第14話 支配者と航行者(3)


     4.


「アラディア魔法学校はかなり古い学校なんですよね」

「そうだよ、学校の創立は魔女狩りの時代だよ」


 と言って、『魔女狩り』なんて言葉が通じるのだろうかと思った。

 ダンウィッチは、それこそ魔女みたいな恰好をしているけど……。


「こちらの世界にもあったんですね、魔女狩り。痛ましい歴史です」

 どうやら、ダンウィッチの世界にもあったみたいだ。


 鳩原にとって、『歴史』というものは『出来事』でしかない。

 あまり歴史を見聞きして、情報以上のものを感じない。感情的になれるほどに感じることが少ない。

 まったく無感情というわけではないが、鳩原にとって『魔女狩り』は『戦争』と同じくらいに昔のことだ。


「私も聞きたいことあったんですけど、いいですか?」

「いいよ、何が聞きたいんだ?」

「アラディア魔法学校にはその時代からの禍根かこんがあって、その時代に作られた『いにしえの魔法』を来たるときのために勉学と偽って日々魔力を注いでいるといのは本当ですか?」


「何その話」

「なんでもその魔法は古いものだから忘れないためにも古い技術を継承けいしょうされているって聞きましたよ」

「どこで聞いたんだ、そんな話」

「ヒッチハイク中に聞きました」


 都市伝説みたいなものか。

 まあ、人里離れた場所で最近ではあまり馴染みのない『魔法』なんてものを教えている学校だからなあ。そんなふうに見られてもおかしくないか。

 外から見ればそういうものなのかもしれない。


「実際、どうなんですか」

「そんなことはないと思うけどなあ……」


 そんな『いにしえの魔法』があるなんてことはないはずだ。

 学校が学校であると認められる際に、この手のことは調べられている。

 学校の人間が意図的に魔法をほどこしていたり、の『遺物』が存在したりしていないかが調べられる。


 そういうよくない魔法が施されていれば専門の人たちによって解体されるし、いわくつきの『遺物』は学校で管理するが、そうではない――管理が困難な『遺物』は然るべき場所に寄贈きぞうするようになっている。


 鳩原が知っている限りでは、大英博物館やミスカトニック大学に寄贈している。

 一応、アラディア魔法学校にも『遺物』の管理体制みたいなものはあるので、多くの『遺物』は保管されている。そういう場所は――学校にはある。


 このことをダンウィッチに話してみたら、

「それじゃあ、その『場所』に『鍵』が保管されているかもしれませんね」

 と言った。


「そんな世界の存在を脅かすような危険な『遺物』は残っていないと思うけどね。ましてや、世界を外側とつなげてしまうようなものなんて」


 ずきん、と頭痛がした。

 耳の上辺りを指でぐっと押さえる。


「私の世界では危険物ではなかったと聞きます。『支配者マスター』はどうやって使い方を知ったのか誰にもわかっていません」

 もし、こちらの世界でも『鍵』の扱われ方が同じなのだとすれば……、ひょっとしたらあるのかもしれない。

 アラディア魔法学校の図書館の地下に拡がっている『遺物管理区域』に。


 だとしたら、大したものだ。

 よくぞまあ、『いにしえの魔法』なんていう根も葉もないような都市伝説から、アラディア魔法学校に辿り着いたものだ。


「アラディア魔法学校に侵入したのって……まさか、都市伝説だけが根拠なのか?」

「そんなわけないですよ」

 ダンウィッチは笑う。


「私には、なんとなくわかるんですよ。『鍵』がどこになるのか」

「え、そうなの?」

「近いかなーとか、こっちのほうかなーってくらいの感覚です。今まで一番ありそうだと思った場所は鳩原さんの学校ですね」

「だから学校に不法侵入を……」


「そうなんです。いきなり突っ込んで返り討ちに遭うのもまずいと思ったので手をこまねいていたら、先週くらいに駅の周辺で出会った人が手伝ってくれたんですよ。『私が用意しておくからそこから侵入したらいいよ』って」

「それってどんな人だった?」


霞ヶ丘かすみがおかゆかりと名乗っていました」


 知っている人だった。

「お知り合いですか?」

「……先輩だよ」


 いや、まあ、別にいいんだけど……。

 あの人はいったい何が目的なんだ?

