◆7-2

 引っ越しそのものはすぐだった。ただ、物音とかが猫の皆にはうるさかっただろうし、ストレスになっただろうな。


 家具はまだ来てないから、店は広々空間だ。細かい荷物なんかはここに下してもらった。

 皆のいる部屋には最低限度の大きな家具だけ運んでもらって、後は自分で運ぼう。


 店の家具の搬入までに私物は運び込めばいいし。

 僕はとりあえず、布団から運んだ。


「皆、入るよ」


 一応断ってから戸を開ける。

 皆はやっぱり少しくらいは不安だったのか、隅っこに固まっていた。僕は部屋の片隅に布団を下す。


「引っ越しは終わったからね。まあ、まだ足りないものだらけだからしばらくはバタバタするけど」


 にゃ。

 これからはここがおうち? ってモカが言う。


「そうだよ。皆でここに住むんだ。もうちょっとしたら遊べるところもできるからね」


 にゃ~。

 とりあえずご飯にしようじゃないか。……マサオ、まだ早いよ。


「もうちょっと待ちなよ。まだ早いからね」


 にゃっ。

 テンチョ、お客さん帰ったの? 挨拶しなくてよかったの? なんて、チキが言ってる。


「ああ、あの人たちはお客さんとはちょっと違うんだ。荷物を運ぶ仕事をしている人たちでね。お客さんが来た時にはチキたちにも出てきてもらうよ」


 にゃあ。

 タタミも嫌いじゃなかったんだが、なんてハチさんがつぶやいている。

 うん、この部屋もフローリングだ。


「そうだねぇ、そのうちラグマットでも敷くよ」


 トラさんはというと、僕が運んできた布団の上にどっしりと載ったかと思うと丸くなった。うるさくて寝れなかったと言いたいんだろうな。

 そんなわけで、僕たちの引っ越しは無事に終了した。



     ◆



 家具を搬入する時もそれはガタガタ音がして、皆向こうの部屋で縮こまっていた。危ないからその方がいいんだけど。

 僕がこだわって選んだテーブルと椅子には興味を示してくれないとしても、寝心地のよさそうなソファーは気に入ってくれるだろう。

 まあ、メインはなんだけど。


「皆、もういいよ。こっちにおいで」


 運搬業者が去ると、僕は一人で黙々と組み立て作業に専念した。それから、皆に早く見せたくって、意気揚々と皆を店の方に呼んだ。


 にゃあ。

 なんだい、何があるんだい。


 渋々のトラさんを先頭に、皆が部屋から出てくる。そんな皆に、僕は誇らしげに言った。


「ほら、これ奮発したんだよ。どう?」


 二箇所に設置したのは高さ二メートルのキャットタワーだ。


「ここは爪とぎ、ここはハンモック。穴を通り抜けたり上に上ったりできる遊び場だ。前の家は狭かったから、皆運動不足だしね」


 皆、見慣れないのかな。ポカンとしている。唯一見たことがあったのはモカだった。


 にゃあ!

 これ、ママがよく上ってたのに似てる! ってさ。


「そうかぁ。モカはまだてっぺんまでは危ないから、気をつけて遊ぶんだよ」


 ハチさんがトラさんに顔を向ける。お先に、と年長者を立てているようだ。


 にゃあ。

 どれどれ、とトラさんが一番低い板の上に飛び乗った。トントン、とてっぺんまで上がると、僕よりも目線が高くなる。


 トラさんはその高さに満足したようだった。目を細めてどっしりと座り込む。……あそこが定位置と化しそうな気がしないでもない。

 ハチさんもトラさんの下の方に上ってみる。ハンモックの不安定さに足をつけては引っ込め、思案顔だ。


「キャットタワーはもう一個あるから、あっちも使っていいんだよ」


 にゃっ。にゃ~。にゃあ。

 若年組はいそいそともうひとつのキャットタワーで遊び出した。チキは体が大きいけど、あらかじめ丈夫なのを選んでおいたから大丈夫だ。


 僕はキャットタワーではしゃいだり落ち着いたりしている皆を眺めてほっこり幸せな心地だった。

 この幸せをお客さんも味わってくれるといいな。



 着実に支度が進んでいく中、僕のスマホにメールが届いた。

 それは以前勤めていた猫カフェの野々村ののむら店長からだった。


 独立したいと申し出た僕を今でも応援してくれている恩人だ。手伝えることがあったら遠慮なく言ってとか、オープンの日は人手を回してあげるとか、どこまでも世話好きなんだろうってこっちが恐縮してしまうような人なんだ。

 ええと、なになに?


 ――明日、少しでいいんだけど時間ある? とのこと。

 なんだろう?


 ――はい、どうしました?

 すると、すぐに返事が来た。


 ――じゃあ会いに行く。

 僕は引っ越しが完了したことを書き込む。前のアパートにはもういないから。


 ――了解。十三時頃に行くよ。

 ――わかりました。お待ちしています。


 そうして、スマホをテーブルの上に置いた。

 食後で眠そうな皆に向かって僕は言った。


「明日、僕のお世話になった人が来るんだ。猫の大好きな人だから心配要らないよ」


 にゃ?

 テンチョがお世話になったヒトなの?

 と、チキが首を傾げる。


「うん、そう。いろんなことを教えてもらったんだよ」


 にゃあ。

 それなら失礼のないようにしないとなってハチさんが言ってくれた。


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 明日、野々村店長と皆を引き合わせるのも楽しみだな。

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