16 蛮寇北国編5話:勝利条件・1章終了

 軍団が起き上がる。

 先の戦場の死者、先の戦の死者。墓場から這い上がる父も祖父も曾祖父達も。

 白骨へなるための無駄は灰になって落ち、靱帯巻き付く姿が戦士の副葬品を手にする。朽ちた刃毀れは再石化で埋まる。

 死神より授けられた黒の甲冑、王冠が鋳付けられた兜を被る王配、イストル陛下のご親征。

 その乗騎、灰色の幽火を内臓代わりに抱える装甲する白骨軍馬。その轡を取るのは、謝罪の自刃にて己を捧げた前宰相ガルフリーの、密かに自慢していた赤髭も落ちた白骨姿である。

 死神の奇跡。この不死軍団と王配の武装も引き出した。

 神官共がにわかに呼び出そうとした白骨戦士と比べようも無い。戦神の魔法封じにも抗えよう。

 特に一二神の中でお忙しいとされる死神、御力の大判振る舞いである。


■■■


――このまま王都を攻撃するべきだろうか

 との意見が生き残ったオーク戦士の口から出た。当然の疑問である。

 テュガオズゴン氏族、男女総出でフレースラントへ討ち入り。初めの決戦を勝利で飾るも被害甚大。負傷者だらけで一〇〇〇名弱しか生き残らなかった。武具の破損も著しい。

 これでは大都市王都の防衛を破るのには心許なさ過ぎる。

 しかし戦を回避するのは武勇ではない。

 だがしかし城壁城門を前に矢達磨、石打ち、油に糞塗れでは武勇ではない。

――戦乙女殿が門を開けば、後はひたすら

――おっさんが言うのを思い出すとね、私が主役になって一番の功績あげるみたいなのはダメだって

――戦乙女殿の武勇を誇るわけではないと。我等の武勇でなくてはならんと。我等ならば良いのなら、ここの人間共が言う東の者達を引き込み、我等が主導すれば!?

――じゃあそれ

――我等が古王国復古まで至らば!?

――そういうのはお任せ

 そういうことになった。

 フレースラントの決戦後、重傷者から落伍していく強行軍にてテュガオズゴン氏族の軍勢、東関門の裏側に迫った。

 北の横断山脈から南の、およそギムゼンの名で朧気に呼称される山地までは広い。森林湖沼に岩山河川が大自然の流れにそって散在。

 フレースラント一国の力でそこへ隙間も無く、蛮寇遮る長城など築けようも無い。

 だがおよそ人が軍勢となって進軍するには大量に荷物が必要になる。人の手か獣の足か台の車輪か、とにかく整った道が無ければ進むだけで疲労し尽くす。

 道標が無ければ迷い、真っすぐ進むことすら叶わない。そもそも道無き道は遠回り。

 大自然の恵みなど固まった軍勢を養うには痩せ、毒が多過ぎる。

 蛮族は文明らしい文明を持たぬが所詮は人型の枠内。自然の猛威に対して鳥獣より鈍重。

 古くから流血だけではない東西交流があり、自然と足で踏み固められてきた街道がある。そこを横断し、周辺にある自然の要害に向かって長城が伸びる。もし天神の目をお借り出来れば寸足らずにしか見えない壁と塔の組み合わせが見えるだろう。

 東関門。巡らした水濠の底には杭が剣山になって立つ。蜥蜴でも無ければ登攀不能な城壁と、連なる塔には狭間と石落。それもこれも東に向いて、西には無い。蛮族にとっての西関門とならぬよう、奪還を容易とするため敢えて裏は弱くなっていた。

