第3話:魔法

 今魔法を発動した。

 嬉しかった。


 俺は床に置いた本を持ち上げ、続けて読んだ。


「魔法を使うには魔法の杖が必要です。杖がないと魔法は発動できません」


 魔法の杖?でも待てよ。本には魔法の杖が必要だと書いてあるが、さっき俺は素手で……魔法を発動した。


 まさかこの内容は間違っている?

 しかもなんで魔法の杖が必要なことがここに書いてあるのか?

 この組み版も間違っているよ!


 ……まあ。


 次のページを開けた。


「原始以来魔力値は固定されています。魔力値を上昇させたいのならば、魔物を倒して自分のレベルを上げる必要があります」


 レベル……、ゲーム?


 なんだかこれはゲームみたい。

 魔物を倒し、経験値を得る。一定の経験値に到達するとレベルアップする。それの伴い魔力値もアップする。


 俺のこの段落の話に対する理解はこうだ。


 なるほど、さっき体の中に何かが流れていると感じたのは、なんだ、魔力だったのか。


 じゃ、俺の魔力値はどれだけ?


 もし俺の魔力値を測定したら……、そうだ!


 《水玉》を繰り返し発動して、何回発動できるか数えてみよう。

 そして俺の魔力値はどれぐらいかを推定する。


 また本を床に置いた。

 もう一度右手をまっすぐに伸ばした。


「神様、万物に一切の水を与えたまえ!心から誠心誠意に祈る。水属性魔法元素よ、私の呪文に応えなさい。水属性下級魔法 《水玉》発動!」


 前回と同じように手の平に奇妙な丸い模様が現れ、魔力は水のような球体になり、前に向かって飛んでいった。


 よし、成功した。


 続いて三回目を試してみる。

 呪文を詠唱して、三回目も成功した。


 それから四回目。呪文を詠唱して、四回目も成功した。


 そして五回目の呪文を詠唱して、それも成功した。


 魔力は多分そろそろ限界だろう。


 では、六回目。

 呪文を詠唱して、六回目も成功した。


 そして七回目。


「神様、万物に一切の水を与えたまえ。心から誠心誠意……えっ……?」


 どういうことか?


 突然、頭が重くなり、眠たくなった。

 ―――どうして?


 足元がだんだん定まらなくなって、倒れた。

 頭がくらくらし、視線がぼんやりしていった。


 やばい、俺の意識は……。


 眠気をこらえることができない。目を閉じて意識を失ってしまった。



 ✭✭✭✭✭



 目が覚めた。


 周りを見ると書斎にいるようだ。


 何かあったんだ?


 俺が起き上がると突然頭が痛む。


「グスッ……」


 そうだ!思い出した。

 俺は魔法を使って魔力値をカウントしていたが途中で原因もわからず倒れてしまった。


 窓から見ると空は暗く、月が出ていた。

 もう夜だな。


 この時、腹がぐうぐうと鳴った。

 腹が空いた。


 思えば、俺は昼ごはんを食べていなかった。

 早くここを片付けて、夕食を食べに行こう。


 床に置いた本を持ち上げて、本棚に戻した。

 窓を閉じて、椅子を元の所に戻した。


 この書齋はちょっと暗いので、よく見えなかった。


 この世界には電気がなく、すべてろうそくの明かりで部屋を照らす。

 だが、ろうそくは適切な管理をしないと火災が発生しやすい。


 本を戻してから、ドアを開けて書斎を出た。


 今なぜ自分が倒れたのかまだ考えている。


 原因は一体なんだろうか?


「んん……うんん……」


 いくら考えても原因が思いつかなかった。


「ノルス様!」


 誰かが俺の名前を呼んだようだ。

 振り返ると、リリだった。


 リリは慌てているように見え、いきなり走ってきて俺を抱き締めた。


 まずい、彼女の胸!


