第39話

「な……なんでこんなところに妹に買った本が……あるんだよ?」

「どうしたんですか? 火端さん?」

「え? いや……妹の誕生日に買ってやった本が、ここ衆合地獄にあるんだ」


 けれどもどうやって、本を取ろう?

 両手は塞がっているし。


 重要な疑問はそこではないけれども……。


「それなら……」


 音星が俺が目元に当てていた手を、そっとどかしてから地面にある本を取ってくれた。


 ニャー


「あ! 目?!」

「はい?」


 こちらに顔を向けた音星は、目を閉じていた。

 俺は音星が目を閉じていたことにホッとして、本を取ってくれたことにお礼を言った。シロが本に興味を持ったようだ。音星は目を瞑ったまま周囲の音や悲鳴に気を取られている。


 近くのゴ―、スー、ゴ―、スー、石臼で擦る音と共に、シャー、とシロが鋭く鳴いた。見ると、音星の方へ人型の魂となった罪人が、押し潰されながら、あっちの方を指差していた。


 そこには、また古井戸があった。


 広大な大地にポツンとある古井戸には、傍に……この妹に買った本のだろうか?


 竹の模様が付いた栞が一枚落ちていた。 



「栞? 多分、これは妹のだろう。でも、罪人はその栞を指差したのか、それとも、古井戸を指差したのか……? どっちだ?」

「え? 妹さんのものですか?」

「多分な……」

「私、栞という依代から少しだけ持ち主がわかる気がします」

「おお!」

「では……」


 俺は栞を拾うと、音星に手渡した。音星は途端にキュッと目を固く瞑ると、フゥと息を吐き。栞に向けて微笑んだ。


「そうですね。妹さんって、弥生さんというんでしたよね。後ろ髪だけ茶髪の。前髪は黒いですが、ちょっとツッパリのような性格で……」

「ああ……あ!」


 音星は何故か知らないはずの妹の特徴を話していた。

 そうだ。妹はバイクを乗り回すのが好きだった不良だ。それもスクーターじゃない普通の二輪バイクだ。


「もう少し、ここを探した方がいいかな? まあ、一応なんだけどな?」

「いえいえ、きっと妹さんはここにはいませんよ」

「うーん……そうだな。シロはどう思う?」

「……火端さん?」


 シロは俺の腕の中で、毛繕いをしている。

 それにしても、確かに妹がここへ落ちるはずはないしな。もっと、下へ落ちてしまったんだろう。衆合地獄は探すには探したしな。

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