 丸太に手を加えた程度の破城槌も不要。関門町、門兼砦の常用扉を破る程度なら掛矢とオークの腕一本で十分。

 武具の割り振りを簡単に済ませ、また盾持ちを先頭に突撃すべしとしたところ、声が掛かる。

「(待たれい)」

 背後から耳にはわずか、頭の内には良く響く異常な、神懸かりの声がテュガオズゴン氏族の軍勢に掛かった。

 頭の内には声以上の情報が伝わる。皆、スカーリーフ含め、その者が世に言う、神々の御力を受けて尋常ではなくなった半神半人であると認識した。

 無視出来ない。させない。

 振り返れば重装甲の黒騎士が単騎、馬蹄の音も忍びやかに踏む草を粉塵に変える。馬甲冑の隙間から灰色の揺らめき。

 軍団も連れぬ一騎駆け。これに武勇を感じてしまえば、それで死なんとする者達を殊更釘付けにした。

 王配イストルは兜の面帽を開け、その青白を越えて黒めいている血の通わぬ顔を見せて騎兵長剣を立てる。

「馬上より失礼! このフルードの息子イストル、フヴァルクの生まれ、フレースラント女王ヘレヤの王配。戦乙女、その見習い、スカーリーフ殿に一騎討ちを申し込む」

 今や半神半人、蹴飛ばして遊ぶだけのガキではない。

 スカーリーフはみぞおちに右手の平、腰に左手の甲を当てて目を閉じて顎首は動かさず腰だけを若干前に曲げる。滅多にしない、正しいエルフの礼法。

「太祖”ドラゴン殺し”ザグマの子たる、高祖”川越え”フミル旗の千戸、武宗”短慮”ベギルガレンの子孫、”脳削り”エダハートの孫、”魔物食い”サビーニルの子、”千人斬り”スカギ。またの使徒号、戦乙女その見習いスカーリーフ。以前と違う真の戦士であることを願う」

 イストルの拍車、伽藍洞を打つような音。右手に騎兵長剣を、刺突の構えにして騎馬突撃。

 スカーリーフ、待ち構える。衝突直前になってその身、胸の中心を相手の剣先に合わせる。避けず、当たりに。

 イストルにはまさかの心臓を晒す行い。搦め手か何か分からないものへ咄嗟の基点も利かず、正直に突き刺した。

 捻った。貫いたのは胸ではなく寸で掲げられた盾で、巻きの勢いで手首関節が外される。

 スカーリーフには分かる。こいつの技は進歩していない。ただ、同時に外しにいった肩は多少捻った程度で繋がっており、身体は常人ではないらしい。

「アルイーシュのギーデル!」

 極光の輝きが戦乙女の身体から漏れ、召喚。

 フレースラントの名人、斧槍で伽藍洞の軍馬に足払い、転倒させる。頭から突っ込み首を折りながら転がった。

 吹っ飛んだ騎手、慣れぬ造りの甲冑で受け身も取れず首を折って真横に頭頂部を向けながら立ち上がった。

 名人ギーデル、軍馬甲冑の隙間から舌を伸ばしていた灰色の火炎を受けて仮初の身体を灰にされて極光の輝きに戻る。

 スカーリーフは距離を取って様子見の戦いを志向。投石紐に剣の柄を絡めてからの鞭技。

 死神甲冑の隙間はほぼ無い。鎖帷子で補完せず、良く滑り合う板金蛇腹。風や水、折れ曲がる薄紙なら差し込めるかもしれない。

 唯一の隙間は面帽、視界確保の目の位置横一線。そこへ変則軌道、素人には生き物のように独りでに、動いたような剣先が目元を切って圧縮綿に触れるような手応え。返り血、何がしかの体液、脂も刃に残らなかった。

 折れた首、裂かれた目でもイストルは、骨格の不自由に戸惑いながらも決闘相手から目を離さない顔の動き。

 変わらず木偶の坊。真っ当に相手する価値はあるのかと疑問は過るが、まだ死神の力を大いに揮っているようには見えない。この程度でなかろうと期待がある。

「ヴェスタアレンのメクシアン!」

 次の召喚。ヴェスタアレンの老騎士、盾を構えて歩み寄って、イストルの姿勢が崩れた剣撃を難なく盾で打ち払い、先程切り裂かれた目へ剣を突き入れる。手応えあり、埋め込まれた剣身の深さは容易に後頭部の裏まで突いて脳を削る。

