第15話封印の魔法と飛竜襲来
「やれやれ、敵と言われるのは不本意ですね。私は、人類とエレムの生存を第一に考えているだけですよ」
キーラが殺気を隠さずに近づいてくる。
ガンダルが剣先を真っ直ぐにキーラに向けて、訊ねる。
「どうしてエレムを狙う?!エレムの生存?殺すつもりじゃないのか?」
キーラが隙を作らずに、じりじりと近づいてくる。
「殺しはしませんよ。生捕りです。生きてさえいれば、四肢がなくても構いませんがね。エレムの命に関われば、精霊が助けに来るでしょう?」
キーラの魔法は、強力だ。それこそアクアーボを使われたら、危ない。もしアクアーボが使われたら、カリンと2人で力を合わせて、対抗できるか。いや、かなり難しいだろう。
ガンダルの表情が厳しい。
「おいおい、物騒だな。捕らえてどうするんだ?」
キーラには、余裕がある。
すでに俺たちは、キーラに追い込まれている。
でも、近づいてくるということは、近づく必要があるということ。俺たちは、同じように後ろに後退していく。
「安心してください。私は、エレムとあなた、人類の味方です。
邪魔をしなければ無益な殺生もする気はない。
私は、エレムを時空の魔法で亜空間に隔離、封印したいだけ。
現世と区切られた場所に隔離することで、エレムの命を守り、この世界を不運から逃れさせる」
後退しながら会話をして、時間稼ぎをしても活路が生まれるわけでもない。でも、今は、それしかできることがない。
ガンダルがキーラに言葉を投げかける。
「不運なのはエレムだけだろ?時空の魔法?お前がなぜそんな魔法を?」
キーラが足を止めた。
ついていない。袋小路になってしまった。壁を背にして、逃げ場がない。
ギラギラと太陽が眩しい。
キーラは、建物の影の中で、不敵に笑う。
「あなた方は、まだ知らされていない。だから、エレムを野放しにして、行動をともにしようとさえする」
カリンもキーラを睨みつける。
「あなたに何がわかるのよ!エレムはあたしの命の恩人なの!エレムがいなかったら、もう死んでるわ!」
「俺もエレムに命を救われた1人だ!」
キーラが呆れた顔をしてカリンとガンダルに言い返す。
「そもそもエレムがいなければ、死にそうになることもなかったのでは?」
「そんな事ありえないわ!あたしが川で溺れ死ぬところを、エレムが自分の命を顧みず助けにきてくれたもの!」
今度は、キーラがカリンを睨み返す。
「川で溺れた不運がエレムのせいだとしたら?」
カリンが必死に言い返す。
「そんな何もかもエレムのせいにするなんて、理不尽よ!あたしは、そうは思わない!
ポッコロ様だって、アウアウ様だって、エレムとあたしを助けてくれたわ!」
キーラが、ふぅと、失望したように息を吐く。
「やれやれ。いいですか?他でもない精霊たちが、エレムの不運を恐れて封印しようとしているのです。
ある日、闇の元素精霊ダクジャと時空の精霊パルキオが私に加護を与えました。彼らも女神様からエレムを守護するように使命をあたえられています。だからこそ、エレムを封印しろと命じ、私を使徒にしました。
氷と雷の精霊もエレムを封印した方がいいと考え始めています。封印派の精霊がだんだん増えているのです」
キーラが精霊の使徒?!
やっぱり、強すぎて俺たちが敵う相手じゃない。
ガンダルの眼がまだ死んでいない。
何かの策があるのか?何かを待っている。
ガンダルが質問を続ける。
「なんで封印する必要がある?」
キーラが大きな紫色の魔石を取り出して、手に載せる。
「あなた方は知らないでしょう。
幸運の元素精霊や幸運の精霊たちがエレムが生まれたことによって悪霊になってしまったことを。エレムの不運によって幸運の要素が変質してしまったのです。
幸運のドラゴンも、急速に弱っています」
ドラゴンが弱る?俺のせいで?ドラゴンが弱れば、隕石に対処する12体の連携が崩れてしまう。そうすれば、この星が隕石の衝突を避けられなくなるかもしれないってことか?
「そんな事が?!キーラ、本当なのか?俺のせいで?」
俺のせいなら、大変なことだ。俺は、世界そのものに不運を!?
「そうです。恐ろしいでしょう?
