LARN、それと友達とのお出かけデート(女装済み)。
自身のライフスタイルを考え直し、一夜。
ユツィラの配信では通話しようぜ!と言ったが、配信後によく考えたら色々しんどそうだなと思ってしまった男である。
けどこのしんどさも、将来のイチャイチャライフのための我慢だと思えば……!
寝起きの怠さを抱えながら、優理は起き上がる。
時刻は朝の八時。大学はなく、特にネット活動の予定もないので今日はオフだ。朝食は昨日の余り。毎食調理をするなど面倒くさくてやっていられない。
顔を洗って食事を済ませ、歯を磨きながら携帯を開く。
SNSの通知はLARN以外切っており、今朝はそのLARNに連絡が届いていた。リアルの交流しかLARNは繋がりがないので、連絡先は由梨か優理のどちらかだ。
由梨への連絡はいつものごとく学校の友達から。"今日新作のお茶とお菓子と服とお店があるから行かない?"とのこと。
大学で仲の良い友達二人、
モカからは"今日バイトだから無理―"と返事があり、自分はどうするかと迷う。
「……どーしよ」
悩み、いったん保留とする。アカウントを切り替え、通知が来ていた優理のLARNアカウントを見る。
< 搾精の人 ✉ ☏ ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【2028年9月22日(金)】
朔瀬さん。お疲れ様です。
今日はお願いがあって連絡
しました。
【既読 21:36】
どんなご用件でしょうか?
私に答えられることなら
なんでもお答えしますが。
【21:38】
返事お早いですね……
もしかして朔瀬さん、
今時間ありますか?
【既読 21:45】
はい。大丈夫ですよ。
優理君からのご相談
とは珍しいですね。
【21:46】
はいまあ、ちょっと…
…。夜遅いですけど、
今電話とかできますか?
【既読 21:47】
もちろんです。
いつでも掛けてください。
【21:47】
【音声通話が終了しました 19:42】
【既読 22:07】
電話ありがとうございま
した。それでは後ほど話
をまとめた資料を送りま
す。
【既読 22:10】
了解致しました。
お待ちしております。
【22:25】
メールで送ったので、
明日か明後日かに確認
していただけると助か
ります。
おねがいします。
【既読 22:40】
【今日】
確認しました。
少々お時間をいただきます
。日曜日には具体的なお話
ができるかと思われます。
お待ちください。
【00:25】
【メッセージを送信】
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「うわ」
話が早すぎて驚いてしまった。昨日話して、まさか本当に明日で終わるとは思わなかった。ささっと了解の返事を打ち込んでおく。
前から思っていたが搾精の人――優理の精子回収を担当する国家公務員。エロい意味ではない――
優理がこの世界で男として接する、数少ない女性の一人が朔瀬だった。
LARNでもリアルでも、朔瀬は他の女性と違って"THE 異性"といった雰囲気を醸し出さない。男慣れか男嫌いか女好きか、理由は定かではないが優理からの好感度と信頼度はかなり高い相手である。
今回はユツィラのリスナーからどうやって通話相手を厳選するかの相談だった。
適当に選んだら絶対に露骨なエロを持ち込んでくる相手もいるし、イチャラブを求める優理とて不特定多数の見知らぬ相手と急にお見合い的な話をする勇気はなかった。
そこで朔瀬には上手い具合の選別を頼むことにした。
身分証明書の確認、性格診断、ユツィラをどう思っているか、過去のコメント等。自分は顔を公開していない、というか性別を偽っているので相手の顔も不要とは伝えておいた。顔写真とか収入とか、そういうのは考えなくていいと思うのだ。
大事なのは心と心。相手が自分に明確な好意を持ってくれているかが重要なのである。
かなり女々しく思えるが、そこは前世から今世の二十歳まで女性経験のない拗らせた男だと思って納得してもらうしかない。
「あー、どうしよ」
呟き、友人への返事に悩む。
ちょっと気を逸らしたが、別にそれで答えが出るわけでもなかった。香理菜のお誘いは要するにただのお買い物、お出かけ、ウインドウショッピングだ。女学生らしさ全開で行きたさはある。せっかく誘ってくれたのだし、行かないのはもったいない。
