第5話 『わからせ』てやるか

 通常の人間であれば、その存在すら気づけないほどの超スピード。

 なんなら音速を超えたときに出る衝撃波、ソニックブームのパン! パン! という破裂音すら聞こえてきたほどだ。

 ま、通常の人間であれば絶対に見切れない攻撃なのだが。


 残念だったな、この俺は通常の人間ではない。


 俺の目は確実に黒い影のスピードを捉えていた。

 うん、カルアとリチェラッテには見えてないだろうが、俺にはその姿がはっきりと見えているぞ。


 ケルベロスと呼ばれる、地獄の番犬。

 真っ黒な犬の身体に、三つの首。

 大きさは普通の犬どころではない、しっぽまで含めると全長五メートルはあろうかという巨体だ。

 そいつが、音速で俺に突っ込んできたのだ。

 まあ俺にしてみれば幼児が投げたビニールボールくらいのスピードにしか見えない。

 ひょい、とよける。

 ケルベロスは空中で静止するとその場で急ターンをかまし、またもや俺に突っ込んでくるが、今度は俺はその動きに合わせて背中の刀を抜き、その足を狙って横凪ぎに払った。


「きゃうーーーーん!!」


 情けない声をだして四肢を切り落とされ、血を噴出させるケルベロス。

 俺はそいつに向かってさらに刀を上段に構える。

 ケルベロスが三つの首から苦し紛れに炎のブレスを吐くが、そいつを最小限の動きでよけると、俺は刀を思い切り振り下ろした。

真ん中の首の頭頂部から真っ二つになるケルベロス。

残った二つの首が、


「ぎゃうーーーん!」


 と悲痛な声を上げるが、残念ながら俺はモンスターに同情するような脳みそは持ち合わせていない。

 刀をシュッ、シュッ、と二度振ると、残りの首が今度は顎のあたりから水平方向に真っ二つになった。

 うん、これで終わり。

 俺は改めてドラゴンナイトの少女に向き直る。


「やるのか? 別に降伏してもかまわんぞ。やるなら秒で殺す」

「はははははっ! この私をだれだと思っている! 魔王様の末娘にして魔王軍の魔族少将、アルティーナであるぞ!」


 おおっと、こいつ、魔王の娘だってか?

 ふむ、はっきりいって瞬殺で八つ裂きにしてやろうと思ったが、それなら話は別だ。

 利用価値がある。


「ふはは、行くぞ!」


 ドラゴンを駆り、俺に向かって槍のような武器、ランスを掲げて俺に突っ込んでくるアルティーナ。

 ふむ、魔族少将といってもこんなもんか、動きがのろい。

 やろうと思えばすぐに首を刎ねられるけども、魔王の娘を殺したとなると今後手練手管の外交戦略をするにあたっての選択肢が少なくなるかもしれん。

 利用価値がある可能性が存在するうちは、生かしておいてやるか。


「てやぁ!!」


 まずは軽く飛び蹴りをアルティーナにかましてやる。

 本気でやると死んでしまうので、手加減してやった。

 それでもアルティーナはドラゴンの背中から派手に吹っ飛んでいく。

 俺はまずドラゴンの翼を刀で斬り落とした。

 地面に墜落していくドラゴン。

 アルティーナはなんとか空中で態勢をたてなおそうとしている、なるほどさすが魔族少将、別にドラゴンに乗らなくても空を飛べるらしい、よく見ると羽もはえているしな。

 だがこの俺の前では無意味。


忍忍にんにん! 蜘蛛糸の術!」


 俺はアルティーナに向かって手の平から蜘蛛のようなねばつく糸の網を出現させた。

 アルティーナはそれをランスで振り払おうとするが、そのランス自体に糸がからみついていく。


「な、な……? なんだこれ、くそ、くそ!」


 もがけばもがくほど蜘蛛の糸がアルティーナに巻き付いていき……。

 ついには完全にぐるぐる巻きになってしまって地面にどさりと落ちた。

 ついでにドラゴンも同じように蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにしてやる。


「おい、これを外せ! くそ!」

「ぐがっ! ぐおぉぉ!」


 アルティーナと彼女の乗っていたドラゴンは大声を出すが、この糸は俺が術を解かない限りは絶対に切れないぞ。


「うそでしょ……? 何度も何度も屈強な戦士たちが挑んでは負けてきたドラゴンナイトをこんなに簡単に拘束するなんて……。信じられない!」


 カルアの驚きの声、


「すごいすごいすごい、やっぱりすごい! えっへっへっへー、魔族少将、これからお前はママになるのだー!! やったやったやった! ひゃははははは!! おもしろーい! ざまあみろーっ! あははははははははははははは」


 目に涙を浮かべて爆笑しているリチェラッテ。

 俺は簀巻きにされている彼女に言う。


「さて、魔族少将アルティーナよ。降伏しろ。城を開城し、人間……いや、俺に対して服従しろ」

「馬鹿かお前は! そんなことするわけないだろ! くそ、これを外せ! くそ! 殺せ! 殺せ! 私を殺せ!」


 目を血走らせてそう言うアルティーナ。


「うーん、しょうがないなあ。『わからせ』てやるか」


 俺は糸でぐるぐる巻きにされて身動きひとつとれないアルティーナに近づいていき、


ふん!」


 と刀を一閃した。

 するとアルティーナの右腕から血が噴き出した。




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