I 普通の生活


普通の人、でいたいと思った。

才能の違い価値観の違いはあれど、美味しいと思えることは美味しいと思えて、痛いと思えることは痛いと思える人で居たかった。

それを模倣するのは簡単だった。やがてそれが自分自身になった、と思った。


 「.....なに...これ」

始まりはうるさく蝉が鳴き続ける暑苦しい夏。好きなのは昆虫を捕まえて放すこと。

その日草むらでバッタやてんとう虫を捕まえてばかりだった俺を親が公園の隣にある森林に案内してくれた。

入って数分で木の蜜に群がるそいつを見つける。

いつものように素手で捕まえようとした。ほんの少し力を加えようとしただけだった。...手で捕まえようとした瞬間、木に亀裂が入った。

そしてそれは2つに割れ、上から俺に向かって降り注いできた。

俺は逃げるという考えに至れなかった。

直撃する。

地面に押し倒され、頭から血が流れている。それでも俺は怖いとも、痛いが泣き叫ぶことも無かった。

その音を聞きつけ真っ先に駆けてきたのは親だった。瞬く間に救出された。

そして俺を抱きしめた。その時言った言葉は「...ごめんなさい。ごめんなさい...」木か俺が悪いのになぜ謝るのか不思議だった。

その後のことはあまり覚えていない。




また嫌な夢を見た。

柔らかい光を受ける緑色のカーテンを開ける。

景色から見えるのは大きくそびえ立つ木。

「.....今日も普通だな。」外観だけは穏やかな時間が流れているように見える。


久しぶりに寝坊してしまったので味わう暇もなく食パンを流し込む。

妹はもう先に行ってしまったようだ。しかし机上には一応俺が作った弁当が残されている。

昨日は自分の分を作る気にならなかったので妹のもので確定だろう。

家事。してる暇もない。どうせ二人でしか回していない生活だ。帰ってからでもなんとかなる。

俺は妹のなぜか忘れた弁当を持って玄関を出た。

それはそれは見たこともない光景だった。

 倒れていた。お腹を空かせて倒れている成人男性が。


 …………これは無視するべきなのだろうか。そもそも朝完全に目覚めていない脳で錯覚を見ただけなのか。そもそも妹はこれを無視したということだろうか。という様々な思考が約数秒の間脳裏を駆け巡る。

「あの、……家族の知り合いでしょうか?うちに用でしたら暫く帰ってこないので別の日に改めて来てくださいません?」

「……飯……飯」

幽霊のように掠れた声で言う。

「は?」

「飯をくれ……」

 駄目だ。これは何かしら食べさせないと話にもならない。

――よく考えると俺の手の中に妹の弁当という食料がある。要はお腹が空いて食料を求め彷徨っているということか。それなら尚更警察に通報するべきだ。通報したら警察が来て何とかしてくれるだろう。しかし、今時警察なんてなのだ。このくらいでは通報したところで切られて終わりだろう。

「そんなにお腹が空いているのでのでしたら、これどうぞっ……」若干イラついてるので声に出てしまったかもしれない。こうゆうやつは追い払う方が得だ。

 するとその成人男性は犬のように飛びついてきて瞬きもしない間に妹の弁当をひったくる。

そして一瞬にして風呂敷を広げる。「いただきます!」

よく見ると目を輝かせ泣きながら味わいながら妹の弁当を食べる。ちゃんと食への感謝が出来る礼儀正しい人だった。そもそも人の家の前で命乞いをする時点で礼儀もクソもないのだが。

数分後早くも完食。

「少し量が少ない気もしますが貰えただけ良しとしますかー」と言い何事も無かったのように立ち去ろうとする。

「ちょっと待ってください!!」

このまま逃がす馬鹿がどこにいる?

「うん?もしかしてナンパ?そうゆう趣味ないのでお断りしまーす」

「…自分がしたことわかってるんですか?ご飯を無料で食べさせるわけないですよ!!」

こいつふざけやがって何のつもりだ。

「えー…………待って待って待って!!それだけは勘弁して!!お金払えばいいんだよね?何円?」

「あれ一応弁当なんでお金。あ、ちなみに迷惑代も込みで500円ぐらいでいいですよ。」

「……美味しそうな匂いがあなたの家からしたもんですから、寄ってみたものの…。500円なんて大金持ってませんよ」

 500円すら持ってないとは。いや、虚言だろう。

「では何故飯も食えないほどお金もないんですか?」

「……それは殺伐とした東の国からやってきた旅人から」

 ……

「あの…ふざけないでしっかり質問に答えてください!」更に怒りが込み上げてくる。

「ふざけてないですよ。お金が無い訳では無いのですが宿が欲しいものであえて養ってくれる人を探すためにお腹を空かせていたのですが驚く程に誰も助けてくれませんでした!!!」 

「……それは大層阿呆なことをやっていたんですね」ここまでとは……呆れてしまう。

「よく言われます」

(自覚あるのかよ……)

「でもうちは普通の家ですよ。あなたを養うことはできませんよ。」

「そこをなんとかお願いします」

本当にここまで丁重にお断りしそうな人にまで頼んでくるとは。と蔑んだ目を送るしかないのだが時計を見ると8時10分を指していた。門限は8時半である。ここから歩いて30分程のところに学校があるというのにこれでは間に合わないかもしれない。

いや、無視をすれば良い話なのだが。

これで放置すればまた別の家で被害が出、無限連鎖だ。

「なら、今ほとんど無能に近いですが警察や市役所にでも行きましょう。少しは何かしてくれると思いますけど」

「追われてます」

「?」

「だから警察に10回くらいお世話になってしまいまして……。家族に関してはもう自分は捨てられたも同然ですし、次警察にお世話になったら本当に捕まってしまいます!!!!!」

 近所迷惑になるほどの大声で言った。今時この程度では捕まらない。本当に旅人で明日の食事でさえも困っているのかもしれない…いやならばいっそ公共機関に連れていくのが正解だ。

朝からこんなことに巻き込まれるとは今日は凶日だろう。

「とりあえず俺は学校がありますし、見ての通り未成年です。これ以上長話することも嫌です。それに今は警察に行ってもこの程度では捕まりません。運がよければ適切なサポートを受けれると思います。」

「…10回とも話を聞かれて追い出されただけですし今回また行ったとしてももまた食料を探すしか無いと思いますが…。」

 「それは大丈夫だと思います。」ダメ元で携帯に電話ではなくメッセージを送ってみた。

何だか不満そうな顔をしているが、無視されるよりはマシだと思っているのかこれ以上何も言ってこなかった。

...頼ったのは地元の警察官である俺の母親だ。

「なんか顔色悪いけど大丈夫?」

警察署の入口で会った瞬間、とても疲れているのが見て分かった。

「大丈夫よ……最近忙しいからね……はぁ……だれかさんが今日もどこかで変な事件をおこすからね。日本はあれさえなければ今日も平和なはずなのに…………。こちとらこんなことするために警察やってるわけじゃ無いのよ!いや市民を守るのは警察の役割か…。」

 さりげなく愚痴を遮る。

「大丈夫じゃないようだけど…とりあえず俺学校行くから例のこいつをよろしくお願いします」

母は急に仕事モードの目になって福島とかいう男を見つめる。

「またこの人ね」

「もう何回もここにお世話になってるわよこの人……まだこんな状況でも警察きて愚痴愚痴言うやつがいるんだよねぇ。」

「確かに10回お世話になってるって……。」

「いやーこんな奴に構ってる暇ないんだけどね。でも可愛い息子が被害に遭うようじゃ私がなんとかします。」

 そして親子の会話の中で1人で気まずそうにする旅人。

「とりあえずお願いします。朝から大変だったんだよ!」

「まあ、可愛い息子の頼みだもの!まだ仕事残ってるけどこの人の処理はちゃんとするわ。でももう学校始まっちゃってるわよ。高校卒業出来る程度には頑張って欲しいからあまりここで遅刻しすぎるのも良くないわよ?」


「分かってるって母さん。もうとっくに遅刻だけどな。そっちも身体壊さない程度に頑張ってな。たまには帰ってきてもいいんだぞ。妹も寂しがってる。」

 「…………まあお互い頑張ろうかー。じゃあねー」

「仲がいい親子さんですね。いいことです」

「……とりあえず君は黙ってて。こっちだってあんたみたいな人に構ってる暇ないのよ〜」

男は中に連行されていった。

 久しぶりに会えたがあまり話すことが出来なかった。いくら思春期とはいえ、家族が居ないのは慣れたとはいえ寂しい。最悪なきっかけではあったが母親に逢わせてくれたことには感謝した。

