宝物庫

一野 蕾

1.【鳥】


 苛立ちと共にプリントの上に消しゴムを滑らせた。


 美的センスに欠ける型崩れした灰色の文字が削れる。

 消しカスがやたら細かく散って転がった。何度上下に滑らせても文字の残滓ざんしは満足に消えてくれない。


 胸の奥にくすぶるような小さなわずらわしさを昇華するように、ただ無心になって消しゴムを往復する。


 散り散りになった消しカスが一方向に寝返り打つ──不意に脳内でピンと糸が張り詰める感覚に見舞われた。例えるのならピアノ線のような、極細くて、けれど確かな糸の。


 真っ白なプリントを背景に広がる鉛色の小さなゴムの塊が、まるで夕焼けのただ中を飛んでいく鳥の群れのように見えた。

 灼熱の炎の内側にちらついた柔らかなオレンジ色に、鳥のシルエットが色濃く際立っている。その遠くの羽ばたきすら捉えられる。羽はバラバラに動くのに、群れは一個体となって同じ方向に去っていく。黒い鳥は茜色のキャンパスを破り、上空の気流を捕まえ遥か先へ──そして私の頭の中へと帰ってくる。


 白昼の教室の授業中、そんな情景が目の前をかすめた。

 次の瞬間には、私自身の手によって消しカスは机の端に払われ、文字の跡もなくなった。

 鳥はいなくなった。最初からそこにいなかったのだ。






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