エレムの不運が世界を不運に巻き込んでいます。強力で危険な不運です。一刻も早くエレムを現世から隔離、封印しなくては。幸運のドラゴンの命も風前の灯火です。
あなたたちにとっても、エレムと一緒にいるのは、危険です」
カリンがキーラに噛み付くように言い返す。
「地面の裂け目に向かおうと言っていたのは、嘘なの?」
「嘘じゃありません。地面の裂け目に向かう途中で亜空間に封印する予定でしたが、予定変更です。
水のドラゴン、リブレイオスがタイトスと合流しようとしています。
何かがドラゴン達の予定を早め、狂わせている。
より不運な方向に動いているに違いない。
急ぐ必要があるのです」
「なんで朝は、あたし達の味方の振りをしていたのよ?!このペテン師!」
キーラの手の上の魔石が力強い光を放ち始める。
「スキがなくて、無理だったんですよ。
ゾゾ長老は、恐ろしいお人だ。まさか100歳を超える老人があれほどまでに強いとは。強いとは聞いていましたが、桁違いでした。闇の魔法と時空の魔法を使えば対処できるかと思いましたが。
一瞬でも不審な動きをしたら、私などすぐに殺されてしまいます。お手上げでしたね。
エレムがゾゾ長老から離れている今、あなたを亜空間に隔離、封印します」
キーラが手を上に掲げると、ヤードルさんが放ったであろう氷の矢が空中でピタリと止まる。
「シンクーハ!!」
紫色のフラッシュのような強烈な発光があった。
キーラが手を振り下ろすと矢が飛んできた方向に戻っていく。
「ぐわっっ!!」
屋上にいたヤードルさんが自分が放った矢を受けて倒れる!どうやったんだ?未知の魔法?
「彼がヤードルですね。水の魔法と氷の魔法を掛け合わせて氷の矢を作る弓矢の名手。厄介な男です。
闇の魔法で矢に込められた殺意を反転させました。射手に3倍の殺意を込めて矢を返す魔法です。彼には避けられなかったでしょう」
ガンダルが怒る。
「そんな魔法でヤードルは死なない!」
「さぁ、それはどうでしょうか?
さて、邪魔者がいなくなりました。魔石の準備も整いました。エレム、まだあなたが力をつける前に、封印します。
しかし、本当に難しい魔法です。意義や価値を伝える事が発動の条件とはいえ、いちいち説明するのが難儀でしたよ。
魔石の起動にも時間がかかるし、大技すぎて詠唱までする必要がある。やれやれ、やっとチェックメイトです」
キーラが手の平に載せた魔石が太陽のように強い光を放つ。昼間でも眩しいくらいの明るさだ。
「無数の次元の中から、異なる世界への門を開け、マフーバ!」
キーラの手元に尋常ではない魔力が集まる。
俺の真下に紫色の時空の裂け目のようなものが現れて、どんどん大きくなっていく。
まずい、裂け目に落ちる!!!
ガンダルがガッツポーズで叫ぶ。
「最高のタイミングだぜ!!いぃよっしゃ!!ガッハッハ!」
ギャァ!!!!
不意に、空から飛竜が飛んできた。
なんでだ?!どうして?!
1頭の飛竜が地面に激突する。
ガンダルが待っていたのは、まさかの飛竜だったのか!?
キーラが飛竜に吹っ飛ばされると、紫色の光る魔石が地面に落ちて、粉々に砕け散った。
開きかけた紫色の次元の裂け目が消える。
倒れたキーラが口から血を流しながら、血走った眼でよろよろと立ち上がる。
「なんでこんな時に!このタイミングで?!
精霊にもらった魔石が飛竜を引き寄せてしまったのでしょうか?
ついていません。これもエレムの不運のせい?!
封印が阻止されるほうが、世界はより不運に向かうということなのでしょうか?」
俺は、我慢できなくなって、キーラに言い返す。
「そんなのは、歪んだ自己正当化じゃないか!キーラ?」
「自己正当化してるのはどっちでしょうね?エレム、知っておきなさい。
あなたが常に不運な方に押し流されていることを!
エレム、あなたにとってもです!」
「キーラ、黙れ!屁理屈ばかりを!」
「エレム、いずれあなたは、大切な仲間を守るために自ら封印してほしいと私に懇願するでしょう!
