第14話-① 王妃主催のお茶会

 

「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」


 本宮のサロンには、すでに大勢の貴婦人が集まっていた。大きな円卓を囲うように座っており、真ん中にルゼットがいた。彼女はウェンディを冷たく見据え、口の端だけ持ち上げた。


「よく参ったな。早く朗読を始めてくれ」

「は、はい。もちろんでございます」


 ウェンディは頭を下げて、テーブルに向かう。けれど、どの椅子もすでに使われていてウェンディが座れる席が見つからない。すると、貴婦人たちはくすくすと嘲笑し始め、そのうちのひとりがサロンの壁際を指差した。


「あなたの席は――あっちよ、あっち」

「…………」


 つまり、壁際に立ったまま物語を語れということだ。第3王子妃という地位が認められながら、座ることも許されないとは。けれど、ウェンディは不満を一切出さずににこりと微笑んだ。


「――分かりました」


 言われた通りに壁際に立って、持ってきた本の朗読を開始する。しかし、誰ひとりとして、ウェンディの話に耳を傾ける者はいなかった。まるでウェンディがいないかのように無視している。


「それでね、うちの主人ったら――」

「へぇ……そうなの。大変ねぇ」


 お茶を飲みお菓子を食べ、ウェンディを空気のように扱いながら自分たちだけで談話をたのしんでいる。3時間ほど経ち、とうとう一冊を読み終わってしまい、朗読を止める。すると、それまでウェンディのことを無視していたルゼットが紅茶のカップを片手にこちらを睨みつけた。


「まだやめてよいとは言っておらぬぞ」

「…………」


 3時間も立ちっぱなしで足が痛む。口の中もからからなのに、水さえ飲ませてくれない。しかしここで逃げたら、根性がなく礼儀知らずな妃だと馬鹿にされるだけ。


(もう本は読み終わってしまった。……どうしよう)


 しばらく悩んでから、出窓に視線を向けた。離宮が視界に入り、イーサンのことを思い出す。そっと本を出窓に置いてから顔を上け、疲れを感じさせない笑顔を湛えてテーブルに近づき、ひとりの女性に話しかける。


「ご夫人、あなたはどのような物語が好きですか?」

「え……私? 知らないわよ、そんなの」

「私実は、恋の話を作るのが得意なんです。それは、王女と奴隷の身分違いの恋でも、婚約者がいる幼馴染の非恋でも、それから遠国から嫁いできた姫君と冷酷な皇帝の初恋でも」

「…………」


 すると彼女の瞳に好奇心が写った。先ほど朗読をしているとき、彼女は時折こちらに興味を示していた。彼女は少しだけ悩んだあと、唇を開く。


「別に興味ないけど、強いて言えば……騎士の話、とか?」

「騎士! 分かります! 冷徹な女騎士と、忠義尽くす騎士。女主人は若くして家族を亡くし、家督を守るために主人になることを余儀なくされた。女だからと舐められないように振舞っているけど、それを騎士だけが見抜いていて……。彼女が唯一少女らしい一面を見せるのは騎士の前だけ。――ではそちらのあなた」


「わ、私?」


 ウェンディはその隣に座る女性に視線を移す。彼女はいぶかしげな表情を浮かべた。


「ヒーローの騎士はどんな男性に設定しましょうか。どのような殿方を魅力的に思いますか? 身長は? 体格は? 目鼻立ちに口調、性格、……なんでも構いません」

「……うちの主人が若いとき、長い髪を後ろに束ねていたのだけれどそれがとても格好よかったわ」

「素敵です! 女性のような艶やかで絹のような髪……。妖艶な雰囲気の男性を思い浮かべました」


 次々に女性たちに話しかけ、僅かな情報をメモしていき物語を作るヒントを得る。貴婦人たちは興味がないふりをしながらも、ウェンディのペースに飲み込まれていった。

 ウェンディは頭の中で構成を練り、手帳を懐にしまって――パンッと手を叩く。


「それでは、皆様のためだけの特別なお話を語りましょう。冷徹な女主人と麗しい騎士の献身。――その数奇な運命を知るのは、ここにおられるあなた方だけです」


 すると、貴婦人たちの目つきが変わった。


(私は何十回、何百回と物語を人に語ってきたプロなのよ。お客さんの気を引くすべは――よく知っている)


 朗読会に人が全く集まらないということを何度も経験してきた。そんな中でどうしたら集客できるか、試行錯誤してきた経験が今も役立つはずだ。


 ウェンディはその唇で、物語を紡ぎ始める。

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