第一四話
大学入試を終え、三月に入るとすぐに卒業の日を迎えた。
俺はこの高校に思い入れがある訳ではないが、それでも卒業式というのは心にグッとくるものがある。
卒業式は時間だけが淡々と過ぎていった。代表の生徒が壇上に上がり、校長先生から卒業証書を受け取る。
小学校、中学校の時のように一人ひとり名前を呼んで手渡したりはしない。故に時間も大幅に短縮でき、合理的である。
式が終わると、教室で最後のホームルームが行われた。
担任は何かありがたい説法を説いていたが、いまいち頭に入ってこない。
泣いているクラスメイトも何人かいたが、何が悲しくて泣いているのかが分からない。
今生の別れじゃあるまいし、今の時代会おうとすればいつでも会えるというのに……。
そしてホームルームが終わると、教室では思い出の写真撮影会が始まった。
皆スマホを片手にパシャパシャと写真を撮り合っている。しかし俺は写真に写るのがあまり好きではない。
俺はカバンを持って教室から出ようとしたが、友人に捕まり写真を撮られる羽目になった。
それでも俺は隙を見て逃げ出す事に成功した。
俺は別に今までつるんでいた友人が嫌いな訳ではない。しかしだからといって、これからの人生でずっと関わっていきたいかと言われると、そういうわけでもない。
俺は昇降口で靴を履く。そして家で処分するよう言われていたスリッパも、名前の部分を黒く塗りつぶし、近くのゴミ箱に捨てた。
そしてスマホを取り出し、メッセージアプリからこの高校で知り合った友人全てを削除した。今後俺からコンタクトを取るような事は無いだろうし、友人たちのほうには俺のアカウントは残ったままだ。何かあればあちらからメッセージをくれるだろう。
スマホの時計には一一時五○分と表示されている。俺はスマホをしまい、校門へと歩いた。
校門周辺は、ちょっとした人集りができていた。他校の制服を着た女子や、髪を染めた男子が花束を持っている。その人達は誰かを待っているのか、そわそわとして落ち着きが無いように見える。
そんな人達を冷めた目で見ていると、見慣れた人が居て、俺は自分の目を疑った。
さくらである。
俺はゆっくりとさくらに歩み寄ると、そんな俺に気付いたのか、さくらは大きく手を振りながら近付いてきた。
「桜輝、卒業おめでとう!」
「さくらもおめでとう」
俺はふとさくらの後方を見た。見覚えのある顔である。
「さくら、あの子って……」
俺はさくらの後方を指差した。
「うん! 夏に一緒に花火した小雪だよ!」
さくらは小雪ちゃんを呼んだ。
「桜輝くん久し振り。 いつもさくらがお世話になっています」
小雪ちゃんはペコリと頭を下げた。
「いやいや、俺は特に何もしてないよ。 てか小雪ちゃん、だいぶ髪の毛伸びたね」
小雪ちゃんと初めて会った夏の日、ショートヘアだった彼女の髪は肩辺りまで伸びていた。
そして以前は夜でしっかりと見れなかったが、その肌は小雪ちゃんの名前通り雪のように白く、目は切れ長だが二重で、鼻もスッとしている。おまけに身長も高くスラっとしており、足も長い。可愛いというよりは、美人である。
俺が小雪ちゃんと喋っていると、さくらに横っ腹を小突かれた。
「桜輝〜、いくら小雪が美人でスタイルが良いからってエロい事想像してんじゃないわよ」
「はっ? しとらんわ!」
小雪ちゃんはそんな俺たちを見てクスクスと笑っている。
「やっぱり二人ともお似合いだね」
「もー、だから小雪そういう事言うのやめてって!」
雪のように白い小雪ちゃんとは対照的に、さくらの顔は花のように赤らんでいく。
「てかさくらたち、もう卒業式終わったの? それにしてもここに着くの早くない?」
「うん! 終わったよ! 式も一時間くらいで終わったし、ホームルームが終わった瞬間に教室飛び出して来た!」
「なんか悪いな……」
「桜輝は気にしなくて大丈夫だよ! 私たち好きでここに来てるんだし! ねっ、小雪!」
小雪ちゃんはどこかで見たような意地の悪い笑みを浮かべている。
「あれ〜、そうだっけ? 私、さくらに強引に連れて来られたはずなんだけどな〜」
「もうっ! 小雪!」
俺の想像だが、さくらが時々見せるあの意地の悪い表情は小雪ちゃん由来のものなのだろう。
「そういえば、何か花束持った人たち多くない?」
小雪ちゃんは花束を持った人たちを不思議そうに眺めている。
「ああ、毎年の事だよ。 卒業生の彼氏さんだか彼女さんだか知らんけど、ああやって花束持ちながら待ち伏せてるんだよね」
「ふーん、変わってるね。 さくらは持ってこなくて大丈夫だったの?」
小雪ちゃんに話を振られたさくらは、さっき以上に顔を赤らめた。
「なっ、何で花束が必要なの!」
さくらは取り乱している。そんなさくらを見て、小雪ちゃんはクスクスと上品に笑っていた。
「さくらごめん! やり過ぎた!」
「もう小雪、本っ当に嫌!」
俺は小雪ちゃんと目が合った。
「あ、桜輝くん置いてけぼりだったね、ごめんなさい」
「いや、俺は大丈夫だけど……」
「大丈夫だけど?」
小雪ちゃんは目で何かを俺に伝えてくる。それは『ボケろ』なのか、『イジれ』なのかその真意は分からない。
「さくらがイジられキャラなのは分かったよ」
「もう! 桜輝まで!」
さくらは俺の背中をポコポコと叩いた。それを見た小雪ちゃんは再びクスクスと笑っている。
「もう! 二人にイジワルされてたらお腹が空いてきた! 桜輝、私と小雪に何か奢ってよね!」
「お願いしま〜す!」
何故か小雪ちゃんにまでたかられた。
「ったく、しゃーないな」
「やったー! 小雪どこ行きたい?」
小雪ちゃんは少し考えると、何か閃いたのか手を挙げた。
「そういえば駅の近くにミスドあったよね? 私、ミスドに行きたい!」。
「いいね! ミスド私も賛成! よーし、今日は食べ放題だー! お腹いっぱい食べるぞー!」
「ふざけんな! さくらはオールドファッション一個だけだ!」
「え〜、桜輝のケチ〜」
そしてさくらと小雪ちゃんはウキウキで、俺は渋々太府駅前のミスドへと向かった。
ミスドに到着すると、俺たち三人はそれぞれ好きなものをお盆にのせていく。俺はさくらと小雪ちゃんがどれだけお盆にのせるのかをヒヤヒヤしながら見ていた。
そしてレジに向かい、会計をする事になったのだが、レジに表示されたのは三千四百七十二円という、高校生の俺にとっては非常に辛い金額だった。
しかし二人の前で奢ると言ってしまった手前、彼女たちから援助を貰うのは気が引ける。
俺は震える手を必死で抑え、財布から五千円札をトレーに置いた。
俺が会計をしている時、さくらと小雪ちゃんは楽しそうに喋っていた。
会計を済ませると、俺たちはテーブルにドーナツを置き、座った。
「桜輝君、払ってくれてありがとう」
「何言ってんの小雪、 桜輝なんて小雪見てエロい事想像してたんだから、逆にお金貰わないと!」
「さくら、いくら自分が幼児体型だからって、そう言う事言うのやめろ」
「なっ、誰が幼児体型よ!」
俺たちの言い合いを見て、小雪ちゃんはクスクスと笑っている。
「ほら二人ともやめなって! さくらもせっかく奢ってもらったんだから、そういう事言っちゃダメだよ」
「はーい」
小雪ちゃんの一言で、さくらは大人しくなった。
「何か小雪ちゃん、さくらのお母さんみたいだね」
「それ学校でもよく言われてた」
「ほらさくら、しっかり小雪ちゃんのいう事聞かなきゃダメだぞ」
「ちゃんと聞いてるもーん」
さくらはそう言うと、ドーナツに手を伸ばした。それを見て、俺と小雪ちゃんもドーナツに手を伸ばした。
それから俺たちは三人でドーナツを食べながら談笑した。さくらは散々に小雪ちゃんからイジられているものの、小雪ちゃんのイジリには優しさがあるのか、さくらからは嫌がっている様子は見られない。
「ちょっと私、トイレ行ってくるね!」
さくらはそう言うと立ち上がり、トイレへと向かった。
二人きりになった俺と小雪ちゃんは、変わらずに話を続けた。
そして話が終わると、俺たちの間に沈黙が流れる。さくらとの沈黙は心地良いが、一度しか会った事のない小雪ちゃんとの沈黙は俺には耐えられない。
だが小雪ちゃんからは一切そんな様子は見られない。落ち着いて、上品にミルクティーを飲んでいる。
「ところで桜輝君、さくらとはどうなの?」
小雪ちゃんからのいきなりの質問に、俺は固まってしまった。
「ど、どうって……?」
「もー桜輝君、さくらの事好きなんでしょ? 今までは学校も違ったし、受験もあったからしょうがないけど、今のさくらならきっと告白したら付き合ってくれるんじゃないかな」
「何でそうだって分かるの?」
「いや、分からないよ。 あくまで私の勘だから。 だけどさくらって結構分かりやすい子だからね、多分桜輝君の事好いてると思う」
小雪ちゃんの言葉に、俺の頭は高速で稼働した。さくらの親友である小雪ちゃんが言うのだから間違いは無いだろう。しかし、もしさくらに告白してフラれたらどうだ
ろう。もう二度と今の関係には戻れないのではないだろうか。
「あと一つだけ言っておくね」
俺は顔を上げた。
「後悔だけはしないように」
小雪ちゃんの言葉は、俺に重くのし掛かった。どうすれば後悔をせずに済むのだろうか。告白をしなかったら可愛いさくらだから他の男と付き合ってしまうかもしれない。しかし告白をしてしまったらそれはそれで後悔してしまうかもしれない。
そんな事を真剣に考えていると、トイレに行っていたさくらが帰ってきた。
「二人ともただいま〜。 二人とも何話してたの?」
「桜輝くんにね、『スタイル良いよね』とか『綺麗だよね』とか、『色気があってエロいよね』とか沢山褒められちゃった!」
さくらは俺をギロッと睨む。俺は思わず首を横に振った。
「桜輝……今度刺すから」
「怖い事言うな!」
小雪ちゃんはそんな俺たちのやりとりを見て、腹を抱えて笑っていた。
小雪ちゃんは見た目に反して、非常に恐ろしい女だ。俺はひしひしと感じた。
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