由梨と相談。

 朔瀬からデートのお誘い(仮)を受けて早数日。

 今日は木曜日。大学は午前中で終わりの日だ。


 別に授業をサボるわけではなく、普通に二時限目までしか授業を入れていないだけである。

 大学生ってすごい楽だなーと、少々懐古気味に今を思う。


 優理は前世で普通に社会人をしていた。

 挫折したり、転職したり、無職になったり、転職したり、社会人歴三年になったり、仕事歴五年になったり。

 五年を超えて十年は覚えているが、十五年となると曖昧だ。いったい自分はどれくらい働いていたのだろうか。なんとなく、学生として過ごした以上は働いていたような気がする。……小中高大と合わせて十六か。そんなに働いていないかも。


 ともかく、社会人として当たり前に働いていたため日々は飛ぶように過ぎていった。

 平日休みも土日休みも経験したが、記憶に残っているのは土日休みばかりだ。

 月曜日から金曜日まで働き、土曜日日曜日と休む。その繰り返し。


 平日なんてあっという間に終わっていた頃を思えば、午前中で仕事(授業)が終わる大学生のなんと自由時間の多いことか。


 世界が変わっても、大学生の自由さは健在だ。

 もちろんモカのように忙しく過ごしている者もいる。だが彼女ほど大忙しに生きている者は稀だった。


 今日、由梨は一人だ。


「――由梨ちゃん!初デート大成功だった!改めてありがとー!!」


 訂正、一人ではない。

 目の前に座る女子生徒、百原大学の二年生、由梨と同じ女学生である。もちろん女装ではない。


 ニコニコとした笑みに同色の笑みを返す。


「よかったぁー。それなら私もアドバイスしたかいあったかな」


 成功報告にほっと息を吐く。

 場所は学校より離れ、駅近くのファミリーレストラン。普段は電話で済ませる恋愛相談だが、今日はどうしてもお礼をしたいと言われノコノコ付いてきてしまった。お昼がまだだったためお腹が空いている。


 目前の女生徒は、数週間前に恋愛相談をしにきた。

 由梨は別に積極的に誰かの相談を請け負うつもりなどない。ただなんとなく、ちょろっと日常で聞かれたことや疑問に男目線を交え答えていたら、これである。


 定期的に女子生徒から恋愛相談を受けるようになってしまった。いったいどういうことだろう?何度目かわからない自問自答してしまう。


 疑問は振り払い、今は目の前のことに集中する。


「――つ、次はもうキスとかしちゃってもいいのかな!?」

「まだだめだよ?抑えてね?」


 吐きそうになる溜め息を飲み込む。

 他の女子もそうだったが、誰も彼もすぐ男と肉体的接触をしようとするのはだめだと思う。そんなんだから性欲の薄い男共から敬遠されるのだ。


「あのね、初デートじゃまだ手も繋いでないんでしょ?」

「え?う、うん……一緒にご飯食べたの、いつもの百倍おいしかったなぁ」

「うんうん。それさっきも聞いたよ。一緒にご飯食べて、また行こうねって約束したんだよね?」

「うんっ!」


 ニコニコしている女生徒には懇切丁寧に現実を教えてあげることにした。

 前回も似たようなこと話したなと、若干遠い目をしながら話を続ける。途中どんどんしょんぼりしていく様子に心が痛んだが、最後には頑張る!と元気になってくれたのでよかったことにする。


「――由梨ちゃん、今日はありがとうね。また次のデート終わったら連絡するから。それとね、もう一個相談があるんだけどいいかな?」

「え、うんっ。私は全然構わないけ……ど……」


 答えながらも、現れた人影に驚いて声が掠れてしまう。


「えっと……由梨、あたしもちょっと相談、いい?」


 テーブルの横に立つ女性。

 蜂蜜色の髪を揺らす美人な友達、モカがいた。


「う、うん。いいけど……」


 あんまり状況に付いていけていない。

 なんでモカがここにいるのか、"じゃあ私は行くねー!"と説明なしに女生徒はどこへ行くのか。というかお昼代は……それはテーブルに置いてあった。ならいいか。いやよくないが。


