命を奪うたびに生え際が後退する聖剣

低田出なお

呪われた男

 真実を知って、俺の信心は腐り堕ちた。

「おめでとうございます、マスベル!」

 嬉しそうに拍手をする教主様の声は、どうしようもなく稚拙に聞こえる。数秒前まであんなに高尚で、偉大に見えたその顔は、もう自分を嘲笑っているようにしか認識できなかった。

 敬虔なテスロス教徒たちの集う聖ロップロール教会で、俺は数百年封じられてきた聖剣を引き抜いていた。

 手の中の剣を持ち上げ、黒い刀身に反射する虚ろな自分の顔を見ながら、引き抜く瞬間に頭の中で響いた声を反復する。

『我が名はオームウォート、奪いし命を、貴様の頭髪と共に天へ連れていく者なり』

 クソだった。

 言うに事欠いてこのなまくらは、俺の毛根をさも当然のように人質に取って来たのだ。

 これが魔物の作り出した武装品というのであれば、俺の心はここまで荒まなかった。むしろ、その卑劣な効能に殺意を泡立つほど燃やしたことだろう。

 だが、現実はそうではない。

 俺が引き抜いたのは、教会に古くから封印されてきた伝説の聖剣、オームウォートなのだ。

 テスロス教徒たちが信じる、神の残した豪壮なる力。その聖剣が、これなのだ。

 ふざけるなよ。

 そう心から叫びたかった。

 俺の信仰心は、反転したかのように怒りと苛立ちへと変わる。

 心の底からテスロスを愛する熱心な教徒なら、この剣の強いる理不尽も受け入れられるのだろう。魔を打ち滅ぼす役目を与えられたとして胸を張り、文字通り全てを打ち捨てて戦うことだろう。

 しかし、俺はそれほど信仰深い教徒ではない。両親が信仰がそのまま横滑りして入信した、ありふれた教徒である。毎日に礼拝に、決められた食事。小さな習慣や埋葬方法など、周りと同じようにうっすらとしたしきたりを守るだけだ。

 由来も知ってはいるし、尊いものだと思ってはいるが、今の俺にはそれを愛せなくなっていた。

「さあマスベル! 早速旅の用意をしましょう!」

 俺の心の内など知らない神父様は、にこやかに微笑む。本当に、心の底から俺が聖剣を引き抜いた事を喜んでいる表情が、箒で粗雑に掃くように俺の心を引っ掻いてきた。

 でも、だからといって、この剣を手放すことは出来ない。

 こうして剣を抜けるものを探しているのは、現に魔物たちがその数を増やし、着々と侵攻を始めているからに他ならない。今はまだ大きな被害になってはいないが、いずれその脅威は世界中に及ぶことだろう。それを食い止めるため、訓練を積んだ教徒たちから剣に選ばれるものを探しているのだ。

 そして、俺はそれを抜いてしまった。

 聖剣に選ばれた以上、もう俺はこの剣の使い手とならざるを得ない。今更「今のちょっとなしで」と剣を戻すなんてことは出来ない。テスロス教徒として、魔物たちと戦う責任が発生している。

「…?」

 神父様が、返事はおろか剣を引き抜いても喜ばない俺の様子を見て、不思議そうに小首を傾げた。

 俺は取り繕うように必死に笑みを浮かべ、教主様の方へ向く。

「兜をお願いできますか。頭をすっぽり覆えるものを」

 口から出た言葉は、自分でも意外なほどはっきりとした口調だった。


 

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