おかえり少女。ただいま死神。

成瀬イサ

第1話

 101人目は心臓を突き刺した。


 大動脈は続々と紅を絞り出す。やがて絶命するその瞳に映るのは、悲しみか恨みか、それとも安堵か。

 そんなことは一度死んだ者にしか分からない。

 確かなことは、今俺は生きているということと、殺せば人は死ぬということだけ。


 1人目を殺したのは7歳のとき。

 虐待が日常と化していた家庭だった。

 ほんの出来心で、気が付けば母の腹を切り裂いていた。


 貧困の絶えないスラムで生まれた俺は、生まれた時からこうなる運命だったのかもしれない。

 生きるために、ありとあらゆる方法で命を絶やしていった。


 そんな生活が、もうすぐで7年だ。

 14になった俺は、いつからか『死神』と呼ばれるようになり、やがて殺し屋としてその腕を買われるようになった。


 国会の要人の暗殺――それが今日の依頼。

 潜入は不自然なほど滞りなく進み、ターゲットは数メートル先に一人で歩いている。


 102人目は銃殺。

 俺は右手に携えたハンドガンの引き金に指をかけ――。


「はいストーップ」


 ――たところで、突然背後から現れた女に右腕を掴まれた。


 俺は即座に左手で、腰にもう一本携えていたナイフを取り出し、女にめがけて突き刺す。

 はずだった。

 俺の左腕はいともたやすく女に捕らえられた。


「ちょっとちょっと、危ないなあ」


 女はそう言うと、俺の右腕を思い切り引っ張って、身体を床に叩きつけた。


「ぐっ……!!」


 7年。

 積み上げてきた経験も、スキルも、すべてこの女より劣っているのだと思い知らされた。


「……放せ」


 語気を強めてそう言うも、俺は自らの敗北と、そしてこれから迎える自分の死を悟っていた。

 最後にこの両目が映したものは、どうやらツラの良い女らしい。あかね色のポニーテールがやけに似合っている。

 女は何か言いたげだった。

 頬を伝う汗を感じながら、黙ってその様子を見ていると、女はやがて口を開き、


「え、ウソ。意外と幼いんだね!」


 俺の顔を見ながら目を輝かせて、そんなどうでもいいことを吐いた。


「キミ、何歳?」


 これから死ぬヤツの歳なんて知って、いったい何の得があるというのだろうか。


「……14だ」

「どっひゃあ!! じゅ、じゅうよん!?」


 瞳を輝かせ、しかしその中には慈しみも含んでいるような表情を浮かべて、女は大いに驚いていた。

 どうしてそんなに興味を向けられているのか、さっぱりだった。


 油断している隙に、掴まれた手を振り払うことを試みたが、なかなかどうして女の手はびくともしない。

 手練れであることはすぐに分かった。


「なんで、殺しをするの?」


 女は訊ねた。

 なぜ、と問われても、それはもう、生まれた時からそうなると決まっていたようなもので、言うなれば――。


「――それでしか生きる方法を知らないからだ」


 これに尽きる。

 答えたのち女は微笑を浮かべ、しかしながらその奥には哀愁のようなものを漂わせていた。


「……キミ、私と一緒に暮らそうよ」


 思考が止まった。


「は?」


 この女の正体が何なのかは微塵も知らないが、少なからずこいつは俺の敵、もしかすると政府の護衛人かもしれない。

 そんな奴がとるべき行動は、普通、刑務所に突き出すなり、俺だったらその場で即刻殺す。そのはずだ。


 だから、この訳の分からない提案に、俺は顔をひねらせて無言で居続けるしかなかった。


「あははっ。そんな警戒しないでよ~! 身寄りのないキミを保護するだけだって~!」


 保護、といいつつ尋問やら人体実験やらされそうだ。

 俺はその警戒を解くことなく、なおも眉をひそめたままだった。


「……行かない。放せ」


 思い切り腕を引いて、手を振り払おうとすると、突如として首に大きな衝撃が走った。


「うッ――!?」


 視界が歪み、暗くなっていく。どうやら女になにか攻撃をくらったようだ。


「ま、キミに選択権は無いんだけどねっ」


 微笑。

 崩れないその女の顔が、気を失う前に見た最後の光景だった。

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