ただまあ、ちょっと今は遊びたい気分でもなかった。色々と考えている最中である。未来の恋人とか、未来のイチャラブライフとか、未来の桃色世界とか。
「午後からなら、行けるよー!、と」
なんていうか、別に女子友達とのお出かけもイチャイチャっぽいから行こうと思ったわけじゃあない。友達付き合いは大事だから行くのだ。それだけ。
言い訳はほどほどに、今日の洋服選びとクローゼットに向かう。
アレにしようコレにしようと悩む姿は完全に年頃の女子のそれである。しかし服装はパンツとインナーシャツだけ。
優理のデート――ではなく買い物まで、大体六時間くらい。
午後。
電車に揺られて数十分。眩しい日差しに目を細めながら、優理――由梨は東京の街を歩いていた。待ち合わせ場所は駅より北口を出てすぐの開けたスペースだ。土曜日の昼間だからか、さすがにすれ違う人は多い。右を見ても左を見ても女だらけ。こうして都会に出てくると、自分が違う世界にいることを実感する。
白く丸いオブジェを目印に、何人もの人が待ち合わせをしている。
由梨もまたそこへ向かい、すーっと視線を流して今日のデート相手はどこにと探す。
「由梨ー」
「わわっ、えへへ、香理菜ちゃんみーつけたっ!」
「やほやほ。見つけたのは私だよ。こんにちはー」
「ふふっ、こんにちはー!」
そっと後ろから忍び寄り、ぽんと肩を叩いてきた相手。今日のデート相手の香理菜だ。
ひらひらと緩く手を振ってくるのに、元気よく挨拶を返す。
「香理菜ちゃん今日可愛……可愛い?」
「ちょっとそこ疑問なのー?普通に可愛いでいいと思うんだけどなぁ」
さらっと香理菜の全身を流し見する。
若草色のロングスカートとベージュのシャツ。どちらも淡い色合いをしていて、秋っぽい雰囲気はある。ただ、可愛いというよりは美人系な服装をしていた。
焦げ茶色の髪がふわくるっと流れていて、ショートボブのボーイッシュな見た目も大人美人さを強めている。だらっとやる気のなさそうな目がチャームポイントだ。
ちなみに、今日の由梨はだぼっとした青のズボンにふわもこの白ニットを着てきた。まだちょっと暑い時期でも着れる、接触冷感ニットだ。インナーは地味なキャミソールを着てきている。当然パンツも女性もののショーツである。自然なウィッグと五感誤認のアクセサリーに化粧を合わせれば、どこからどう見ても可愛い女学生由梨の完成だ。
「ふふふー、私の方が可愛いからねー。そんなセリフは私より可愛いカッコウしてから言ってくださいな」
「じゃあ無理かな。今日も由梨はちょー可愛いよ」
「えへへー。そうでしょうそうでしょうとも!」
「じゃあ行こっかー。どこから見る?」
「そだねー。私あんまり、ていうか全然聞いてないけど、今日何かするの?」
「おっと、うーん、一応言わなかったっけ」
ふむふむと頷きながら、携帯を取り出して見せてくる。
横から覗き込むと、ほんのりお香っぽい落ち着いた匂いがしてドキドキする。同時にほんわかもする。
携帯の画面ではグループLARNが開かれていた。文章は"今日新作のお茶とお菓子と服とお店があるから行かない?"の一言。
「うむむ、これは読んだけど、全部本当なの?」
「新作のお茶お菓子は本当かなぁ。服とお店は見て回ってからのお楽しみ?」
「あはは、じゃあいつも通りだね!どうしよっかな」
下唇に指先を当て、あざとさプラスに考える。
今の時刻はざっくり十三時半。お昼は家で食べてきたので、お腹は減っていない。それなら先に服屋雑貨屋を回って、ちょうどいい時刻にお茶でいいんじゃと思ったり。
「香理菜ちゃんはお腹減ってる?」
「わたしは減ってないんだ。家で炒飯食べてきたからね。由梨は?」
「ふふー、私も減ってなーい。お揃いだねっ」
にこぱーと笑む。二年近く続けていれば笑顔も完璧である。何ならこちらが真の姿と言っても良いほどだ。まあ男だが。
手を翳して由梨の笑顔を眩しそうに見る香理菜。ひらひらと手を振り。
「はいはい、お揃いお揃い。じゃあお茶は後でいいかな。先に色々見て回ろっかー」
「うん!」
というわけで、ウインドウショッピングと洒落込むことにした。
駅前を離れ、とりあえず定番としてやって来たのは街のアウトレットエリア、服屋雑貨屋が乱雑に立ち並ぶミニ商店街である。