 思った以上に男の処理は上手くいってしまったことだし、時間を見ると……8時50分。


そんなに時間経ったのだろうか。

 とりあえずもう1時間目の授業始まっているし、近くの本屋で時間を潰すなどするか。その前にコンビニで自分の昼食を買わなくては。

 すぐ近くのコンビニに行くと棚はほとんど空だった。やはり朝早くに行かないと入荷量が少ないため売り切れが早い。今日はなんとか学食で食べよう。


 学校に着くと2時間目が始まろうとしていた。

 めでたく初めての遅刻だ。唯一の救いといえば授業の間の休み時間だったお陰で注目されずに済んだことだ。もちろん俺はそれを狙ってこの時間に登校した。学校に着くと唯一クラスで話せる友人である元が話しかけてくる。

「お前遅刻なんて性にあわないぞ。何かあったのか?」

「まあ要は不審者に絡まれた。」

「はあ!?今どき不審者なんているんだな……なんと言ったらいいか……不幸だったな……」

 あまり詮索はしないようだった。

「漫画みたいな話だよな。全く。」

「朝からまだ悪夢を見てるみたいだよ。警察署で母親に会えたのは嬉しいけど。」

嬉しいという言葉が咄嗟に出てきたことに自分が驚く。

「……そっかお前の親警察なんだな。」

「署の中に入るのは初めてだったよ。でも母さんがかなり疲れた顔してて不安になった」

「お前は相変わらず家族のことが好きなんだな。シスコンでもありマザコンでもあるなんて思春期の男では希少種だ」

まあそれは認めざるおえないのかもしれない。マザコン、と言っても仕事で居ないことの多い母親なのであまり思い入れはないのかもしれない。

「問題は妹にこのことを説明しなきゃいけないんだよな。毎日俺の弁当楽しみにしているんだ」

「弁当も明日翔が作ってたのか!?将来いい夫になれるぞ」

「そろそろ妹にも家事やらせた方がいいか……」

「シスコンにも程があるぞお前」

 確かに俺は昔から世話焼きすぎる気もする。だが妹ももう高校生だ。そろそろ1人でなんでも出来た方がいいか。

「いやでも家族を大切にすることは本当にいい事だと思うぞ。うん。」

「そうゆう元はどうなんだ?」

「……ほとんど姉に任せてるけど皿洗いとかそうゆう簡単なのはもちろんやってるぜ」

「お姉さんはもう社会人か」

「そうだよー。早く実家から旅立って欲しいのだが頑なに出たくないらしい」

「外が怖いのかもしれないな」

触れづらい話題だ。

「よし。次は三河せんせーの授業だ。早く準備しないと」

 気分良さそうに話を終えると元はそう言って席に戻っていった。


 昼休み。憂鬱である。この数時間ずっと朝のことを考えていたせいで授業を聞いていなかった。俺にしては珍しい事だ。…別に聞いてなくてもいいんだが。

 俺は自分の弁当を作る余裕が無い時は学食に行く。しかし今日はその前に先に妹の教室に寄らなければならない。今は一個下の階の1ーAの廊下側の席であることは記憶している。妹は俺と違って社交的だからクラスに居るのだろうか。

 チャイムがなった瞬間俺はすぐに妹の教室に向かった。

 そして数十秒後三つ編み、黄色い髪の女子生徒に廊下で堂々と土下座している男が誕生した。

「お、お兄ちゃん……そんなに謝らなくても大丈夫だよ~」

「いや。一度あることは二度あるかもしれないだろ。ここでけじめをつけないと俺のプライドが許さん」

「いやいや。別にそれはいいんだけど…。ほら、周りの迷惑になってるでしょー」

 もちろんここは廊下で行き交う生徒達の通路を塞いでしまっていた。

 周りにとってはいい迷惑だった。……それに凄く白い目で見られている気がする。

「すまなかった。あとこれ昼食分の金。」

「お兄ちゃんそこまでしてくれるだなんて!悪いよぉ〜。でもありがとう〜」

なけなしの金1000円を渡す。

「あと1つ質問いいか?」

「うん……何?」

「行く時玄関の前に不審者居なかったか?」

「いや誰も居なかったよ?」

「そっか……理由を説明するとな、要は俺が出た時に家の前に不審者が居たんだ。そして弁当をひったくられて……てそこから色々。な。」

「え!それは災難だったんじゃ……とりあえずお疲れ様……」

 それから、

「お兄ちゃんは何も悪くないから気にしないでね~。ありがとう!」

 そう言って階段を降りていった。

 最後まで優しい言葉をかけてくれる。これが俺がシスコンと言われるまでに甘えてしまう理由だろう。


「ああ……やっぱりか……」

 やはり学食のメニューは売り切れてしまったようだ。

 購買の方はまだ売り切れてはいないだろうが、学食はまずいと言われがちだがこの学校は美味しいと評判でこれ目当てで入学する生徒も多いと聞く。

 妹は好き嫌いが多いため毎日俺が弁当が作っているがもちろん普通の生徒は学食に行く。しかし人気すぎるが為に数量限定でしか作られない。そして救済措置として購買があるわけだ。

 とりあえず購買でパンを買いに行こう。

 と購買に向かうも購買のおばさんがレジに「本日分終了」という紙を貼っているのが見えた。

 これは……最終救済措置のあれを食べるしか無いのかもしれない。

 そうして学食に戻ってきたのだが、券売機の隣にある

 「本日の余った食材」のコーナーへ行く。これはボウルの中に今日のメニューに使われ余ってしまった食材が入っていて無料で味わうことが出来る。食品ロス削減の一環である。

 しかし今日は中にもやしだけ入っていた。

 普段は人参とかレタスとかサラダみたいなものなのだが、今日に限ってもやしだけだった。

 仕方なくセルフサービスなので皿の上に割と多めによそう。彩りがない上に味付けされて無さそうだった。具材がせめてもう少しあればなぁ……。と思うのだ。

 いつも通り元が窓側の2人席を確保していた。さすがの元も俺の皿を見て面食らった顔をした。

「流石に今日は地味すぎるな……おし。ラー油でもかけるか」といい机の上にあるラー油を手に取り、もやしにかけ始める。

 さっきよりは美味しそうではある。とりあえず1口食べると

「…………思った以上にいけるな。」

「そうか?もやしなんてかさ増しに使われる味のない食材だろ。ラー油が美味しいだけじゃね?」

「味噌ラーメンの具材という感じだな。店舗のラーメンとかにたまに載ってるだろ?」

 「それ言われると確かにな。ラー油とかキムチとかなら合いそうだ。俺はもやしあまり好きじゃないからナムルや春巻きに入ってるもやしは理解できないな」

「春巻きに入ってることあるんだな。味がない分色んな料理に使いやすいもんな」

「というか春巻きに普通入ってるだろもやし!」

 喧嘩とまでは行かない馴れ合いが起こっている。

「いや、春巻きは野菜を入れるもんだろ?もやしは豆だろ」

「この意識高い系もやし大好きでも社会の点数30点木にぶつかる野郎が……」

「どんだけ俺の色んな事引きずってるんだ…。」

 意識高いのは知らんが、社会の点数は自業自得だし、木にぶつかった記憶はない。こいつは唯一読めない男だ。

 

「君たち〜。もしかして食事を忘れてしまったのか?最近は特別な事情がない限りは弁当を推奨しているんだがな。」

 この声は。

「え……はい。」

「最近食料が思った以上に手に入らなくてな。昔は賞味期限切れのパンだったんだがな。ただでさえ学食は戦争なのに最近はもっと手に入りずらくなってしまって申し訳ない。」

 呑気に俺らに話しかけているが実質この学校の長だ。生徒会長兼理事長の娘。……これが学校を設立した水無月家の娘である。高校生だが何故か杖を肌身離さず持っている。話しかけられるのは初めてだった。

「……急に話しかけられて困惑されるのもそろそろ慣れてしまった。……同年代だからもう少しは肩の力を抜いて接して欲しいところなんだがな。まあこれも学校をより良くする為の一環だ。奇遇にも今日の負け組はお前達だけだ。少し協力して欲しい。」