「その、由梨?」


 だめだ頭が回らない。会話メインであんまりご飯食べられていないからかもしれない。お腹減った。


「モカちゃん」

「うん」

「お腹減った。お昼食べていい?」

「え?それはうん……ていうかあたしもお腹減ったし追加注文していい?お金払うから」

「んー、やっぱパスタはペペロンチーノだよねー!おいしー!」

「って聞いてないか。何にしようかな……」


 何はともあれお食事だ。ご飯は大事。

 脳に糖分が行っていなければ話せるものも話せない。


 とりあえず考え事は放棄して、お昼を食べることだけに集中することにした。現実逃避とも言う。



 ☆



「――さてモカちゃん。私はお腹いっぱいになりました」

「んぐ……ま、まだあたしハンバーグセット食べ終えてないんだけど!」

「そりゃーモカちゃん頼んだの私が食べ始めてからだし」

「うぐ」

「それにモカちゃんライス大盛りにしたよね?」

「うぐぐ」

「ていうかデザートまで付けてなかった?」

「ううぅ」

「私もうプリンまで食べ終えたんだけど」

「うぅ……」

「お家帰っていいかな?」

「それはだめ」

「はぁーい……」


 うなだれていたので流れで帰れるかとも思ったが、そんなことはなかった。意外に冷静なモカである。当のモカは美味しそうにチーズハンバーグを食べている。子供っぽくてちょっと可愛い。


「食べながらでいいんだけど、モカちゃんどうやって私のこと見つけたの?」

「んへ?……ん、どうも何も、かえでから聞いただけよ」

「楓……?」

「え、なにあんた。名前覚えてなかったの?」

「し、しっけいな!田中さんでしょ?覚えてるよー!」

戸井中といなかね……ほんっと由梨ってそういうとこドライよね。人見知りというか疑心暗鬼というか……」


 呆れた目で見られてしまった。しょんぼり。

 けど確かにちょっと相談者の名前覚えてなかったのは悪かったかなと反省する。けどでも、電話でぱぱっと聞かれたこと答えて終わりの関係だったから……しょうがない。次に活かそう。


「ま、ちゃんと話聞いて答えてあげてるんだから充分だとも思うけどね。そのおかげであたしもここにいるんだし」

「うん……。戸井中さんから聞いたんだ?私が色々相談受けてるって」

「んー……ん。そそ、全然知らなかったけど、結構有名らしいじゃん。えっとその……れ、恋愛相談?とかでさ」


 別に恋愛相談のみを受けているわけではないが、聞く話はほとんど恋愛ばかりだから間違ってもいない。


 そもそも由梨は自分から"相談者募集だよー!"とサークルを作ったりボランティアしたりしているわけではない。

 ただ普通に聞かれたことに男目線を交えて答え、由梨らしく明るくズババ―と正直に話しているだけだ。そうしたらいつの間にか恋する乙女の間で噂が広がり、密かに良き理解者として知られるようになってしまった。無論、当人はこのことを知らない。


 由梨――優理としては恋愛相談なら"ユツィラにご相談!"配信の役に立つので、相談を受けるのも吝かではなかった。どうしてこんな相談くるんだろうと疑問はあったが、LARNや電話で済ませられるため時間もそう取られず深く考えることはなかった。


「恋愛相談ねー」


 ふむふむと頷く。

 この世界、当たり前に変態ばかりいるように思えるが別にそんなことはない。いや、変態ばかりではあるけれど、誰もが欲求不満というわけでもない。それこそ当たり前の話だが、恋人がいて欲を解消できさえすれば脳内ピンク一色になどならないのだ。