駅前より階段を下りて五分もすれば着く、場所柄それなりに混雑している通りだ。相変わらず周囲には女しかいない。
服屋も男物なんて取り扱っている店はほとんどなく、どれもこれも女物ばかり。由梨としては助かるが、優理としては少々困る。
こんな人混みに優理スタイルで来たりなんてするわけないが、前世で女物の服の品揃えを羨んでいた身としては、羨ましかったり嬉しかったりと複雑である。
前世では選び放題の女性服を羨み、今世ではさらに選び放題となった女性服が嬉しく、けれど男性服の選択肢が狭まり過ぎて逆に不便な思いもしている。隣の芝生は青い、というやつだろう。違うか。
「うんうん。やっぱり服はいいねぇ。わたしも購買欲が刺激されるよ」
「ん、買いたいものあったの?」
「いんや」
「えー、なかったの?」
「どうだろ。あったりなかったり?」
「ふふ、なにそれー」
「ふふー、これぞウインドウショッピングの醍醐味でしょ?」
「かもかも」
外から服を見る時もあれば、店内に入り軽く見回ってみる時もある。
季節の変わり目らしく、既に秋用の服が多い。何なら冬物さえ見られる。夏服は売れ残りセールだったりで意外な狙い目でもありそうだ。
「ね、夏用の服とかどうかな?ほらこれとか香理菜ちゃんに似合いそうだよ?」
服の掛かったハンガーを手に取り、じゃーんと見せてみる。
「え、えー……青のワンピースって、しかもこれノースリーブじゃん。袖どこ行ったのよ袖」
「取っちゃいましたぁ、なーんてっ」
「まったく、こういうのは由梨みたいなフリフリの似合う子の方が合ってるんだよ。わたしみたいなだるっとしてるやつには似合わないのー」
「えー、そうかなぁ。色も薄くて綺麗系だし、香理菜ちゃんに似合いそうだけどなぁ」
「はいはい。次行くよ次ー」
微かに頬を赤くしているのは褒められ慣れていないからか。
可愛いなーと思いながら、自身の手を引く香理菜に付いていく。普通に手を繋いでしまっているが、よく考えたらこうしたお手軽スキンシップも女子特有かも、と思ったり。
気を取り直して、ゆるりゆるりと見て回っていく。
女学生二人組らしく、デートらしく、どっちにどんな服が似合うか見せ合ったり、モカちゃんに似合うのどれかなーとか話したり、新服もいいけど古着もいいよねなんて言ったり、たまに試着してお互いに感想伝えあったりしながら。
照れて笑って話して楽しんで。三人でも楽しいお出かけは、二人でももちろん楽しいに決まっている。
これがデート。これぞデート。もうこれでいいんじゃないかなと思ってしまう由梨(優理)である。
「――ふー。結構歩いたねぇ」
「ね。私もちょっと疲れちゃった」
商店街は見終え、次いで駅ビルに入ってちょっとお高い服と雑貨、それに下着化粧品と見て歩いていたら結構な時間が経っていた。特に二人は花の女学生。化粧品売り場では結構な時間を使ってしまった。デパコス(デパートコスメの略)は種類も豊富で見ているだけで楽しい。
ウインドウショッピングを終え、ちょくちょく買い物も済ませた二人はようやくとばかりに新作お茶菓子を販売しているカフェにやって来た。
時刻は既に十六時を回っている。まだ日は高いが、秋分も過ぎた今、のろのろゆったりしていたらすぐにでも夕暮れ時となってしまうだろう。
「香理菜ちゃん。今日の新作スイーツだけど結局私しか注文してないよね?よかったの?」
「んー、まあねー。わたしたちで半分こすればいいでしょ?よく考えたらわたし、別にカボチャそんな好きってわけでもないし、まだハロウィンは先だし……ね?」
「そだね。うん。ならいいかな。ふふ、二人だと二倍美味しいもん」
三人いたら三倍だったかもーと言うと、モカちゃん三人分食べるからマイナスじゃんと返ってきた。くすくす笑い合って、のんびり話しながら冷たいほうじ茶を飲む。ほっとする。
穏やかな気分で過ごしていると、何やら空気がざわざわし始めた。
遠くから諍いの声が聞こえてくる。
「?」
「あちゃぁー……」
香理菜が由梨を――由梨の後ろを見て呟く。げんなりした顔をしていて、どうしたのかなと首を傾げながら振り返り、察した。
「あー……」
由梨と香理菜は、現在街中の小洒落たカフェに入っていた。店は開けた通りに面しており、入口もガラス張りに外の景色がよく見えている。テラス席も設置され、中身はもちろん見た目も重視したシャレオツな店だ。飲食物の値段もそれなりにするが、そこは新作スイーツを求める女学生二人。その程度許容範囲内である。