 とても柔らかくて香りがよい。

 俺の顔はほとんどリリの胸に埋まっている。

 顔を赤らめた。


 頭をもたげ、リリの顔を見て、彼女の涙が俺の顔に落ちた。

 彼女は泣いている。


「ノルス様、あなたがご無事であることが分かり、本当に安心しました」

「どうしたの?俺はちゃんとここにいるじゃないか?」

「ノルス様、お昼は一体どこに行かれました?お屋敷のすべての使用人がノルス様を探しまわりました」

「そっか……」


 これが初めてだ、他人が俺を心配するなんて。


 前世では俺はただ組織に利用される暗殺者であり、每日、生活の隙間で生きる道を求めた。

 組織の中で俺の死活を案ずる者はだれ一人いなかった。

 俺が死んでも組織が悲しむとは思われないんだろう。多分、俺のポストなど、すぐ取って代わる者がいるかな。

 なにしろ、俺は裏切りの疑いがあって殺されたものだから。


 けど、リリの心配顔は俺の心をちょっと感動させた。


「リリ、俺お腹が空いたな」


 リリは涙をふいた。


「はい」


 リリは立ち上がって俺を抱き上げ、食堂に連れていく。


「ノルス様、あなたはお昼どこにいらっしゃいました?」


 どう答えたらいいかな、リリの質問に?

 書斎で魔法を勉強していたということをリリに教えるわけにはいかない。


「秘密だよ」

「秘密……ですか?」

「そう、絶対に言えない秘密」

「ノルス様はやっぱり神秘的ですね」


 リリは笑みを浮かべた。


 だが、一体どういうこと、あれは?なんで俺は倒れてしまったんだ?



 ✭✭✭✭✭



 今は自分の部屋にいる。


 さっき両親が食堂に来て俺の姿を見ると、すぐに俺を抱きしめて大声で泣き叫んだ。

 まったく、ただ魔法の勉強をするためにしばらく行方が分からなくなっただけだ。そんなに泣く必要があったのかい?


 ベッドに入ってもなかなか寝入れなかった。なんで俺は気を失ったのか?

 頭の中で何度も考えたが、それでも答えは得られなかった。


 じゃ、もう一度試してみよう。


 また椅子を窓のところまで押していって、椅子に登り、窓を開けた。


 部屋で気を失っても構わないだろう!


 右手をまっすぐに伸ばした。


 よし、覚悟はできている。


「神様、万物に一切の水を与えたまえ!心から誠心誠意に祈る。水属性魔法元素よ、私の呪文に応えなさい。水属性下級魔法 《水玉》発動!」


 手の平に奇妙な丸い模様が現れ、《水玉》は成功した。


 このまま魔法を続けて六回目まで成功した。


「いよいよだな」


 俺はまだ右手をまっすぐ伸ばしたままで少しも尻込みしていない。


「さあ!神様、万物に一切の水を与えたまえ!心から誠心誠意に祈る。水属性魔法元素よ、私の呪文に応えなさい。水属性下級魔法 《水玉》発動!」


 手の平に奇妙な丸い模様が現れ、魔力は水のような球体になって外に向かって飛んでいく。


 七回目も成功した。

 しかも、気絶しなかった。


 こりゃなにごと?

 俺は六回目の魔法が終わったら倒れるはずだった。でも今回は何も起こらなかった。


 右手を再びまっすぐ伸ばした。


「神様、万物に一切の水を与えたまえ!心から誠心誠意に祈る。水属性魔法元素よ、私の呪文に応えなさい。水属性下級魔法 《水玉》発動!」


 八回目も成功した。


 ……っ。


 なん、なぜ?!


 まさか俺の魔力値が増えたか?

 いいや、でも本は『魔物を倒すだけで、魔力値を増やすことが出来る』と書いてあったのに……。

 もしかしてあの本には間違いがあって、これも間違い?


 本の内容は全然真偽の確認のしようがない。


 俺のこの世界の本に対する信頼度が低くなったけど、まだ少し役に立つと思った。


 他人を支配するような身分となるため、この世界の書籍も参考にしないと。


 間違った内容を正しく修正して、正確な知識を習得する。

 一人で前世と正しい知識を独占し、他人を俺に臣服させてやる。


 これくらいのことで魔力値をアップすることができるとしたら楽なものだ。

 それに、どうせ自分をひと眠らせるだけだ、大丈夫かな。


 右手をまっすぐ伸ばした。


「神様、万物に一切の水を与えたまえ!心から誠心誠意に祈る。水属性魔法元素よ、私の呪文に応えなさい。水属性下級魔法 《水玉》発動!」


 呪文を詠唱した。


 このまま12回目詠唱を続けたら、ベッドの上に倒れてしまった。

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