亜空間に逃げたいと、私にすがるはずです。
私は、あなたの敵ではありません。むしろ、唯一の救いの手であることをお忘れなきように!」
「何をふざけたことを!誰がお前を頼るか!俺は、力をつけて、世界を救うんだ!逃げたりしない!」
「私の足元にも及ばない実力のあなたが世界を救う?口から出まかせを。無責任に希望を語るのは、おやめなさい!
あなたには、無理です!そんな無謀な大言壮語に付き合えません!あなたに何ができるって言うんですか?」
「キーラ、お前は、俺よりもはるかに優れた魔法使いだ。
でも、俺は、この世界に生まれてから一日も休まずに、限界まで自分を愚直に鍛えてきた。
そして、これからも毎日バカバカしいくらい限界まで努力する。何年でも、何十年でも。
ゾゾ長老のような魔力のスピードもなければ、お前のような強さもないし、父のような賢さもない。
でも、どんな障害や困難、不運があっても、すべてを力に変える。
俺には、運がない。女神様が理解できないくらい不運だ。だけど、宿命に立ち向かい世界を救うという信念がある。だから、俺は、希望を持つ。決して諦めない。毎日必ず積み上げ続ける。
何ができるか?まだ分からない。でも、見つかるまで、できることを探し続ける!」
キーラが冷ややかな目で、鼻先で笑う。
「馬鹿げています。そんな小さな積み重ねで回避できるほど、隕石の危機は小さいものではありません。
どんなに高い塔を建てても、決して月には届きません。無理です。
何ができるか、まだわからない?一生分かりませんよ。あなたにできることなど、そもそも無いのだから。
あなたは、自分の不運の危険さを過小評価している。
女神様の理解を超えて、あのドラゴンを弱めるほどの不運ですよ?
あなたの不運には、絶望しかない。
私は、あなたを信じません!だから、あなたを必ず封印します!世界を救う唯一の方法だからです!」
「キーラ、あたしは、エレムを信じる。塔を建てて月に届かないなら、月に届く別の方法を考えだせばいいわ!
あなたが口先で語る絶望よりも、あたしの命を救ったエレムの希望を信じる!」
「俺もエレムを信じるぜ!希望を語る奴を俺は、信じる」
「根拠がない感情任せなど、話になりません。
もうマフーバを発動させるのにわざわざ長々と説明する必要がありません。発動の条件はすでに整っています。次に会う時は、問答無用です。必ずエレムを封印します」
ギョョェェ!ギョァァ!!
3頭の飛竜が吠えながら、石造の家々を破壊しながら突っ込んでくる。
石壁が次々と崩れ落ちる。
キーラが崩れた石壁の下敷きになる。
「うがぁ!!」
キーラは、これくらいじゃ死なない。でも、足止めには、なるのか?
こっちは、後ろの壁が崩れて道ができた。
カリン?カリンがいない。どこだ?
まさか!崩れた石の下か?
飛竜の方からカリンの叫び声が聞こえる。
「エレム、助けて!」
カリンが1頭の飛竜に鷲掴みにされている!
なんでこうなった?!
とにかく、カリンを助けないと!
「カリン!うぉぉぉ!!」
とっさに、剣でカリンを掴む飛竜の足を刺す。剣術もなにもない。がむしゃらに剣を突き出す!
剣が飛竜の鱗を貫通する。
刃が通った!
飛竜に振り落とされながら、深々と刺さった剣を引き抜く。
ギョョェェ!!!!
傷ついた飛竜が暴れながらカリンを地面に落とす。
カリンが落ちる!
「危ない!カリン!」
カリンが地面にヒラリと着地を決める。
なんて身体能力!