 ドロップアウトで何をしようとしているんだ? 何がしたいんだ?


「……なるほどね。このあいだでどの辺りか予想はついているのか?」

「なんとなく。そんなに自信はありませんけど。そのためにももうちょっと調べたいですね、あの学校を。それにこちらの世界のことも」

「こっちの世界のことも?」


「私の世界とかなり似ているという印象ですけど、それを確認できたわけではないので。鳩原さんの学校には立派な図書館があると聞きましたけど、それは本当ですか?」


「本当だよ。行ってみたい?」

「行ってみたいですね。願うことならば今すぐに行きたいくらいです」

「そうだなあ。協力はするけど、今すぐは厳しいな、それに行くなら普通の時間のほうがいい」

「昼間ってことですか? どうしてですか?」


「昨晩、ダンウィッチが見つかったのは時間外で防犯用魔法が作用していたからなんだ。だから、普通の時間帯なら図書館に這入って、閉館時間に出て行けば何の問題もないよ」

「普通にお客さんとして行けば、あんなのが駆けつけてくることはなかったってことですか」

「そういうことだ」


 そうなると余計に霞ヶ丘の行動がよくわからない。

 ああ、いや、違うのか。

 別に霞ヶ丘は『夜に行けばいい』とは言っていないのか。


『夜に侵入』することを選んだのはあくまでもダンウィッチか。

 だとしても、ダンウィッチくらいの年齢の子なら、正面から『図書館で本を読みたい』と言えば、学校側も出入りくらいなら許可を出しそうだけど……。

 なんでそんな手段を提示したのだろうか。


「では、鳩原さん。さっそく私を案内してください!」

「いいよ、と言いたいところだけど、今日は時間が厳しいな。もう少しで閉館だ。そうだな、明日とかどうだ? 空いている?」

「もちろん、空いています。たとえ、どんな予定が入っていても優先するべきはこちらです」

「わかった。じゃあ、また明日、駅まで迎えに行くよ」


「いえ、それでは時間がもったいないです。それなら、私が学校までお伺いします」

「そうだね、侵入者騒動で警備が厳しくなっているから、ちゃんと這入れるように手続きしたいから、校門で待ち合わせにしよう」


「わかりました。そうしましょう。私は校門の前で待っています」


 と、そこで腕時計を見ると、そろそろ学校に戻らないといけない時間だった。

「それじゃあ、今日はこの辺りでお暇(いとま)するよ。また明日」

「明日も今日くらいの時間でいいのですか?」

 不安そうな顔で訊ねられた。


「今日くらいの時間でいいよ」

 そう答えてから、そういえば今日はかなり待たせたことを思い出した。

「今日はごめん、かなり待たせただろう?」

「いえ、待つのは別にいいんです。ですけど、もし、来なかったらと思うと、やっぱり寂しいので。約束したのに人が来ないのは。なので、時間がわかると少しだけ心強いんですよ」

 と、笑った。

 過去に苦い経験をしたことがあるのかもしれない、と思った。


 鳩原は立ち上がって、この廃墟から出ようとしたところで、

「どうして協力してくれるんですか?」

 と、ダンウィッチに呼び止められた。


「さっき、協力してくれるって言っていましたけれど、それはどうしてなんですか? どうして私に協力してくれるんですか?」

「どうしてって……」

 そう言われると困るのも鳩原だった。


 少しだけ考えて、思い浮かんだものはすごくシンプルなものだった。


 あの日の夜に、星空の下で出会ったとき。

 あの星空の下にいた魔女きみが――とても魅力的に見えたから。


 すごく魅かれて、気がついたら助けていて、力になりたいと思った。


「協力したいと思ったからだよ」




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