 何とも逆らえない。

「いいっすよー。かいちょーの頼みであれば何でも!」

 元は即答。

「おいおい。タメ口でいいのかよ。」「これぐらい気楽に接してもいいだろっ。」

昼食が賑やかになることはまあ、いい事だ。

「はっはっはっ!気に入ったぞ。お前たち。」


「まずそこの金髪。」

「はっ。」

「質問は一つだけだ。なぜ学食でご飯を食べてるのかを教えて欲しい。」

 持っていた杖を向けながら言ったので事情を知らない人が見れば脅迫に見えなくも無い。

「……普通に弁当を作る時間が無いからであります」

「ほう?コンビニなどでパンを買うのはどうなんだ?」

「できる限りお金を節約したいからであります。最近コンビニのパンは1個買うだけで300円もするんですよ!」

「そうなのか。素直な理由だな。続いてそこの黒髪。」

「……朝人助けをしていたらコンビニの食料が売り切れていました。」

「人助けなんて君はお人好しなんだな。そんな短期間で売り切れてしまうものなのか?」

人助けじゃないが、不審者を捕まえたというよりはマシだ。

「俺の近くのコンビニがこの学校の近くなので。」

「ほう。金髪の方にはお金の問題があるようだが君は大丈夫なのか?」

「まあ、趣味より生活費の方が大切なので。」

「なるほど。つまり君には趣味がないのか。」

「……そうゆうことになりますね。」

「まあこれで質問は以上だな。久しぶりに長話出来て楽しかったよ。また会えたらよろしく頼む。」

 と足早に去って行った。

生徒会長が校内を巡回することは今まであっただろうか。選挙前という訳でもないのに。

そんなことを考えても他人のことは一切分からない。


「お前半分ぐらい嘘ついたな。人助けでは無いだろ。」

「そうだな。だが本当の事情を話すのは余計混乱を産みかねないだろ。」

  そうして様々話をしているうちに早くも食べ終わってしまう。もやしぐらいの量にしては来客が1人多かった食事の時間だった。……いい昼休憩になったかもしれない。


 昼が明けた午後の時間が1番憂鬱だ。少なくとも今日は朝から憂鬱だったので特に変化は無い。

 月曜日が憂鬱なのと同じ原理で休みが終わったあとはまだ休みたいという心理が働くのは人間の生理現象だろう。そして昼休みの後厄介なのは眠気が襲ってくることだ。

 よりによって社会の授業は雑談が多く眠くなってしまうのでやはり周りは既にお倒れになっている方が続出。

そして俺もその予備軍の中にいた。何より社会はつまらないという訳では無いが、テストでも点数は取れるし教科書の内容に準じているので授業を聞かなくても問題がないのだ。(それを言ったら大体の授業がそうだろと言われる)

だから脳がこの時間は休んでもいいと認識するのか知らないが眠くなってしまうのだ。

そんな先生の声が響く静寂の中に突如現れる、


 ――世界が終わるとも錯覚してしまう耳を突く不気味で寒気のする音。その音をこの世界で知らない者はいない。いわゆる緊急地震速報や防災無線と同じような不協和音……

テレビでしか見たことがない。ここはまだ被害を受けていない。大丈夫だと思っていた。

人ってのは情けないものだ。自分は大丈夫だと思い込んでしまうのだから。

周りは一斉に携帯を取り出し友人や家族に連絡を取り出し始める。安否確認みたいなもんだ。授業も中断し先生は呆然とする。

俺も早速妹に連絡をとる。理由は家族だから、それ以上に…少なくとも連絡をとるような友達がいないのもある。

「大丈夫か?」

 すぐ返信がくる。

「こっちは大丈夫だよ~それにしても最近は3日に1度ぐらいは起こるからかなり迷惑だねー。安全確認か何だかでいつも通り授業は中断しちゃうし」

 泣いている犬のスタンプ。

「全く関係ないこっちまで影響が出るのはやめて欲しいよな」

「ねー。丁度外体育だったから移動大変だったー」

 そして泣いているパンダのスタンプを送り付けてくる。動物のレパートリーしかないのだろうか……

しかし全く関係ないとは限らないのが今の状況だ。今のところ学校には来てないだけだ。

放送が入る。

「えー。今のサイレンですが学校の周りはまだ影響を受けていないことが確認されたため授業を再開します。生徒の皆さんには迷惑を……」

 特に影響は無かったようだった。「授業が中断するのはいいんだけどさー」生徒たちは面倒くさそうに席に戻る。

……なぜだろう胸騒ぎが止まらなかった。みんなそんなに一大事には思っていないはずだ。俺もそう思ってるはずだ。なのに正体不明の恐怖が襲ってくる。

 心臓が痛む。何かを示すように。見ないふりをしていただけで鼓動がさっきより早く感じていた。汗が止まらない。それはもちろん少しは怖いから当たり前である。でも何かが違う気がする。

「おい泉水大丈夫か?」周りの声が聞こえる。「保健室行った方がいいんじゃない?」

気づけばどうやらかなり重い症状になっていたらしい。呼吸が荒くなっている。

「いや……」否定しようにも苦しいのは事実だった。

「そうだな。とりあえず保健室行ってこい。行けなそうなら委員の人の手を借りてもいいけどな」と先生が気づき、言った。

「…………大丈夫です。一人で行きます。」人に迷惑をかけるのは1番俺が嫌いなことだ。それに……。

 なんとか壁を伝いながら階段を降りていく。残念ながら教室は3階にあるので1階までかなり時間がかかった……ような気がする。

その時、外で声が聞こえたのは気のせいではなかった。

声ではない。声とも言えない悲鳴が。玄関まで近かったのでなんとか付近まで様子を見に行く。ふと妹とのさっきのやりとりを思い出す。

「丁度外体育だったから移動大変だった〜」

人が一斉に外から流れ込んでくる。

 思うより先に体が動いてしまいそうだった。この中に妹はいるのだろうか。しかし今は歩くことすらままならないのにどうやって様子を見に行けばいいのか?外ではまたでは不気味なあの音がひびき続ける。さっきも鳴っていたのに。最悪の状況が頭をよぎる。

「……嫌な予感がするのは俺だけか?」

「なんでお前いるんだよ」

 ふと横を見ると元が立っていた。

「だってお前この症状で一人で保健室行くなんて無謀にも程があるぞ。」

「まあそうだけどな……それにしてもこの状況は……」

「どう見てもやばいだろ。ほら見ろよ。」

 ふと玄関には逃げ惑う体育着を来た生徒たち。靴の色から今度は妹の学年だとはっきり分かる。

「多分校庭にいるんじゃないか?」

「……だな。なら仕方ないな」

「おいおいおい。まさか外の様子を見に行く気か?」

「……妹がいるかもしれないんだ。それに確認するだけだから大丈夫だ。それに他にも同じことをするやつがいるだろ。お前みたいなやつ。」

「俺はお前の様子を見に来ただけだけどな。まあ、確かにそうだが。でも万が一を考えろ。人に危害を加える存在なんだぜ?」

まあそうだ。

「危険な存在なら尚更だろ。家族が仮に危害を加えられてるとしたら何もせずに後悔するよりはマシだ」

 

「……まあいくら止めても無駄だろうな。あーお前のそのシスコンぶりには呆れるぜ。」

 

元に背中を押される。喉が渇いていく感覚がする。

まだ息が苦しいのに本当に頭で考えるより身体が先に動いてくる。……決して運動神経もいいわけでは無いはずなのに今は自分が風のように感じるほど早く走っているような気がする。「おいお前校庭に出るな!危ないぞ」教師が制止しに来ているようだがそれすら気づかない。気づいたら緑の地面が広がる校庭の真ん中にいた。

息切れが止まらない。朦朧とする視界に映ったのは、

 ――そこで見たのは取り残され、膝から崩れ落ちている妹とあと数秒の距離にいるあまりにも怪物にしか見えないものだった。

 その怪物……普通のサラリーマンでスーツを着ている。目を充血させ、両手に何本も木を持っている。これだけでいかに異常かが分かる。

残念ながら同じ人間だ。

俺は重い体で振り絞るように妹の側に行こうとした。

 だがそれは間に合わないと知っていた。なぜなら仮にどんなに足が早かろうが校庭のほぼ端にいる妹にたったの数秒で人間がとどくわけが無い。なにより相手が攻撃する方法は木だ。一般人には耐えられるわけが無い。俺は今は本調子ではない。もう少し早く決断していたとしても最悪の結末しか待ってなかっただろう。

 せめて普通の一般人でも兄が妹を守る資格ぐらい最後に欲しかった。小説や漫画であればここで覚醒するシーンなのになと思う。だがこれは現実であまりにも不公平な世界だ。

 そしてあの怪物は心臓に直接語るような咆哮をさっきから上げ続けながら妹を襲おうとする。

 俺はその叫びを聞いた途端遂に体が限界を迎えた。地面に倒れ込んでしまった。ここまで勢いよく倒れるのは初めてだ。すぐ全身が痛みに襲われる。

 妹の顔は今までで1番恐怖を噛み締めるような表情をしていた。助けを求めることさえ言葉を出すことさえ出来ないほどだった。

 


