“純”の純愛ではない“愛”の鍵
Bu-cha
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30歳 3月14日、夜
そこまで高くはないお洒落な雰囲気のイタリアンレストラン。
私の目の前に座るのは見慣れた顔、幼馴染みであり同僚の田代(たしろ)。
男らしく整った“結構格好良い”田代の顔が初めて見る驚愕の表情で私のことを見詰めている。
大きく開けた口からは大きな声が飛び出てきた。
「どうしたんだよ!!!?」
3月14日、ホワイトデーであり私の誕生日の夜、平日の会社終わりにこの店に誘ったのは私から。
会社の最寄り駅から2駅、駅から歩いて10分のこの店は約3年前まで私がよく通っていた店。
高校からの友達、マナリーのお父さんが経営している店のうちの1つ。
約3年ぶりに来たこの店で田代のこんな顔と大きな声には驚く。
口に入れたはずのパスタが口から吹き出そうになり、慌てて両手で口を抑えた。
そしたら、気付いた。
口を抑えた両手に濡れた感覚があったから。
私は泣いているらしい。
吹き出そうになったパスタは田代の顔と声に吹き出そうになったわけではなく、嗚咽により吹き出そうになっていたらしい。
驚愕した顔を続けている田代から逃げるように両手で顔を隠した。
口に入っているパスタの味は涙と鼻水によりよく分からない味になってしまう。
この店のパスタは凄く美味しいはずなのによく分からない味になってしまった。
よく分からないままのパスタをほとんど噛まないまま飲み込んだ。
そしたら小さくだけど声が出てきてしまった。
「今日、ホワイトデー・・・っ。」
「あぁ?ホワイトデー!?
ホワイトデーだからどうしたんだよ?
・・・あ、そういえば今年もお前からバレンタイン貰ったか!!
お返しは今年も忘れたからここの飯奢るから!!
ホワイトデーくらいで泣くなって!!
ビビるだろ!!」
今年のバレンタインにも板チョコを1枚あげていた田代の焦る声が聞こえてくる。
いつもは割り勘なのにここの店のお代を払ってくれると言ってしまうくらいに焦っているのだと思う。
幼稚園の頃からずっと一緒にいて、私が泣いたのは初めて見ただろうから。
「奢って貰うよりもお返しが欲しかった・・・。
飴玉1つでもいいから、バレンタインのお返しが欲しかった・・・。
誕生日のプレゼントとまでは言わないから、バレンタインのお返しくらいは欲しかった・・・。」
「そうなの・・・!?
お前、そういう奴だったの!?
マジで今までごめんって!!
帰りに何か買ってやるから!!
何が欲しいんだよ!?」
「何でも良い・・・。
何でも良いから、何か欲しかった・・・っ。」
「そういうことは早く言えよ!!
何年の付き合いだよ!!」
田代が席を立ち上がったのが気配で分かった。
「今何か買ってくるから泣き止め!!」
そんな言葉が耳に入ってきて、私は両手で顔を隠しながら小さく笑った。
「じゃあ、“女の子”になれる物を買ってきて。」
「無理難題ふっかけてくるなよ!!
もう“女の子”なんて歳じゃねーだろ。」
「じゃあ、“女”になれる物・・・買ってきて。」
「何だよそれは!?
何でも良いとかさっき言ってただろ!!」
「うん・・・何でも良い・・・何でも良かったんだよ・・・。
飴玉1つだろうがガムだろうがグミだろうか、何でも良かったんだよ・・・。」
顔を覆いながら俯いた。
私の長い指で顔を覆いながら。
身長172センチの身体を少しだけ小さくさせながら。
スラッと長い手足、どんなに食べても脂肪になってくれない身体、お洒落にセットしてあるショートヘア。
昔から田代よりも女の子にモテる、“綺麗で格好良い”と言われるこの顔に映える化粧はきっと汚く流れてしまっている。
スーツのスカートから伸びている細いだけの足に水滴が落ちてくるのを感じながら俯き続けた。
そしたら・・・
「純(じゅん)ちゃん。」
田代の声ではない、低くて落ち着いた男の声が私の名前を呼んだ。
この声を聞き・・・
恐る恐る顔を上げた。
そしたら、いた。
24歳からの約3年間、身体の関係があった男が。
身体の関係“だけ”があった男が。
私の心も私のこんな身体も、どちらも“女の子”にしてくれた貴重な男が。
約3年前の3月、増田生命保険の親会社である増田ホールディングスの経理部へ転籍となった砂川 進(さがわ すすむ)がいた。
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