第33話 vs.オリオン・サイダー(2)
2.
オリオン・サイダーは伝統ある名家も名家の跡取り娘である。
魔法を使うこともできるが、オリオンは魔力をそのまま出力する手段を用いる。魔力が尋常じゃなく無尽蔵なオリオンにとって、魔力をそのまま扱ったほうが楽だからである。
シンプルであればあるほどに、魔法は強い。
時間稼ぎにさえならなかった。
『
鳩原が霞ヶ丘ゆかりから
暗闇のどこかに潜んでいる鳩原がどんなことを感じているのか、何を考えているのか――それはオリオンにはわからない。
ひょっとしたら悔しがっているのかもしれない。
諦めているのかもしれない。
いいや、違う。
(彼はこんなものでは終わらせない)
オリオンの鳩原に対しての評価は少しばかり高過ぎる傾向がある。
それは、あらゆる場面で成績やら試験やらで出し抜かれている――彼女の主観に基づくものだからである。
オリオンは基本的に他者が自分より下の立場であるということを自負している。
対等に見ていない。だからこそ、優しくあれるし、甘くあることができる。
そんな中で、自分と対等――あるいは、
だから、彼女はあまり鳩原に対して優しくない。
彼女の中にいる鳩原ならば、こんな状況――こんな時間稼ぎにも満たない策で終わるわけがないと考えていた。
何をする?
彼ならば、こんな状況、あるいは――自分ならばどうする?
何か、探し物があるのだとすれば、それを見つけるための時間を欲するはずだ。
オリオンは嫌な予感がした。
少し離れた位置で、何か音が聞こえた。
炎? いや、違う。
これは魔法による灯りだ。
その灯りを見た瞬間に、オリオンの身体が停止した。
「…………」
動かない。
彼女の意志ではなく、何かが作用していることを察知した。
その灯りをじっと見つめる。
唇が動き、声が出せることをぱくぱくと確認してから呟く。
「『アルベール』ですわね」
暗闇の中で、ぼうっと見える灯り。
真っ暗闇の中でどこにいるか今まで見つけることができなかった鳩原が、すぐそこにいる。
鳩原の手のひらの上で灯っている火。さながら
『アルベール』。
絞首刑を受けた罪人の死体の脂肪から作られた蝋燭のことで、実際に作られた代物の多くは手首から先のある蝋燭になっている。
この『手』に火が灯っている限り、その火を見ている人物に対して『何かしらの現象』を引き起こすというものだ。
そのひとつが『火を見ている者が動けなくなる』――というものである。
かつてヨーロッパの作られたこれらは泥棒に喜ばれる『遺物』だった。
ただ――鳩原が今、手にしているのはその手首から先の蝋燭ではない。彼が手にしているのは、一冊の本――『アルベール』だ。
『アルベール』の歴史は十六世紀にまで
その『いわくつきの書物』――『遺物』の名前を『アルベール』と言う。
「……そうね、魔法をろくに使えない鳩原さんでも、微量の魔力を使うだけで魔法として現象を起こせる。この方法ならば魔法を使うことは可能ですわね」
「…………そういう意味では霞ヶ丘さんの魔法も、現代版の『遺物』みたいなものですね」
ぼんやりとした灯りからそんな返答があった。
これらの『遺物』がもたらす危険性。
これが問題視されていながら、学校の敷地内にあるのは、それらが、学校で対応が可能だからである。
『アルベール』は有名な『遺物』である。
こういうものに対しての対策を教えているのが魔法学校である。
「足止めとしちゃ、少し弱いわね」
ぱちっ、とオリオンは目を閉じた。
指が動く。手が動く。足が動く。
全身が――動く。
対策は簡単である。火を見なければいい。
その火によって印象付けられたものが続けば続くほど、影響が出るが、こんなふうに目を閉じてほかに意識を逸らして、火の存在を自分の中で掻き消してしまえば、解放される。
目を瞑ったままのオリオンが動いたとき、同時に鳩原が動く――音も聞こえた。
どさっ、と床に落ちる音が聞こえた。
目を開くと、さっきの火は消えていて、鳩原がいた場所に来ると、床には『遺物』が落ちていた。
なかなかぞんざいに扱ってくれる。
いや、でもまあ、こんなもの、そんなふうに扱われて当然か……。
この『遺物管理区域』では、『遺物』の危険性に応じて区域が分かれている。
『遺物』のもたらす危険性もあるが、それらの希少性などによって区分されている。
この『アルベール』に関しては十八世紀にヨーロッパ中に拡散した『遺物』のひとつであるため、対策も簡単で、丁重に扱われるほど貴重なものではない。
とはいえ、ぞんざいな扱いをするのは……オリオンとしてはあまり好ましくない。
(それにしても、彼の人間性が見えてくるわね)
オリオンは鳩原を追いかける。
その通り過ぎて行く棚に収められている『遺物』の多くが、魔女狩りの時代に魔法使いを殺すために使われたものである。『
だというのに、足止めにそれらの『殺し』を選ばない辺り……彼の人間性だ。
そこに
これをむしろ『素晴らしい』と彼女は考える。
たったったった――と聞こえる足音。
物音。本棚で状況に応じた『遺物』を探しているのかもしれない。
なんとなく、位置がわかった。
オリオンは足元にぐっと力を入れる。
『かちん』――という音がした。
魔力を床に発生させて、その威力で飛び上がった。
決して広いとは言えない本棚と本棚の隙間を踊るように抜けて、別の棚を見分していた鳩原を捕捉した。
鳩原と暗闇の中で目が合う。
瞬間。
鳩原に口角が少しだけ上がった。
「!」
何かを察したときには既に遅い。
周辺には細いワイヤーが張り巡らされていた。
そのまま突っ込む前に、
魔力を放出して、ワイヤーを振り払おうとした。
条件反射に働いた対抗策さえも、鳩原の術中だった。
それに気づいたときには、オリオンは既に遅い。既に条件反射で行動をしているからだ。
この仕掛けられているワイヤーは魔力を吸い上げる性質のある糸である。授業などでも使われるもので、安いものであればどこにでも売っている。
値段の差はその耐久性にあると言える。
オリオンの放った――ワイヤーを振り払うための魔力を、その糸が吸い上げた。
しかし、安物なので耐久性がない。
オリオンの魔力を吸い上げて、ワイヤーが状態を保てるわけもなく、内側から破壊が起きた。
ぱんっ! ぱぱん! ぱん! と、ワイヤーは破裂した。
その衝撃で、滞空中だったオリオンの身体はそのまま後方に吹き飛ばされる。本棚の上をいくつも越えて、中央フロアにある大きなテーブルの上に背中から叩きつけられた。
かなり距離を飛ばされた。テーブルの上から床に転がり落ちる。
「う……く」
床に手をついて身体を起こそうとしたときだった。
ぴちゃ、と。
手のひらに感触があった。
「――――」
そういえば、そういえば――ダンウィッチ・ダンバースはどこに行ったんだ?
鳩原が引きつけて、ダンウィッチが探すという役割分担しているのだと思っていた。
だけど、もし――もしも、分担しているのではなく、オリオンを迎撃する準備していたのだとしたら?
そういえば――オイルランプから抜き取られた燃料はどこにいったんだ?
このとき、オリオンからそう離れていない場所に横倒しになっている缶状の容器があるのを見つけた。
次の瞬間。
かしゅ――という音が聞こえた。
暗闇の中でぽつんと火が灯された。
その火は広がるように宙にばら撒かれる。
それが大量のマッチの火だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます