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朝倉亜空

ダンジョン勇者とVTuberママ

「きゃああ! 誰か助けてぇぇ!」

 洞窟の奥の方、どこからか女の悲鳴がこだました。

 俺は手にした懐中電灯の光だけを頼りにして、その悲鳴の主を探しに真っ暗な洞窟の中を進んでいった。

「嫌だああ、こら、あっち行けったらぁ! 誰かー!」

 だんだんと声が大きくなってきた。近づいてきている。二股に分かれた道の、左へと進んでみた。一か八かだ。少し進んだところで、小さな広場に出た。そこで、火の点いたたいまつを、自身正面に立ち、襲い掛かろうとしているピンクゲロッピーに向けてブンブン振り回している一人の女を見つけた。「しっ、しっ。あっち行けったら!」

 俺は懐中電灯を懐に仕舞い込み、右手で背負い刺しにした剣を抜いた。こいつは刃の部分がビームでできているもので、強烈に発光しているビームソードだ。

「待ってろ! 今、助けてやる!」

 俺はその女に向かって駆け寄った。その前に立ちふさがり、ソードの光で照らし出されたピンクゲロッピーを睨みつける。何度見ても出来モノだらけでぶつぶつした醜いカエル面だ。ゲローン! と吠えながら、両手を大きく広げたゲロッピーが後ろ足二本で立ち上がった。二メートル弱。デカい。ダンッ、と前足を一歩踏み出すと同時に俺は剣を突き出した。

「グエッ、ゲゲゲエーエロ!」

 ピンクゲロッピーが悲鳴を上げた。

 剣はゲロッピーの左肩を刺し貫いていた。心の臓を一突きとはいかないところがなんとも俺らしい。

 ええい、もう一突き! 俺は慎重に狙い、再度、剣を……。

「駄目ッ! 殺さないで!」

 背後から妙にカン高い女の声がした。何故だか俺の手の動きが止まった。カン高い女の声は続いた。「ピンクゲロッピーもおとなしくなりなさい」

 ゲロッピーはおもむろにしゃがみ込み、ゲロロローン……、と小さく鳴いた。

「そうそう、いい子ね。さあ、自分の巣に戻りなさい」

 カン高い女の声がゲロッピーに語り掛けると、ゲロッピーはその通りに踵を返して、ゆっくり通路の奥へと帰っていった。

「ありがとう、助けに来てくれて」

 背後で女の声がした。その声はカン高くはなかった。俺は振り向いて女に言った。「怪我してねえか?」

「ええ。大丈夫」

 そう答えた女の右の手に、手のひらサイズの小さな器具が見えた。妙に声がカン高かったのは、こいつのせいだな。ボイスチェンジャーか。でもなぜ、こんなものを使ったんだろう。

「それにしてもあんた、ダンジョン入るのに変わったもん持参してんだな」

 俺は訊いた。

「フフ。これね」

 女はボイスチェンジャーを口に当てて言った。「ハーイ、みんなー、恥じらいクミちゃんの簡単レシピDeホームクッキング! スタァート!って、勇者さんは知らないですよねきっと……。私、こう見えてもVTuberなんです。主婦VTuberの恥じらいクミちゃん」

「へえ。……なんか知らないけど、今、そういうのが流行ってるんだってな。まあ、期待通りで悪いけど、その、恥じらいナントカちゃんってのはまったく聞いたこともねえが……」

 ちょっと説明しとくが、剣と魔法とドラゴンが入り混じっている世界線だって、中世時代より千何百年もの歴史が積み重なり西暦も2000年を軽くオーバーしてくると、科学力も文明レベルも上がり、今じゃ、火星探査ロケットが飛んでたり、超高層ビルもインターネットやSNSも当たり前に存在してるもんなんだぜ。全然、意外でも、そんなバカな、でもない。

「いえいえ、いいんです。当然です。私なんてフォロワー数たったの三万人程度なんだから。えふふ」

「なんだい、たったのなんて言ってるが、けっこう自慢げに聞こえたぜ。奥さん」

「うふふ。ひと月二十万くらい、儲かってんの……。えへ、えへへ」

 結局、自慢聞かされちまってるぜ。

「すげえじゃねえか。けど、噂には聞いたことがあるんだが、儲けを出すのは結構大変らしいな。よっぽどアイデアと企画を練った内容のあるもんを作ってるんだな。大したもんだ」

