明晰夢

飴。

あの日の朝

はじめに、この小説はクトゥルフ神話を元に、・独自の解釈・オリジナルの神話生物等の要素を含みます。それをご了承いただける方のみこの先にお進み下さい。




僕の時間は止まっている気がする。

高校生になってできることは増えて、将来の"選択"の時も近くなってきた。なのに僕は未だに何も決められずにいる。ただ、誰だってそんな"時"は進んでいて、きっかけひとつで"時間"は動き出す。僕、初野ういの 行路ゆきみちの話をしよう。



朝になってベッドから出られず横になっていると下の階から母に呼ばれる。

「ゆっちゃん!起きてー!遅刻するよー!」

在り来りなセリフによくある朝だったため、いつものようにさっさと準備をして自転車で学校に向かう。そんな代わり映え無い朝だったが、今日は、道の途中のあるものに思わず目を惹かれた。


……犬だ。それは柴犬で真っ白な身体に毛並みは整っていて可愛らしく、リードが付けられていたがどこにも繋がれていなかった。車道や歩道をぐるぐると回り、行き場を無くして困っているようにも思えた。僕は動けなかった。迷子の犬を見たら助けなければならないと道徳の授業で何度も習った。しかし、その具体的な方法や助け方なんてものは、一度も習わなかったからだ。どうすればいいのか分からない。この気持ちはこのまま通り過ぎてしまえば明日には忘れるような簡単な事に思える。ただ、僕にはそんな度胸すらも、何もかもを持ち合わせていなかった。


そうやって眺めていると、一人の色白な女子高生が犬に話しかけた。「大丈夫?どうしたの?」僕はほっとしてその場を立ち去ろうとした。しかし今度は、僕の方を向いて「あの、迷子の犬がいた時ってどうしたらいいのでしょうか」僕にも分からない。でもそんなことよりも、方法が分からなくても、助けようと思えるその度胸に惹かれるものを感じた。僕はすぐにスマホで調べて彼女にこう言った。

「多分、警察に連絡すれば保護してくれるみたいですね…ところで、あの、名前を聞いてもいいですか?」

彼女は快く自身がみさき 結菜ゆいなであることを教えてくれた。

僕はさらに訊ねる。

「あの、岬さんはなんで方法も分からないのに犬を助けようと行動できたんですか?」

「んー、この犬が可哀想だったから…かな?」

僕は彼女の度胸が助けようという気持ちの強さだけではないような気がした。その後もそんな思春期トークを続け、しばらくして警察が到着した。


「迷子犬の保護という話で通報をもらったんだけど、この犬で間違いないかな?」

ガタイのいい渋めのイケおじが自転車から身を乗り出し僕らに話しかけてきた。

「はい、ここら辺をさまよっていたのですが飼い主が見当たらなかったので…」

僕がそう言うと警察の人が少し微笑んで「ありがとう。この後は警察が預かることになるんだけど3ヶ月の間に飼い主を見つけなければならなくてね。だからその報告も兼ねてどちらかの連絡先を教えてもらえると助かるんだが」ふと横にいる彼女を見ると、カバンを確認したあとで驚いた表情でこちらを見て、「どうしよう。家にスマホ置いてきちゃって電話番号とかわかんない!」と言った。そんな高校生いるのだろうか、そう思い仕方なく自分の番号を伝えようとする。あ、そういえば僕も覚えていなかった。そして少し焦った表情をしながらスマホで確認した。


その後、警察は犬を連れて行き、彼女に犬のその後が気になるからと言われ、電話番号を書いた紙を彼女に手渡した。そして学校には遅刻して行った。


教室に入ろうとした瞬間、美術部の顧問の先生に呼び止められた。そういえば今日は朝早くに部活のミーティングがある日だった。惜しくも教室に入れず、特に大事な話だったらしく、1時間目の授業が終わるまで長々と怒られ続けた。やっと休み時間になり席に座るも、何人かに「中にまで聞こえてたぞ」と言われ、笑われた。

「やらかしたわー笑」

と軽く返して次の時間の準備をする。しかし、突然抗えないほどの睡魔が僕を襲い、そのまま眠りについた。


「やらかした…」

僕はそう思った。だが、周囲が静まり返っていることに違和感を覚えた。起き上がってみると、月明かりの差し込む真っ暗な教室に一人、取り残されていた。



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