 だが倒れない。イストルは老騎士の甲冑を左で掴んで逃がさず引き込み、外れた手首の右拳で滅多打ち。兜が歪んだメクシアンは極光の輝きに戻る。

 精彩を欠くが膂力は一等級。

 騎士二人が簡単な相撲を取っている内に背後に回ったスカーリーフは、手斧で持ってイストルの頭を滅多打ち。

 振り返ろうと、抗おうと身体の向きを変えようとするイストルの体捌きは全て、エルフの長い指が後ろから喉を締め上げ引き繰り、何もさせない。

「フヴァルクのフルンツ!」

 次の召喚。フヴァルクの盗賊倍給兵、獣人。

「悪いなイストル!」

 スカーリーフは手斧を手放し、イストルの兜の面帽を引き上げながらその顔を真上に向かせ、膝裏を踏み蹴って跪かせる。

 死せる館の戦士フルンツは異母弟の口へ向かい、助走と飛び跳ね、走力に全体重を重ねての両手剣串刺し。喉奥へ大道芸のように押し込んだ。

 常人なら幾多の臓器に無数の致命傷を刻まれ、仮に即死せずとも動けなくなるはずが、さっと抜かれた短剣が異母兄の顎下に突き入れられて極光の輝きへ戻る。

 二本目の曲がらぬ背骨を得たイストル、不格好な上に更に不細工な仕草で自ら転がってスカーリーフの掴む手から逃れる。ちょっとした力比べなら勝てた。

 ”滅多打たれ”のイストル、無理矢理動かされている人形のように見える。死人は殺せないと言われるが。

 神の力宿し神器たる甲冑、こちらも死人なのかどうなのか、神経が鈍いようで今になって蠢き出し、外れた手首、折れた首を鳴らしながら強引に矯正治療。見世物芸になっている両手剣は刺されている本人が抜き取った。

「まだ」

「はーん……」

 槍の一刺し。イストルの眼窩から奥へ達し、捻り穂先が外れて抜かれる。

「まだ」

「……あっそう」

 脳内に一鉄残るもまだ口が利ける。

 上級者ぶって口を開いたスカーリーフだが、あのような甲冑が相手。神器を破壊する業物が手元に無くて口惜しい。ここにドラゴンの牙彫刻武器があったらどう壊せるか興味が湧くところ。

