第3話 up! up! my Friend②

 相互扶助の精神のもとに行う、期間限定・複数交際型恋愛ロールプレイング。

 通称、『ハニカム計画』。

 ひょんなことがきっかけで、たった一人で四人の女子と恋人ごっこをするというモラルの狂ったままごとの中心人物となった俺こと古賀衣彦は、その恐ろしい計画の詳細に関する昨夜のやりとりを寝起きの頭でぼんやりと思い返していた。

 

 ルールその一。この関係は下宿生以外には秘密にすること。


『良い? 衣彦。いくら仲が良いからって、このことは泉(いずみ)やおばさんたちには言っちゃダメだからね?』


『“彼女が四人できた”って、家族に⁉ 実家出禁になるよ‼』


 ルールその二。『恋人ごっこ』である以上、それぞれと定期的に恋人らしいデートやスキンシップをすること。


『これ……衣彦くんの負担、大変じゃない?』


『心配してくれてありがとね真由♡ でも衣彦は大丈夫。男の子だもん』


『おいじゃじゃ馬。それを言う権利あるのはこの世で俺一人だが? 何で勝手に代弁した?』


『やだ~、いきなり下品なこと聞かないでよ』


『大便の話はしてねーよ‼』


 ルールその三。恋人関係でいる期間は参加者の誰かが卒業する日まで。もしくは、参加者の誰かに本気で好きな人ができるまで。この二つの条件をどちらかが当てはまる事態になった場合、それぞれの疑似恋人関係は解消すること。


『特に古賀くんは計画の中心人物だからね。誰か良い人ができたらすぐに教えてね』


『それは絶対ないですね。俺はもう女なんてこりごりです』


『えー、それはそれで生き物の雄として敗北者だよ』


『敗ぼ……⁉ 取り消せよ……! 今の言葉……‼』


 忌まわしき回想で具合が悪くなりそうになったところで上体を起こし、かかっていた布団を剥がす。

 ……女って、面倒くさいな。

 ぐっと全身を伸ばしてから、半ば憂鬱な気持ちでカーテンを開けると、目が痛くなるほど眩しい陽の光が薄暗い部屋を照らした。

 良い天気だ。高校生活の始まりにはうってつけの晴天である。

まだ身体が重いものの、ここでぼさっとしていたら再び眠気に負けてしまいそうなので起きた流れでさっさと登校の準備をすることにする。

そうしておろしたてのブレザーに着替え、飼っているヒヨケムシに餌のミルワームをやっていると、ベッドの上に放置していたスマホがピコンとなった。見ると、今日から同じ高校に通う幼馴染みの木下直(きのした すなお)からのメッセージだった。


『はよ。清祥(せいしょう)って髪染めんのダメなんだっけ?』


『おは。ダメか良いかで言ったらぶっちぎりでダメだし、今日確認することじゃないと思う』


『だよな。了解。みずほはもう大丈夫そうか?』


『完全復帰。元気だよ』


『おけ。おかんがみんなの顔見たがってるから時間あったら龍(りゅう)も呼んで写真撮ろうぜ』


『うい。みずほ姉ちゃんにも言っておく』


 淡々とメッセージの交換を済ましてから、ふと思い立ってヒヨケムシが捕食しているシーンの動画を送ってみる。


『は? 何これ? キモ』


 キモとはなんだ失礼な。俺はふてくされながらスマホをベッドに放り投げる。まぁ頼まれてもいない奇虫の捕食動画を勝手に送り付ける俺も大概なんだが。

 スマホの画面に映る時刻は六時三十分。まだ時間はある。とりあえずトイレにでも行くか。


「きゃっ」


「おわっ」


 ドアを開けると、制服にエプロン姿のみずほ姉ちゃんがいた。しかも、何故か手にはスマホが握られている。


「お……おはよう」


「う、うん……おはよ」


「…………」


「…………」


 何故か、しばらく見つめ合う。

 ウェーブがかった栗色の髪にぱっちりとした二重瞼。本人はコンプレックスに感じている濃いめの眉も薄いそばかすも、俺にとっては親しみのあるチャームポイントだ。

 そんなみずほ姉ちゃんと目が合うこと数秒。


「え、何か用事あったんじゃないの?」


「違うの!」


「何が⁉」


「私はただ衣彦がちゃんと起きてられるか心配だっただけ! やましいことなんて何もないから! このスマホは、アラーム! そう! アラームを鳴らして起こしてあげようとか、起きなかったら寝顔取っちゃうぞとかそういう目的だったりするわけで……って何言ってんだろ私! これじゃ変態──」


「待って、落ち着いて。まず心配してくれてありがとう。でも俺、もう起きてるから大丈夫。ほら、この通り」


「そ、そうだね! 起きてる! よかったぁ! あははは……はは……」


「そうだ、今ちょうど直から連絡あってさ、後で龍兄(りゅうにい)も呼んでみんなで写真撮ろうだって」


「あ、いいねいいね! 久しぶりに集合写真。私もその写真欲しいから撮ろうね」


「ってかそのエプロン、誕生日プレゼントであげたやつだよね? まだ着てくれてるんだ」


「あ……これ、覚えてるの?」


「そりゃもちろん。良いじゃん。かわいい」


「か、かわ……!」


「みずほ姉ちゃん花好きだから、その柄のやつ結構探したんだよな……うん、やっぱ似合ってる」


「え……えへへへへ。ありがとう。今でもお気に入りだから、洗ったら絶対アイロンかけてるんだ」


「えっ、そんなに大事にしてくれてんの? あげた甲斐あって嬉しいわ」


「わ、私の方が嬉しいんだからね⁉」


「何で半ギレなの⁉」


「何でもない! 私、下でご飯の支度してくる!」


 軽快なステップで降りるみずほ姉ちゃん。降りた先でゴツッと音がして「いったぁー!」と悲鳴が聞こえた。いつものように壁に足の小指でもぶつけたのだろうか。

 

「大丈夫ー?」


「大丈夫、痛くない……! こんな痛みでさえ私、幸せ……!」


「……お大事に」


 打ち所が悪かったらしい。

 朝っぱらから情緒が不安定な幼馴染みの無事を祈りつつ、俺はそっとドアを閉じた。



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