二人の座る席は店内中間に在り、由梨が入口側、香理菜が奥側と向かい合うように座っていた。後ろはガラスで透き通り、言い争っている人の姿がよく見える。
「はぁ?あんたの選んだ物よりあたしの選んだ服の方が似合うっつーの。そんなダサいのありえないわぁ」
「は?そんなこと言われる筋合いないんですけど?見る目なさすぎっていうか。くふふ、何その服?馬鹿の一つ覚えみたいに同じ色ばっかり。そんなんじゃ着る本人も馬鹿に思われるんじゃない?」
「同じじゃねえよ。あんた目曇ってるんじゃない?あ、もう年か。やだなぁこれだから耄碌ババアは。老眼なら早くそう言って欲しいわ。その眼鏡、老眼鏡だったのね。ごめんごめん」
「はん、これだからガキは困るの。知識も知恵もない猿と同じ。いえ猿以下。ほんと笑える。猿がキィキィ鳴いてる。あ、その服も猿っぽいもんね。動物園に帰ったら?」
「はぁ?」
「なに?文句あるの?」
テラス席でバチバチと喧嘩している女性二人。罵詈雑言がひどい。今にも殴り合いになりそうな雰囲気だ。
この世界の女性は、優理の前世よりも全体的に強い。
それは精神的というより、肉体的に。日本人の女性身長平均値は男と同程度であり、大体170cmほど。骨格も丈夫になり、子供を産む時の安全性を高めるため筋骨強靭になったと言う説が濃厚だ。
だからというわけでもないが、身長171cmの優理に肉体的アドバンテージはなかった。むしろ女同士の喧嘩とか普通に怖い。
実際のところ優理の肉体は筋肉の量と骨密度を考えればこの世界の一般女性よりある程度頑丈なわけだが、女性と接していない彼にわかるわけがない。
ぶるりと震え、どうしよう?と目の前の香理菜に視線で問いかける。
「どうするも何も、スイーツ食べてないし今外に行くのは厳しいからね……。現状維持?」
「うう、助けてモカちゃん……」
見た目だけなら二人の発言は正しいが、由梨は男である。男らしさのすべてを失ってしまった優理に今の状況は酷だったようだ。内心でも普通に家に帰りたがっているので、彼の発言と内面に大きな差はなかった。
ちなみに、モカちゃんはキックボクシングを習っているのでとても頼りになる。どこぞの男とは大違いである。
そわそわしながら、お客様をなだめに行く店員とヒートアップする二人の様子をこっそり窺い続ける。
何が争いの元かと言えば、わかりやすく二人に挟まれ縮こまっている男がいた。別の女に寄り添われ、顔を青白くしている。こっそり移動し、その場から離れようとしているのがここからだとよく見えた。
「……」
馬鹿だなぁ、と結構割と本気で思ってしまう由梨だった。
あの女たちとどんな関係か知らないが、この世界で男がハーレムなんて気軽に築けるわけがないのだ。女の自尊心や独占欲は高く、基本的に一夫多妻などありえない。
ちゃんと相手の性格を見極めて、別の女の子ともイチャラブしていいかなー?(チラッチラッ)と窺いながら関係値を深めてこそ、ハーレムは成る。許されなかったらそれはそれで仕方ない。一対一の純愛もまた良し。むしろそれが普通。でもハーレムもいいよね。両腕に抱きしめてなんやかんやって絶対幸せだよね。男の夢だ。
なかなかに屑いことを考えつつ、優理はスイーツを口に運ぶ。
パンプキンムースをふんだんに使ったパンプキンパフェは素朴な甘みが舌にとろけ、想像の数倍は美味しかった。
「わ、これ美味し……」
「お、わたしにもちょうだい」
「いいよー」
ほんわかとスイーツ交換しながら食べ進めていたら、こそこそ歩いてきた男女一組(喧嘩している女たちとは別の女)がお会計を済ませようとしていた。店員も早く追い出したいのか、急いで会計をしている。
「なっ!」
「どこへ行くの!!?」
このまま平和に終わるのかなとのんびりしていたら、急に状況が変わって動揺する。
テラス席にいた一人が柵を飛び越え店の入口を塞ぐ。もう一人は店内を通って男を捕まえようとする。
男も男で"釣りはいらないから!!"と叫んだ女に手を引かれ店内を走り出す。
お前が言うんじゃないのか、とは由梨の心の声である。
ドラマで見る一度は言ってみたいセリフだったが、それを言ったのは堂々とした走り姿の女だった。まあこの世界のドラマでも言っていたのは女だったが。