 そしてそれは突然俺の視界を遮った。今まで見たこともない感じたこともない強い光が目を刺す。

 何が何だか分からないまま反射的に目を瞑り抵抗の姿勢をとる。それは数秒間の間止まった。

 おそるおそる目を開くとそこには


 あの怪物は消えていた。

そして、元に戻ったのであろうサラリーマンの人が倒れていた。


 数十分後。

 事件後すぐ保健室に運ばれた俺は絆創膏も包帯だらけの身体である。あまりにも脆い体だ。しかし、心臓の痛みも息の苦しさも消えた。

学校の周りには警察が集まり、事件の後処理みたいなもので学校の関係者も大忙しなようだった。そしてもちろん現場にいた俺と妹は警察に話を聞かれた。

 まあもちろん最初は俺の説教から始まった。あまりにも無謀だ危険だと警察にも先生達からも怒られた。

 それは否定できないし俺としても反省はしている。それよりも後悔が残る。そんなことをしてもメリットなんて一つもない、罪滅ぼしにもならない。

 その後事の顛末について説明した。


『今、謎の生物が各地で発生し、政府は外出禁止令を発表...しない模様です。えっと現場の望崎さん』

『はい。...なんですか!?ちょっと投げないでください!木?のようなもの--』

『 だっ大丈夫ですか?...えー政府から緊急の記者会見が-』

朝食のお供でつけていたテレビが騒がしかった。

もう2週間前か。日本は変わった。

全国的に発生したその生物は初観測場所のイニシャルをとって『GS』と呼ばれた。

政府は外出禁止令を出すことも社会の動きを止めようともしなかった。なぜならただのウイルスではなかったからだ。

つまり学校も会社もいつも通りある。

学校は行かなければ行けないから行くだけで嫌という訳でもない。ただ、不確定な未来への不安を抱える。このまま学校に行くだけの生活もいつかは終わる。自分で道を決めろと言われる時期。

こうやって日本がどうなろうと世界がどうなろうと人ってのはいつもの生活が出来れば何も思わない。

「本当に急に光がバーンってなって急に元に戻ったんだよ!?なんで信じてくれないのかな〜」

警察官から解放されると妹はすぐに文句を吐く。

 そいつは見た目が変わる訳ではなく正気を失ってしまう訳で襲われ死亡した事案は幾つもある。しかし感染症のように単純でないことなのか。原因や解決方法は全く分からない。

「GS」とはそうゆう存在なのだ。

 ウイルス的な何かだと考えられているのだがいつ誰が発症するのかもランダムでかつGSになった個体数も少ない。普通の感染症と違って安易に感染するという訳でもないがいつ自分がなってもおかしくないという恐怖は人々に大きな影響を及ぼす。

「そりゃそうだろ。そもそもまだ解明すらされていない病気というかなんなのか分からないが急に科学的根拠ゼロで発症が収まったなんて言っても信じる人いないだろ。」

「まあ、そっか……流石に信じるわけないよなぁ…」

こういった単純なところが毎回怖いわけだが、俺でサポートしきれているのだろうか。

「てももしあれが本当の解決法だとしたら新たな歴史の目撃者となったことには変わりは無いだろ」

フォローも必要だ。

「確かに!警察は管轄外だと思うけと研究者の人とかに売るとか……」

 考え方がドラマの見過ぎだ。

「まず研究者の知り合いが居ない時点で詰みなのとただ小遣いが欲しいだけだろ」

「えへへぇ〜バレたか〜。でも本当に今日は怖い思いをしたけど最終的には何とかなって良かったかな」

 気楽なタイプで正直羨ましい。

「なんだか、今日は色んなことがありすぎて疲れたよ」

「まあもうこれで家に帰れるし!今日は久しぶりに一緒に帰れるねー」

「まあ、それもそうだな」

「あとね…………ありがとう。」

「…………ああ。」

 事後処理で色々している間に生徒の殆どは帰ったらしい。

空を見上げる。何事も無かったかのように流れる世界。正直異常だった。

それでも……

「お兄ちゃーん何ぼーっとしてんの!確かに思い悩むことは多いだろうけどお腹すいたから早く帰ろうよー〜」

 さすが妹は見通しか。

「お前は本当に呑気で羨ましいよ…」

 今はただ妹一緒に帰るという時間を過ごすべきだ。

一般人は何も出来ず蹲ることしかできない。普通の生活を送り続ける限り。

家に帰った瞬間、俺は泡を吹くように倒れそうになった。玄関に出迎えたのは

「……ああ、お邪魔させてもらってます。不法侵入ではないのでご安心ください。」

…朝のあいつだった。

「え、お兄ちゃん。知ってる人?」

「知ってはいるが…不審者みたいな奴だ。というか不審者だ。」

「あ…もしかして今朝の!」それだけで理解してくれた。

「何でここにいるか説明しろ。」入る時、確かに鍵は閉まっていた。なら、どうやって…

「だから、不法侵入ではないんです。」

この状況で不法侵入以外に何が考えられるのか。今時鍵なんて技術さえあれば開けられる。

「ふざけてんのか。ここは普通の人が普通に暮らす、ごく普通の一軒家だ。匿う場所ではない。」

「でも…あなたが弁当渡してきてくれたということは、助ける意思があったということですよね。」

…あぁ。都合の良いように解釈されてしまっている。

「よし。こうなったら強制的に…」

「待って!お兄ちゃん!!私、全然話についていけてないから一旦話し合おうよ〜。ね!!」

妹が仲裁に入る。「この家に住む者として、私もちゃんと話を聞いて判断したいの。お願い!」

優しい妹らしい考えだった。


「三千人さんは、本当にお金にも住む場所にも困ってそうだよ〜。その見た目じゃ…。だからこのまま何もご飯を食べることができずに死なせちゃうことになっちゃうよ〜」

いつものダイニングの机で家族会議が始まった。

「本当に携帯も身分証すらも持ってないとは…。何者なんだ?」

「でも、やっぱり私は仮に悪い人だとしても…何も持ってないのに、今特に私たちに被害を与えようとするかな〜?」

妹は、本当に優しい。それでも、「いや、赤の他人を住まわせるのはよくない。」

議論は平行線だった。

その時、玄関から音がした。

「たっだいま〜」…この複雑なタイミングで母親が久しぶりに帰ってきたことを悟った。

「って何この状況。血の気を感じるわー」

事情説明しなければ…と思った矢先、

「もう、あんたさ〜そんなに回りくどいことしなくたっていいのに。」

意外な反応。嫌な予感。

「うちは人数の割に広いんだから住んでも特に影響ないでしょ?ね?」

俺の家族にはこう、騙されやすい人しかいないのか…。

「お兄ちゃん、不満そうだけど…いいよね?」

「あーもう分かりました好きにしてください」

「…やっぱ怒ってる。お母さん、やっぱ一旦…」「仕方ないのよ。あの子にはあの子なりの優しさってもんがあるの。」「……??」


「あの…すみません…お騒がせしてしまって。」さっきから横で肩身を狭そうにしていた。ならそもそも勝手に入るな。と心の中で思う。

「勝手に家に入れる技術、悪用しないでよね。今までもそうやって警察に差し出されて来たわけでしょう?これは警察の端くれとして、町を完全に守ることができなくなった、せめてもの罪滅ぼしよ。」

「は、はい…。」

母親の考えには納得できた。これ以上食泥棒の被害を増やさないためにここで食い止める…ということだ。

「これからお母さん、前よりもずっと帰れなくなるから、2人に任せるしかないのは申し訳ないわね。明日翔もそれで納得はいかないとは思うけど、刑事の勘が悪い人ではないと言ってるわ。」

刑事の勘ってそこまで信用できるようには思えないが……。

お世話と言ったって食事を一人前多く作るだけ。それ以外は勝手に暮らして貰えばいい。

「お母さんがいうなら、きっと大丈夫だよ〜」一連の騒動でやはり一番騙されやすいのは無論、妹だと分かる。

(もうどうにでもなれ……)

 その後、母親はなにやら忙しそうに電話をしていたがしばらくして

「今日だけ夕飯までここにいれると思う」

 と前言撤回して言ってくれた。今日なんて特に忙しい筈なのに何故ここにいるのかは、仕事の都合だってあるので聞かないでおこう。

 