 例えば日本の人口一千万として、男は百万人いる計算となる。

 全員が恋人同士になるわけではなくとも、一定数は恋愛関係を築く。


 ここ、百原大学でもそれは同じだ。

 片想い、両想い、横恋慕。

 特に多い相談は片想いだった。多くの男が五感誤認アクセサリーを身につけているため、偶然男だと気づいて縁ができてしまった人からの話をよく聞いた。


 優理も人のことは言えないが、男共の擬態の適当さよ。技術にかまけて擬態の努力を忘れてやしないか。一緒に女装しよう。一人ファッションショーとか結構楽しいんだよね。


 女装が日常に溶け込み過ぎている男である。


 さておき、恋愛相談だ。

 こんな話をしてきたということは、モカもまたそういうことなのだろう。


「あー……んん♪……う……な、なに?」


 目の前の友達が大きく口を開けてハンバーグを頬張り、うっとりしてからこちらの視線に気づいて気まずそうにしていた。

 モカは大体いつもそうだが、本当にご飯を美味しそうに食べる。


「んーん、なんでもっ」


 緩く笑っておいた。

 この子もついに恋愛かぁ、と。不思議な気持ちになる。


 少しの羨望と、幾らかの寂寥と、多くの応援と、ほのかな感心と。

 由梨として友達にエロスを感じることはあまりなかったため、素直に応援しようと思える。できればモカには普通に普通な幸せを掴み取ってもらいたいものだ。


「うん。モカちゃん、私、応援するからね!」

「へ?なんで、っていうか何を――ちょっと待ちなさい。あんたなんか勘違いしてない!?」

「ん、そんなことないと思うけど……」

「別に私はその……れ、恋愛……と、か。そういうのは違うから!妹!妹の相談なの!!」

「……妹ちゃん?」


 こくこくと頷かれた。

 顔が真っ赤になっている。"恋愛"という単語一つ言うのでこんな恥ずかしがるってどれだけ初心なんだ。こんなんじゃエロ侍従のボイス聞かせたら鼻血出して気絶してしまいそうだ。……考えてみて、それはそれで絵面がかなり面白くてやってみたくなった。割と本気でいつかやってもいいかもしれない。


 しかし……妹か。


「私、モカちゃんの妹ちゃんと面識ないよね?三人いるんだっけ」

「むぐ……ん、うん。ラテとマキとココ」

「……わー可愛い名前ー」

「世辞はいいって。家の親、フィーリングで名前決めちゃうんだもん。一応ちゃんと理由はあるんだけど、そんなの聞いただけじゃわかんないよね」

「あははー。……ちなみにモカちゃんの名前は?」

「んー……聞きたい?」


 頷くと、ちょっと待ってと言われ残ったおかずを口に放り込んでいた。

 もぐもぐとほっぺた緩ませ食べている。美人系の大人びた顔立ちをしているのに、こういうところ子供っぽいのずるいなーと素直に思う。もし自分が男だったら惚れていた。あぶなかった…………ん?いやそもそも男だった。危ない。


 定期的に自分の性別を忘れかける、演技派女装男子の鏡である。


「由梨、これ秘密だから。いい?」

「え?うん。いいけど……」

「じゃあもっと顔近づけなさい」

「うん」


 そんな聞かれたらまずい話なのかなと思いつつも、言われた通り顔を屈める形で前に寄せる。ひそひそ話の体勢だ。


「……」

「うん?」


 モカが考え込んでいる。難しい顔をして眉間に皺を寄せていた。


「モカちゃん?」

「あーごめん。やっぱ今のなしで。LARNで話そ」

「えー?いいけど、そこまで?」

「ん、そこまで」

「そっかー。りょーかいですっ」


 ぴしっと小さく胸元で敬礼。あざとい、しかしこれでよい。これくらいあざとい方がカワイイ女子を出せる。恥ずかしがらず堂々とやるから様になるのだ。


 それにしても携帯でやり取りか。

 口に出すと、というか聞かれるとまずい話なら自分にも……たくさんあるか。男、女装、配信、エロチャット、エロボイス、婚活。むしろ聞かれたらまずい話しかない。どうなってるんだこの人生。



< ゆりかもメ(3) ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年9月28日(金)】


由梨。読めてる?

【13:12】



うん、読めてる。

香理菜ちゃんも入ってる

けどいいの?