 決闘が終わりを見せなくなってくる。無限に壊しても直るようだし、時間が掛かり、オーク達も暇をしてそうだ。

 何か、頭の中の口うるさいエリクディスが注意喚起をしているような気もした。

 しかしこの楽器、玩具はまだまだ楽しい。他に壊せるところが無いか試してみたい。

 どうにか甲冑の隙間を見つけて槍の穂先を捻じ込み、動かぬ人形のようにしてもみたい。

 手斧を鎚のように振るってキンコンカン。


■■■


 良き参謀を欠いたツケの支払い時が来た。頭の中の口うるさいエリクディスが、馬鹿者、と言う。

 武勇を誇って死ぬと決断して、死に方は迷えど結果死ぬことに迷いは無かったはずのテュガオズゴンのオーク達が悲鳴すら上げた。

 予兆もほぼ無い奇襲、気付いたら直する横撃。逃げては武勇ならぬと避ける動作も封じて固くなり、見物客よろしく密集していたのが更に悪い。

 骨の大顎がオークの巨体も装備も嚙み潰して、隙間から千切れて落ちる。頭の横振り、肉の塊を薙ぎ倒す。その骨身から溢れる幽火に触れては骨だけ残って灰が落ちる。

 牛より大きい、幌付き馬車の背丈。地獄より召喚されし番犬が二頭、死に際の一太刀に傷も付かずに走る。

 二頭が牽く黒い戦車が走る。車輪も同様、傷も付かずに巨体と装備を轢き潰す。車軸同期の長鎌が取りこぼしの腰、大腿を削ぎ抉り両断。腸を巻く。

 乗車するのは王配に似た甲冑を纏う女王ヘレヤ。細腕が投じる投げ矢は、多少先を間違えようと射止める先に転向、次々と一〇人は容易に貫いて手元へ戻る。

 勇敢な戦士が戦車に飛び乗ろうとしても、女王の大鎌が水でも切るように両断。

 戦闘などという表現は実態を欠く。虐殺。

 全く神通力に頼り切った戦いはかえって怖ろしい。

 死神からの祝福を最も受けし女王は戦神の御意向など気にする必要は無い。あの神が好む武勇や決闘など尊重する必要が無い。

 半神半人同士の一騎討ちなど無視し、武人の浪漫など面白がりもしない。

 東関門を破りに行けば良かったオーク達への、わざわざ不死王配の滅多打ちを神妙に眺めていた間抜けへの返報。

 知恵無き暴力の何と効率の悪いことか。振り下ろせたはずの拳すら上げられていない。

 疲れ知らずの不死軍団と共に、白骨馬の馬車に乗って来た魔法使いエリクディスも、常人には辛い揺れで到着。顔色を悪くしながら声を張り上げる。

「降伏せい!」

「は!? おっさんそっち!?」

「これ以上は与せん。使者である!」

「これって何よ!」

「宰相の相談に乗った!」

 エルフの殺法とオークの武勇はまるで異なる。

 狩猟での逃げは恥ではない。不利と見て引かぬは間抜けなのだ。

「これで勝ったと思うなよ!」

 旗手たる戦乙女の逃走。

 それを追おうとする犬戦車の前に、捨て身で両手を広げて立ち塞がるエリクディス。

 半神とて半人。危機から国を救った恩人を轢殺出来ず、番犬は急停止、車体は四半円の横滑り。

「どういう真似ですか」

「このエリクディスがフレースラントより、スカーリーフからの、今この脅威を真に取り除いてみせましょう」

「……分かりました」

 女王ヘレヤ、その魔法使いの胆力を前にただ従った。疑問は抱いても反論が全く思い浮かばない。雰囲気が、考えさせてくれ、などと言えるものでもなかった。

 彼女は特別に、場が怒涛の勢いで流れる中で最適解を導き出せる程には頭が回らない。可憐な、元はほぼ箱入りのお嬢さんである。

 間も無く、テュガオズゴン氏族の男女がもれなく不死軍団に殺戮される。決して最期の一人となっても逃げず降伏せず、族長チャルカンも撃剣の渦中で雑兵等しく埋没して、今や見分けも付かない。


■■■


 獲物の視覚、聴覚、嗅覚から隠れて一方的に命を奪いに来る狩猟者の追跡は並々ならぬもの。それが出来るスカーリーフ一人の潜伏を、この広大な世界から見つけ出してどうにかするというのは相当な労苦である。奇跡でどうにかするとしても、戦神の加護下にあれば早々危害も加えられない。

 不死の軍団を用いてこの世の隅々まで不休の捜索、という手があったが叶わなかった。

 死神の居眠り、と言われる現象がある。突如、その御力がぱたりと途絶えること。オーク蛮族の全死を確認した直後、それと思われる現象が起きた。

 白骨の戦士達、突如規律を失ってゆっくりふらつくだけになる。案山子以下、ふわりと互いにぶつかり合って骨と武具が絡み合い、無様に転がってゴミ山になる。

 王配イストル、女王ヘレヤが白痴のようになることはなかったが、白骨の軍馬と番犬はお座りをし、まるで命令を待つかのようにするが全く聞く耳を持たなくなる。

 この戦場跡にて確認されたのはこの程度。唯一世界大陸中、死神の力を借りて何か作業がされているところも動きが止まっているだろう。

 本当に居眠りをされているのか死神に尋ねるのは不敬である。寝ているのか起きろ、などと祈祷術で問える者、神学に造詣あるなら死んでもいない。下々は黙ってそれを受け入れるべきなのだ。

 突如、完全武装のまま何も出来なくなったような女王夫妻。まるで世界から取り残されたように手持無沙汰になる。半死の超人となった二人だが、およそ為政者どころか人格も未熟。見たことも無い骨とオークの死体の山を前に、まるで白痴の如き。どうしていいか分からない。

