第44話 vs.魔女(1)


     3.


「■――――」

『それ』は口を少しだけ動かした。

 彼女の周辺で、ごわっ! と泡が発生した。


 ぼこっ。ぼこぼこぼこ、ぼこぼこ、ぼこぼこ、ぼこぼこっ、ぼこぼこっ、ぼこぼこ、ぼこぼこっ、ぽこぽこっ、ぼこぼこ、ぼこぼこ、ぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこぼこっぼこ――と。


 玉虫色の極彩色が、溢れる。


(まるでこの世界を呑み込むみたい――)

 と、上空で箒に乗って飛んでいるハウスは感じた。

 その魔女が、ハウスのほうを見た。

 少しだけ目があった。ぞわっ! と鳥肌が立った。



 その魔女の頭身を、刀身が切断した。

 ウッドロイだった。



 果物くだもののように吹き飛んだ魔女の頭部は、泡が集まってきて再構成される。

 魔女の意識は、ウッドロイに向く。


 ゴワッッ! と、魔女の背中から伸びている触手がまとめて襲いかかってきた。

 ウッドロイが避ける。すると避けた先にあった物体に触手が触れた。


 それが泡に変換された。

 これを見て理解する。


(――髪の毛くらいあるこの触手のすべてが致命傷になる!)

 魔法を駆使くしして、魔力を放出して、瓦礫で回避して、ウッドロイは触手を避け続けた。


(触手だけではない。あの手にも触れられるわけにはいかない)


 その瞬間にすべてが変換されてしまう。

 泡に変換されてしまう。

 距離を取れば、無限に等しい触手が襲いかかってくる。


(――だったら接近戦のほうがいい!)

 ウッドロイの魔法、その中でも『錬成』はあまりにも燃費ねんぴが悪い。


肉塊ミアマズ』の切開に一度。

 魔女と対峙に一度。


 既に二度使用している。

 一方で、彼が得意とする『再現』の魔法は、実際に経験したものを、そのままの精度で再現できる。


 百パーセントのものを百パーセントで再現することができる。

 それを二百に三百にとクオリティを引き上げるのが『錬成』による『加工』である。


 霞ヶ丘の『児童文学型模倣術式ロングロング・アゴーズ』も『再現』をする魔法ではあるが、まるで違う。

 彼女は紙面に空想を『再現』するが、ウッドロイは身体に体験を『再現』する。


 たんっ、たたっ、たんっ! とかかとが鳴る。

 一度触手を引きつけて、そこから一気に魔女に距離を詰めた。

 ウッドロイは魔女の矮躯わいく掌底しょうていを叩き込んだ。

 魔力を放出して、衝撃波を打ち出した。


 本体に生じた隙をくように、杖を引き抜く。

『かちん』――と『再現』されたのは剣術。かつて城につかえていたという近衛兵このえへいから見せてもらったたぐまれなる剣術の模倣もほうだった。


 魔女の全身は細切れに切断された。

 更にウッドロイは向かってきていた触手さえも引き裂いた。


 切断された魔女と触手は泡になって飛び散る。

 切断されて、飛び散っている魔女の手が動いた。

 まるで何かに指示するような指の動きだった。

「――――ぐ」


 残っていた触手が動いて、ウッドロイの胴体に叩き込まれる。

 触れられるとアウトだが、咄嗟に周辺に転がっている建物の残骸をあいだに挟み込んで防いだ。あくまで即死の攻撃を回避しているだけで、ウッドロイの身体は揉みくちゃになって数メートル先の瓦礫に叩き込まれた。



 魔女の周囲に泡が集まっていく。

 触手が再構成されていく。



「――――距離を取って!」

 そんな声がどこからか響いて、突風が吹き荒れた。

 オリオン・サイダーだった。

 魔女とウッドロイのあいだに割り込んだ。


『かちん』――という音が聞こえた。


 オリオンは加減なく魔力を放出した。

 砲弾のように放たれた魔力の塊を――魔女は手のひらで受け止めた。


 ぱああん! と、風船が割れるようにして、極彩色の泡に変換される。

 オリオンは動じることなく、再び杖を振るう。


 下から上に向けて――いだ。

 高出力の魔力による掃討そうとう攻撃。

 さっきとは違う、点ではなく面での攻撃。


(変換。あるいは分解)

