- 愛しの我が家
「ふんふーん♪」
夕方。
足取り軽く、にこにことした笑顔で帰り道を歩く春之助。
しばし進むと、我が家が見えてくる。築二十年と少しの若干くたびれた感じのある建物。だが今の春之助にはきらきらと輝く御殿に見えていた。
「たっだいまー!」
扉を開けて元気よくただいまの挨拶をする春之助。
「あら、おかえり」
出迎えたのはちょうど廊下を歩いていた春子。春之助は渋ーい顔をした。「なんだい、何か文句あんのかい」と春子が睨んでくる。
「あっ、お兄さま。お帰りなさい」
ふと、階段の上から鈴を転がすような声。春之助の表情がぱああっと明るく変わる。
「やあ茉理ちゃん! お兄様が帰ったよー。寂しくなかったかい? 意地悪な
「まあ、お兄さまったら。うふふ」
階段を降りつつ、くすくすと口元をおさえて笑う茉理。冗談だと思っているのだろう。春之助もつられて「あはは」と笑う。なお、そのイジワル継母は春之助の変わりっぷりに呆れている様子。
「そうだ。お土産だよー。コレ、笹本屋のケーキ」
続いて春之助は左手に持ったケーキをアピール。帰りに少しだけ寄り道をして買ってきたのだ。
「えっ、いいんですか……?」
「茉理ちゃん、この間食べてみたいって言ってたでしょ? 一緒に食べよう」
「……! お兄さま、ありがとう!」
茉理が駆け寄って抱きついてきた。「ハッハッハ! こらこらはしたないぞ茉理ちゃん」とデレデレとする春之助。お高いお土産を買ってきたかいがあった。
春之助は内心名残惜しく思いつつも「座ってて」と言い、台所に向かう。そしてお皿にケーキを乗せ、カップにコーヒーを淹れてケーキセットを二つ用意。リビングに持っていく。
「あっ。私がやりましたのに」
「ハッハッハ! いいからいいから。さ、食べて食べて」
「ありがとうお兄さま。えへへ、おいしそう。お兄さま、頂きます」
ローテーブルをかこんで座り、ぱくりと控えめにケーキを口に運ぶ茉理。
「どうだった?」
「美味しいです……! お兄さま、ありがとう!」
春之助の問いかけに、きらきらとした表情で返事をする茉理。無邪気な美少女の笑顔。その笑顔を春之助はウフフと嬉しそうに見つめた。
あのお見合いの後。
再婚の手続きを終え、家族となった理人と茉理は春之助の家に引っ越し。共に暮らすようになっていた。
それから起こったのは夢のような日々。可愛らしい茉理と一緒に暮らし、兄と慕われる。これほどに幸せな事は無い。おやつやお小遣いが減るなどの理由で兄弟が欲しいと思う事は一切無かった春之助だが、相手が美少女なら別であった。茉理という容姿も性格も可愛い美少女なら。
そうしてしばらくし、ケーキを食べ終えた茉理。何やらじーっと春之助のケーキを見つめていた。
彼女の姿を見た春之助はピーンと来る。
「食べていいよ。俺の分も」
「えっ? けど、お兄さまの……」
「いいんだいいんだ。幸せそうな茉理ちゃんを見るだけで俺は幸せなんだ」
にこにことしながらケーキを譲る春之助。瞬間、茉理が「クッ……!」と口元を抑えながら下を向いた。何だろうと首をかしげる春之助。
「あ、その……。い、いいんですか?」
「もちろん。さ、召し上がれ」
「あ、ありがとうお兄さま」
ちょっぴり何かを我慢しているような様子の茉理。まるで笑いをこらえているような。きっと嬉しくて仕方ないのだろう。何て素直で可愛らしい妹なんだ。春之助は再び幸せそうな笑みを浮かべる。
「そうだ茉理ちゃん。この間、欲しい服があるって言ってたよね?」
「え? あ、はい」
「週末一緒に見に行こう。買ってあげるよー」
春之助がにこにことしながら提案。当然のように「え、でも……悪いです」と遠慮してくる茉理であるが、春之助は「いいからいいから。お兄様に任せなさい」と押し切る。再び下を向き、ぷるぷると震えだす茉理。
「茉理ちゃん? どうかしたの?」
「ッ……! い、いえ、う、嬉しいですお兄さま」
よく分からない反応を不思議に思う春之助。しかし茉理はすぐさま顔を上げ、頬を赤くしつつ笑顔で返答してきた。どうやら照れていたらしい。
その可愛らしい姿に春之助は「ハッハッハ! そうかいそうかい!」とデレデレとしつつ後ろ頭をかいた。近くで「ぶふっ」と噴き出したような声が聞こえたが、今の春之助の頭には入らない。可愛い妹とのデートが決まり、嬉しくて仕方ないのだ。
「ただいまー」
ふと、玄関から男の声。理人が帰ってきたようだ。「あっ、お父さま」と茉理はすぐさま立ち上がり、玄関へ小走りで去っていった。何故か口元をおさえたまま。
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