コンプレックス

白野椿己

コンプレックス

売り言葉に買い言葉だった。

言うつもりもなかった文字が口から滑り落ち、ジェットコースターのように過激に相手に突っ込む。

くしゃりと悲痛にゆがむ彼女の顔を見て、しまったと左拳を握る。

その思いとは裏腹に発射し続ける言葉は、やがて弾丸となって彼女を何度も撃ち抜いた。


ボロボロと溢れる涙に息を飲んで、なんとか落ち着こうと空気を吐き出す。

最低、と言い残して彼女は部屋から出ていった。



「あーもう、大人げないだろ・・・!」



子供みたいにギャーギャー反論するなよ、僕はこれで何回目だ。

プライドが邪魔をして彼女を傷つけているのは分かってるのに。

数年前までは、俺は悪くないとふんぞり返っていたからマシになったか。

いや、自分の非を認めていれば何をしてもいい訳じゃないよな。


ボスンとリビングのソファに座り込み、深い深いため息をつきながら沈み込んだ。

俺は結局なーんにも成長していない。

優秀な彼女より僕の方が優れているんだと見せたい、そんな小中学生みたいな中身でずっと止まってるんだ。


彼女は気持ちが落ち着くまではそっとしておいて欲しいタイプ。

だいたい2時間くらいか。いやあれだけキツイ言葉を浴びせて、はたして2時間で気がすむだろうか。

だからと言ってしばらく外に出るのも違うよな。


・・・アイツの好きなケーキを買ってくるとか?

そんなご機嫌取りですむと思っているのか、と余計怒らせるかもしれない。

というか、そういう失敗が何度かあるしな。

彼女が欲しいのは謝罪と誠意だ、言葉だ、誤魔化すんじゃあない。



「・・・・・・アイツが出てったらどうしよう」



2年前の事が頭によぎる。

あの時も同じように些細なキッカケから口論になって、酷い言葉をたくさん並べて責め立ててしまった。

自分が正しい、彼女は間違っている。

本気でそう信じていたから謝る気もなく、そのうち向こうから謝ってくると高を括っていた。

でも、彼女はその日のうちに荷物をまとめて家を飛び出し、1週間たっても帰って来なかった。

流石にマズイと気付いた僕は友達に連絡した。



『お前の方が悪いだろ、ちゃんと謝れ』



そこで初めて、自分にも非があった事に気が付いた。

話を聞いてもらうほど、自分の駄目な部分がわんさか見えてきて、彼女に甘えきっていたのがよく分かった。

向こうに多少の非はあれど、そもそもの原因は僕だ。

もう二度と家に戻ってこないかもしれない。

そう思った瞬間、頭が真っ白になった。

涙で天井が霞む。


僕の方が忙しくて帰りが遅いとか、僕の方が稼いでいるとか。

そんな薄っぺらい理由で大きい顔をして、プライドだけはバカみたいに高くて。

その分彼女が家の事をしてくれているのは当然なのに、何にも分かっていなかった。

彼女は何でもできるから・・・。

こんな僕でも、認めて欲しくて。



「あー、もう!情けない、それでも男か!!」



バチンと両頬を叩く。

彼女が荷造りして家から出ていく前に謝る、それしかない。

勢いよく部屋の扉を開けると、玄関に母さんが立っていた。

マイバックを僕に突き出しニヤリと笑う。



「ナイスタイミングじゃない、これ」

「ごめん、今はそれどころじゃないんだ!」

「はぁ?アンタまた何かやらかしたの?」

「アイツに謝らないと」



ガタン、と階段の方から音がして母さんから視線を動かす。

バックを持った彼女が階段を降りきったところだった。

すぐに駆け寄り彼女の両肩を掴む。



「僕が悪かった!思ってもない事まで勢い任せで言っちゃったんだよ」

「・・・でも、本当はどこかで思ってたことじゃないの?」

「違う、ただ」

「ただ?」

「甘えてただけだ。それでも許してくれるって、でも」



彼女の右手が、肩を掴む僕の右手に触れた。

眉をハの字にして、目に涙をいっぱい溜めて、なんとかこぼれないようにして笑っていた。

思わず抱き締めた。



「ごめん!本当にたくさん感謝してるんだ!僕が全部悪い、だから出て行くのだけは」

「ううん、もういいの。私も言い過ぎたし・・・これくらいじゃ出て行かないよ」

「本当に?」

「当たり前でしょ、ふふ」

「良かったぁ」



母さんが無言で近付いてきて、僕と彼女の頭に一発ずつげんこつをお見舞いする。




「アンタ等ねぇ、いちいち姉弟喧嘩ごときで毎回騒ぐんじゃないよ!大学生にもなって抱き合って、恥ずかしいったりゃありゃしない!」




母さんがため息交じりに声を荒げた。

昔からこうだ、僕達の喧嘩をいつも白い目で見ている。

母さんと父さんはほとんど喧嘩しないから僕達の気持ちが分からないんだろう。



「ごときじゃないだろ母さん、また出て行っちゃったらどうするんだよ!」

「そうよ、このまま顔も合わせられなくて疎遠になったかもしれないじゃない!」

「離婚騒動みたいなこと言って、ちょっと家出しただけでしょう。そう言うことはせめて実家を出て行ってから言いなさい。2人とも出ていったって構やしないんだから!」

「「つめたーい」」

「フン。ほら、2人とも今日はバイトでしょ?準備してさっさと行きなさい」

「姉ちゃん何時から?」

「18時」

「僕のが少し遅いしバイト先まで送るよ」

「本当?やった~、今日はいつもより頑張れそう!」

「まったく・・・いい加減そのブラコンとシスコンなんとかしなさいよ!!」



母さんの嘆きにハイハイと適当に相槌を打ってヘラヘラと笑っておいた。

ちょっと周りの兄弟姉妹より仲は良いかもしれないけど、仲が良くて悪いことなんて無いっていうのに。

これが、僕達のコンプレックスだ。

勿論僕達は一切気にしていない。



「あら今日は11月22日いい夫婦の日。フン、はた迷惑な姉弟だよ」

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コンプレックス 白野椿己 @Tsubaki_kuran0

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