなんでも聞きたいです」


 ニコニコなアヤメに微笑む。

 美少女のにぱにぱな笑顔に優理もにぱにぱだった。


 美少女とAIの会話を見ているが、意識して顔だけを見ているとそれはそれで変な気持ちになってくる。


 アヤメの顔は……有り体に言って可愛すぎる。


 銀糸の髪が留められ、まるっと見えるおでこ。生え際は自然に整えられていて、そこさえ可愛く思える。

 眉毛も睫毛も銀色で、すらっと伸びた眉は表情の移り変わりでよく動く。淡い銀に包まれた瞳は写真通りの深い藍色。日の沈んだ後の、濃くなった空の色に似ている。

 ぱっちり丸い目が目尻にかけて垂れ、溌剌さと儚さを共存させていた。


 写真を見た時に同じ感想を抱いたような気もするが、本当に写真と同じなのだから仕方ない。

 よく、実物と写真じゃ違うぞ、なんて話を聞くがアヤメは別だった。写真通りだ。むしろ写真以上に動く表情を見ているとこちらまで嬉しくなってくる。愛くるしさ抜群の少女だ。


 小さめの鼻に薄っすら桃色の唇は可憐で、大人の色気と心の幼さのアンバランスさがなかなか……なかなかに好ましかった。端的に、可愛いとエロイは両立できる。


「アライン?アライーン」

「――僕の名前を呼んだね」

「え?はいっ、呼びましたよ」

「ああうん。なに?」


 配信のノリで適当な返事をしてしまった。一切ノリがわかってもらえず現実に引き戻される。悲しい。けどきょとんとしたアヤメも可愛い。


「いいえ。なんでもありませんよ。じーっと私を見ていたのでお話したかったのかと思いました」

「あぁ……うん。話はしたかったかも。家探しはどんな感じ?」

「えへへ。まだまだ足りませんが、アラインがお話したいならしょうがありません。お話の方が大事です」

「そっか。じゃあ……ご飯食べながら話そうか。アヤメ、お腹減ってるんでしょ?」


 尋ねると、ぱちぱち瞬きをして驚いたように目を丸くする。


「そうでした……!楽しくてお腹減っていたの忘れちゃっていました」

「ふふ、そっかそっか。ご飯食べようね」

「えへへ。はいっ」


 椅子から立ち、キッチンに向かう。

 何を作ろう。アヤメに食べたいものを聞きながら冷蔵庫を開け棚を開け、少し早めの夕食作りに取り掛かる。


 まあ、食べたいもの聞いても素材ないから作れないんだけどね。ごめんアヤメ、今日の夕飯はパスタソース味の肉キャベツ炒めだよ……。




――Tips――


「膝上抱っこ」

男の膝上に女が座り、背後から抱きしめられる体勢を指す乙女の夢。アヤメは特に意識してお願いしたわけではないが、世界中の夢見る乙女が見たら指差して悔し涙を流すことだろう。

あくまで「膝上抱っこ」は男が後ろから女を抱きしめるのであって、向かい合った男女が抱き合う体勢ではない。膝上で対面し、座った体勢には別の名称が存在する。






あとがき

フォロー☆感想等ありがとうございます。

まだの方は☆たくさん入れてくれると嬉しいです。

それと、12/27から1/3くらいまでお昼の12:00と夜の19;00の二回更新します。読んでくれると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

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