◆7-5
そんなことがあって、二匹の様子はほんの少し変わったのかもしれない。
以前はひたすら怯えていたように見えたけど、このところはどちらかというなら戸惑いの方が強いんじゃないかって思えた。
チラチラ、チラチラと僕のことを観察している。でも、僕が顔を向けると明後日の方を見ているふりをするんだ。だるまさんが転んだ状態。
うーん、少しはマシになったのかな。
僕は夕食の後、フローリングの上に腰を据えた。そこに皆が集まってくる。その時、僕はサラとルチアに語りかけた。
「サラ、ルチア。前のお店がどんな感じだったのか、よかったら僕たちに聞かせてくれないか? 無理にとは言わないけど、何か勉強になるかもしれないし」
なるべく柔らかく言ったつもりだった。
サラとルチアは顔を見合わせた。そうして、ルチアがにゃあと言った。
改めて話すほど変わったことはないと思いますけどって。
「それでもいいんだ。なんだっていいよ」
すると、サラもにゃあと言った。
私たちの他にも猫はいて、ここよりも少し多いくらいでした。とのこと。
「そうなんだ? 人間は一人だった?」
その質問に、サラは首を横に振った。
にゃあ。
いいえ。三人くらい。
「三人かぁ。まあ、それくらいいた方がいいんだろうけど」
僕の言葉にルチアがボソリとつぶやく。
にゃあ。
一人は『オーナー』って呼ばれていて、たまにしか来なかった、とのこと。
オーナーと店長は別だったのかも。なるほど。
「オーナーはどんな人だった?」
それを聞くと、二匹は目の色を曇らせてしまったように見えた。これは、地雷だったかもしれない。二匹は黙り込む。
口にしたくないのかな。
僕は心配しつつも言った。
「あのさ、こっちから切り出しておいてなんだけど、あんまりいい思い出がないなら無理しなくてもいいよ。もう会うこともないと思うし、ごめん」
もう会うこともない。そのひと言で二匹の気持ちはほんの少し軽くなったのかもしれない。
サラがにゃあと言った。
オーナーの口癖は『ビジネス』でした。
「え、えーと……」
ルチアもにゃあと言う。
ギョウセキ、ケッカ、モウケ、なんてこともよく言いました。それを言われた後、店長は決まって機嫌が悪くなりますって。
そ、それは雇われ店長が店の営業成績が悪いとオーナーからチクチク言われていたってことか。
聞くだけで胃が痛くなるような話だな……。
昨今の猫ブームに乗っかれば儲かるって踏んだのに、思った以上に結果が出なかった。だからオーナーはあっさりと廃業することにしたんだろうか。
どうしてもやりたいって思って始めたことじゃないから、損をするならもういいって、見切りをつけるのも早かったんだな。
にゃあ。
人間は金が好きだからね、なんてトラさんがあくびをしながら言った。
まあ、少々の儲けはないと生きていけないから、僕だってまったくなくていいとは言えないけどさ。
儲けだけを第一に考えていた。雇われの店長に任せきりだった。それらを踏まえて考えると、その猫カフェが流行らなかったのもわからなくはない。
そのオーナーは大事なことをわかっていないから。
「そっかぁ。お金は大事だけど、それだけじゃ駄目なんだよ」
何を偉そうに言うんだと、自分でも思わなくはない。でも、僕にはその猫カフェが駄目だった理由がなんとなくわかるんだ。なんて言っても、お客さんは敏感だからね。
「猫カフェに来るお客さんの大半は、かなりの猫好きだ。猫と触れ合うためにやってくるんだけどね、お客さんたちは猫カフェの『状態』をすぐに察知するんだ」
にゃ?
どういうこと? ってチキが訊ねてくる。
僕はうなずいてみせた。
「この店で、猫たちはどれくらい大切にされているのかを見極めるんだ。店主が根っからの猫好きで、猫を大事にしていて、猫のよさを誰よりも理解していないと、お客さんは通ってくれないよ。お客さんは、猫にとって居心地のいい空間で幸せそうにしている猫と会いたいんだよ。それから、店主の猫に対する愛情を量って、その熱量でいい店なのかどうかを判断する。猫に対して愛情がない経営者がビジネスで始めたからって流行るとは思えない」
そのことを僕は野々村店長に教えてもらった。口に出してじゃない。肌で感じたんだ。
お客さんたちは猫と、それから野々村店長に会いに来ていた。猫に愛情を注ぐ店長がいて、その店長を信頼する猫がいて、初めて猫カフェはお客さんにとって居心地のいい空間になる。
僕が目指すのはそれなんだ。間違っても儲け第一主義じゃない。
ふぅ、とひとつ息をつき、僕はサラとルチアに向けて言った。
「僕が目指すところは、そのオーナーたちとは違うところだ。それなら、以前のことはもういいんだ。僕のやり方は皆で仲良く、楽しく、だから。サラもルチアもそのつもりでいてよ」
にゃ!
モカが元気よく、仲良く、楽しく! って声を上げてくれた。
「そうそう。仲良く楽しく。それが何よりだからね」
にゃっ。
チキも大きくうなずいた。
嫌な思いをしてここへ来たチキが、毎日楽しいって言ってくれた。僕にはそれが嬉しかった。
サラとルチアは顔を見合わせ、そうして小さくにゃあと言った。
仲良く、楽しく――ってね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます