暗殺者の異世界支配譚

白皇 コスノ

プロローグ:裏切りの疑い

 豪華なホールの中。俺は自分の任務を遂行する準備ができている。

 ―――暗殺。


 俺の暗殺対象は、一人の大富豪だ。


 彼は表面的にはスキンケアを目的とした事業を展開している。だが、実際的には地下組織を使い、麻薬や兵器を売りさばいている。


 現在は南アフリカのケープタウンにいる。

 時間は21時24分だ。


 今ここでパーティーを開いている。

 そしてこのパーティーを主催するのは暗殺したい大富豪だ。


 暗殺するため、俺はここのスタッフに変装した。


 俺は暗殺の初心者じゃなかった。

 すでに多くの人を暗殺したから。

 これまで暗殺の任務を失敗したことはなかった。


 けど……。


「くそっ、あいつだ」


 俺は今ボトルネックに遭ってる。


 あの大富豪の身辺は用心棒達が警護している。


 さっき、食べ物に毒を入れるかどうか考えたが、周りの用心棒達はよくあの大富豪のために毒見をする。


 それでも諦めない。

 俺の辞書に『諦める』という文字はない。だから、機会を見つけて暗殺しなきゃ。


「ノブル、任務の進み具合がどう?」


 無線機から女の声が聞こえた。


 ノブル、俺の暗殺コード。

 でも、俺の本名は久保 悟。


 俺が暗殺に手を染め35年、もう53だ。


 しかし、上司に暗殺を命じられても、俺はなんの感情もなく命令を受け入れているわけじゃない。35年経っても、それは変わらない。

 暗殺対象であっても好き嫌いがある。

 俺は陰でやましいことをする奴だけは躊躇なく暗殺できる。

 けど、暗殺されるだけの理由がはっきりとしない任務では気が進まない。


「まあまあだ。今、ちょっと障害があり……」

「了解」


 女のコード名はエノサだ。本名は不明。

 彼女には何回か会ったことがあるが、それはもうずいぶん前のことで、彼女の印象は少し薄れている。


 エノサは暗殺者たちの指導員だ。正確なデータと情報を与えて、暗殺者たちをサポートしている。


 俺たちはWAOという組織に属している。

 世界でこの組織を知っているものは少ない。

 俺たち暗殺者と依頼者だけは知っている。


 しかし、俺たちはもうたくさんの「懸案」を作った。


 任務はてきぱきと遂行され決して暗殺の痕跡は残さない。

 ―――これは俺たちの鉄則だ。


「ちくしょう、全然暗殺のチャンスがない」

「早くね。さもないと、パーティーは終わってしまうわ」

「わかっているさ」


 パーティーの終了時間は22時だと覚えてる。

 腕時計を見て、あと21分だ。


 ならば、遠距離から暗殺するしかない。


 別の部屋に忍び込み、俺の仕事着に着替えた。

 予備の狙撃銃を取り上げた。

 マガジンをつけた。


 そして、カバンに入れる。


 この任務の事前準備として建物の下調べは十分にしてあったので、迷うことはなかった。


 計画したルートによって、裏口から外へ出た。


「高いところを見つけなきゃ」


 高いだけでなく、正門が見える場所だ。


 パーティーが終わったら、目標は正門から出てくるに違いない。


 周りを見て……あった。


 あるビルに目をつけた。


「あそこでいいだろう」


 そのビルに行く。


「ノブル、どうしたの?なぜ外に出たの?」

「遠距離から狙撃したいだけだ」

「了解。じゃ、あんたが出てきた東北の方角にビルがある」

「ありがとうな。俺はちょうどお前が教えてくれたビルに向かっている」


 ビルに到着して周りを見回した。

 裏口を見つけたが、監視カメラがある。


「破壞しなければ……」


 監視カメラの視界を避けて、コートの中のはさみを取り出した。

 これは有線監視カメラだからコードを切っていいはずだ。


 はさみ・ユーティリティナイフ・匕首などは暗殺者にとって不可欠なものだ。


「よし」


 監視カメラをうまく無力化できたものの、この建物の中にはまだあるかも。

 気をつけなきゃ。


 そっとドアを開けた。

 よく見ると、やはりあった。


 一つだけだった。俺の真上だ。

 幸いに俺の立ち位置は死角になっていた。


 監視カメラを無力化するにはコツがある。一見しただけでは起動しているように見えるようにしなければならない。

 俺には決まった安息地などなく、世界を流離う身だ。

 そのために、他の暗殺者以上に用心深い。ドジは踏まない。


 万が一に備えて、この監視カメラは徹底的に破壊したほうがいいだろうか。


 入った後、右に曲がると非常階段だった。


 非常階段を上って、屋上に上がった。


 距離も計算した。

 彼らが俺の居場所に気づくとしても、俺はすでにここを離れることができる。


 俺はカバンの中の狙撃銃Tac-50を取り出した。


 Tac-50は手動回転式スナイパーライフルだ。

 暗殺なら、ショートリコイルより手動回転式の対物ライフルのほうがいい。


 遠距離で射撃するので高精準を目的として、一発で目標を死亡させる。

 したがって、手動回転式の対物ライフルはより良い選択だ。


 銃身の先端にサプレッサーをつけた。


 銃をセットした。


 あとは獲物の出現を待つこと。


 スコープで正門を見つめる。


「やっと見えた」


 暗殺対象を捉えた。


 即死させるために射撃する部位は―――脳幹。

 脳幹が損傷したらほとんど助かることはない。


 脳幹に回復不可能な障害が生じると、脳死となる。

 脳死とは、脳幹を含む、脳全体の機能が失われた状態だ。

 脳死とともに心臓の鼓動・呼吸・循環などなどが全部止まってしまう。植物狀態とは違う。


 俺は暗殺したいやつの脳幹を狙っている。

 そして引き金を引く。


 弾丸が目標に向かって飛んでいく。

 ―――命中する。


 暗殺目標が倒れた。


「任務完成し……」


 突然、胸に激しい痛みが走った。

 そして、脱力し倒れた。


 何が起こった?


 手は湿っていて、何かの液体に触れたらしい。

 よく見ると、血だ。


 なに!?


 どうやら、俺自身も狙撃されたようだ。


 でも、なぜ?なぜ俺が狙撃されたのか?!

 まっ、まさか、彼らは俺を見つけた?

 いいや、不可能だ!

 彼らが俺を見つけ狙撃したとしても、こんなにも早くはできないはずだ。


 俺はどうして自分が狙撃されたのかまったく分からない。


 今の状況を組織に報告しないと。


「エっ、エノサ、おっ、俺も狙撃されてしまった」

「―――はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ」


 ―――!?


 エノサは突然怪しげな笑い声を立てた。


「あんたも狙撃されたようね」

「なにっ……」

「いいか、これは組織の上層部からの命令よ。その命令はあんたを殺せということ」


 組織の上層部が俺を殺したい?


「なっ、なぜっ、なぜ組織の上層部が俺を殺そうとするんだ?」

「ふっふん、だって、あんたには裏切りの疑いがあるんだもの」


 裏切りの疑いがある?

 俺は組織に対して忠誠心を持ち、絶対裏切らない。


「組織に忠実なのに。なっ、なぜ俺に裏切りの疑いがあるのか?」

「そのことはあんた自身がよくわかっているでしょ?」


 自分でよくわかっている?

 いくら考えても思い出せない。


「おっ、思い出せない」

「……まあいいわ、理由を教えても構わないでしょう。あんた組織の上層部からの命令を断ることがあったわよね。組織はあんたに裏切りの疑いを持ち始めたのよ。それに時間が経つにつれて、あんたは命令を断ることが多くなったので、組織の上層部はあんたを抹殺したいと思うようになったわけ。上層部はあんたが組織のためにどれだけ多くの人を暗殺してきたかを思案するようになったの。今になってやっとあんたの口を閉ざせるのよ」

「ハっ?」


 組織がそんな理由で俺を殺そうとは思わなかった。

 ―――くそっ!


「ねえ、ねえ、あんた今とっても苦しいでしょ?」


 ちくしょう、このビッチ。


「ちょっと待ってあんたを楽にさせてあげるね」

「ふん、まっ、まさか俺をもう一度狙撃するのか?おっ、俺の死体がここで発見されたら、警察は『これは誰の死体か』と不審に思い、搜査を始めるぞ。おっ、お前は組織のことを調べられるのを恐れないのか?」

「違うわ。その心配は全然ないのよ」

「どっ、どういう意味だ?」

「それはとても簡単なこと。なぜなら、ノブルあんたは孤児でしょう?それに世界を流浪していたでしょ。だから、ノブルの本当の身元を調べるのは難しいのよ。そしてあんたが耳につけているこのトランシーバーには爆発装置がセットされているのよ」

「なん、なに!?」

「びっくりしたでしょ?はっ、はっ、はっ……」

「……っ」


 ちくしょう!ちくしょうー!

 拳を握りしめた。


 俺は一生組織に身を捧げ、組織のために命がけで働いてきたのに、その見返りは裏切りの疑いなんて。

 くそっ!


「私が爆発装置を起動させたら、あんたの体は粉々になり、組織を追及することは到底かなわないことになるというわけ」


 さすが組織か!やり方が実に徹底的だ。


「じゃ、さようなら!」


『バン』と音がした。

 爆発装置が起動した。


 目の前が真っ白になった。

 俺の人生はこれで終わりだ。


 悔しい、とても悔しい。


 来世は他人のために命がけで働くのではなく、他人が俺のために命がけで働くような身分になりたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る