「かの者を火急どうにかせねばならぬのでこれにてご免。まずは、東関門の代官に頼るがよろしかろうと存じます。ガルフリー殿が最も重要な拠点に配した者ならば頼れましょう」

 と、エリクディスは断りを入れ、貴人礼もそこそこにその場を去った。

 王配イストルは、何とその三角帽子の背中に声を掛けようかと迷い、今はもう敵か敵の協力者か味方か何なのか定まらなかった。言葉が出ない。

 とりあえず、動いている姿をほぼ初めてみた妻君相手にどう接すれば良いかと混乱。言葉が少し出る。

「えっと、どうしましょうか?」

「失礼ですが、どなたでしょう? 名の有る半神とお見受けしますが、登殿されていない方まではあまり存じ上げておりませんので。外国の方なら……」

 仲人もいない。


■■■


 一度忍んで下着、履き物を川で洗濯。臭いを確かめた後、歩いている内に乾くだろうとギムゼン山道を北から、エリクディスが登る。

 要らぬ衝突を回避するため、死神由来の便利な力には頼らない。後腐れも避けるため生ける馬も借りず、荷役も雇わず徒歩で進んだ。杖が頼り。

 見当はついている。オークの軍勢の中に一人、欠けて然るべき者がいる。

 一度休んで、海を見ながら癒した関節に再び鞭を打ち、峠を越え、放牧小屋を訪ねた。

 テュガオズゴン氏族最後の生き残り、族長の名を継ぐならばチャルカン、その前ならば、ちび、坊や、などなど。少年は鍋で山羊の内臓を煮ながら、汗を流して鉄大剣でひたすら素振りに勤しんでいる。

「出陣せんかったな、一粒種よ」

「種雄一人残ればいつでも復興出来ると父が言っていました。まだ弱い、小さい」

「まこと、その通りよ。強者となって、幾らでも妻を取ればよい。命中が良ければ五年で一〇〇〇でも可能だぞ」

「一〇〇〇?」

「それだけの女子を囲える雄となるには並々ならぬがな。素振りは何回せいと?」

「スカーリーフが、一日三〇〇〇」

「それはたまげた回数だ。ワシが若くても一日が潰れて一日で潰れるのう。さて、我等の戦乙女見習いはどこへ行ったかな」

「この前食っていった」

「ふむ。闇雲に探す足はワシにはないし、坊に探しに行ってくれと頼む筋合いも無い。少し厄介に、良いかな?」

「うん」

「ではお言葉に甘えよう」

 小屋でエリクディスは宿営を始める。出来るだけ屋内に入らぬよう、焚火の辺りで姿を晒し続ける。

 朝、昼、晩。寝ず番はせず、代わりに杖を目印に置いて、高地での雨風吹き曝しは堪えるので屋根の下で寝る。

 ある日、エリクディスは匂いを山間部に広げるよう、あえて強風の日に肉を焼いた。

 それから船上で鍛えた遠視の技は敢えて使わず、風に煽られる火を見つめ続ける。

 野獣を追うのは追える技がある者だけ。要らぬ視線は警戒を呼ぶ。凡人がするべきは誘き出しだ。

「おっさんどんだけ焼いてんの?」

 腹を空かせた対象がノコノコとやって来た。折角の衣装も埃で汚れている。

「お前さんの分もある」

「毒?」

「そんなことするか。そもそも効くのか?」

 エリクディス、短刀で肉の焼けた表面を削り取って口にする。毒は無い。

「で? 何よおっさん」

「負けは負け、戦は終いじゃ。次行くぞい」

 スカーリーフ、槍の石突きで地面を叩く。戦意を滾らせて睨む。

「私の戦争は終わっていない!」

「お前さんのでないわ、勘違いするな。テュガオズゴン氏族の武勇、発揮できる限界まで発揮した。名を忘れられるような有様でなかろう。次は坊をどうにかせんとな。族長より預かったんじゃろ、弟子にな。責任を持て、神命ではなくとも運命であるぞ」