居候といっても勝手に食事をして勝手に暮らしをしてくれる。

「って。言いたいところだが……こいつ……」

常識がなってない。

トイレにも行けない。トイレに入った瞬間に「この穴は何ですか?」と聞いてきた。

流石に引いた。

「あーえっと、つまり、汚いものを入れる…」

必死に説明するも、伝わる気がしない。

呆れる俺に母親がサポートに入ってくれた。

「あーここはね、うん」

「直接的に!?」

女性というのにためらいもなくいいやがった。

「そうしないと理解できないでしょ?ね?」

「……恥ずかしながら…」

これから不安で仕方がない。


「……お風呂借りてもよろしいでしょうか。」

 水を差す発言が。

「いいよ。いいよ。つかっちゃって。」

母親はもはや全肯定ボットだ。

入ってすぐ、悲鳴が聞こえる。

「ちょっともう何……いや明日翔見て来て。」そっか。異性である他人の裸を見るのは恥ずかしいか。

仕方なく見てやる。

間違えて栓を抜いていた。お湯が次々と減っていく。

「ボタンを押したら何か出ると思って……」最早呆れた。

それにしても、彼は食事を摂れず倒れていた割にかなり筋肉がついていて男の理想の体型をしている。(って、人様の体をじろじろ見るのは良くないな)

…結局、俺はお風呂に3回サポートに入った。


やっと指導が終わり、1人でシャワーを流す音を外から確認する。リビングに戻ると、「お母さんなら味噌汁作ってる途中に急に仕事らしくて出ていったよ。おかげでも沸騰するところだったよ〜」代わりに料理をしてくれていた。

 キッチンでエプロンを着て人参を切りながら答える妹。家の中ではいつもピンクのパーカーを着ているのにエプロンも薄いピンクだ。

「そうか。ありがとう。」

「…そんなことより!フェニックス見た!?」

「あーさっき見ようとして母親に頼まれた。」

 人参を切る手を止めて即座に机に置いてあった携帯をとる。

「私たち有名人だよ!!!!!!」

「……は?」

 スマホに表示されたのは1分ぐらいの動画。投稿したアカウント名は漆黒の眼と書いてある。遠くからなので俺たちの顔までは写ってないが、妹の目立つ金髪ですぐに分かった。急にサラリーマンが正気に戻る場面のようだった。

「5万いいね3千リツイート……」

「顔が写ってなかったのが幸いだったけど……明日学校行ったら大変なことになってるよ絶対……」

「ああ……」

 ツイートされたのは1時間程前。元のメッセージは2時間前。まさか今メッセージを開いたら、あいつは情報を集めるのが得意だからこのことも知ってるはずだ。おそらくとんでもないことになってるだろう。

「そもそも制服も写ってるしもしかしたらメディアが今頃殺到してるかも……」

「今テレビつけてみるか。」

 2人でソファに座る。「現場の谷崎です。先日、このオートロック式のマンションで……」たまたまやってるワイドショーには蒼歌市……つまり同じ地区での死傷事件を扱っていた。

「まだ大丈夫そうだね……。」

「そもそもテレビに情報が回ってきても放映されるのはもう少し先だろ。」

「そうだね……明日サングラスとか付けた方が良さそう?」

有名人気取りだ。

「そもそも碧夏の髪で一瞬でバレるぞ。」

「明日朝練無くなっちゃったし、出来れば一緒に行こうよ〜怖いよぉ〜」

体を揺すってくる。

「まあいいが、余計わかりやすいだろうな。」

 どちらにしろ今頃噂も広まっているのは確実だ。どう対策しようが明日も大変な1日になるだろう。

とりあえず自分も携帯を開くと元からの通知が100件。

これは未読無視しておこう。

 フェニックスを開くとおすすめの1番上にもちろんあの動画が出てきた。リプ欄を恐る恐る見た。

「これ高校生写ってるけど撮影許可得てるの?」

「これコラじゃねえのか?」

「撮影してないで助けた方が良くね?」

「この後どうなったのか気になる」

「学校特定した」

 所詮ネットなのでロクな返信は無かったが炎上気味だ。

 もう少し遡ればもっと俺たちのことに言及してる人も居そうなので気持ち悪くなる前に投稿を閉じる。

「お兄ちゃん〜トレンドみたらもうネット記事になってる。」

「流石にネットの情報の循環は早いな。明日のワイドショーにはでるかもしれない。」

 俺は見る専垢なのでフォローしてるのはニュースサイトの公式アカウントとフォローをお願いされた妹の垢だけだ。タイムラインには話題のツイートしか流れてこないのだが、妹はアカウントをかなり活用している。

 俺は興味が無いのだがたまに歌い手とVTuberのツイートがRTされてくる。VTuber……というのはよく知らないが動画投稿サイトでアバターで活動する人のことらしい。

そしてたった今流れてきたのは今日デビュー予定の希楽星てりあという大手会社スターライブ(良く碧夏が会話に出してくるタレントの事務所)の子らしい。学校で話すと嫌われるらしいので俺に語れない代わりによくマシンガントークを仕掛けてくるから段々そこらの興味が無い人よりは詳しくなってしまっている。

「お兄ちゃん〜さっきのRTしたやつ見てたでしょ〜」

「ああ」

「この子ね単独デビューなんだってー。普通は複数人でデビューするのにね。あとで一緒に配信観ようよー。」

「時間があったらな。」

 俺は興味無さそうに返してしまうのだがそれでもいいらしい。ただ話したいだけなのだろう。

「それよりさ。さっきの男の人、つい最近引退というか活動休止したこの人に声が似てるんだよ〜。ってちょっと!!聞いてよ〜」「トイレに行くだけだ。」嫌な予感を察知しトイレに駆け込む。この後散々何とも言い難い歌を聞かされた。

 

「鮭の塩焼きと味噌汁とご飯とサラダだよ〜。」

 今日は代わりに碧夏が夕ご飯を作ってくれた。本当に優しいとつくづく思う。

「おお〜。自炊も出来るんだー!もう私要らないなぁ。」

 と警察らしくご飯を大盛りにしても尚食べ終わってしまいそうな母。

「おいしいですね。」

 と礼儀正しく食べる男。

メニュー的には朝ごはんの使い回しなのだが、鮭の焼き具合が丁度よくておいしい。俺よりも絶対料理の才能がある。

「お母さん〜どうして急に外に出たの?」

 早速妹が質問をしかける。

「あー。なんかまた中心街で出てね〜。人手が足りないって駆り出されたんだよねぇ。」

「……よく命の危険があるのに呑気でいられるよな。」「そりゃ、私は体力と運動神経は毎日鍛えていて自信があるもの。それに怪物ぽいとはいえ人間だもの。柔道習っている私としては1本取ることはスキを見せてくれれば余裕よー。」

その自信が羨ましい……。

「……ところで、柔道とは何でしょうか?……。」

食卓が一瞬固まる。

「……今、あなたで試してもいいのよ?」

 そして不敵な笑みをうかべる母。

「……やはり大丈夫です。」

 と顔を青ざめて体を振るえさせながら答えている。

 今まで母親が怖いことをしたようには見えなかったが。笑みを浮かべる姿が裏がありそうで怖いのだろうか。……まあ、俺には分からないな。

「そうですね……マホウ……魔法ですよ。魔法。」

「もしかして頭どこか打ちました?」

「打ってませんよ。」

 俺は食事が終わった後彼を質問攻めにした。

ドアの件だ。あれから家の隅々まで調べたが特に壊された痕跡もない。ドアを鍵屋みたいに開けたのかとも考えたが何より何も持っていなかったことから疑問が残る。

(家に特に被害がないならそれでもいい...)

 

 

 せっかくのゆったりできるお風呂の時間だが考えることが多すぎて全くリラックス出来ない。今日1日だけでも1年分の重要な出来事が詰め込まれたような感覚だ。

 まずはあの男についてもそうだが今日遭遇した死ぬかと思った出来事。

 あまりにも濃密な一日に思い返しても絶句する。

そして今日出来た傷は目立つことは無い足や手などでそれも少し擦りむいた程度だが、今この瞬間とても染みる。これが今日の報酬だと思うとため息しか出ない。

 (もう一生GSとは遭遇も関わりたくもないな……)

 それはもう叶わないとは知ってはいるが。……今までの全国ニュースを見れば1度出現した地域には今後も出現し続けることは明らかだ。

ここには来ないと信じていたのだけれど。

 お風呂から出ると妹とあの男が話してるような声が聞こえる。急いで服を着て脱衣所の扉を開けるとソファーの上で一緒に携帯の画面を見ている。

 俺がいない十数分の間に一体何があったのだろうか。

…隣で母親がいびきをかいて爆睡しているのも気になるが。

 とりあえず検討はついているもののそこの2人にインタビューだ。

「何してるんだ?」

「デビュー配信みてる〜」

 だいたいそんなことだろうとは思った。仕方なく俺も背もたれの後ろから観る。

『好きな食べ物は〜えっとー野菜全般かな?』

緊張しているなこれは。チャット欄には赤色や黄色とさらに水色がもっと流れてくる。素人目から見れば自己紹介するだけでこんなにお金が貰えるなら目指す人もそりゃ多いわけだろう。

