③夕方
「えーと、夕方のママロボットは・・・」
あたしがベッドの中で、今日一日調べたことをノートにまとめている時だった。
『ミユキ』
「きゃーっ!!」
突然、ふわっと掛け布団をまくられたあたしは、悲鳴を上げた。
ママロボットだ。
のっぺりした白い顔に、青いハテナマークが浮かんでいる。
『すみません。驚かせてしまいましたね』
「う、うん……」
『体調はどうですか?』
自動音声でそう尋ねながら、ママロボットのたくさんある手は、あたしの額に触って熱をはかったり、喉の腫れを確かめたり、西日のまぶしいカーテンを閉めたり、せわしなく動いている。
『体温、心拍数、血圧、すべて規定値です。顔色も問題ありません』
そりゃ、仮病だもの。
あたしはコホコホとわざとらしく咳をしてごまかした。
「うーん。一日ベッドで横になっていたから、ちょっとは良くなったけど」
『???』
ママロボットの顔に大きな赤いハテナマークが浮かぶ。
『そういった記録は確認できません。ミユキは《ベッドで横になって》はおらず、今日はずっとわたしを追跡していました』
「うっ……」
『ミユキ、嘘をつくのは善くないことです』
ママロボットにはバレていたらしい。
別に声も顔も怒っていないのに(そもそも顔がない)、接近した状態でカチャカチャと手を鳴らされると、落ち着かない気分になる。
「……はい、ごめんなさい」
しぶしぶ謝ると、ママロボットはコンマ五秒で『はい、いいですよ』と明るく返した。
会話の流れもなにもない。
ただ、子どもに謝られたらそう返すようにプログラムされているだけだ。
その証拠に、ママロボットはあたしがなぜ嘘をついたのか、仮病を使ってまでズル休みをしたのか追及してこない。
こんなポンコツの、どこが完璧なママなんだろう?
あたしの体に異常がないとわかったママロボットは、夕食の準備を手伝うよう提案した。
と言っても、料理はママロボットの担当だ。あたしはテーブルに人数分の食器を用意したりすればいい。
「ママロボットさぁ」
食堂へ向かう道すがら、あたしは耐えきれなくなって言った。
「本当は、あたしのことなんかどうだっていいんでしょ」
『えぇ?』
聞き返してくるこの声は、施設で暮らしていれば、耳にタコができるほど聞くことになる。
子どもが意味のわからない冗談や相談ごとを持ち込むと、ママ・ロボットはこの声を出すのだ。
言っても仕方ないとわかってはいても、あたしは言わずにはいられなかった。
「ママロボットは、誰のことも特別に思わないんでしょ? それって誰にも興味ないってことだ。今ここにいるのがあたしでなくたってかまわないし、あ、あたしが学校を休んだって、施設を抜けだしてもう二度と帰ってこなくたって、きっと……」
『ミユキ』
ママロボットは音もなくその場に静止した。
あたしもつられて立ち止まる。ママロボットに、そんなことないって、嘘でも言ってほしかったからだ。
たぶん、仮病を使っているうちに、本当に具合が悪くなってしまったんだろう。あたしは無性に悲しくて仕方なかった。
ママロボットは『ミユキ』と、もう一度あたしを呼んだ。
いかにも合成音声っぽい耳障りな声だ。その表現が正しいかはわからないけど、きっとこれがママロボットの地声なのだと思う。
夕日が差し込む廊下で、ママロボットは言った。
『ミユキはいなくなったりしません。わたしはミユキのことなら、なんでもわかるんですよ』
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