「いえいえ! 全然そんなこと無いんです。ただ、顔だけCGアニメにして、このボイスチェンジャーで声をカン高くして、いたって普通の手料理を作ってるだけなんです。VTuberとしては、恐ろしく低レベルで、見る価値の無いものなんじゃないかって思うんです、でも、最後に、今日見てくれた人、友達にも紹介して必ず明日も見てね! チャンネル登録してね!って言って終わるんですけど、すると、どんどんフォロワーさんが増えていってるだけなんですよ。あっ、申し遅れました、私、横山美咲といいます」

「フーン……。俺はケンジって呼んでくれ。一応、職業はダンジョンモンスター狩りで飯を食ってる勇者だ。ダンモン勇者のケンジ。よろしく」

「はい。こちらこそよろしくです、勇者のケンジさん。で、私、分かったんです。私の声をカン高くしたら、それを聴いた人みんな、私の言うことを聞いてしまうんだって」

 あー、なるほど。それでさっき、ピンクゲロッピーへのトドメの一突きの手が止まったという訳か。

「で、そんな特技がある美咲さんがなんだってこんなおっかないダンジョンに一人でやってきたんだい?」

「それが、どうやら私の一人娘がこの洞窟に入って行ってしまったようなんです……。ここはとっても危ないから絶対に近づいちゃだめだって、いつも言ってあったのに、あの子ったら本当にもう……。それで母親の私がミユキを助け出しに来たという訳なんです」

「娘の名はミユキっていうのかい? けど、モンスターがウジョウジョいるダンジョンだぜ。そのうえ、このダンジョンを抜けた先にはオーガドラゴンがいるって噂だ。助けに来るのは女じゃねえだろう、ダンナは何してんだ」

「……ミユキには、親は私だけなんです……。だから、何が何でも私があの子を助け出さないと……」

ビームソードの光に照らし出された美咲ママの顔が少しくぐもった様に見えた。よく見ると美咲ママ、ノーメイクでも整った顔立ちだ。涼しげな眼もとにすーっと綺麗に伸びた鼻筋をしている。ダンナとは別れたってわけか。まあ、男と女、いろいろあるもんだ。

「そうか。悪い訊き方しちまったな。許してくれ。まあ、美咲ママのダンナ代わりってわけじゃないが、俺について来ればいい。実は噂のオーガドラゴンには賞金が掛かっていてね、俺はそいつを目当てにここへ入ってきたってわけさ」

「本当ですか。ありがとうございます」

 美咲ママは顔を上げ、目を大きくしてホッとした表情を俺に見せた。俺はなんだか少し照れた。俺はそれをごまかすようにそそくさとビームソードを背中のさやに収め、懐から懐中電灯を取り出して言った。「じゃ、奥へと進んでいくぜ」

「はい!」

 美咲ママも地面に置いていたたいまつを拾い上げ、俺の後ろをついて歩きだした。

「それで、アンタの子供がこの洞窟に入ったってのは、何時の事なんだい」

 歩きながら、俺は美咲ママに話しかけた。

「昨日の夕方頃のようです」

「一晩経ってるのか……。ヤバいな。さっきもちょっと言ったが、この入り組んだ洞窟ダンジョンの先には、ドラゴン族が棲む台地につながっているらしい。そして、ドラゴンの中でも一番のボスがオーガドラゴンって訳なんだが、ここのダンジョンモンスターどもも、そのオーガドラゴンの手下だと言われている。もう娘さんはオーガドラゴンの手に渡っている可能性もあるな」

「わたしもそれを思って、このボイスチェンジャーを持ってきたんです。これを使って、娘を返しなさい!って命じようと思って」

「そうだな……。俺もオーガドラゴンを見たことがないから何とも言えんが、うまくいけばいいんだが。ま、俺としては賞金首としてのあいつを倒しに行くわけなんだが」

 ふたりが手にした懐中電灯とたいまつの光だけを頼りにして、俺たちは真っ暗で複雑に曲がったり、分岐したりする洞窟の中を慎重に進んでいった。途中、何度か出くわすダンモンどもを俺の剣で脅したり、美咲ママのボイチェン催眠カン高声で巣に返したりして追い払いながら。