「凄いですね!絵が動いてる!これは中身の人が別でいるんですか?」

 無知が1番しては行けない質問をしている。

「まあ、そうだね〜。これは企業Vって言って一応会社からデビューしているから1からプロデュースしてるけど個人でもなれるからその場合は自分で色んな方面にお金を払うんだよね」

 しっかり質問に答えてる上にタメ口。

「いや……どんな経緯でこんなことになったんだ?」

「私がスマホ触ったら興味示してくれて色々布教したら物凄くキラキラした目で見てくれてね〜」

 語り相手が俺しかいなかった妹にとっては良い変化なのだろうか……

「同接2万って相当注目されてるんだよ〜フェニックスの初投稿のいいねは6万ぐらいだったし!」

 いかに今回のデビューした人が凄いのかを熱く語っている。それを興味津々に聞いている。

「分からん……俺には分からん……。」

好きなものがあることはいいことだが、唯一この時だけは妹の話についていけない。


「貴重な話をありがとうございます。」

「いやいや……そんな貴重でもないよ〜いつでも聞いてください〜」

 2人の話も配信も終わった頃。

「ふわぁぁあ…………え?今何時??え?9時??」

 やっと母が起床し、即携帯の連絡を確認しながらため息をついていた。髪の毛はボサボサなのにスーツ姿であることが少しだらしなくて面白い。

 時刻はまだ9時30分ぐらい。いつもはもっと遅く寝るのだが、今日は早く寝よう……。

「明日翔〜。こいつどこに寝させりゃいいのー!」

「至近距離で叫ばないでくれ……」

 背中で服を掴んでまるでぬいぐるみを扱うかのようなぞんざいな扱いだ。

「私全然家に帰ってきてなかったから家の状況がよく分からないのよねー。」

「……」

俺の家は2階に主に部屋がありまずは俺と妹の部屋がある。だが、何故か客室もたくさんある。

「ベットがある部屋は一つだけある。窓は少ないから日当たりは悪い。」

タンスの奥に入っていた敷布団を床に投げて、あとは自分で敷いてもらうことにした。

敷けるか分からないが、もう手伝うのも疲れてしまった。

流石に布団ぐらいは敷けるだろうと思いながらベットについた。



 悪夢を見たのか体温が熱い。時計を見ると深夜2時ぐらいを指している。

 (水を飲みに行くか……)

 熱で水分が奪われた感覚があるからだ。よく熱を出した時に感じるやつ。

 部屋を出ると、隣の部屋のドアが少し空いていた。そういえばあの男がこの部屋を使っているはずだ。

 (少し覗いてみるか……)

 暗闇で何も見えないが。

 ドアのわずかな隙間から除くと布団らしきが敷かれているが、いる雰囲気がない。

(まさか逃げた...?それか散歩にでも行ったのか。)

ならドアが開く音で目覚めるはずだ。

でも、大きい物音は今の今までしなかった。

(本当に、魔法でも使ってるのかもしれない)

 

 冷蔵庫から2リットルボトルの天然水を机の上に置いてあったコップに入れる。

 結局布団に入って30分以上は寝つけなかったが疲れもあったのかいつもよりは早く睡眠に入った。そのおかげか、深夜ながら目が覚めている。

「もう深夜2時よ?何してんのよ」

 急に肩を叩かれたと同時に耳に囁かれた。一瞬幽霊かと思ったが、冷静に考えれば母親だろう。

「母さんこそな」

「こっちは仕事よ。今日は無理を言ってこっちに居させてもらってるけどいつ出るか分からない……う」

タイミングよく家が揺れる。すぐ近くで物が投げられたのだろうか。

「こんな深夜にも出るのよね……。とりあえずお母さんは一旦出かけてきまーす」

 そう言ってすぐ外を出ていく。

 (……今寝れなそうだし外の様子が気になるけど母親の後を追って近づいたら近づいたでまた体調が悪くなりそうだな)

 警察というのはどうして続けられるのか分からない職業だ。その職業を選んだ上に続けるのは余程大変なことだろう。

(寝れるか分からないけどベットに入ればいずれ寝れるだろう)

 今度こそ寝たら朝に起きれるだろう。朝が来ないで欲しい気持ちも半々にまたベットに戻った。

朝。

結局あの後は浅い眠りだったようで頭が痛い。

(また、夢か...)

 隣の部屋を見ると布団の中には人が居なかった。

 (昨夜は暗くて分からなかったけど敷布団と布団を反対にして寝てたんだな)

 下に降りるとダイニング机には母親(まだスーツ姿)と男(まだボロボロのスーツ姿)がいた。

「……おはよう……結局3時まで…………」

 やはり死にかけていた。

「昨日俺が既に朝食作ってあるから温めるよ」

 仕方なく昨日4人分を作っておいたのだ。

 我が家の朝ごはんは基本的に味噌汁、米、鮭(あれば)だ。

 今日は鮭がないので焼き海苔で我慢してもらおう。最近は魚全般が手に入りにくいのだ。

「将来絶対いい夫になるわよ……」

 寝ぼけた幽霊みたいな声で言われてもむしろ怖い。

 かの男はと言うとあの時に見せていたキラキラした目で朝食を見つめている。

その時ちょうど妹が下に降りてきた。

「今日はお兄ちゃんはやいねぇ〜それに4人なんて急に大人数になったねぇ〜」

 と眠そうな声で言った。何故か嬉しそうなのはなんだろう。やっぱり2人じゃ寂しい部分もあるのだろうか。


「いただきます」

 これじゃまるで4人家族のいつもの食卓みたいだ。

 普段は朝食の場合、2人同時に食べることも滅多にないのに4人同時に食べる日が来るとは(1人は他人だが)

「…………美味しかったです」

 ちゃんとお礼を言ってくれることだけは評価は高い。これでも料理を作るのは一苦労だから。

「あ〜〜美味かった!美味かった!」

 飲み屋からでてきたおじさんのような発言。食べる前は死んだ魚のようだったが朝食を食べて復活したようだ。


「じゃあ、私は職場に戻るわ。久しぶりに2人に会えて楽しかったわよ。またね〜」

 俺らが支度を済ませた頃颯爽とこの家を去っていった。

今日は格段に学校に行きたくない。確実にあいつらが居るだろう。

「ねえねえ、お兄ちゃん。本当に大丈夫?」

「大丈夫って何が?」

「その.....他人を住まわせちゃってるの。」

気にしていたのか。そりゃ、昨日あんなに反対したからな。

「別に今のところ特に変わりはないだろ。だからいいよ。」

「よかった...。」何故かとてもほっとした表情だった。


 久しぶりの2人での登校。坂を下ると急に同じ学校の生徒が多くなる。

「やっぱり学校行くの怖いなぁ……私は部活とかで表彰されたことあるし名前も見た目知られてるし……すぐバレただろうなぁ」

 確かにこの髪色や髪型は目立つだろう。

「お兄ちゃんは悪い意味では無いけど目立たないからバレない可能性はあるけど、噂は伝わるのが早いからね……」

「あー。少なくとも拡散してやつは1人心当たりはあるし、遅くても学年中には広がっているだろ」

「そんな……高校生の間の情報伝達速度って速いね……」

噂というのは怖い。

「仕方ないさ。そのためにも自分の身を自分で守らなきゃいけないんだがな」

それが難しい世の中だ。

「起きちゃったことは仕方ないよね〜」

「それよりあいつとは仲良くやってるのか?」

「……あいつって三千人さんのこと?」

「ああ。」

顔を近づけてくる。相変わらず小さい頃からずっと距離が近い。高校生にもなると恥ずかしい。

「いい人だったよ〜すごく話も聞いてくれるしね。それにお兄ちゃんが思うほど毛嫌いする必要はないと思うよ〜」

「まあ、そう思うならそう思えばいいが、たまには疑うことも大事だぞ。」

 妹には気に入られているようだが、やはり不可解なことも多い。信用はできない。

「まあまあ〜お兄ちゃん〜。そこまで言わなくても〜今のところ害はないって言ってたじゃん〜」

今度は手を組んでくる。

登校中の生徒もいっぱい居るのにな……別にいいか。


 学校の全校生徒はかなり多いため玄関が広い。そのため進級すると必ず自分の下駄箱が分からなくなるというのが恒例だ。

 そしてその玄関までの道は正門から入るとすれば校庭の横を歩かなければならないのでかなり長い。

 そしてこの道がよく部活勧誘や選挙活動に使われる。

 今日は――新聞部がこの道を占領をしていた。俺が最も危惧していたことが起きてしまっていた。

「……これってもしかして昨日の件を取り上げてるのかな?だとしたら…………」

 学校に入る直前に2人して顔を青ざめた。

 しかしまだ希望はある。なぜなら新聞部の扱う主な内容は恋愛関係が多く学年を超えて悪い噂もいい噂も広がるのだ。たった数ヶ月前部長が変わって過激方面に方針転換してからこうなってしまった訳だが。

