◆6-5
とにかく楽しく旅をした。
ただ、誤算は時が経って寒くなったってことだそうだ。
もといた場所から車に乗った頃はとても暑かった。それが段々涼しくなって、気づいたら寒い。風がヒューヒュー冷たい。
ご飯はわりとなんとかなっていたけど、寒いのは困る。寒いと、歩いていても体がピシピシと痛くなる。すぐに足が冷たくなって丸まって自分の熱で暖を取ると、前足も後足も出せないから歩けないって。
いやぁ、困ったよ、あれはって?
まあ、寒いのは人間も嫌いだね。それで?
なんかいいところないかなぁって、休める場所を探したんだそうだ。
こういう時は人間の家がいい。でも、入れてくれるとは限らない。中まで入れてくれなくても、雨風凌げる屋根の下ならまだいいかなって、マサオは目ぼしい家を探し始めた。
マサオは旅をしながらいろんな知識を得た。そのうちのひとつが、『猫ドア』なるものだ。
人間の家の扉は大きくて、人間にしか開け閉めできないけど、そんな大きな扉の下の方に猫専用の出入り口を作ってある家がある。それが猫ドアだ。頭か手で押せば簡単に動く。
――ええと、よそ様の家にお邪魔してたと?
にゃあ。
時々、とのこと。やっぱり図太いなぁ。
最近は家からまったく出てこない箱入り猫が増えているそうだから、猫ドアが外に設置されている家も少ない。マサオは家々をつぶさに見ながらあちこち歩いた。
それで、やっと見つけた。猫ドアには色がついていなくて透き通ったものが多い。マサオは人間用の扉の横に設置された猫ドアをちょいっと押した。
パッコン。
よし、動く。たまに内側で止められていて開かない時がある。それを知らずに頭から入ろうとして痛い思いをしたことがあるんだって。
マサオは試しに頭を突っ込んでみた。入ってすぐにまっすぐに伸びた階段がある。あの下のところで少し休ませてもらおうか。
邪魔するよ、とマサオは心の中で断って中に入った。とりあえず、人間には出くわさなかった。すごくあたたかいということもないけど、外よりはずっとマシだ。
ふぅ、とひと息つくと、マサオは階段下の箱やらなんやらが置かれたところに潜り込んだ。箱の上に乗って丸くなる。
ひと眠りしておこうかなと目を閉じると、かすかな物音がしたそうだ。ヒトが立てる音じゃない。猫だってすぐに気づいた。マサオは逃げることはせず、精一杯愛想を振り撒いた。
にゃっ。
やあ、こんにちは。
悪びれることもなく挨拶をしてきたマサオに、その家の飼い猫は目を丸くした。キジトラのメスだった。
に、にゃ?
え? どこの猫? って戸惑っていたけど、マサオは平然として言った。
にゃ~。
いや、外が寒くってさ。ちょっと休ませてもらおうかと思って。しばらくしたら出ていくからお構いなくって伝えたそうだ。
お構いなくって、あんたねぇ、と呆れられてしまったけど、そのキジトラは人間に知らせるようなことはしなかった。そのまま回れ右をして奥へと戻っていく。どうやら少しくらいなら休ませてくれるつもりらしい。マサオはキジトラに感謝しつつぐっすり眠った。
眠っている間は起こさずにいてくれたらしい。でも、マサオが目覚めてすぐ、キジトラはマサオの目の前で長い尻尾を足に巻きつけて座っていた。
にゃっ。
おはようさん。そう言ってマサオがあくびをすると、キジトラは半眼になりつつも言った。
あんた、野良なんでしょ? お腹空いてるんじゃない? って。
まあ、ずっと寝ていたし空いてはいた。
まあねって答えると、キジトラは自分についてくるように促した。
入り口付近にこのキジトラのためのご飯が用意されていた。茶色のカリカリとした、キャットフードと呼ばれるものだ。
キジトラは顎でそれを指した。
食べていきなさいよ、と。
にゃ?
これ、君のだよね? ってマサオは首を傾げた。
キジトラはうなずく。
そうよ、でもあたしは毎日ご飯をもらってるから、少しくらいいいの。野良のあんたの方が大変でしょって。
それでも、見ず知らずの猫に自分のご飯をあげるなんて、優しい猫だなって思ったそうだ。
マサオは遠慮なく頂くことにした。
カリカリカリカリ。
シロさんの作ったご飯ほどではないにしろ、まあまあ美味しい。味の違う粒が混ざっていて、食べていて飽きない味だ。
にゃあ。
もうすぐ雪が降るかもしれないよ、とキジトラが言った。
雪かぁ。これ以上寒くなるのは嫌だなぁってマサオは食べながら思った。
すると――。
「あっ! コラ――ッ!!」
人間の、俗にいうオバチャンの声がした。
「どこの猫よっ! チャコも何眺めてるの! あんたのご飯でしょうがっ!!」
どうやらこのキジトラの飼い主だ。キジトラはペロリと舌を出す。
マサオは急いでにゃあと言った。
ご馳走さん、ありがとな! って告げると、マサオはまた猫ドアを潜って外へ出た。
外に出ると、風が吹き荒んでいた。中でぬくまったのに、それが瞬時に吹き飛んでしまったような気になったって。
う~ん、寒い。
マサオは体を震わせながら知り合いのいない町を歩いた。
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