 二人のやり取りを小屋の中で、薄っすら聞いていた最後のオークが出て来る。己の話題になったため。

「奴等をぶっ殺してから!」

「死なん者をぶっ殺すなど戯けたこと抜かすでない。終わりじゃ終わり。復讐は筋違いもいいところ。たとえ道理であったとしても戦乙女の仕事でないわ」

「いやだ!」

「坊が落ち着いとるのにお前さんがそれでどうするんじゃ? 導かれし勇者は尽く倒れた。戦いは終わりだ」

 エリクディスが、こっち来て座れ、と少年に手招き。道理はそちらにあると分かって招きに従った。二対一。

「何年かけても群れの端からぶっ殺す! 骨以外死体にする」

「ほう、見当違いの復讐者にでもなるか。死神から呪われ、地獄でこの世の終わりまで虜囚の骨になる覚悟があるのか? 戦神も愚行に呆れられれば助けなどせんぞ」

「勝つ!」

 神の御名を出してさえその態度、年長者の声が張る。

「戦乙女は殺戮者でも戦士でもないわいこのド阿保! 何遍も言うたろうが!」

「うっさいうっさいうっさい!」

「聞け」

「うっせぇアホ!」

「お前さんが逃げ出したあの戦車、誰が止めたか聞いてみるか?」

「うるっ!? あっ、ぐぇ……ハゲ!」

 スカーリーフ、遂にエリクディスの目を睨めなくなった。己に出来ぬことを献身的にされたと察すれば。

「はあ、やれやれ。そうじゃなあスカちゃんよ、負けと言ったのが悪かったな。一騎討ちでは勝ったではないか」

「殺してない」

「不死のイストル卿を殺すことなど出来はしないのだ。そもそも正しい審判下せる仲介人不在で決闘についてどうのと、まとまらん話を悔いても仕方が無い」

「むー」

「それで、お前さんにとって国との勝敗など何になろう? 何になるか教えてくれ」

「負け、敗北宣言」

「フレースラントから、いと強きスカーリーフ様、お見逸れいたしました、などと言わせて嬉しいか。生ける者全て殺した後で? 一人残して一筆でも書かせてからか?」

「じゃあ金」

「賠償金? それで何が出来る」

「あの……私の武器探すとかなんとか、いるでしょ、金」

「金だけじゃあの半神、戦車をどうこうする神器かその如き業物は手に入らんのう。ワシなら見当がついてるんじゃがなぁ。でも復讐に走るっていうのならどうしようもないのう。次に同じような相手が来ても負けるだけじゃ。負けのケチがついた戦乙女見習いなんぞ誰が望むのか聞いてみたいのう」

「うるせえよハゲ」

 スカーリーフ、肉を焼く焚火を囲んだ。

「ほれ食え」

 エリクディスは切り分けた肉を更に持って面倒臭い女に差し出した。自棄食いの勢い。

「喧嘩終わった?」

「そんなもんしとらんわ」

 年長の魔法使い、己より背の高い少年の、やや伸びてきたイガグリ頭をざらざらと撫でた。辮髪を結うまでしばらく。


■■■


 一行、少年を加えた三人はフレースラントに行けば面倒有りと、ギムゼンの山道を下ってヴェスタアレン領へと戻った。

 一連の騒動の決着も見ぬような状況、半端なところで抜け出して良かったのか? 女王夫妻への挨拶は?

 これが放浪人の特権。責任が無い、とまで言わずとも、保護されぬ代わりに根付く義理も無い。

――スカーリーフからの、今この脅威を真に取り除いてみせましょう

 その宣言を履行したと手紙を送れば良い。直接手渡しする必要は無い。無礼とは思われるかもしれない。

 山道を下り始めた時から地震が絶えなくなった。

 神々は様々な大計を巡らせていると言われているが、死神は唯一世界大陸中から”冥府”への回廊を繋げるための水脈を欲していると大昔から、誰かの口を初めに言われている。大量の水が動くヴェスタアレンの大湖へと、地の底から御手を加えられているのやもしれない。

 何の為かなど、小人に知る由も無い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神話の冒険者エリクディス さっと/sat_Buttoimars @sat_marunaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