なので受け取るまでは内容は分からない。

「新聞部ー!号外ー!!!」

 道には部員全員の10人が手配りで渡している。大抵の生徒は受け取っているようだ。

「は……はわわ、わ、わわ」妹の顔がどんどん青ざめていく。仮にも妹はこう見えても1年にして即陸上のエースとして成り上がった有名人なのだ。

 (これで新聞部のやつに絡まれても厄介だ)

 先程話した通り俺は学校規模で見ると 無名に近い。現代で言う陰キャで部活にも入ってないからな。

俺が妹の方に立ち半ば強引に号外を受け取り早足で玄関に辿り着くことに成功した。

少し広くなっている場所でクシャクシャになった新聞を広げる。

「……あ…………やっぱり……私だ…………」

 タイトルは『陸上部エースに神風が吹く』

「俺のことは全く焦点が当たってないな」

 事情を知らない人にとってはたまたま逃げ遅れたもう1人にしか見えなかったのだろう。

「とりあえず私だけで良かったよ。」

「いやいや、でも教室じゃ今頃……」

「慣れてるよ〜それに心配されるだけだって〜」

平気なのだろうか。だが、女子の空間に兄が介入しても効果はないだろうし任せるしかない。妹のことは良くても、神風の部分について問い詰められる気はする。

 妹と別れ教室に入るとやはりいつもより騒がしかった。少なくともクラスでは写真に写っているもう1人が俺であることが分かってるはずだ。

 これは覚悟するしかない。

 何とか椅子に着席出来たところで教室の様子を探る。

 やはり元を中心にして話が盛り上がっているようだ。

 俺は目立たないオーラのおかげですぐに気づかれることはなかったが、

「おっ今日の主役だ。」

「いつから来てたんだ?」

「何があったのかもっと教えてー!」

 ガヤに気づかれてしまったようだ。

(どうせ数日だったら興味を無くす話題なくせに)

「特に話すことはない。多分さっきまで元が話してくれてただろ。それが全部だ。」

「おーもう明日翔いたのか。それよりあの後どうなったのかだけでも教えてくれよー!」

「普通に警察に聴取されて終わりだ。その神風とかなんとやらは俺もわからん。とりあえず命拾いしたのは事実。」

「まああれが目の前にいたのによく生きてたよな〜。」

「命拾いした代わりにSNSで俺のこと拡散されたけどな。」

「まあまあ。あれは結局合成ってことになってるけどな。俺は目の前で見たし、本当に元に戻ったんだぜ!」

勝手に着いてきたくせして。

「まじか!」

「確かにあの時いなかったもんね!」

 ガヤが口出ししてきた。

「もうどうせ証明も出来ないしこの話は終わりだ。終わり。」

「明日翔は本当に変なやつだな〜」

 元はそう言ってガヤとの会話に徹し始めた。

 

