NEMO

伊倉甍

はじまり

わかれ と めざめ

驚いたことに、最初に現れ出たのは後悔だった。

割と満足な生を送ったと思っていた。軋む身体は、その感情を笑っているようだった。ひどく熱かったと思ったら、急激な寒気に襲われる。生あたたかい血溜まりが、じわりと木材に滲む。

‎‎ ──ああ、死ぬんだ。私。

なぜだかぼんやりと、死後について想った。もう死んでしまうのなら、いっそ馬鹿馬鹿しいことを考えて逝ってもいいじゃないか、と。

‎ ──もし、生まれ変われるのなら。

遠くで誰かの声がする。知人の声だったもしれない。あるいは、最愛の人の声だったかもしれない。悲しいほどに、その声の主を忘れてしまっていた。

忘れてしまったのなら、何もかも知らない場所へ逝こう。

‎ ──生まれ変わったら、ここでは無い何処かへ行けますように。



意識が戻った時、私は目を開いているのか、閉じているのか分からなかった。つまり、暗かったのだ。天地、左右、上下。ぐりぐりと目玉を動かしてみる。ようやく自分が仰向けで横たわっていると気付き、両手で支えながら上半身を起こした。──それに反応したように、自分の周りに光が灯った。

前方に2箇所、私の後方に2箇所。松明のような──というか松明だ──それが、やけに自分と同じ高さにあると思ったら、台形になった床の中央にある寝台に私はいた。まるでこれは祭壇だ。ここは──

「……──ここは、何処だ?」

聞き覚えのある声が、自分と、松明に照らされてもなお薄暗い部屋に響く。自分の体を確認し、どうやら四肢は無事であると確認する。足先も薄れているようには見えない。幽霊になったわけではないようだ。

寝台から降り立ち上がると、また松明が灯り、通路が見えた。進めというのだろうか。誰かに見られているのだろうか。周囲を見回すも、岩壁が私の行く先を見守っているだけだった。

松明の道しるべに連れられて、さみしい通路を進んでいく。上り階段にしか出会えず、ようやく自分は地下にいたのだと自覚する。そうして息が乱れてきた頃、階段の上に、地上からの光が見えた。


□■


外は真昼だったようで、陽の光に慣れるまでいささか時間がかかった。私が出てきたのは、平原に落窪んだ部分の崖下で、遠目で見れば気付きにくい入口だった。おそらくは、気付かれないように作られたのか。

平原だった。風で青々とした草花は波を立てる。遮蔽物のない大地のせいで、大空は落ちてしまいそうなほど高く色づいている。思わず深呼吸をして、この異常事態に似つかわしくないのどかさに当てられて。目的地のない歩みを進めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る