 しかし、俺自身、いつもは気軽な単身でダンジョン探索をしているんだが、今日は間近に美咲ママがいて、いつもの調子が出ない。何時間も共同行動していると、まあ、なんと言うか、吊り橋効果ならぬ、暗闇の中でのダンジョン効果とでもいうべきか、俺の感情が浮ついてきてるというか、胸がドキドキっつーか、ちょっと竜退治には邪魔っけなモンが気持ちの中にあんだよなー。弱った。可愛く思えて。

「あっ!」

 美咲ママが突然大きな声を出し、俺の腰をぎゅっと掴んだ。「ど、どうしよう!」

「なんだ⁉ どうした?}

 俺は訊いた。

「ボイスチェンジャーを、落っことしちゃった!」

 美咲ママは自分の持つたいまつを足元にかざした。が、そこにボイスチェンジャーはなく、俺たちはそのあたりを探してみた。すると、すぐわきの岩場の細い割れ目の中にボイスチェンジャーが落ちているのを見つけることができた。

 美咲ママの細い指先が必死にそれを取り出そうと、もがきまさぐるのだが、ボイスチェンジャーは取れない。それどころか、指を動かせば動かすほど、どんどんと奥へ入っていってしまう。

「あーあ。私ったら、何やってんだろう……。バカ……」

 美咲ママの声はまるで弱々しく、心細げに震えていた。俺にはどうしようもなかった。俺の、こんな太い指じゃ到底入る訳がないのだ。ビームソードを突き刺せば、岩の割れ目は広がるが、ボイスチェンジャーを一瞬で壊してしまうだろう。

俺は一生懸命に動かしている美咲ママの手に自分の手をゆっくりとかぶせ、その動きを止めさせた。「仕方ないぜ、美咲ママ。指を痛めるだけだ。もう、諦めよ……」

「でも……、でも、これがないと……、あの子は、ミユキは……」

「大丈夫だ。俺がいる。俺がオーガを倒せばいいだけの話だ。な、そうだろ?」

「……ええ……。そうね……。でも、オーガドラゴンって、すごく強いんじゃないですか? だから、ケンジさんの勇者としての強さと私のボイスチェンジャーによる服従効果で何とかなるかもって、そう思ってたのに……」

「なーんだよそれ。俺の力を軽く見てもらっちゃあ困るって。任せときな。こう見えても、一応、プロフェッショナル・ダンモン勇者なんだぜ。そんなしょげた顔するなよ。俺一人で片づけてやるから、美咲ママは安心してていいんだ」

 不安だらけだった、俺自身が。オーガドラゴンの強さは結構なうわさとして耳に入っていたし、今回も実際のところ、ちょっとバトってヤバそうと感じたら、即、撤退のつもりでダンジョン入りした程度だったのだ。俺のダンモン狩りの力量なんてたかが知れている。どエライ大見えを切ってしまったもんだ。が、一旦、吐いたセリフはもう呑み込めない。

「さあ、先を急ごう。ほら、この暗闇の先に小さな白い点が見える。きっと洞窟の外の光だ。出口はもうすぐだぜ」

「はい。そうですね! ケンジさんはものすごく強いダンモン勇者さんですものね。ごめんなさい、私って。ケンジさんに失礼なことを言ってしまいました」

「ははは。まあ、いいさ」

「えふふふ」

「あはは。あは、は」

 俺と美咲ママは遠くに見える一点の光に向かって歩き出した。その光はどんどんと大きくなっていった。そして、遂には洞窟の向こう側の景色がはっきりと見えるところまで近づいた。

 こうなりゃ、出たとこよ。俺、今日、死ぬんカナー⁉

「いよいよ、ダンジョン出口に到着したぜ。ドラゴンランドに入る覚悟はあるな、美咲ママ!」

 俺は背負い刺しのビームソードを抜き、それを両手持ちに構え直して、美咲ママに声を掛けた。

「はい! いつでもどうぞ、ケンジさん!」

 俺と美咲ママは顔を見合わせ、一度、お互い頷き合って、洞窟から外へ出ていった。さあ、来やがれ! オーガドラゴン!

