魔物使いのスローライフ

@ao113

オーク①


「不味い・・・・・・」


  口の中にぐにゅりと広がる感触に、眉根を寄せてそれでも口から吐き出さなかったのは淑女としての意地だろうか。


「そうか、不味いか」

「君、とてもじゃないが食べれたものではないよ。魔物料理を食べた事はあるが最悪だ。食感が特に」


 その感想に、俺は目を伏せる。

 まぁだよね、という感じではある。


「聞かなかったが、これはなんだい?」

スライムの寒天・・・・・・・だ」


 木製の椀の中に盛り付けられた四角上の、遠目には寒天や、色を付ければ羊羹もいけそうな見た目のそれはスライム・・・・という魔物を加工したものだ。


「スライム・・・?  見た目は悪くないのだが」

「まぁ俺も試食の段階で気づいてはいた。遥々首都からやってきた勇者・・様に対するサプライズって訳だ」

「つまり嫌がらせということか?!  まったく、君は変わらんな・・・」


 もう食べれないと、勇者は皿を遠ざける。

 彼女は今代の勇者こと、現王国騎士騎士団長アリーザ・ユウキだ。アリーザが名前でユウキが家名になる。


「それで、アリーザはなぜここに?」

「旧友に会いに来るのに理由がいるのか?」


 先程の意趣返しか、聡明な顔立ちに小憎たらしい表情で答えてくる。


「だったら家の外にいる騎士達を連れてくるんじゃない」


 俺は窓の外を指差す。そこにはこちらを伺う鎧姿の騎士達がこちらを伺っていたが、気づかれたことに慌てて隠れた。

 旧友に会いに来るにしては一個師団と来るのは物々しいだろ。


「私にも立場があるからな。自由に行動って訳にも行かないのだよ。特にここに来るとなるとな」


 答えるつもりがないのか、アリーザは肩を竦める。

 あんな大勢なら来るなと言いたい。


「それ食ってさっさと帰ってくれ」


 明確な拒絶を見せると、アリーザは観念したように本題に入った。


「分かったよ。ここに来た理由を話す。実は王国の領土内に魔王・・が出現したとされている。大規模なオーク・・・の群れが形成され、既にオークキングや騎士級のオークのオークパラディンやオークナイト、未確認ながら災害級豚頭オークディザスターまでいる可能性がある」

「なんだそりゃ。この国禁術にでも手を出したのか?」


 オークディザスターやオークキングは豚頭オークと呼ばれる個体の数十倍、下手すりゃ数百倍・・・国家壊滅の危機だ。

 オークキングはオークという個体の終着点・・・進化の果てとされており、その存在自体過去数百年確認されていない。

 外的要因がなければ産まれるものではない。


「・・・・・・」


 アリーザが沈黙する。


「おい、まさか」


 それはつまり、肯定という訳だ。


「無論我が国が禁術に手を出したという事実は無い。これは断言する。が、とある邪教団体が禁術に手を出したことが判明したのだ」

「大馬鹿者だなそいつら」

「ああ、その邪教はオークの子どもを使って強制進化・・・・を行い、結果オークキングが誕生して壊滅。酷い有り様だったよ」

「うぇ」


 多分その邪教とやらは残らず食い散らかされたんだろう。見たくない光景を想像して吐きそうになる。

 しかし強制進化の禁術か。

 進化はこの世界の魔物に起こる現象の1つであり、自己存在の書き換えともいうべき事象だ。レベルアップすれば成るって訳でも無く、様々な要因が必要になる。

 俺が研究している内容にも含まれる事だ。


「偶然だか分からんがオークキングが産まれ、そこからオークパラディンにオークディザスターか。最悪だな」

「だからこそ君にも応援を要請しに来たのだ。既に集落近くの国民は避難させ王都に集めている。だがそう長く王都に置ける訳でもないし、被害が広がれば周辺の生態系は壊滅する事になる」