 そう考察しながらの一撃。どのように行われるのかを検証するための二発目。


 一発目は塊で、二発目は面。

 川が氾濫はんらんした際の鉄砲水のように放たれた魔力の波に対して、魔女は両手を突き出していた。


 ガガガガガガガガガガァザザザザザザザザ――――! と激流のような魔力の波は削られていくようだった。


 突き出している手に触れている部分から高速で細かい泡に変換されていく。

 一方で、少女のような手が削られて散りつつある。

 威力や衝撃のほとんどは掻き消されているように感じるが、そのすべてを泡に『変換』できているわけではない――と現状を分析するオリオン。


『遺物管理区域』跡での体調不良が嘘のようだ。

 鐘を鳴らしていたような頭痛も今は随分とマシになっている。今考えていることは戦闘に勝つことである。


 魔女は人体ではあり得ない動きで、上半身を振り回して、身を低くした。

 魔力の激流は魔女の真上を通過した。

 たんっ! と魔女は地面を蹴って、オリオンの懐まで飛び込んできた。


「――――」

 息を呑む。


『かちん』――と放たれる魔力の渦。

 魔女はそれを既に受けている。

 どう対応すればいいかわかっている魔女は、手を振って掻き消した。


 そして、オリオンの左腕を掴んだ。


「あ、ああ――――」

 泡への『変換』が始まる。


「――――ああああ、ああ――ああああああああ、ああああああああああああああああ!」


 絶叫。

 それは恐怖ではなく、恐怖を殺す――覚悟だった。


 オリオンは杖を魔力で覆う。

 ウッドロイの加工ほどではないが、それはものすごくシンプルなもの。杖を刃物のようにして、腕に振り下ろした。


 恐怖を絶ち、肉と骨を断って――腕を切り落とした。

 切り落とされた肘から先が、ぱん! と破裂して泡になる。


 まるで意外そうに――意表を突かれたような反応をした魔女。

 そこに振り下ろした杖を突き出した。

 魔女に魔力では通じない。だから足場を狙った。

 足場を撃ち込まれた魔女は吹っ飛ばされて、後方の半壊した校舎内に叩き込まれた。


「ううっ、……ああっ、うううう……」

 どうやら触れた対象がそのまま泡になるわけではなく、その変換にもがあるみたいだ。

 すべてが均等に変換されるのではなく、浸食するように変換が行われる。

 およそ、一瞬といっても過言ではないかもしれないが、タイムラグがある。


(浸、食……! ……)

 腕と血を失って、一気に血の気が引く。


 吐き気さえ感じるが、張り詰めた緊張感がそれを許さない。

 頭ばかりが回る。

(魔女……! 見た目も攻撃も魔女(ダンウィッチ)に酷似しているけれど、彼女とは違う……)

 あくまで外殻がいかくというべきか。

 それはダンウィッチ・ダンバースではあるが、その中身は違う。


(『円』から出てきた『何か』が、瘴気しょうきに反応して受肉した……。だとすれば、受肉の際に近くにいたダンウィッチ・ダンバースという存在を模倣して、外殻として再現しただけ……)

 頭の中は動くが、思考が散る。


(反応がある。それに一度した攻撃に対しての学習がある)


 魔力の塊に対して、一度目とは違う対応方法だった。

 一度目はそれを受けるような行動だったが、二度目は学習してそのまま突っ込んでも大丈夫だと判断した。


(知性体……)

 無限に再生を繰り返す生物。

 プラナリアや単細胞の生物に類似している存在かとも考えていたが、違う。

 それらにはない知性が、この魔女にはある。


 知性を持ち、無限に再生を繰り返す存在。


(そんなの――)

 ずきん……、と痛みがあった。


 手の打ちようがない。

 すべてはあの知生体の手のひらの上。

 頂点に君臨していた人類の上に、あの知生体が君臨する。

 地球上の生態系が覆されることになる。



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