 久々に浴びる日の光は強烈にまぶしかった。黄緑色の芝が覆い茂るその大地の中央には一本の清流が穏やかな流れを見せている。遠くには鬱蒼とした森が広がり、山岳地帯にはいくつかの洞窟が見て取れた。どこかへ狩りにでも言っているのか、周囲には一匹もドラゴンの姿は見られなかった。あるいは洞窟のどれかを巣穴として、その奥に潜んでいるのか。とにかく、ミユキを探すなら今がやりやすい。

「おや? 何かが動いたようなんだが。ほら、あそこの洞窟の前、小さい子供じゃねえか?」

 俺は右手の山の斜面にある洞窟の方向を指さして、美咲ママに声を掛けた。

「え? ミユキ……、ミユキだわ!」

 美咲ママはそう叫びながら、その場所へと駆け出していた。もちろん、俺もその後へ続く。

「あっ、ママだ!」

 その少女、ミユキも美咲ママに気づき、ニッコリ笑いながら、両手を大きく振って応えた。「ママー!」

 一気にミユキのもとまで走り寄り、美咲ママはぎゅうっとミユキの身体を抱きしめた。「ミユキ、あなた、大丈夫だった? 何かされてない?」

「うん、ミユキはへーき。元気だったよ」

 そのミユキの声を聞いて、美咲ママの顔は安どのあまり、泣きそうになっていた。

「身体のどこにも怪我はないの? 痛いところはない?」 

 美咲ママの母親らしい一言だ。

「うん、ないよ」

 ミユキがそう答えた時、俺たちの頭上に何かが覆われ、周囲一面に影が広がった。瞬間的に、俺は上空を見上げた。そこには大きく翼を広げ、中空を舞いまわる巨大竜がいた。オーガドラゴンだ! このタイミングで出てきやがったぜ!

 ズゥウン! という地響きのような音とともに、オーガドラゴンは俺たちのそばに着地した。

「ついにこの時が来たぜ! おい、オーガ、俺と一騎打ちだぁ!」

 俺は背中の剣を抜こうと、剣の柄に右手を掛けた。

 だが、オーガドラゴンはそんな俺にはお構いもなく、ドッスンドッスンとミユキの前まで進み出て、口に咥えていた川魚をポトンと吐き出した。

「わあ! ミユキの言ったとおり、お夕食におっきいおさかな取ってくれたんだね。ありがとうね、おおドラちゃん」

 ミユキがオーガドラゴンに言った。うーん。なるほどな。

「なあ、お嬢ちゃん、いつもこの、おおドラゴンは、お嬢ちゃんの言うことを聞いてくれるのかい?」

 俺はミユキに確認してみた。

「うん。ミユキがおなかすいた、なんか食べたいって言ったら、リンゴの木からね、リンゴを取ってくれたりするんだよ。おおドラちゃんって、なんでもミユキの言ったとおりにしてくれるの」 

 さすがは親子だ。このふたり、本当に声質が良く似ている。その上、小さい子供は当然のこととして、声がカン高い。わざわざボイスチェンジャーなんて使わなくても。だから、この子の声はそのままで、聴いたものがこの子本人の意のままになっちまうってわけさ。この子にかかればオーガドラゴンだってお手上げだ。

「それで、ねえママ、このおじさんってだれ?」

 ミユキが美咲ママに訊いた。

「この人はね、あなたを助けに来てくれた勇者さんなのよ。勇者のケンジさん」

 美咲ママが我が子に俺を紹介してくれた。俺はミユキに、どうもよろしくと言い、笑顔でミユキの頭を撫でた。

「ふーん。勇者さんなんだ。ミユキ、ずーっとパパが欲しかったから、パパになってくれる人をママが連れてきてくれたんだと思っちゃった。あっ、そうだ! 勇者のケンジさん、今日からミユキのパパになってよー!」

 何人たりとも抗えないその声で、ミユキは俺にそう言った。

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