【既読1 13:12】



いーのいーの。あの子に

も言いたかったことだし

ちょうどいいかなって

【13:13】



おっけー。いいよ、なん

でも言ってくださいな。

【既読1 13:14】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ちらと前を見る。

 モカはじっと携帯を見つめていた。由梨の視線に気づいてこくりと頷く。珍しく緊張しているようだ。そこまでの話か……まさか男CO!?


 一瞬ユツィラリスナーと同じ思考になり、そんなわけあるかと考え直した。脳内汚染がひどい。現実を見よう。自分のお仲間なんてそうそういるわけがない。こんな意味不明な生活しているやつが他にいてたまるか。



< ゆりかもメ(3) ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年9月28日(金)】


実は、あたしパパがいるの

【13:15】



え、それ何かの隠語?

【既読1 13:15】



違うわよ!

父親!お父さん!パパ!

わかるでしょ?

【13:16】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……」


 なるほど。そうきたか。


 思わず無言になり、携帯から目を離して息を吐く。

 これは確かに、そうだった。結構な爆弾だった。


 男女比率1:10。

 普通に女性の性欲処理をして過ごしてきた――これは語弊がある。優理は童貞だ。

 女装しながら当たり前に日常を送ってきたが、この世界で父親という存在はあまり見られない。


 一億人の人間がいれば一千万人の男性がいる。男のほどんどが結婚しているのだから、一千万人は父親がいる。

 そう考えるのが自然だ。それは確かに事実で、データだけ見れば間違うことなどない。


 しかし、現実はもっと複雑にできている。


 そもそもからして婚姻済みの男性は妻となった女性の独占欲に縛られることが多いので、表立って行動することはほとんどない。五感誤認アクセサリーは必須である。

 子供もまた、幼い頃より父親がいることの重要さを教えられるため周囲に漏らすことはない。


 結果、街中を歩く子連れ夫婦という景色は消滅した。


 数字だけなら一千万人の父親が日本中に散らばっているはずだ。

 百原大学であっても、生徒が五千人いたなら五百人程度は父親のいる家庭があってもおかしくはない。


 実際のところ少子化だったり、高齢化だったり、男性数の減少だったりと多くの要因が絡まってその半分程度しかいないだろうが、それでも三百人近くは父親を持つ生徒がいるわけだ。


 優理はモカ、香理菜を除けば広く浅くと交流関係を築いているため、同級生との会話自体はそれなりに熟している。しかし、一度たりとも父親がいる女生徒の話は聞いたことがなかった。

 それだけデリケートな話題であり、真に父親のいる子は固く口を閉ざしていることがよくわかる。


 つまり現状、モカが自分――由梨に父親の存在を明かしてくれたことは、それだけ彼女が深い信頼を向けてくれている証とも言える。


「……モカちゃん」


 感無量だった。ちょっと泣きそうだった。

 まさかそこまで思ってくれていたとは。これはもう友達を越えた親友、否、マブダチである。


「え、なんで泣きそうになってるのよ、こわ」

「怖くないよっ!!私たち、マブダチだからね!!!」

「マブダチって……あんたどこからそんな言葉拾ってきたのよ」


 ぼやき苦笑するモカに満面の笑みを見せる。


「はいはい、マブダチねマブダチ……もう、ほら続き続き」

「ふふっ、はーいっ」


 少し照れ気味に頬を染め促す友達に従う。今日もモカちゃんは可愛い。



< ゆりかもメ(3) ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年9月28日(金)】



ふふふ、わかったよ!

マブダチの私はバッチ

リ理解しました!

【既読2 13:19】



それ引きずるのね……

まあいいけど、うん。

そういうこと、あたし

パパがいるのよ

【13:20】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 おや、と気づいた。

 ちらと前を見て、同じように顔を上げたモカに気づく。目が合い、小さく頷く。


 モカも気づいたようだ。

 現在やり取りしているLARNはグループLARNだ。メッセージを送れば何人読んだのかわかるようなシステムとなっている。

 由梨の送ったメッセージは既にすべて"既読2"となっており、この場にいないもう一人の動向が簡単に読み取れた。



< ゆりかもメ(3) ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【2028年9月28日(金)】



いやいやわたし何にも

わかってないんだけど

??