HRが始まるまでまだ時間があるが、何だか廊下が騒がしい。その波はクラスの1部にも広がり、

「俺たちのクラスに来るんじゃねえか?」

「えー私たち何かしたっけー?」っとカップルが騒いでる。

 聞こえてきたのは杖を床につつく音。


「2ーE組はここか。」

 その声を聞いた瞬間クラス全員が沈黙する。

「やっぱり君は面白いな。昨日会ったのも何かの縁だろう。」

 気づいたら俺の席の隣に立っている。

「なんか用ですか?」

「何を隠そう、今こんな新聞が出回ってるではないか。」

 そう言ってさっきのあの新聞を見せてくる。

「確かに俺の妹が写ってますが」

「そこに切れてはいるがお前も写ってるではないか」

「それなら妹に詳細を聞いた方がいいだろ」

「聞いてきた」

何を聞かれても隙が無さそうな顔をしている。

「ならなんでわざわざ俺のところに」

「君が昨日の件のキーパーソンであることが分かったからな。今日の昼休みにでも……理事長室に来てくれないか?あー心配はいらない。これは個人的な興味だ。

あと君が初めてだ。」

 とんでもなく面倒なことになった。何が初めてなのか分からない。余計誤解を生んでいる。

「じゃあまた昼休みに会おう」


「もしかしてお前…………付き合ってるのか?」

「違う」話を聞いていてどこからそうなる。

「やっぱ昨日道理で冷静でいるなと思ったんだよ」

「違う」

 やはり違う方向で誤解を生んだ。

「うわぁぁ……まさか先を越されるとは……くそぉ……」

 誤解を解くのは暫く先になるだろう。

 普通なら会話しているだけで付き合ってるようには見えなかったはずで、元だけが勘違いしている。そこまで大事にならないだろう。どこまで恋愛脳なんだこいつは。


昼休み。昨日予め買って置いたおにぎり2個を持って1人で理事長室に行く。

 ところで彼女は生徒会長ではあるが何故理事長室に呼んだのだろう。

 理事長室は普通なら1度も入らない魔境のような場所なので入ろうとするだけで緊張してしまう。

 扉を叩くとすぐに返事があった。

「来たか。」

「…お陰で誤解を生むことになりました。」

少し恨みを込めて言い放つ。

「まあ、そうなるだろうな。普通の生徒ならなぜ先輩な上に学校でも偉い人に敬語を使っていないのか不思議に思ってしまうだろう。」

「それ行ったの昨日話した時に隣にいたやつですけどね」

「ああ。あいつか。でも周りの人はもっと勘違いしてるだろう。ははは。」

「笑い事じゃないですよ……俺の残りの学校生活が……」

そのくらいの勘違いなら容易いが。1つの勘違いが大きな勘違いに繋がってしまうかもしれない。

「いいじゃないか。何も無いよりは。」 

なんにでも余裕に見える態度と誰にも逆らえないオーラ。それが会長が学校で尊敬され畏れられる理由だ。

 理事長室は応接室に近く、机とソファーが真ん中に置かれていてこれは来客用だろう。窓側に長い机、いわゆる校長室に置かれているような執務用の机がある。

俺はソファーに案内された。あちらは俺の隣に座る……のではなく長い机のところにある高級そうな椅子に座った。

「自己紹介が遅れた。私は水無月美鳥だ。知っての通り現生徒会長と現理事長代理だ。こう見えてもう高校3年生だよ。」

「泉水明日翔。高校2年生。」


「面白いな。今まで理事長室に生徒を呼んだことすらなかったのだが、その初めてが君なのを誇りに思う。」

どこが面白かったのか疑問に思う。口説きがうまい。そこら辺の男子なら一発で堕ちるだろう。

「それより、どうして理事長室に1人なんだ?」

「聞きたいか?」

 少し怖い笑みを浮かべる。

「聞けるなら……ぜひ。」

「理事長は今不在だ。理由は言えないがな。」

「そうか。」かなり興味がなさそうな反応をしたからか

「もっと驚くべきところだろう。そこは。」と発言させてしまった。

「まあ、不在でも学校は回ってるのでね。」

俺は学校に通えればそれでいい。

「そこに私が居ることを忘れてはならんよ。」


持ってきた1つ目の鮭おにぎりを開ける。

「本題に入ろうか。私は今GSについて独自に調査してるんだ。もちろん理由は言えないがな。」

何でも秘密主義らしい。

だが、俺が呼ばれた理由は分かった。そう言うことだったのか。

ちょうどまた地面が揺れる。

「今日だけで3回目だぞ……」

「なぜこんなウイルスが誕生したのか、どのようにしたら感染しないのか。独自で調査するにも息詰まっていて。最近は出現数も多いしな。」

「 そういえば最近になってから急に増えた気がする。ここで出現し始めたのも昨日だ。」

 そろそろおにぎりの1個目が食べ終わってしまいそうだ。

「それがずっと謎だったんだ。物が当たって電線が切れるのは日常茶判事になり、けが人も毎日出るだろう。もともとこんな謎のウイルスが流行るのもおかしいが」

確かにな。

「工事業者は人手不足だろうな。そのせいで物流も遅れている。それを何とか私たちがしたいところだ。

でだ、1人でも多くの人に手伝って欲しいんだ。」

「……それで協力をして欲しいと?」

「そうゆうことだ。ただもちろんこちらも今まで調べあげてきた全ての情報を提供したい。」

「いや.....あの、俺別に探偵とか刑事とか言うわけじゃないですし...」

「それもそうだな。ならひとつ君にさらに面白い話をしよう。まだ時間もあるしな。」

「いや……結構です……。結局俺は全く関わりのない一般人なので」

「そうなのか?昨日あんな目に遭っていたではないか。」

「母親がたまたま関わりのある職業である以外は特に。」

「強制しようとは思わない。ただ、私には君が必要な気がしてな。」

「…………」

「もしこの情報交換が上手くいかなかったら頼もうと思っていたのは君が私の完全趣味ではあるが情報集めを手伝って欲しいんだ。」

何故ここまで俺にこだわるのだろうか。

「理由という理由は無いが、ここまで他人にぶっきらぼうに接されたのは初めてなんだ。私はそれがとても嬉しかった。」

「……もしかしてMなんですか?」

「そう……その発言こそが君のいいところ……だ。仇となるときも多いだろうがな。私は大好きだよ。」

 と頬を赤らめている。そんなに冷たく接して欲しいのか。

「幸いにも俺は帰宅部でやることはないですしそれくらいなら手伝っても構わないですが」

 逆らえない気がした。本当は逆らった方がいいし断ればいいのに。

「ありがとう。基本的なことは私が全てやるし責任も私が負う。心配はしなくても大丈夫だ。そうだ。Rainアカウント交換しないか?」

「……あ、はい。」

 成り行きで実質学校の長の子のアカウントと繋がってしまった。

「これから何かあればすぐ連絡する。そうだ。これからは遠慮なここにきても歓迎するぞ。」

なんでほぼ初対面なのにここまで距離が近いんだ……そんなに俺に惚れ…いや、自惚れるな。


昼飯を食べ終え、理事長室から出ても尚、夢見心地だった。Rainのアカウント交換したのも、今まで遠い存在だった人と親しく……なってしまったことも。

 早速携帯を見ると既にメッセージが入っていて、

「今日の放課後、西玄関で。」

 簡素なメッセージだった。

 ……怖いような。行きたくない気持ちがあるが、仕方ない。俺がした選択だ。


元はやはり俺の事を教室から帰ってきてからもずっと責めてきた。

「次俺に付き合ってる感じの様子を見せたら絶対新聞部にスクープとして持ってく!!」

 と、俺の学校生活が終わる予感のする発言を繰り返した。

少なくとも今回の放課後の様子を見られたら確実に終わるだろう。

「まあ元がそう思うならそれでもいいよ。」

 逆効果な発言かもしれないが今はこうやって落ち着かせるしかなさそうだ。

結局5時間目を告げるチャイムが鳴るまで罵倒オンパレードは続いた。今度どう誤解を解こう。

6時間目終了の合図からほぼ意味のなさないHRを経て学校が終了。「これからデートなんだろ!!デートするんだろ!!」…うるさい元の静止を適当に交わし、西玄関に向かう。

 西玄関はいつも使っている玄関とは反対側にあり高2の半分と高3が使っている。

 早速行くともう既に下駄箱の前に立っていた。人が少ないうちに話しかける。

「今日は少し出かけるぞ」

「出かけるって……」

「少し街のパトロールさ。」

「某探偵みたいに言わないでください。」

「ツッコミ好きだなぁ。そんなところも大好きだ。」

…また急に告白されたのだが。学校の外に出るとあちらこちらに警察がうじゃうじゃいる。付近には倒れたガードレールや割れたガラス片。

(たった一日でここら辺は…)

 この光景だけだとあちらこちらで車の事故が多発しているように見える。

 相変わらず、杖をついて歩く女子高生は奇妙だし目立つ。体もどこか悪い訳では無さそうだ。

 暫くお互い無言だったが、横断歩道で歩みが止まると、

「もう少し直進したところにありそうだな」

と何やらぶつぶつ考え事をし始める。

 青になり横断歩道を渡ると、

「走るぞ!!!」

 急に走り出した。

 運動部未所属の帰宅部には追いつけないほどのスピードで。杖を持っているのに凄い。(俺が遅すぎるだけかもしれない)


「はぁ……はぁ……はぁ……」

 やっと立ち止まり呼吸が乱れて喋れない俺を背に

「あそこだ。」

 と向かいにある公園を指さした。

「特に…………普通の、公園、じゃないすか」

「そうだな。私はここに用がある。」

「俺、要らなくないですか?」


 3分後。

「……何かありました?」

「おかしいな……ここに確かに来るはずなんだが……」

 一気に運動して汗がべっとり服について気持ち悪いのでブレザーを脱ぐ。

「というかそもそも何を探してるんすか」

「それは言えないな。来るまでは。」

何が来るんだ?

10分後。

「このままだと何も来ないと思います」

「……この私が間違えるわけない……」

 と自信なさげ。

「公園内にいる可能性ありません?」

「……私としたことが…………公園にも入らないで10分も時間をロスするとは……」

 意外におっちょこちょいなのかもしれない。


 公園はブランコとなんの種類か分からない木とベンチしかない割にはなかなかの広さを誇っていた。

「ブランコの所には誰もいませんね」

「あぁ。もう少し奥のところにベンチ…………」

 急に無言になった。

「どうしました?」

「…………やはり遅かったな。仕方ない。」

 とベンチの方に歩いてく。そして地面にある何かを拾う。

「行くぞ。」

「待っ………」

「また走るぞ!」

とまた走り出した。

「ちょっ……本当に待ってくだ……」

 これは明日筋肉痛確定だ。


「……はぁ…………はぁ………………」

「大丈夫か?」

 街路樹の後ろに何故か座らされた。

「まあ……大丈夫ですけど……」

「ほらあそこにいるぞ」

 そう指さした場所にいたのはおじいさんだった。

「普通のおじいさんじゃないすか」

「いや……違うな。」

 そう会話してる途中こちらに向かって何かが飛んできた。

「感染してる????!!」

 何とか交わすことが出来たが木の断片だった。

「逃げた方が良くないっすか?」

「いや……これは実験だ。」

実験?

 と言っている間にもさらに車を投げ飛ばしてる。

「老人でもあれぐらいのものを投げられるんすかね」

「筋力が強化されてるんじゃないか?」

「それよりこちらに飛んでこないすか」

「それは大丈夫だ。」

何を持って大丈夫と言えるのだろうか。

「それより……吐きそうなのでトイレ行ってもいいですか」

「……質問攻め多いな。とりあえず吐きそうならここで吐け。動いたら死ぬと思うぞ。」

…言葉が強い。

 やはり昨日と同じ現象が起きている。仕方なく、女性の前で吐くのも申し訳ないので我慢するしかない。

「そうか……だから昨日も倒れてたのか。」

 何かを察したように言った。そして、

 「君はここで待っててくれないか。」

 静止しようにも先に中のものを吐いてしまいそうだったので声も出せず、街路樹の外に出てしまった。

俺を止めておきながら何をするつもりなのだろうか。

「そこに隠れているのだろう?昨日もSNSで話題になっている急に感染者が元に戻る現象、蒼歌市でしか起こっていないこともな。……はぁ。」

 残念ながら現在の体勢のままでは詳細を見ることができず声で状況を理解するしかない。だが、これは――人間が起こしてるのか?魔法みたいな現象を……

 それだけを言って元の街路樹の裏に戻ってきた。

「取り込み中のところ悪いが……勝手に巻き込んでしまったことには申し訳ない。ただ君には知ってもらいたい。泉水明日翔君。もう直に吐き気は収まるはずだ。そうなったら表に出てきてくれないか。」

 そんなすぐに吐き気が収まるわけも無いのに。そう思った数秒後「あれ……」急に吐き気が止んだ。何をしたんだ。……いや。俺は本当にとんでもないことに巻き込まれてしまったのかもしれない。

 手に持っていたブレザーを着て恐る恐る表に出る。

 しかし、そこにはまだおじいさんがいる。だがこちらを狙っている様子はない。

「君に話すことは沢山あるが、その中の1つだ。信じるわけないだろうがな。」

 そう言って道路の向こう側にいるおじいさんに近づいていく。俺はもうその姿を止めようとはしなかった。

 道路を渡ってもなお気づく素振りを見せない。

 さらに近づいても気づかない。

 そして隣にきても気づかない。

「どうだー!見えるかー!」

 大声で叫び、少し笑う。

「私はいわゆる――魔法使いみたいなものだろう?」

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I(アイ)~貼り付けた空と虚構の空~ ばななとべーこん @banabekon

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