「あ、あたし、大丈夫!エレム、ありがとう!」
「ほ、本当に?!」
「死ぬかと思ったわ。いい着地だったでしょ?」
「う、うん。とにかく、無事でよかった」
「もっと、あたしを褒めなさい!」
ひっ!こんな時に何を。
でも、カリンの明るい笑顔に救われる。
剣を見ると飛竜の血を弾いている。血を拭く必要さえないのか。
ぎこちなく、剣を鞘に戻す。
ガンダルが叫ぶ。
「今だ!逃げろ!」
ガンダルが汗をかきながら走り出す。
3人で路地裏を全力疾走する。かなり上まで上がってきた。
「はぁはぁ!ここまで来れば大丈夫かな?」
「なんでいきなり、飛竜が現れたの?あたし、訳がわからないわ」
ガンダルが得意そうに笑う。
「ガッハッハ!いやぁ、詰んでたな。
破れかぶれで、陽の光を剣で反射させて、飛竜の方に向けていたのさ。
キラキラ光っていたら、気になってこっちにこないかと思ってな。
だんだんこっちに飛竜の群れが近づいてきたが、あいつら俺たちにあんまり興味を示さなくて、焦っていたんだ。
でも、キーラがヤードルに闇の魔法を使った途端、飛竜がまっすぐこっちに飛んできたんだ。ヤードルのおかげだな。
ヤードルのことだ、俺が飛竜を誘っているのに気づいたはず。それで、キーラに何か魔法を使わせて飛竜を呼べないか、試してみたんだろう。
俺とヤードルは、どんな八方塞がりの死地でも活路を見つけて生き延びてきたんだ。
決して諦めない。不屈の精神だ。
飛竜が来たのは、キーラが不運だったからじゃない。俺たちが掴み取った希望だ。
こんなにうまくいくとは思わなかったがな」
そうだ。もがくことが生きること。ガンダルの言う通りだ。どんな時も希望を見つけ、諦めないこと。
「ガンダルもヤードルさんも、すごい!あたし、もうダメだと思ったわ。ヤードルさん、大丈夫かしら?」
「あいつは、こんな事じゃ、死なないさ。
それに俺の予想が正しければ、ヤードルの矢には、殺意が込められてなかったはずなんだ。
炎犬に焼かれても死ななかった俺たちだ。生きてるさ。
俺も最後に食ったのがエッグタルトじゃ、死ねないしな!せめて、熊肉のバーベキューくらいは、食っておかないとな!3年前エレム達と一緒に食った熊肉は、あれが最後の食事でも未練が残らないくらい、脂が乗って美味かった!ガッハッハ!」
「あら?アレイオスで1番甘くて美味しいエッグタルトよ?まぁ、ガンダルは酒飲みだし、甘党じゃないものね。
でも、よかったんじゃない?熊肉を食べてたら、また死ぬところだったかもよ?」
そういう問題じゃないだろ!でも、万事休すの難を逃れた。
「ガッハッハ!確かにな!熊肉食った後は、黒焦げだったもんな。
朝から美味い肉を腹一杯食わなくてよかったぜ!これからは生き延びれるように、ゲンを担いで甘いものを食べよう」
「じゃあ、ガンダルのおごりね!シナモンロールに、チーズケーキ、アップルパイ、フルーツタルトにクレープ!美味しいお店、たくさん知ってるわよ」
「ガッハッハ!こりゃまいった!」
冗談が言えるのも、無事だからこそだ。
「ねぇ、状況は良くなっているの?かえってピンチじゃない?」
「そうだな。飛竜にはもう大人しく帰ってもらいたいが。。。そう都合よくはいかないよな。。。
まずい!飛竜が興奮して、こっちに向かってくるぞ!エレム、カリン!もっと上だ、上に逃げろ!」
「めちゃくちゃ怒ってるわね。エレムが飛竜を刺すからよ!」
「カリンを助けるためだろ!?ガンダルについて行こう!」
3頭の飛竜が地面にめり込むように突っ込むと、石畳が割れて、地割れが起こる。
石造の建物を積木のように壊しまくる。
山際まで逃げると、立ち入り禁止の洞窟を見つけた。木の柵で入り口が封鎖されている。
飛竜の群れが5頭になって、こっちに迫る。
ガンダルが乱暴に木の柵を蹴って破壊する。
「こんな洞窟があったとはな。おい、この中に逃げるぞ!」
「ちょっと!大丈夫?危険って書いてあるわよ?それにあたし、暗いのはいやよ!」
「ガッハッハ!飛竜にやられるよりましだ!」
そうだ、まずは飛竜から身を隠さないと!
「行こう!ガンダルの言う通りだ」
俺たちは、洞窟に逃げ込んだ。飛竜にバレないようにファイポもつけない。
暗い洞窟を壁面の岩を手がかりに進んでいく。
「怖いわ。暗くて何も見えない。。。きゃぁぁ!!」
コウモリが飛んでいく。
「コウモリなんて、最悪!きゃぁぁ!」
「大丈夫か!?カリン!エレム、足元に気をつけろ!グァァ!!」
え?!足元が急な斜面になっている!
まずい、落ちる!
「うわぁぁ!!」
暗闇の中、砂と一緒に斜面を転げ落ちる。
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