第2話

 私のはにっかり青江あおえ。て、なんて名前を付けてくれるのかねぇ。

私は今、丸亀まるがめ市立資料館で眠っている。何故眠っているかというと一年に三十日程しか外に出して貰えないからだ。もっともその場以外に旅をする機会もあるが・・・・・・。

 しかも私は元の姿ではない。造られたときは長い太刀たちだったが今は脇差しの長さまでりあげられている。何故そうなったのかはその時の人間に聞いて欲しい。 


 さて、今回は何故私がこのような名前になったのかをお教えしよう。時は戦国、六角義賢ろっかくよしかたに仕えていたこま丹後守という者が使っておった時に起こった出来事が原因だ。


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 「こま殿。そなたの持つ太刀たちを見せていただけまいか?」

 

 六角家の重臣であるこまは同僚に声を掛けられた。

 自分が持つ青江貞次あおえさだつぐ作刀の太刀はその美しさと斬れ味で視る者を魅了する。


「ああ、良いですよ。いつになさいますか? 今日の昼は所用があって今夜以降になりますが・・・・・・」


 こまの言葉に同僚は時間を作ってまた連絡すると伝えてきた。この言葉は大体今夜だ。それは今までで体験済みのことだった。


「今日はわたくしの部屋に詰めておりますので夕刻までにご連絡を」

 

 そう返事を返すと了解の旨の返事が返る。こまはそのままの格好で自分の部屋へと歩いて行った。


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 夕刻近くになり使いの者がやってくる。

 今回は声を掛けた者、その他に数名が自らの秘蔵の物を持って訪れるということだ。こまも骨董や刀、書画などは嫌いではない。

最近は茶道具にもはまっている。


「うん、今回の集まりは期待できそうだ」

 

 こまは自分の持つ太刀を抜き、様々な角度から眺めてみる。

ほぼまっすぐに伸びた刃紋。何者でも斬ってしまいそうな身幅みはば。下品ではない大切っ先おおぎっさき。そして身を形成する詰んだはがね

 実に美しい。この二尺五寸の太刀はこまにとって何物にも代えがたい物だ。

 何度か他の物と交換したい、また金を詰まれたこともある。正直買った時よりも多い金を詰まれたこともあった。主家や他国の大名も接触してくることがある。それでも私は頑なに断っていた。

 最近は誰も、何も言って来なくなった。ただ先程のように【見せて欲しい】と言ってくるだけだ。

 正直面倒になることもあるが、それはそれ、相手方も心得た物で自分の家にある様々な物を持ってくるようになった。

 そう考えながら夕刻、その日の処理を終えて私は集まりのある家へと向かった。

 

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「本日はようこそおいで下さいました」

 

 先程話しかけてきた武士の家へ着くと丁寧に迎え入れられた。先に食事を取り、それから鑑賞を始めるようだ。こまが居間へ着くと既に数人が待っていた。


こま殿、遅いではないか」

 

 先程の武士がにこりと笑う。

既に食事の準備は済んでおり、後はこまと焼き物待ちのようだった。

 

「申し訳ない。浅井といつ戦が起こってもおかしくはないのでな」

 

 それはその場の者、皆が承知している話だ。それに三好家との戦もある。軍務を調整する者達はかての確保、乾飯ほしいい芋蔓縄いもづるなわの作成、人集め、訓練、諜報ちょうほうの精査など多岐に渡る仕事をこなしていた。

六角家の者達はかなり忙しいのだ。

 私が到着してすぐに焼き物が出てくる。全員で出てきた食事を摘まんでいると一人の者が質問をしてきた。剛勇で有名な侍大将だ。


「そういえば狛殿。その青江あおえ作の太刀で何か斬ったことはあるのか?」

 

 何気ない質問。

 これに食事の場は【しん】と静まりかえった。誰もが返事を待つ。そうこの質問をしたのはこの者が初めてだった。


「ああ、これでは何も斬った事は無いなぁ」

 

 こまは鹿肉を食いながら青江あおえの刀を見る。

そう、どれだけ美しくても太刀たち太刀たち。戦場で使って、人を斬って始めてその存在が生きる。それが戦国のことわりだ。


「そうか、まだうぶか・・・・・・」

 

 なにやら期待するかのような侍大将の目。

 こまは手を水で洗い、拭き、太刀を抜く。そして髪の毛を一本引き抜いた。青江あおえ太刀たちの刃に向かい髪を落とす。細い髪の毛はふらふらと落ちてゆき太刀たちの刃に触れた。そのまま真っ二つに斬れ、更に落ちてゆく髪の毛をその場にいる全員が唖然として見つめていた。誰も声を上げない。

 暫くして一人の者が声を上げた。

 

「・・・・・・すばらしい。実にすばらしい物だ」

 

 その言葉に全員がまた話し始める。それは青江の太刀を褒める言葉だった。

こまは太刀を鞘の中にしまい、また食事を再開する。鑑賞は後だ。それから暫く食事は続き、鑑賞会となった。

 


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