◆4-6

「サンゴは本当にハルナさんのことが大好きなんだね?」


 彼女の幸せを願って身を引くほどには好きなんだ。


 にゃぁ。

 大好き。だから、私がいちゃいけないんです。


 そんなに寂しそうに言わないでほしい。

 僕はひとつため息をついた。


「ねえ、サンゴ。君がいなくなって、ハルナさんが本当に幸せになれると思っているの?」


 にゃ……?

 サンゴはびっくりした顔をする。でも、僕は容赦なく言ったんだ。


「結論だけ言うと、なれないよ。君がいなくなって、ハルナさんはもっともっとたくさん泣いているはずだ。夜も眠れなくてご飯も喉を通らなくなっているかもしれない。それくらい心配のし通しだ」


 僕の言葉は、サンゴの耳には痛かったかもしれない。それでも、ここでやめるわけにはいかなかった。だって、僕にはハルナさんの気持ちもよくわかるから。


「サンゴは、本当は怖かったんじゃないのかい? ハルナさんが先輩のためにサンゴを手放すかもしれないって考えたんだろう? ハルナさんからそれを言われてしまう前に、自分の方からサヨナラしたかったんだ」


 すると、サンゴは僕から目をそらしてしょんぼりとうつむいてしまった。小さな声がさらに小さくなる。


 だって、ハルナは先輩のことが大好きだからって?


 それは好きだろう。

 だけど、話を聞いただけでもわかる。ハルナさんはサンゴのことだって大事なんだ。


「駄目だよ。ちゃんと信じてあげなくちゃ。ハルナさんは君と先輩といられるように、どうしたらいいのかをきっと一生懸命に考えてくれるはずだ。最後の最後まで、君はそんなハルナさんにしがみついていてあげなくちゃ。これまで一緒に過ごした絆を投げ出しちゃいけないよ」


 にゃぁ……。

 私だって本音はハルナと別れたくなんてないんですって。


 僕はポケットからスマホを取り出す。その急な行動に猫たちはきょとんとしていた。

 いきなりなんだと思ったかもしれないけど、僕は素早く検索した。


 『迷子猫』『サンゴ』『ハルナ』。このキーワードでヒットする気がした。


 案の定、SNSにはハルナさんらしきアカウントがあった。

 『Haruna』さん、白猫のアイコンがどう見てもサンゴだ。


 そこにはやっぱり、いなくなったサンゴへの想いが溢れていた。



 ――×月×日 8:37

   うちのサンゴが外へ出ちゃった!

   仕事に行かなくちゃいけないし、どうしよう……。

   昼休みにいったん帰って、その時に中へ入れられるといいけど、心配。


 ――×月×日 12:41

   家の近くを探してみるけど、いない。

   あの子、外に出したことないし、他の猫と喧嘩して遠くに逃げたのかも。

   昼休み終わっちゃう。でも、仕事も手につかない……。


 ――×月×日 19:55

   やっぱりいない。

   どこにいるの?

   お願い、早く帰ってきて!


 ――×月×日 21:49

   ××にお住いの皆さん。

   誰か、うちのサンゴを知りませんか?

   真っ白なメス猫です。

   首輪はしていません。

   少し人見知りをします。

   画像を貼りつけておきます。

   見かけたらお知らせください!


 ――×月×日 23:28

   あたしがもっと気をつけて外に出ればこんなことにならなかったのに。

   もしサンゴに何かあったらどうしよう。

   一人でいると悪いことばっかり考えて震えがとまらない。

   車にはねられていたら?

   悪い人に連れ去られてどこかに閉じ込められていたら?

   怪我をして動けなくなっていたら?


   怖い。

   どうしよう。

   サンゴに会いたいよ……。


 ――×月〇日 0:32

   あたしが駄目な飼い主だから、サンゴは愛想を尽かしたのかな?

   いつもさみしい思いをさせてごめんね。


 ――×月〇日 5:11

   サンゴに帰ってきてほしいけど、それは贅沢な願いなのかな?

   会いたいけど、サンゴが無事でいてくれるのなら、会えなくても我慢する。

   だから、どうか無事でいて。

   無事に生きていて。

   お願い……。



 僕はそんなハルナさんの気持ちをサンゴに伝えた。サンゴは耳を下げ、無言でそれを聞いていた。


「この世界にハルナさん以上に君を必要としている相手はいないよ。こんなに優しい人を悲しませちゃ駄目だ。だからね、君は不採用だ」


 にゃぁ……。

 でも、私は帰ってもいいんでしょうか、なんてまだ言ってる。

 僕は苦笑した。


「君だって、この先ずっとハルナさんに会えなくなったら悲しいだろ? 意地を張らずに帰ることだ。いいね?」


 そこでサンゴはようやく素直ににゃあと返事をした。


「それでいいんだ。まあ、君は不採用だけど、でも遊びに来る分には全然かまわないんだよ。それから、困った時は頼ってくれてもいい。これからもハルナさんを大事にね」


 にゃぁ。

 ありがとうって?


「どういたしまして」


 サンゴも誰かに聞いてもらってスッキリしたのかもしれない。表情は最初よりもずいぶんと晴れやかだ。

 さて、まあ、今回は猫スタッフは獲得できなかったけど、人間と猫との絆を確かめられた。そのことはよかったんじゃないかと思う。


 僕はSNSで『Haruna』さんにコメントを残す。


 ――サンゴちゃんは今に帰ってきますよ。

   多分、今日中に。

   そんな気がします。


 なんてね。


 あ、でも、帰り道で何かあってもいけないから、マンションの前まで送っていこうかな。

 感動の再会を見届けたいけど、僕がそれをすると独身女性のストーカーと思われてしまうかも。


 仕方がないから我慢しよう。ただ、見なくたってわかるよ。

 ハルナさんは泣きながらサンゴを迎え入れ、抱き締めてくれるはずだ。



 僕はサンゴに食事を振る舞った。家出してからあんまりちゃんとしたものは食べられなかっただろうから。奥ゆかしいサンゴは遠慮しつつもそれを食べた。


 それから、猫スタッフの皆に留守番をしてもらい、サンゴを連れて夕方頃に家を出る。あんまり早く送っていったんじゃ、ハルナさんはまだ帰ってきていないからね。

 車を出すほど遠くはなさそうだったから、歩いて向かったんだ。サンゴが言う通りに進むと、ピンクの壁の小さなマンションがあった。あれがそうらしい。


「じゃあ、元気でね」


 にゃあ。

 お世話になりましたって。本当に礼儀正しい子だな。


 僕は階段を上がっていくサンゴを見守ると帰路についた。

 それから家に帰るなり、猫スタッフ三匹をまとめて抱き締めた。


 にゃあ!

 いきなりなんだ、とトラさんに怒られてしまった。


「あのさ、僕も皆がいなくなったら悲しいし、捜すからね。ずっと僕といてほしいんだ」


 にゃっ。

 チキはふさふさの尻尾を揺らして答える。どこにもいかないよって。

 にゃあ。

 ハチさんはクールにフッと笑った。まあ、居心地は悪くないからなって。


「ありがとう」


 すると、トラさんが言った。

 そう思うなら、今後、掃除機をかけるのをやめることだなって。

 ……そ、それはちょっと困るよ。



 そして翌日。

 『Haruna』さんのSNSには、愛猫帰還の報告と共に、香箱座りをする真っ白な美猫の画像が貼りつけられていた。


   *To be continued*

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