SF短編集『機械屋』〈気ままに更新〉
山本鷹輪
生命ロボット
筆者の幼馴染の一人は機械いじりが好きで、車の故障を直す仕事では飽き足らず、ついに工場を設けて日々発明に明け暮れるようになった。昔から特に仲が良いというわけではないのだが、節目節目に呼びつけられ、発明を見せられる。彼の発明は独創的なものが多く、全く売れない。売れたとしてもマッドサイエンティストが参考として高値で買っていくくらいだ。
この前なんか、体を一秒だけ時間を巻き戻す銃というのを作っていた。一発撃つと一秒待たないと二発目が打てないという仕様のためか、若返ることは出来ないのだが、実際に時は戻っているらしい。
一秒前と同じまばたきをすることになる。たったそれだけである。
二丁もあれば少しづつ時を戻せるかもしれないが、真新しい物が好きな彼は一丁しか作る気はない。その頑固さも彼が売れない理由だろう。
毎月、二十日の夕暮れ時に呼び出される。発表する機会があれば創作意欲が湧いて有難いということで、機械屋の誕生日が春の月の二十日であることから、彼の今年の誕生日からそうなった。
今は秋月の二十日である。私自身は彼のある意味哲学的な発明は好きなので苦ではない。日も早くに傾き、無愛想な工場のコンクリはほのかに赤い。まだ筆者と同じように機械屋も若いので、工場も小綺麗で、そこから聞こえてくる金属を打ち付ける音も、新鮮なリズムを奏でている。
「やぁ、今月も来たよ。調子はどうだい機械屋」
私はいつものように似たようなセリフで機械屋に話しかける。
「小説家じゃないか、今月も来てくれてうれしいよ」
初月以来、機械屋は同じセリフを使い続けている。
「元気にしてたか?」
「ああ、おかげさまでな。今月も何とか発明品を作ることができた」
「それはおめでたいことじゃないか。いったいどのような品なんだ」
すると、機械屋は近くの箱から意味ありげに無個性な箱と箱を組み合わせたようなロボットを取り出した。合金特有の光沢がぼんやりと私の顔を写している。ロボットのヘッドには白く光る部分が二つあり、そこが目の代わりになっていることが分かる。そして、日本人男性の平均的な背丈をしている筆者の膝の高さにも満たないくらいのサイズ感。
「かわいらしいな」
思わず、無機質なヘッドを撫でる。不思議なくらい金属のもつ臭いが手につかない。撫でられてヘッドを揺らすロボットに意図せず目が細くなった。
「そうだろう。だが、ただのロボットではない」
機械屋は得意げに鼻を鳴らし、ロボットを守るように頭を支える抱え方に持ち直した。創造主と子。ちぐはぐで、奇麗で、親子の愛を感じる。
「一体どのようなロボットなんだい」
機械屋は椅子に座り、膝の上にロボットを置き、
「こいつは......生きているのだよ」
機械屋は仰々しく間を開けて説明する。
「生きている…」
筆者は困惑した。だが、なるほど…このロボットが持つ愛らしさは生命の炎を感じるからなのかもしれない。
「それは心臓が鼓動しているのかい。それとも自立して物事を考えることができるというのかい」
「違う」
機械屋は得意げな顔で
筆者は考え込んでしまう。
「では、人間と同じようにアナログな発声システムでも搭載しているのかい?」
「あっはっはっは、それはそれで面白いな。だが、今回俺が生きているものとして定義したものは代謝さ」
筆者は腕を組み、感心してみせる。
「なるほど、それは興味深い。代謝か。確かに普通のロボットでは考えれない機能だな」
「だろ。このロボットは人型ロボットらしく人の真似をする動きをするだけでなく、その体内では人間の体内をも模倣しているのさ。これこそ永久機関じゃないかい?」
筆者は機械屋の無邪気な探求心に関心した。永久機関へのあこがれを捨てきれない機械屋の性。鉄の塊への期待。小説家の願いと同じように自分のつくりしものが未来永劫残り続けることを祈るのだ。それが廃れるのは自身が死んでからでないと分からない。いや、地球が滅ぶまで答え合わせはできっこない。
「永久機関ねぇ......それは偉業だな」
「そうだろう、金属の体を自分で壊させて直させるのが非常に大変だった。しかも代謝というからには外観に影響が出てはいけないからな」
「これ、いまも体内で自分を壊し続けているのかい……?」
「そうさ。今も徐々に電源コードを切り裂き、新たな電源コードをつけたす。炉に穴をあけ、その穴を埋める」
機械屋は先ほどロボットが入っていた箱からメモリカードようなチップを取り出した。
「これが俺らでいう食事だ。これを口に入れてやると体の中の高性能の炉で分別し、各パーツに運んでやるのさ」
「新しい体と入れ替わった古い体たちはどこに行くのかい?」
「いい質問だ。それは毎朝ロボットの下腹部から排出する。そこに小さいトイレがあるだろう?」
筆者は機械屋が指で刺した方を見てやると、部屋の隅にロボットがちょうど入ることができそうな小さな公衆トイレが設置されていた。この便器はきっと陶器なのだろう。相変わらず変なところまで丁寧な造形だ。
「これもかわいいな」
「いいだろう、男用か女用か悩んだが最近そこら辺めんどくせえから公衆便所にしちまった」
「ははぁ、ロボットで性の問題が取り上げられるとはな。ここまでそれっぽいと、ロボットの定義があやふやな現在ではそのうち市民権を与えてしまいそうだな」
「ちげぇねぇや」
ロボットがロボットのくせに、立って間もない赤子のようにあどけない足取りで歩いている。
「ずいぶんかわいいやつだな」
少なくとも今、筆者と機械屋はこのロボットを他の機械とは別物だと考えている。いやひょっとすると近所の犬くらいにかわいいと思っている。
筆者たちがロボットを時を忘れて観察していたその時。ロボットは急に苦しそうにモーター音を鳴らし、手足をばたつかせた。手足は人間の真似をするなら相応しくないほど回転し、もはや模倣できていない。
そして、カンという乾いた音が工場に響いた。ついにロボットは立つことを諦め、地に伏したのだった。生命が消える寸前の微動が始まっている。機械屋はすぐさま駆け寄り、ロボットを手に取ろうとする。
「あついっ!」
ロボットのボディは何故か高温になっており、まともに触ることはできなかった。筆者と機械屋はロボットに水をかけて冷やし、高性能カッターでロボットのボディを切った。切った瞬間、切り口から白煙があふれ出た。筆者はその熱煙を手で軽く煽って避け、中身をみた。中の機器はどろどろに溶けており、ちぎれたコードは、先端が液体化したネジと絡みついて不気味な雰囲気を醸し出す。さらに身体の奥を見ると、まだ依然として熱を吐き出す中心部、高性能の炉が歪んで生成されていた。
「炉の作成エラーだ。あんなにX線で検査していたのに見逃すとはな……」
「これこそ人間らしいな。すばらしいよ」
そのロボットは癌という人間の死に方まで模倣してみせたのだ。
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