【13:21】



ごめん香理菜ちゃん

。私、一足先にモカ

ちゃんとマブダチに

なっちゃった。

【既読2 13:22】



や、それはどうでもいい

かも。パパってなに?

【13:22】



だからお父さんだって。

香理菜もお母さんはいる

でしょ?それの男性版

【13:23】



???

父親って実在するの?

モカちゃんの妄想じゃ

なくて?

【13:24】



ばかにすんな!!

【13:24】



モカちゃん怒ってる?

ヾ(๑>ヮ<๑)ノ"

【既読2 13:25】



なにその顔文字。絶対

煽ってるでしょ!?

【13:25】



わたしは嫌いじゃないよ

【13:26】



【メッセージを送信】―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ゆーりー?」

「ヾ(๑>ヮ<๑)ノ"」

「くふ、表情と仕草で顔文字表現しなくていいから!」

「はぁーい」


 適度に現実でも会話しながら、ある程度香理菜の理解が進んだところで十三時半を過ぎる。授業が始まり香理菜はLARNの会話から離れた。由梨とモカも一番外に漏れたらまずい話は終えたので、ぼかしながら表で話すことにする。


 目の前には届いた抹茶チョコレートパフェを幸せそうに食べるモカがいる。

 呆れを混ぜ、机に両肘をついて作った手の甲の谷に顎を載せる。美味しそうに食べるのはいいが、本当によく食べる。


「な、なによ」

「んーん。よく食べるなぁって」

「べ、べつにいいでしょ」

「ん、いいよー」


 否定するつもりはない。ただそんなよく食べられるなぁと思っただけである。

 女性に比べれば食べる方の優理であっても、モカほどじゃなかった。ハンバーグのサイズをアップさせご飯を大盛りにした時点でデザートの入る胃がない。


「それで?モカちゃんの名前の由来ってどうだったの?お母さんが関わっているのはなんとなくわかったよ」


 お母さん、には別の意味も込めている。当然モカはわかって――ほっぺたをゆるゆるにしてアイスクリームを食べていた。本当にわかっているのだろうか。

 美味しくご飯中のモカは微妙に信頼度が低いのである。


「ん~~♪――んん……うん、うん。そそ。ぱ……ママがね。最初に話したのがカフェだったんだって。そこのお店、もう店主のお婆さんが亡くなって畳んじゃったらしいんだけど、店名が"mokafe"だったみたい。お婆さんの名前がモカで、お店がなければ知り合うこともなかったからあたしの名前にさせてもらったとか言ってたわ」

「思ったより良い話でびっくりしちゃった」

「何だと思ってたのよ」

「え、そりゃカフェモカが好きだったからーとか」

「まあそれも理由の一つらしいけど……」

「あ、やっぱりそうなんだ……」


 ちょっぴり気まずげだ。そういうこともある。

 話を変えよう。


「まあまあ、うん。名前の由来はわかったかな。ありがとう。……えっと、妹ちゃんからの恋愛相談だったよね」

「ん……うん。恋愛相談……」

「私が電話でもすればいいのかな。どうする?」

「えっと……それなんだけど、由梨、家こない?」


 唐突に言われた言葉に頭が追いつかなかった。

 首を傾げ、ぱちぱちと瞬きする。モカが目を逸らして話を続けた。少し恥ずかしそうだ。


「あのね、香理菜と由梨と、あたしの家お泊まりにこない……って」


 なるほど。

 家に泊まりに来ないか、と。


 これ、もしかしなくてもお泊まりのお誘いでは???





――Tips――


「男女比1:10」

性欲逆転世界における男女の比率を表したものだが、この数値はあくまで数年前に国が発表した全体指標でしかない。

所謂、"平均値"と"中央値"の違いのようなもの。

そもそも女性の方が寿命は長く、発表当時よりさらに女性数の増加、男性数の減少は進んでいる。生まれる子供の数が少なければ、総人口における男女の比率はより傾いていく。

2028年時点で20歳代の男女比を数値にすると、およそ"1:15"かそれ以上の差になっていると推測される。少子化及び男性数減少の対策が急務だ。

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