器用にテーブルを避けて行く二人を、目を爛々と光らせた女二人が追う。こちらは乱暴に人を押し退けており、人の迷惑など考えていない様子。当然由梨と香理菜の机も無理やり押される。
「っ、香理菜っ!!」
咄嗟に立ち上がり避けた由梨だが、のんびりアイスクリームを食べていた香理菜はバランスを崩し倒れそうになる。
急いで手を伸ばし、ぎゅっと抱きしめて支える。
「あ、あぶなかったぁー。由梨、ありがと……ん……?」
腕の中に収まる香理菜は、思った以上に小さくて、柔らかくて、温かくて。普段は落ち着くお香の匂いもどこか蠱惑的に思えて、急激に顔が熱くなる。心臓が早鐘を打つ。ドキドキする。大変だ。これはちょっと、やばい。
「わ、わぁ!!えとえと、香理菜ちゃん、だ、大丈夫だった!?」
「え?え、う、うん。わたしは大丈夫。由梨こそ平気?顔赤いけど……」
染みついた言動はそのまま由梨として出せるが、胸のドキドキは抑えられなかった。優理の優理が微妙に反応してしまっている。微妙に前屈みになり、机と椅子を直してささっと座る。自身の女体耐性が無さ過ぎてショックを受ける優理だ。
首を傾げながらも、香理菜は守っておいたスイーツを口に運ぶ。
バニラアイスが甘くて美味しい。美味しいが……。
「な、なにかな」
「ううん、なんでもー」
微笑み、由梨の胸元から視線を逸らす。
ぎゅっと抱きしめられた時、妙な感触がした。自分と違うのは当たり前だが、それにしてはこう……端的に、女性らしくない。
疑問は疑問のまま、とりあえず後で考えようとスイーツに集中する。
「……」
こっそり溜め息を吐き、由梨は重い疲労を感じる。
久しぶりに、結構色々とアレな感じだった。なんていうか、普通に欲情してやばかった。香理菜ちゃん結構胸大きいし、えっちかったなぁ……。
煩悩に塗れている由梨は、香理菜に特大地雷の疑問を持たれたことに気づいていない。視界の隅で友達の胸を見続けるただの変態であった。
結構なトラブルがありながらも新作スイーツは食べ終え、いざこざのお詫びに料金半額と半額クーポン(期限なし)をもらい、二人は店を後にする。
空の青が徐々に薄まり遠くに茜色を混ぜ込む中、とぼとぼと駅に向けて歩く。
「はー。なんだか今日疲れちゃったね。私もうへとへとかも」
「あははー。由梨は体力ないなぁ」
「もー。ひとのこと言えないでしょー」
「まあねー」
だらだら話しながら朝の待ち合わせ場所まで戻り、少し進んで駅入口でお別れだ。
香理菜は同じ駅の別路線を使うため、由梨とは帰り路が違う。
「由梨、今日はありがとうね。楽しかった」
「ふふ、私こそだよ。楽しかった!また行こうねっ」
「ん。じゃ、また明後日ね。寝坊しちゃだめだぞー?」
悪戯っぽく笑ってひらひらと手を振る香理菜に、由梨は頬を膨らませ、むむっとお怒りポーズで抗議する。
「もう!私そんな子供じゃありません―!ふふっ、また明後日ね!ばいばーい!」
ふりふりと手を挙げ、それからくるりと回って改札に行く姿はどこからどう見ても美少女のそれだった。
軽く笑って由梨とは反対方向に行く香理菜もまた、そんな彼女の可愛さに疑問を持つことはなかった。ならさっきのアレはなんだったんだろう……。むんむんと頭を悩ませることができてしまい、疲れ半分楽しみ半分な女学生だ。
友達が優理にとってかなりやばいことを考えているなど露知らず、由梨は鼻歌を歌いながら駅のホームに行く。電車の到着メロディが流れ、開いたドアから機嫌よく乗り込んだ。
「――――」
ぱ、っと由梨とすれ違いホームに降りた女が振り返る。
訝し気に電車を、車両の中でのんびりと椅子に座った由梨を見つめる。
「――旦那様?」
女がこぼした言葉は、電車の発車音に紛れて消えていった。
由梨が女の呟きを拾うことはなく、じっと車両を見送る女の視線に気づくこともまた、なかった。
――Tips――
「LARN」
世間一般に浸透しているSNSの一つ。
無料で利用可能で、電話もメールも手軽に行える優秀なアプリ。昨今のサイバー戦に対抗するため、最新鋭のAIを管理者として置いている。噂であるがLARNのAIを開発した人物は、ある大きなAIプロジェクトに参加していたと言う。
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