第20話 ようこそ、魔法学校へ(5)


     5.


 閉館の十分前になったとき、館内にチャイムの音が鳴った。


「ダンウィッチ、もう少しで閉館だ」

「おや」


 事典の捲る手が止まった。

「それは少し残念ですね。こちらの貸し出しは?」

「できるだろうけど、身分証明……いや、十四歳なら身分証なんてなくて当然か。でも、保護者か何かの証明は求められるだろうから無理だな」

「では、また明日にします」


 きっぱりと諦めて本を閉じた。

 ひとりで抱え込むには量が多かったので、ふたりで分担して返却用の棚まで持って行った。図書館を出ると、校舎は夕日で紅く染まっていた。


「こう印象が違いますね」

 校門を目指して、学校内を歩く。

 ダンウィッチはきらきらと目を輝かせながら建物を見ている。


「今まで自然の美しさこそ至極しごくだと思っていたんですけど、人間が作ったものって美しいんですね。私にとって夕日は暗闇への前触れでしかなかったので、印象が変わりますね」


「気に入ってもらえているなら、それはよかったよ」

 とは言ってみたものの、他人事みたいだった。


 この学校に在籍こそしているが、誇りを感じているわけではない。でもまあ、ほかの世界からきた住人にそんなふうに褒めてもらえるのは悪い気はしなかった。

 学校の敷地内を歩いて、ロータリーを抜けて、正門までやってきた。


「ここからはひとりで帰れますので」

 くるりと回って、コートを羽織った。

「また明日来ますね。本当は借りて帰るつもりだったんですけどね」

「ああ、そのバッグはそのためか」

 少しだけ言葉を交わしてから、ダンウィッチを見送った。



 ひとりだけ校門に取り残された。日は随分と沈んでいて、薄暗くなってきている。ダンウィッチがあの廃屋に着くまでには真っ暗になるだろう。


(まだ、話してくれていないことがありそうだな)

 あるいは気づいていないことがあるのか。


 あの日の夜、ダンウィッチの周囲には玉虫色の泡が浮かび上がっていたのを思い出す。極彩色の玉虫色、その泡沫ほうまつ

 あれはいったい何なのだろうか――と考えながらも、鳩原はこの時点であの『極彩色の泡』が『門』とか『支配者マスター』とか、その辺りと関係していることだと察していた。


 勘というものは自覚できない潜在意識で行われている複雑な計算の上に成り立っているものである。


 その勘が――あの『極彩色の泡』や『門』の話と、一年前にフレデリック・ピッキンギル先生から聞いた話を結びつけていた。

 憶測だけでいえば、『あれ』は文明によって装飾されていない時代の――『何か』だ。

『遺物』は人類文明が遺してきた物だが、『鍵』はその中でも異物。


 遺物ならぬ異物。

 そんなの――魔女裁判の対象になってもおかしくない。


 魔女裁判。

 人類の歴史において大きな黒歴史だ。


 魔女――ダンウィッチを最初に見たとき、鳩原はそう思った。それにオリオンもダンウィッチのことを、そんな呼び方をしていた。

 オリオンがどういう意味でダンウィッチのことを『魔女』と呼んでいたのかわからない。

 あの少女の見た目だけではなく、あの少女の存在が知識の及ばない領域にある『何か』だと見破った上で呼んでいたらば、随分な観察眼だ。

 ダンウィッチから感じるのは、人間が本能的に感じている恐怖とかそういうもの。

 暗闇の奥に何かがいるかもしれないと思うような、そういうものだ。


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