「そうは言ってもな」


 自慢じゃないが俺は弱い。俺の専門は魔物の研究であり、最近は食用スライムの改善とかをして生活していたのだ。


「稀代の魔物使いと呼ばれた君の力が必要なんだ!」


 アリーザは俺の顔にグッと近づき、肩を掴む。

 痛い痛い。力を込めるな。


「悪いが無理だ」

「何故だ?!  魔王種を圧倒した君ならーー」

「実は全員に暇をだしてる」

「・・・・・・はい?」

「俺の手持ちは雑用のゴブリンしかいない」


 俺はアリーザから離れ、隣の部屋にいた一体の魔物を呼び出す。


「オハツ、デス」

「あ、はい」


 やってきた魔物ーーゴブリンがアリーザに頭を下げて挨拶をする。これは俺が契約した魔物の一体だ。俺は魔物を使役する魔物使いだ。

 呆けたように返事するアリーザ。


「暇とはどういう・・・」

「文字通りの意味だな。魔物との契約は対価を必要とする。魔王と戦った時とは違い今は必要なかったからな」

「そうか・・・。まぁ仕方ないか。私達はこの後オークキングに戦いを挑んで、万が一負けた時は王国も滅ぶかもしれないが君は気にしないでくれ。邪魔したな」

「たち悪ぃな!  てめぇ勇者だろ!」

  「勇者ではあるが私も女だ。最後に好きな男に会いに来ても良いだろ?」


 ・・・・・・こいつの魂胆は分かってる。こういえば俺が行くと思ってるのだ。

 前に1回やられたから間違いない。


 ジト目の俺に、アリーザは肩を竦めて「駄目か」と口にする。


「今度こそ帰るよ。邪魔して悪かった」

「あぁ」


 俺は扉から出るアリーザを外には出ずに見送る。

 アリーザは振り返ることなく、ほかの騎士達と去っていった。



 ーーーーーー


 俺は日本人だ。6年前にこの世界に召喚され、魔物使いというスキル・・・を持っていた事から今代の勇者と呼ばれるアリーザ・ユウキーーーー日本人の血が混ざる勇者の末裔との魔王討伐の旅に出た。

 アリーザは強く、美しかった。だが種の終着点たる魔王もまた強かった。俺は使役する魔物の多くを失い、最終的には俺が魔王を討ち取った。


 旅の終わりの後、俺は王国に留まりこそしたが人里を離れ魔物の研究を行っていた。魔物の生態から、食用利用、家畜化などを調べていたのだ。魔王が産まれるメカニズムも調べていた。

 その間に魔王討伐を共にした魔物たちとの契約も解除した。平和の世に俺に縛り付けるのもどうかと思っていたからだ。

 だからこそ今回の話は寝耳に水だ。また俺が呼ばれるとは思っていなかった。


「オークキング、か」


 魔王種・・・と呼ばれるものは、魔物の中でも特異な存在で、世界に変革をもたらす程の力と知性を持っている。ある種のこの世界の自浄作用でもあり、人間が禁術を使用した際にそれを止める為の世界の意思によって産み出されるのだ。

 異世界召喚がそれに当たる。俺をこの世界に呼んだのはどこかの魔法使いらしいが、異世界召喚は禁術でありその反動によって魔王が産まれ、瞬く間に軍勢を持って攻め立ててきた。

 人が手を出してはいけない分野に手を伸ばした時、世界は人に害をなすのだ。その時の為に求められるのが勇者・・である。

 魔王には勇者を、それは異世界でも変わらない。人類の守護者として勇者は魔王を討つのだ。


 ーーーー


「ほんと俺ってバカだよなぁ」


 アリーザが家に来てから2週間後、俺は戦場に来ていた。魔法による爆発音に、剣戟、美しい草原を赤黒く染める、人と魔物の戦争だ。

 その最前線、混乱の戦場の中でも目立つのは返り血で赤く染まっても輝く剣を持つ勇者だ。幾度と目にし、隣で戦ってきたのだから見間違えるはずもない。


「・・・・・・騎士だけじゃない、冒険者か」


 オークキングの軍勢と戦う中に、王国の鎧ではない鎧や、軽装の姿がある。魔物退治を専門とする冒険者だろう。

 攻勢は王国側が有利、だがオークキング、オークナイトやパラディンの出現で一気に後退する可能性がある。

 それにオークディザスター。災厄の名を冠する魔物がいたとなれば、勇者ですら危うい。普通の騎士や冒険者では相手にもならないだろう。

 ほんとに来るつもりはなかったのだ。今更だが。


「行くぞ」

「アイ」


 俺は隣にいる、唯一使役するゴブリンと共に動き出し、スキルを発動させた。


 ーーーー人魔一体:混沌悪鬼カースドゴブリン

 

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